尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

四万温泉・積善館、日本一の温泉宿ー日本の温泉㉔

2022年12月18日 22時40分58秒 |  〃 (日本の山・日本の温泉)
 2年間書いてきた「日本の温泉」シリーズ。今回で終わりにして、次からは新しいシリーズを考えている。最後は四万(しま)温泉で、これは早くから決めていた。僕が何度も行ってるのは日光湯元別所四万温泉である。中でも四万こそ僕は日本のベスト温泉だと思っている。群馬県の北西部、中之条町にあって、草津伊香保と並んで「上州三名湯」と呼ばれている。でもテレビの旅番組には圧倒的に草津、伊香保ばかり出て来るのが残念だ。
(積善館の元禄風呂)
 四万温泉には30近くの宿があって、今もレトロな温泉街が残っている。いい宿がいっぱいあるけど、何といっても積善館が素晴らしい。特に「元禄風呂」が本当に日本一満足出来るお風呂だと思っている。もちろん元禄時代に作られたわけじゃなく、1930年建造。元禄というのは、宿が開設された時代なのである。1691年に、四万村の名主を務めていた関善兵衛が湯宿を開いたと伝えられる。この当主の名前(代々受け継がれている)が、旅館名の由来。『千と千尋の神隠し』の湯屋のモデルとも言われる(公式的には触れられていないというが)本館は1897年、1898年に建てられたもの。
 (積善館本館)
 これらの古い建物が現役で使われているのが気持ちいい。だが決して「古びた宿」ではない。高級旅館の「佳松亭」、趣のある「山荘」、今も湯治宿風の「本館」と3つのタイプがあり、どこに泊まっても元禄風呂を利用出来る。もちろん他にも風呂はあるし、貸切風呂もあるけど、やっぱりトンネルを歩いて元禄風呂に行きたくなってしまう。(山荘に泊まった時の話。元禄風呂は本館の真上にある。)広々した空間に湯船が5つ。並々とお湯を湛えていて、入ると湯が溢れていく。至福だなあと思う瞬間だ。もちろん源泉掛け流し。四万温泉はどこに泊まってもすべて掛け流しである。

 積善館はまた料理の美味しさでも際立っている。今は大体どこでも一定レベルの美味しさの料理が出て来るが、積善館の料理は抜けていると思う。もっとも泊まったのは大分前だけど、レベルは落ちてないと思う。ということで、あらゆる点から積善館は文句なしで一番だと思っているが、他の宿も素晴らしい。一番最初に泊まったのは、まだ若い頃「四万やまぐち館」に泊まって、若女将のアイディアに感心した。高級な方では「四万たむら」も泊まって、お湯も料理も良かったけれど、温泉を利用した暖房が温かすぎて真冬に行ったのに暑くて寝られなかった。「四万グランドホテル」は「たむら」の系列で、どっちの風呂にも入れた。夕食がバイキングで、その分安いからコスパ的に四万入門的な宿かもしれない。「鍾寿館」はお湯がいっぱい出ていて大満足。
(レトロな温泉街)
 四万温泉の宿は4つの地区に分かれていて、案外遠い。川に沿った細長く温泉が何カ所か出ている。町をブラブラ歩くと、古い土産物店、娯楽場などが残っていて、実にムードたっぷり。飲泉所があちこちにあって、源泉を飲ませてくれる。ここは「三大胃腸病の名湯」と呼ばれるほど効能が高い。泉質はナトリウム・カルシウム 塩化物硫酸塩温泉(積善館の場合)で、無色透明な湯である。だから一見すると特に効能もない気がするんだけど、「四万」とは「四万の病に効く」というぐらいの名湯なのである。
(河原の湯)
 共同浴場も4つあって利用しやすい。特に「たむら」近くにある「河原の湯」は川の合流点にあって形も面白い。だけど、僕はやっぱり四万温泉は泊まってじっくり浸かるお湯だと思う。若い頃は自分も四万温泉の泉質の良さに気付かなかった。普通っぽく思っていた。一浴、これは凄いと思う温泉は日本にかなりある。白濁していたり、泥や湯ノ花がすごいお湯など、確かにオッと思う。昔から「草津の仕上げ湯」と言われていた四万温泉は泉質が穏やかである。草津は強酸性で肌にピリッと来るぐらい。それだけ効き目もありそうだが、年を取ってくると強すぎる感じがする。僕も四万温泉がいいなあと思って、あちこち旅館をハシゴし始めたのは50を過ぎてから。体の内から外から、ゆったりと出来る感じでとてもいい。
(奥四万湖)
 四万温泉は歓楽的な要素はほぼない。大旅館もあるからカラオケぐらいはあるかもしれないが、あまり団体で来て騒ぐ雰囲気ではない。草津の湯畑、伊香保の石段のような超有名観光スポットもない。温泉に行く手前に「甌穴」(おうけつ)という天然記念物があるのと、日向見薬師(ひなたみやくし)という重要文化財の茅葺きのお堂があるぐらい。実に地味なところである。最近一番奥にあるダム湖(奥四万湖)がコバルトブルーで美しいと評判で、カヌーをやる人が増えてきた。でも、まあそれぐらいで、確かに温泉初心者の若い人なら、伊香保や草津にまず行くべきだろう。友人、恋人と行って面白いのはそっちである。でも、段々体の不具合が実感できる年になれば、四万温泉の良さが身に沁みると思う。(なお若山牧水新編みなかみ紀行』(岩波文庫)を読むと、明治時代の四万温泉が出て来て非常に興味深い。)
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「信州の鎌倉」、別所温泉(長野県)ー日本の温泉㉓

