経済秘密保護法案④ 恣意的運用と統制の恐れ
東北大学名誉教授 井原聰さん
岸田文雄政権が狙っている「セキュリティークリアランス(適性評価)」制度の拡大に向けた経済秘密保護法案は、情報が漏えいした場合に安全保障に与える影響の大きさに応じて重要情報(重要経済基盤保護情報)を2段階に分ける建て付けになっています。「著しい支障」に相当する「特定秘密」と、「支障」に相当する「重要経済安保情報」です。
秘密指定対象は
これらの情報は、2022年に成立した経済安全保障推進法(経済安保法)と固く結びついたものです。
その一つは重要物資の安定供給確保を口実に同法で定められた「特定重要物資」に関連する情報です。政府は工作機械・産業用ロポット、半導体、蓄電池、重要鉱物(20種)など12件を指定。これらの物資の輸入先が中国など特定の国に限定されないよう政府が民間事業者に指示や支援を行うなどしています。経済秘密保護法案ではこうした政府の指示・支援に関わる情報が秘密指定の対象になります。
これまで暗黙の商習慣、国際協調、営業の秘密で築かれてきた取引を国が統制します。その過程で秘密が指定されれば、事業者および担当の実務者には適性評価の審査が要請されることになります。
二つめは、基幹インフラ事業に関連する情報です。基幹インフラ事業は、電気やガス、水道、放送、金融など14業種が経済安保法で対象とされ、政府はさらに港湾運送を追加する計画です。政府がこれら事業者の設備・備品、IT機器、プログラムなどで秘密指定をすれば、事業者と担当実務者が適性評価の審査を受けることになります。
また、経済安保法は5000億円もの基金からなる「特定重要技術育成プログラム」の設置を定めました。同プログラムに基づいて研究を実施し、政府から機微情報を開示された研究者と関連する実務者、先端科学技術分野で機微情報を政府に提供した研究者や特許非公開に関わる研究者、実務者などが適性評価の対象者として想定されます。
日本政府から巨額補助金を受ける半導体メーカー・ラピダスの工場建設現場。半導体は経済安保法で特定重要物資に指定されている=北海道千歳市
監査も規定せず
すでに適性評価を実施している米国では、研究成果が研究コミュニティー内で広く公表・共有されるものを「基礎的研究」と定義し、その成果は原則、政府の公開制限を受けないとされています。
しかし政府の有識者会議は「基礎的研究」を話題にもしておらず、先端分野の萌芽(ほうが)的基礎研究が秘密の指定対象となってしまうことが起こり得ます。適性評価で資格を取得できなかった人が転職や退職などの不利益を被った場合、誰がカバーするのかという議論もされていません。
米国では、大統領インテリジェンス問題諮問委員会、連邦プライバシー・市民自由監視委員会、首席監察官、国家情報長官室自由権保護官、全米アカデミーといった機関が適性評価の恣意(しい)的運用をチェックしているようです。
日本でも、秘密保護法制定時に、衆参両議院の情報監視審査会や独立公文書管理監による秘密指定の監査が設置されました。しかし政府はそうした監査を経済秘密保護法案では「規定しない」としています。漏えいしたとしても国に与える「支障が少ない」ので国会や裁判所等への報告義務はないとしたのです。
広範な分野で、大量の「重要経済安保情報」が国民の目から隠され、恣意的な運用と経済統制を受けることが危倶されます。
(つづく)
「しんぶん赤旗」日刊紙 2024年3月7日付掲載
情報が漏えいした場合に安全保障に与える影響の大きさに応じて重要情報(重要経済基盤保護情報)。
その一つは重要物資の安定供給確保を口実に同法で定められた「特定重要物資」に関連する情報です。政府は工作機械・産業用ロポット、半導体、蓄電池、重要鉱物(20種)など12件を指定。
二つめは、基幹インフラ事業に関連する情報です。基幹インフラ事業は、電気やガス、水道、放送、金融など14業種が経済安保法で対象。
先端分野の萌芽(ほうが)的基礎研究が秘密の指定対象となってしまうことが起こり得ます。
東北大学名誉教授 井原聰さん
