課税新時代② 税逃れから利益得る人々
京都大学教授 諸富徹さんに聞く
―多国籍企業の税逃れでは無形資産が大きな役割を担っているといわれます。
建物や機械設備などの有形資産に対し、特許や商標権などの無形資産は物理的形状を持ちません。移動コストがゼロで租税回避地への移転が容易です。
2000年代以降にデジタル化が加速し、ビジネスの中核に無形資産が据えられるようになりました。無形資産の価値が増大したために、それを利用した節税効果も大きくなりました。
租税回避地の子会社に無形資産を保有させ、そこに所得を集中させて海外での法人税負担をほとんどゼロにすることが、多国籍企業の常とう手段になっています。これが、多国籍企業の税逃れが膨らんできた要因だとみられています。
多国籍企業はこうして税引後利益を大幅に引き上げています。税引後利益の増大は配当の増額や株価の上昇を通じて株主の資産を増やします。企業経営陣の使命が株主価値の最大化にあるならば、税逃れを極限まで推し進めることは、株主に忠実な経営陣の当然の行動だというのが彼らの見解です。そこには公平課税の実践を引き受ける納税倫理もなければ、「納税を通じて国家を支える」という自負も見いだせません。
こうした税逃れの手段を持たない国内企業は、多国籍企業との競争において不利になります。多国籍企業による独占・寡占化傾向に拍車がかかり、公正な市場競争は絵に描いた餅になります。
―現状の固定化から利益を得る人々がいるということですね。
税逃れで有名な米国企業、アマゾンの物流センター=埼玉県川越市
「ビッグフォー」
多国籍企業とその株主だけではありません。大きな力を持っているのは「租税回避産業」といわれる世界4大会計事務所です。デロイト、アーンスト&ヤング、KPMG、プライスウォーターハウスクーパースの4社で「ビッグフォー」とも呼ばれます。
彼らは世界各国に専門家を置いて複雑な税制の全体を調べあげています。全世界に25万人の従業員がいるといわれます。膨大なコストがかかりますが、それを上回る利益が上がるということです。
彼らは多国籍企業に対して各国での税金の納め方についての助言を与えるだけでなく、世界全体での税負担額を最小化するための提案をしています。首尾よく税逃れに成功すれば、対価として多国籍企業から高額報酬を得られるわけです。
租税回避産業の視点からすれば、税制をめぐる国際協調をできる限り低い状態にとどめておくことが有利になります。国際協調が進んで税逃れの余地がなくなることは、ビジネスチャンスを失う「悪夢」だからです。ですから市民社会が提案する合算課税(ユニタリータックス)のような根本的な改革提案を、彼らは攻撃してきました。「非現実的で実行不可能だ」といい続けてきたのです。
―しかし合算課税は経済協力開発機構(OECD)が提案する国際課税の新ルール案に、部分的に取り入れられました。
合算課税を提案
画期的な変化です。OECDも長らく現状を固定化する役割を担い、合算課税の採用を強く拒絶してきました。しかしデジタル化が進み、無形資産を活用した多国籍企業の税逃れが深刻の度を増すにつれ、従来の国際税制の手直し程度では問題の解決にならないことは明白になりました。
合算課税とは、各国ごとにばらばらに多国籍企業の子会社の利益を確定するのではなく、まずは多国籍企業グループの利益をすべて合算して全体利益を把握するという方式です。その全体利益を一定の基準に沿って公平に切り分け、各国に配分していくのです。この方式ならば、租税回避地への利益移転は無効になります。無形資産価値の評価に伴う恣意(しい)的な利益配分も避けることができます。
現在OECDは多国籍企業の利益の一部(残余利益)に対して合算課税を導入するという提案をしています。これは合算課税が実行不可能ではないことを示すものです。(つづく)
「しんぶん赤旗」日刊紙 2021年2月26日付掲載
租税回避は、多国籍企業が独自に戦略をもってするだけじゃなく、「租税回避産業」という巨大会計事務所が世界中の複雑な税制の全体を調べ上げ、一番課税を回避できる策を練ります。
合算課税で解決を。多国籍企業グループの利益をすべて合算して全体利益を把握する。その全体利益を一定の基準に沿って公平に切り分け、各国に配分。