2022年11月20日 22時52分48秒 |  〃 (日本の山・日本の温泉)
 何度も行っている温泉を最後に書いておきたい。そうすると日光湯元温泉になるけど、まあ今までいっぱい書いてきたから、長野県の別所温泉を取り上げる。三重県の榊原温泉を書いた時に、『枕草子』に「湯は七久里の湯、有馬の湯、玉造の湯」とあるのを紹介した。この七久里がどこだかはっきりせず、榊原温泉だという説が強いようだが別所温泉という説もある。そのぐらい昔から知られた温泉である。今は「信州の鎌倉」と呼ばれている。北条氏とのつながりが深く、「北条氏が七久里を別院(べついん=本寺とは別に設けられた堂舎)として使っていたことから、別所と言われるようになりました」と上田市のホームページに出ている。
(旅館「花屋」の大理石風呂)
 別所温泉は温泉街にお寺や神社が多く、中でも安楽寺八角三重塔国宝になっている。温泉街の町歩きで国宝に出会えるのはここだけだろう。(まあ今はどこでも温泉にしてるので、日光東照宮境内にある宿も温泉になってるけど。また道後温泉と石手寺もかなり近い。)他にも常楽寺北向観音もあるし、近くの塩田平にも多くの寺社が集まっている。温泉に行って山や海のレジャーを楽しむのもいいけど、歴史や文化財を楽しめる温泉としては別所温泉が日本一ではないか。
(安楽寺八角三重塔)
 ここには5回ほど泊まってると思う。近くにも良い温泉がいっぱいあるので、そっちに泊まって安楽寺だけ見に来たこともある。少し離れた青木村の大宝寺にも国宝の三重塔があり、合わせて国宝巡りをしたこともあった。そんな中で別所温泉で一番素晴らしい宿は、間違いなく「花屋」だ。国の登録文化財になっている、宮大工が建てたという素晴らしい建築である。特に渡り廊下で結ばれたムードがなんとも言えない趣を醸し出す。まあその分値段も高いから、そう何度も泊まるわけにいかない。
(花屋の渡り廊下)
 外湯(共同浴場)が今も3つある。大湯大師湯石湯で、全部入った。ものすごく印象的とも言えないが、近在の人もいれば観光客もいて気持ち良い。別所温泉の泉質は「単純硫黄泉」となっているけど、硫黄臭はなく白濁もしてない。そういう硫黄泉もあるんだという感じ。むしろ無色透明の柔らかな湯である。源泉は40度~50度ぐらいらしいが、昔は自然湧出していたという。湧出量が減って何回か掘削して源泉を開発してきた。大湯源泉は自然湧出と出ているから、大湯だけは昔ながらの湯を維持しているようだ。
(大湯)
 場所は長野県東部の上田市になる。上田電鉄という小さな電車も通っている。一番最初はそれで行った思い出がある。そして翌日に塩田平を歩き回った。塩田平というのは、上田市西方に広がる千曲川の河岸段丘で、別所温泉はその西端にある。未完成で終わった三重塔(重要文化財)を持つ前山寺など、ここも鎌倉時代にさかのぼる仏教文化が栄えた地域。また前山寺の門前に1979年に「信濃デッサン館」が作られた。画廊主の窪島誠一郎氏が収集した村山槐多ら夭逝画家のデッサンを集めた小さな美術館である。そこには80年代に初めて別所に行ったときに訪れた。窪島氏は作家水上勉の戦争で生き別れた子だったという人である。
(塩田平)
 そして窪島氏は1997年に戦没画学生の絵を集めた「無言館」をちょっと離れた場所に開設した。ここも出来た年に行って、非常に深い感銘を受けた。一緒に行った妻は新潟市出身なのだが、実家近くの蒲原神社宮司の三男金子孝信という人の絵があったのには驚いた。無言館は当初入館料がなく、「志納」だった。(今は1000円。)窪島氏も高齢となり、両方は大変だから「信濃デッサン館」を閉館するというニュースが流れた年に、デッサン館をもう一回見に行った。現在は限定的に公開されているらしい。特に無言館は必ず一度は見て欲しい場所だ。別所温泉に泊まって、翌日に文化財を巡るという旅を多くの人に勧めたいと思う。

