PM 17:25
閉園まで残り1時間となりました
水門から 🐇 への通路
右方向は
三之丸 🐎 まっすぐな通路
あとで行くことにして
石垣沿いに 歩いていると
なにやら 屋根が見えます
この向こう は 瀬戸内海
進行方向 左手に 櫓が見えてきました
石垣の上に 上がれる所は ござらぬか…
徐々に 見えては きましたが…
石垣が 邪魔でござる
元々 塀があったでしょうから
ここまでも 見えなかったのでしょうね
先ほどの 櫓っぽいもの
雲が良い感じだったので 撮りましたが
補正が足りなかった
海だった所ですから
こらもう 近年の建築物でしょう
先を急ぎます
現存三重櫓 1/12
北の丸 角櫓
窓が 特徴的
この辺り 石垣 城内側
こんなになってるんですが…
武者走り だと思います
ただ 凸凹は 建物の関係だと思うのですが…
雁木 が ありはしますが
往時からのものかどうかは…
新しいものではとも 見えます
食違いの様に なってますが
⇦ 海 = 攻めてくる方
考えると 食違いが 目的ではなさそうです
先へ
🔺 なんと形の良い 松 でござる
石垣 越の~ 現存三重櫓
肉眼では 雲が見えてたんだけどね 補正足らず
△
潮が…
ここ 満潮時じゃないと 潮が 来ないのか~?
う~~ 残念
宮島に行った時に
満潮時を期待して行ったら 見事
干潮時で がっかりしたことを 思いだした
水手御門
🔻
ここまで 潮がきてて 舟に乗った
ここから出入りできる客人は
限られますから
お殿様専用だったのでしょう
松影
柳腰 とありますが
松もなかなか 艶
いやいや 櫓土台
打込み接ぎ
完成が 1676年頃 と あります
関ケ原から かなり経ってます
石積みも 打込みと 発展して
算木は 切込み完成に至っってます
松平初代藩主 水戸光圀の兄殿は
ここが 完成する前に 亡くなられてます
月見櫓 とありますが
海の見張りもありますから
着見櫓 の方が
正しいのじゃないかと思います
小倉城が そうでしたね
現在は 海は見えませんけど
舟が くるぞ~~
って 感じだったのかも
小豆島を 行き来するフェリー
以前乗った時 船上で うどん 食べました
それでも
海に 突き出てますから
瀬戸内海の 月 良かったでしょうね
月明りが 海に照らされて
にしちゃ~ 展望はいかがか と思う窓です
西国
外様が多いし 瀬戸内海は 交通の要
攻防もないとは言えませぬ
という 事を 考えての 高松城でしょうしね
石垣内側 続櫓入口
入り口前から
窓周辺に 装飾もなければ
格子もありませんし
銃眼 矢狭間 石落とし
ありません
どっちかというと
蔵
っぽい
月見 着見
三階だけでしょうから
一階、二階 は 他の使い道も してたかも
向こうに廻って 内側から 見てみましょ
夜の月見でうどんを食べてみたい(笑)
月見ができるような宿に泊まってみたいものです。