京都大学教授 諸富徹さんに聞く
―多国籍企業の税逃れでは無形資産が大きな役割を担っているといわれます。
建物や機械設備などの有形資産に対し、特許や商標権などの無形資産は物理的形状を持ちません。移動コストがゼロで租税回避地への移転が容易です。
2000年代以降にデジタル化が加速し、ビジネスの中核に無形資産が据えられるようになりました。無形資産の価値が増大したために、それを利用した節税効果も大きくなりました。
租税回避地の子会社に無形資産を保有させ、そこに所得を集中させて海外での法人税負担をほとんどゼロにすることが、多国籍企業の常とう手段になっています。これが、多国籍企業の税逃れが膨らんできた要因だとみられています。
多国籍企業はこうして税引後利益を大幅に引き上げています。税引後利益の増大は配当の増額や株価の上昇を通じて株主の資産を増やします。企業経営陣の使命が株主価値の最大化にあるならば、税逃れを極限まで推し進めることは、株主に忠実な経営陣の当然の行動だというのが彼らの見解です。そこには公平課税の実践を引き受ける納税倫理もなければ、「納税を通じて国家を支える」という自負も見いだせません。
こうした税逃れの手段を持たない国内企業は、多国籍企業との競争において不利になります。多国籍企業による独占・寡占化傾向に拍車がかかり、公正な市場競争は絵に描いた餅になります。
―現状の固定化から利益を得る人々がいるということですね。
税逃れで有名な米国企業、アマゾンの物流センター=埼玉県川越市
「ビッグフォー」
多国籍企業とその株主だけではありません。大きな力を持っているのは「租税回避産業」といわれる世界4大会計事務所です。デロイト、アーンスト&ヤング、KPMG、プライスウォーターハウスクーパースの4社で「ビッグフォー」とも呼ばれます。
彼らは世界各国に専門家を置いて複雑な税制の全体を調べあげています。全世界に25万人の従業員がいるといわれます。膨大なコストがかかりますが、それを上回る利益が上がるということです。
彼らは多国籍企業に対して各国での税金の納め方についての助言を与えるだけでなく、世界全体での税負担額を最小化するための提案をしています。首尾よく税逃れに成功すれば、対価として多国籍企業から高額報酬を得られるわけです。
租税回避産業の視点からすれば、税制をめぐる国際協調をできる限り低い状態にとどめておくことが有利になります。国際協調が進んで税逃れの余地がなくなることは、ビジネスチャンスを失う「悪夢」だからです。ですから市民社会が提案する合算課税(ユニタリータックス)のような根本的な改革提案を、彼らは攻撃してきました。「非現実的で実行不可能だ」といい続けてきたのです。
―しかし合算課税は経済協力開発機構(OECD)が提案する国際課税の新ルール案に、部分的に取り入れられました。
合算課税を提案
画期的な変化です。OECDも長らく現状を固定化する役割を担い、合算課税の採用を強く拒絶してきました。しかしデジタル化が進み、無形資産を活用した多国籍企業の税逃れが深刻の度を増すにつれ、従来の国際税制の手直し程度では問題の解決にならないことは明白になりました。
合算課税とは、各国ごとにばらばらに多国籍企業の子会社の利益を確定するのではなく、まずは多国籍企業グループの利益をすべて合算して全体利益を把握するという方式です。その全体利益を一定の基準に沿って公平に切り分け、各国に配分していくのです。この方式ならば、租税回避地への利益移転は無効になります。無形資産価値の評価に伴う恣意(しい)的な利益配分も避けることができます。
現在OECDは多国籍企業の利益の一部(残余利益)に対して合算課税を導入するという提案をしています。これは合算課税が実行不可能ではないことを示すものです。(つづく)
「しんぶん赤旗」日刊紙 2021年2月26日付掲載
租税回避は、多国籍企業が独自に戦略をもってするだけじゃなく、「租税回避産業」という巨大会計事務所が世界中の複雑な税制の全体を調べ上げ、一番課税を回避できる策を練ります。
合算課税で解決を。多国籍企業グループの利益をすべて合算して全体利益を把握する。その全体利益を一定の基準に沿って公平に切り分け、各国に配分。