長い間、カウンセリングの勉強を続けてきた。
カウンセリング眼目は、何といっても、レスポンスにあるのだろう。
今日読んでいた『唯信鈔』(聖覚法印)の中で、次の言葉を見つけた。
信心といふは、ふかく人のことばをたのみて疑はざるなり。たとへばわがためにいかにもはらぐろかるまじく、ふかくたのみたる人の、まのあたりよくよくみたらんところををしへんに、「そのところにはやまあり かしこにはかはあり」といひたらんをふかくたのみて、そのことばを信じてんのち、また人ありて、「それはひがごとなり、やまなしかわない」といふとも、いかにもそらごとすまじき人のいひてしことなれば、のちに百千人のいはんことをばもちいず、もとききしことをふかむたのむ、、これを信心といふなり。
「ふかく人のことばをたのみて疑はざるなり」
これぞ、カウンセラーの「聞」「聴」