法音カウンセラー 釋 真聴 《日乗》

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「南無阿弥陀仏」と「帰命無量寿覚」

2023年07月04日 23時36分14秒 | 日乗

昨日の当blogで、
善導大師『観経疏(玄義分)』から、

南 無 阿 弥 陀 仏・・・西国(印度)の正音
↓  ↓  ↓   ↓      ↓      ↓ 
帰 命 無 量 寿 覚・・・この地(中国)の漢音

を紹介させてもらいました。

「仏」からは、何か(対象的な印象)を
「覚」からは、ひとの分別を超えた(はたらき)を
感受できると記しました。

そこで、一歩すすめてのボクの愚考。

ひとの分別を超えた(はたらき)のイメージは、
道元禅師の『現成公案』の言葉。
少しだけ引きますね。

佛道をならふといふは、自己をならふ也。
自己をならふといふは、自己をわするるなり。
自己をわするるといふは、萬法に證せらるるなり。
萬法に證せらるるといふは、
自己の身心および他己の身心をして脱落せしむるなり。
悟迹の休歇なるあり、休歇なる悟迹を長長出ならしむ。

ボクの薄ペラな理解では、
「無量寿覚」と「萬法に證せらるる」とおなじように思います。

一応のボクの愚考、仮説、備忘として記しておきます。

コメント (1)
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