 今回調べていて、昔泊まった宿が閉館になっていて驚いた。もちろんコロナ禍で全国には厳しい宿が多いだろう。また2019年の台風19号で上田電鉄別所線の千曲川橋梁が崩落した影響も大きい。(2021年3月復旧。)ただ別所温泉の大旅館はその前に危機を迎えていた。どこも大変だろうが、やはり大きくしてしまった宿ほど難しい。だから「文化」を発信して個人客にアピールするしかない。寺社、美術もあるが、もう一つ「ため池」というテーマもある。雨が少ないこの地方では昔から「ため池」が多く作られ、ため池巡りが可能なのである。また秋は「松茸」。東京近辺では一番松茸が採れる地域で、秋になると松茸小屋が作られ山の中で食べさせている。様々な楽しみ方がある温泉で、旅番組にももっと売り込んで欲しいと思う。
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銀山温泉と乳頭温泉郷ー日本の温泉㉒

2022年10月25日 22時46分21秒 |  〃 (日本の山・日本の温泉)
 日本の温泉シリーズ。前回蔦温泉を書いた時に、アントニオ猪木がそこに墓を作っているという話を書いた。その直後に訃報を聞いたのには驚いた。ところで前回以来、東北の温泉を何となく思い出してしまって、続けて東北から選びたい。もっとも出来るだけ知られざる名湯を書きたい志で始めたが、今回は「超有名秘湯」である。矛盾した言葉だが、最近はそういうのがある。ホントの秘湯はガイドブックにも載ってない宿で、案外素晴らしかったり、ガッカリするほどボロかったりする。ウェブで予約出来れば、もう秘湯を越えてる感じがするが、「有名秘湯」は値段も高くなっているのが困るところだ。