岸田文雄政権が狙っている「セキュリティークリアランス(適性評価)」制度の拡大に向けた経済秘密保護法案は、情報が漏えいした場合に安全保障に与える影響の大きさに応じて重要情報(重要経済基盤保護情報)を2段階に分ける建て付けになっています。「著しい支障」に相当する「特定秘密」と、「支障」に相当する「重要経済安保情報」です。
秘密指定対象は
これらの情報は、2022年に成立した経済安全保障推進法(経済安保法)と固く結びついたものです。
その一つは重要物資の安定供給確保を口実に同法で定められた「特定重要物資」に関連する情報です。政府は工作機械・産業用ロポット、半導体、蓄電池、重要鉱物(20種)など12件を指定。これらの物資の輸入先が中国など特定の国に限定されないよう政府が民間事業者に指示や支援を行うなどしています。経済秘密保護法案ではこうした政府の指示・支援に関わる情報が秘密指定の対象になります。
これまで暗黙の商習慣、国際協調、営業の秘密で築かれてきた取引を国が統制します。その過程で秘密が指定されれば、事業者および担当の実務者には適性評価の審査が要請されることになります。
二つめは、基幹インフラ事業に関連する情報です。基幹インフラ事業は、電気やガス、水道、放送、金融など14業種が経済安保法で対象とされ、政府はさらに港湾運送を追加する計画です。政府がこれら事業者の設備・備品、IT機器、プログラムなどで秘密指定をすれば、事業者と担当実務者が適性評価の審査を受けることになります。
また、経済安保法は5000億円もの基金からなる「特定重要技術育成プログラム」の設置を定めました。同プログラムに基づいて研究を実施し、政府から機微情報を開示された研究者と関連する実務者、先端科学技術分野で機微情報を政府に提供した研究者や特許非公開に関わる研究者、実務者などが適性評価の対象者として想定されます。
日本政府から巨額補助金を受ける半導体メーカー・ラピダスの工場建設現場。半導体は経済安保法で特定重要物資に指定されている=北海道千歳市
監査も規定せず
すでに適性評価を実施している米国では、研究成果が研究コミュニティー内で広く公表・共有されるものを「基礎的研究」と定義し、その成果は原則、政府の公開制限を受けないとされています。
しかし政府の有識者会議は「基礎的研究」を話題にもしておらず、先端分野の萌芽(ほうが)的基礎研究が秘密の指定対象となってしまうことが起こり得ます。適性評価で資格を取得できなかった人が転職や退職などの不利益を被った場合、誰がカバーするのかという議論もされていません。
米国では、大統領インテリジェンス問題諮問委員会、連邦プライバシー・市民自由監視委員会、首席監察官、国家情報長官室自由権保護官、全米アカデミーといった機関が適性評価の恣意(しい)的運用をチェックしているようです。
日本でも、秘密保護法制定時に、衆参両議院の情報監視審査会や独立公文書管理監による秘密指定の監査が設置されました。しかし政府はそうした監査を経済秘密保護法案では「規定しない」としています。漏えいしたとしても国に与える「支障が少ない」ので国会や裁判所等への報告義務はないとしたのです。
広範な分野で、大量の「重要経済安保情報」が国民の目から隠され、恣意的な運用と経済統制を受けることが危倶されます。
(つづく)
「しんぶん赤旗」日刊紙 2024年3月7日付掲載
情報が漏えいした場合に安全保障に与える影響の大きさに応じて重要情報(重要経済基盤保護情報)。
その一つは重要物資の安定供給確保を口実に同法で定められた「特定重要物資」に関連する情報です。政府は工作機械・産業用ロポット、半導体、蓄電池、重要鉱物(20種)など12件を指定。
二つめは、基幹インフラ事業に関連する情報です。基幹インフラ事業は、電気やガス、水道、放送、金融など14業種が経済安保法で対象。
先端分野の萌芽(ほうが)的基礎研究が秘密の指定対象となってしまうことが起こり得ます。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます