子どもたちとともに 「教育のつどい」から⑤ 自分らしくふるまえる
大阪府貝塚市にある通信制・単位制の私立秋桜高校の教員、蔦(つた)緑さんと壽山(ひさやま)雅美さんは「発達・学力、教育課程づくり」分科会で「誰もがよりよく生きていける社会をめざして」と題して報告しました。
強さ誇示せずに
同校は開校して23年目。不登校や高校中退、勉強が苦手など、さまざまな背景をもつ子が入学してきます。毎月数日登校して授業を受け、月末にリポート課題を出します。474人が在籍し、校則はありません。
入学した当初、外履きの靴で職員室に入ってきた生徒がいました。壽山さんはおにぎりとみそ汁を出し、肩をもんでリポートを応援しました。2回目も外履きで入ってきましたが、スリッパを渡すと履き替えました。3回目は玄関でスリッパに履き替えました。
「学校で過ごすうちに、強さを誇示しなくてもいいとわかって、好き勝手にすることがなくなっていく」と壽山さん。「その子が本来持っているものを損なわず、自分らしくふるまえる場所が学校だったらいいなと思います」と話しました。同校でも生徒との関係は初めからよかったわけではありません。2人が初任のときは、話しかけると「しゃべりかけてくんな」と怒鳴られたり、貸した鉛筆を目の前で折られたりしたといいます。学校の教員全体で子どもたちをどうとらえ、どんなかかわり方をしたらよいのか語り合うことがなかったそうです。
「教職員が個々の思いや判断で子どもと出会うのではなく、みんなで大事に出会っていこう」という思いが教職員全体に広がっていきました。▽生徒全員の名前を覚えて呼ぶ▽月1回の学校からの郵送物に、手書きの手紙を入れる▽朝、誕生日の子どもを確認し、直接または動画でハッピーバースデーの歌とメッセージを送る―ことを大事にしています。
どの子も大切にする同校の思いは憲法の理念と一致する、と2人は言います。それは教科の教育内容にも生きています。
「発達・学力、教育課程づくり」の分科会で報告する(右から)蔦さんと壽山さん=8月18日、大阪市内
不当なことに声
2年生の「家庭基礎」の授業では1955年の森永ヒ素ミルク事件を題材に、不当なことに対して声をあげることの大切さを考えました。
森永事件では約1万3000人の乳児がヒ素中毒になり、130人以上の死者が出ました。森永は死亡者に25万円、中毒者に1万円しか払いませんでした。
生徒からは「25万とかありえへん」と声が出ました。
後遺症が出た被害者が14年後に再び声をあげ、森永はその翌年、被害救済への協力を表明しました。
近年カップ焼きそばにゴキブリが混入した事件では、会社は半年間営業を停止して原因を究明し、再発防止に努めた例を蔦さんが紹介。「かつてたたかった人が勝ち取った歴史が、いま消費者の権利や企業の責任を当たり前のこととして社会に浸透させた。おかしいことはおかじいと声に出すことがみんなの生きやすさにつながる」ことを伝えました。
分科会には、卒業生(19)も一緒に参加しました。障害のある子どもが放課後などに通う放課後等デイサービスで働きながら、大学進学をめざしています。「私もそんな人(秋桜の教員のような人)になりたい。秋桜みたいな学校が全国に増えてほしい」と話しました。
(染矢ゆう子)(おわり)
「しんぶん赤旗」日刊紙 2024年9月14日付掲載
「教職員が個々の思いや判断で子どもと出会うのではなく、みんなで大事に出会っていこう」という思いが教職員全体に広がっていきました。▽生徒全員の名前を覚えて呼ぶ▽月1回の学校からの郵送物に、手書きの手紙を入れる▽朝、誕生日の子どもを確認し、直接または動画でハッピーバースデーの歌とメッセージを送る―ことを大事に。
2年生の「家庭基礎」の授業では1955年の森永ヒ素ミルク事件を題材に、不当なことに対して声をあげることの大切さを考えました。
森永事件では約1万3000人の乳児がヒ素中毒になり、130人以上の死者が出ました。森永は死亡者に25万円、中毒者に1万円しか払いませんでした。
生徒からは「25万とかありえへん」と声が。
後遺症が出た被害者が14年後に再び声をあげ、森永はその翌年、被害救済への協力を表明。