 さて、山形県の銀山温泉と秋田県の乳頭温泉郷を書こうと思うんだけど、温泉好きなら誰でも知っている名前だろう。まだ行ったことはなくても、一度は行きたいと思ってる。そんなところである。東北でも奥の方になるから、なかなか行きにくい。今は大手のツァーでも行けると思うけど、昔はそこも「秘湯」だったのである。銀山温泉は「おしん」で一躍全国に知られるまでは、あまり有名な温泉ではなかった。何しろ銀山川に沿う温泉街がレトロ感あふれる素晴らしさで、よく「大正ロマン」とか言われる。実際に大正から昭和前期に建てられた宿が残っている。それは以下の写真でもよく判るだろう。
(銀山温泉)
 山形県東北部にあって、尾花沢市から道がある。ここも20年ぐらい前に夏にドライブした温泉地だが、「尾花沢スイカ」が名産で道の駅に並んでいたのが思い出。もう一つ、大相撲の元関脇琴ノ若の出身地で、巨大な肖像写真が街道沿いに立っていて驚かされた。今の佐渡ヶ嶽親方で、最近は息子の琴ノ若が活躍してるんだから時の流れは早いものだ。ここは泉質にそんなに特徴があるわけではなく、温泉街を楽しむ場所だろう。夏から秋に宿泊して、ブラブラ歩いて夕涼みを楽しむ。そんな温泉としては長野県の渋温泉と双璧だと思う。温泉街として一度は行きたい魅力がある。(なお、ここのある宿にアメリカ人の女将がいて、良くマスコミにも取り上げられていた。今回Wikipediaを見たら、離婚してアメリカに帰ったと出ていて驚き。)

 一方、秋田県の乳頭温泉郷は、泉質の異なる6つの湯、休暇村乳頭温泉郷を入れると7つの宿があり、全国でも最も知られた「秘湯」だろう。特に乳白色の「鶴の湯」の露天風呂は、雑誌やテレビの温泉特集で必ず大きく取り上げられる。もういつも満員で、予約を取るにも大変な宿。何ヶ月か前に電話する必要があるが、案外直前キャンセルがあるもので諦めずにチャレンジする方がいい。(秘湯の会のサイトで予約出来ることになってるけど、ほぼ無理だろう。)僕が行ったのは21世紀初頭のことで、よく取れたなと思う。小さな部屋だったけど、食事は美味しかったし、湯は素晴らしかったから満足。
(鶴の湯)
 僕は2年連続して、ここへ行った。それは秋田駒ヶ岳に登りたかったからで、1年目は雨で登れなかったのである。それは山の話で書いたが、秋田駒は素晴らしかった。一年では入りきれない温泉があったし、また行こうと思わせる魅力も大きかった。田沢湖など近隣のドライブも楽しいが、何と言っても湯めぐりである。宿泊者向けに湯巡り手形を売っていて、それを買って歩き回るわけである。何人もゾロゾロ歩いているが、温泉郷は広い。鶴の湯だけ離れているが、後は歩いて回れる範囲である。特に黒湯が知られている。泉質は様々で、蟹場(がにば)も素晴らしいと思う。
(黒湯)
 妙の湯は女性客向けにオシャレ系戦略で売ってる秘湯。ここには2泊しているが、気持ちよいところだった。金の湯、銀の湯があり、泉質が素晴らしい。最近かなり知られていて、人気も高いようだ。
(妙の湯)
 でも僕のオススメは、休暇村に連泊して楽しむというものである。休暇村も独自源泉で、しかも大浴場と露天風呂で違う泉質である。全国各地にあるが、安心して泊まれる。収容人数が多いから循環湯が多いのだが、ここや日光湯元など掛け流しの宿もあるのである。食事も美味しく、子ども向け施設も多いから家族連れには良い。また恋人と行くなんて時に、黒湯や孫六に連れて行くと、ディープ秘湯に引かれてしまうかもしれない。休暇村ならそこは安心で、こういう宿も無いと困るのである。
 (休暇村乳頭温泉郷)
 また行きたくなって来たなあというところで終わり。繰り返しになるが、乳頭温泉郷は「歩いて湯巡りする」ことに意味があるところである。一人じゃ詰まらない。誰でも良いから、一緒に回ると楽しいなあと思うところだ。それは銀山温泉も同じ。
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青森県の蔦温泉ーお湯・自然・歴史「三位一体」の極上名湯ー日本の温泉㉑

2022年09月23日 22時27分06秒 |  〃 (日本の山・日本の温泉)
 「日本の温泉」シリーズは2年間書く予定で、もうあと僅か。今までは「こんな知られざる名湯(名旅館)がある」みたいなスタンスで書いてきた。残り少ない中で、どこを取り上げようかといろいろ思い浮かべた時、青森県の蔦(つた)温泉という名前が脳裏に浮かんできた。八甲田山周辺にある湯で、近くには有名な酸ヶ湯温泉もある。(酸ヶ湯が経営する八甲田ホテルという完全に洋風の素晴らしいホテルもある。泉質は別。)そこから秋田県、岩手県北部にかけては名湯が集中し、八幡平周辺の御生掛(ごしょがけ)温泉や強酸性でガンも治ると言われる玉川温泉など忘れがたい。
(蔦温泉久安の湯)
 でも蔦温泉ほど「ああ、素晴らしいお湯だった」「素晴らしい自然だった」と賛嘆する温泉は数少ないと思う。まあ温泉好きなら、名前は誰でも知ってるようなところだから、今まで書き残してしまった。いろいろ泊まりたいから、八甲田にはまた行ってるけど蔦温泉には一度しか泊まっていない。それは十和田、八甲田を最初に訪れた時だから、もう何十年も前になる。まだ車を持ってない頃で、東北新幹線も盛岡が終点だった時代である。盛岡から青森まで在来線の特急、青森駅から国鉄バスで蔦温泉まで一本で行けた。(国鉄バスだから民営化前である。)目の前に大正時代に建てられた壮麗な宿が見えたら感激した。
(旅館前景)
 何しろお湯が素晴らしい。先ほど写真を載せた「久安の湯」は、最近よく言われる「足元湧出泉」である。日本全国に幾つもない、お風呂の下からお湯が湧き出ているという極上の湯なのである。泉質はナトリウム・カルシウム-硫酸塩・炭酸水素塩・塩化物泉(低張性中性高温泉)とホームページに出ている。透明の湯で、泉温は44.5度とそれほど高くないが、何しろ足元から出ているからちょっと熱いかもしれない。蔦の森の湧水で調節しているという。久安の湯は男女別時間制。他に男女別の「泉響の湯」(作家井上靖の命名)と貸切風呂がある。
(貸切風呂)
 蔦温泉はブナの森の中に建つ一軒宿で、周辺はすべて大自然という素晴らしさ。七つの沼に囲まれ、「蔦七沼めぐり」の遊歩道がある。このハイキングは宿泊者なら誰もが行くだろう。1時間程度で一周出来るコースになっている。紅葉の季節の素晴らしさは、今では「マイカー規制」をするほど知られてきたらしい。僕が行ったのは夏だったから観光客はいたけれど、混雑というほどではなかった。写真を探してみると、以下のようなものが見つかったので、余りに素晴らしいので借用します。
 
 蔦温泉は歴史的なエピソードがいっぱいある宿だ。旅館の前には大町桂月(1869~1925)の銅像がある。明治期の文人で、「君死にたまふことなかれ」を発表した与謝野晶子を「乱臣賊子」と罵倒した嫌なヤツである。美文調と教訓臭という、今となっては時代に取り残された人物だが、終生旅と酒を愛して諸国を放浪した。特に気に入った蔦温泉には住み込んで、本籍まで移してここで死んだ。北海道の「層雲峡」、「羽衣の滝」に名を付け、青森県の「奥入瀬渓流」を全国に知らしめた。なかなかセンスはあるんだけど、時代の国粋的風潮を疑うことが出来ない小文豪だった。蔦温泉に資料室があり、多分見たと思うけど全く覚えてない。
(大町桂月像)
 宿のホームページには、1967年東宝映画、成瀬巳喜男監督の遺作『乱れ雲』のロケが行われたことが出ている。加山雄三、司葉子主演で、交通事故の加害者と被害者の妻が青森で巡り会うという話である。二人は蔦温泉で結ばれてしまうが、話がどうも納得出来ずに僕は一回しか見てない。でも確かに蔦温泉の建物が出て来る。また吉田拓郎のヒット曲「旅の宿」は作詞家の岡本おさみがここに泊まって「別館客室のイメージをもとに一篇の詩をしたためました」と出ている。最近ではアントニオ猪木がここを気に入り、一族の墓を建てたという。すでに亡妻(倍賞美津子の次の次の4人目の奥さんで、2019年死去)の納骨を済ませているという。