大阪府貝塚市にある通信制・単位制の私立秋桜高校の教員、蔦(つた)緑さんと壽山(ひさやま)雅美さんは「発達・学力、教育課程づくり」分科会で「誰もがよりよく生きていける社会をめざして」と題して報告しました。
強さ誇示せずに
同校は開校して23年目。不登校や高校中退、勉強が苦手など、さまざまな背景をもつ子が入学してきます。毎月数日登校して授業を受け、月末にリポート課題を出します。474人が在籍し、校則はありません。
入学した当初、外履きの靴で職員室に入ってきた生徒がいました。壽山さんはおにぎりとみそ汁を出し、肩をもんでリポートを応援しました。2回目も外履きで入ってきましたが、スリッパを渡すと履き替えました。3回目は玄関でスリッパに履き替えました。
「学校で過ごすうちに、強さを誇示しなくてもいいとわかって、好き勝手にすることがなくなっていく」と壽山さん。「その子が本来持っているものを損なわず、自分らしくふるまえる場所が学校だったらいいなと思います」と話しました。同校でも生徒との関係は初めからよかったわけではありません。2人が初任のときは、話しかけると「しゃべりかけてくんな」と怒鳴られたり、貸した鉛筆を目の前で折られたりしたといいます。学校の教員全体で子どもたちをどうとらえ、どんなかかわり方をしたらよいのか語り合うことがなかったそうです。
「教職員が個々の思いや判断で子どもと出会うのではなく、みんなで大事に出会っていこう」という思いが教職員全体に広がっていきました。▽生徒全員の名前を覚えて呼ぶ▽月1回の学校からの郵送物に、手書きの手紙を入れる▽朝、誕生日の子どもを確認し、直接または動画でハッピーバースデーの歌とメッセージを送る―ことを大事にしています。
どの子も大切にする同校の思いは憲法の理念と一致する、と2人は言います。それは教科の教育内容にも生きています。
「発達・学力、教育課程づくり」の分科会で報告する(右から)蔦さんと壽山さん=8月18日、大阪市内
不当なことに声
2年生の「家庭基礎」の授業では1955年の森永ヒ素ミルク事件を題材に、不当なことに対して声をあげることの大切さを考えました。
森永事件では約1万3000人の乳児がヒ素中毒になり、130人以上の死者が出ました。森永は死亡者に25万円、中毒者に1万円しか払いませんでした。
生徒からは「25万とかありえへん」と声が出ました。
後遺症が出た被害者が14年後に再び声をあげ、森永はその翌年、被害救済への協力を表明しました。
近年カップ焼きそばにゴキブリが混入した事件では、会社は半年間営業を停止して原因を究明し、再発防止に努めた例を蔦さんが紹介。「かつてたたかった人が勝ち取った歴史が、いま消費者の権利や企業の責任を当たり前のこととして社会に浸透させた。おかしいことはおかじいと声に出すことがみんなの生きやすさにつながる」ことを伝えました。
分科会には、卒業生(19)も一緒に参加しました。障害のある子どもが放課後などに通う放課後等デイサービスで働きながら、大学進学をめざしています。「私もそんな人(秋桜の教員のような人)になりたい。秋桜みたいな学校が全国に増えてほしい」と話しました。
(染矢ゆう子)(おわり)
「しんぶん赤旗」日刊紙 2024年9月14日付掲載
「教職員が個々の思いや判断で子どもと出会うのではなく、みんなで大事に出会っていこう」という思いが教職員全体に広がっていきました。▽生徒全員の名前を覚えて呼ぶ▽月1回の学校からの郵送物に、手書きの手紙を入れる▽朝、誕生日の子どもを確認し、直接または動画でハッピーバースデーの歌とメッセージを送る―ことを大事に。
2年生の「家庭基礎」の授業では1955年の森永ヒ素ミルク事件を題材に、不当なことに対して声をあげることの大切さを考えました。
森永事件では約1万3000人の乳児がヒ素中毒になり、130人以上の死者が出ました。森永は死亡者に25万円、中毒者に1万円しか払いませんでした。
生徒からは「25万とかありえへん」と声が。
後遺症が出た被害者が14年後に再び声をあげ、森永はその翌年、被害救済への協力を表明。
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