 という風になかなか豊富なエピソードがある宿だが、ホームページに何故か出てこないのが『火宅の人』である。檀一雄畢生の大傑作である超絶不倫小説『火宅の人』は、1955年から折々に書き継がれて1975年に完結した。檀一雄は1976年1月2日に亡くなったので、まさに遺作となり、没後に読売文学賞、日本文学大賞を受賞した。その後、テレビドラマ化され、1986年には深作欣二監督の映画も公開された。ちゃんと映画のロケも蔦温泉で行われているのに、全然触れられていない。作家が新劇女優と蔦温泉で最初に結ばれてしまうのがまずいのか。その相手役女優はテレビでも映画でも原田美枝子がやっていた。映画の妻はいしだあゆみで、女優賞独占。しかし映画は原作にない松坂慶子とさすらってしまうのは、まさに「火宅」を生きる深作監督の反映だった。
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登別温泉の第一滝本館ー日本の温泉⑳

2022年08月26日 22時36分05秒 |  〃 (日本の山・日本の温泉)
 前回は鹿児島県・指宿温泉の「白水館」という大旅館を取り上げた。大旅館というつながりで、北海道・登別温泉第一滝本館を取り上げたい。ここはとても有名な温泉で、僕の世代だとザ・ドリフターズ版いい湯だな」の一番最初に「ここは北国 登別の湯」と歌われている。登別、草津、白浜、別府と続く一番初めである。この歌はもともと永六輔作詞、いずみたく作曲、デューク・エイセス歌の「にほんのうた」シリーズの一曲だった。京都の「女ひとり」、宮崎の「フェニックス・ハネムーン」なんかと同じ。元は群馬県の歌だから、草津、伊香保、万座、水上の4つが出てくる。ドリフ版で初めて全国ヴァージョンになった。
(第一滝本館の大浴場)
 なんて知ってたみたいに書いたけれど、実は今調べて知ったのである。そうか、この歌は二つの歌詞があったのか。その登別温泉だけど、江戸時代末には探検家松浦武四郎なども訪れ、知られるようになった。語源はアイヌ語の「ヌプル・ペツ」(水色の濃い川)とされる。湧出量1日1万トン、9種類の泉質から「温泉のデパート」と言われる北海道随一の温泉地として有名だ。しかし、僕が訪れたのは北海道の温泉の中では遅い方だった。北海道旅行は登山目的だったので、百名山にたくさん選ばれている道東、道央に行くことが多かった。だけどまあ、一度は登別にも行きたいと計画に入れた年がある。
(第一滝本館全景)
 その時はどの宿を予約するか調べて「第一滝本館」だなと思った。登別最初の旅館で、1888年に滝本金造という人が開いたという歴史ある宿である。少し大きすぎる気がしたが、何より良いなと思ったのは「泉質の多さ」である。登別温泉は9つの泉質があるというが、第一滝本館だけで、そのうちの5つに入れるのである。大浴場は「芒硝泉」で酸性度が一番高い。露天風呂は「硫黄泉」で、これも酸性度が高い。大浴場の中に、他の「酸性緑ばん泉」の緑の湯、アルカリ性の「重曹泉」、そして「食塩泉」の浴槽がある。
(重曹泉の浴))
 登別温泉には他に明礬泉、鉄泉、酸性鉄泉、ラジウム泉もあるというが、全部入るのは大変。一つの旅館に5つもまとまっているのは有り難い。全部入るのが大変なぐらいだ。そしてもう一つ、「地獄谷」と言われる温泉が噴出する源泉を大浴場から一望できるのである。箱根の大涌谷などと同じような風景である。しかし、多くの温泉では宿から歩いて見に行く。登別でも歩いて見られるけれど、同時にお風呂から見えるのがすごい。これは他の温泉にはないだろう。温泉なんだからお風呂が大事である。いろんな素晴らしいお風呂に入ったけれど、こんなに多彩な泉質を一軒の宿で経験できるところは稀だ。それに飲泉もできる。
(地獄谷を一望する)
 大旅館は宿泊費も高い。例えば1万円の宿に対して、2万円の宿に泊まったら、2倍の満足度を得られるだろうか。僕の経験だと、そうはいかない場合が多いと思う。大きい宿は客も多いから、客の扱いが雑になったり、料理も作り置きばかりになったりする。部屋の大きさだけは、確かに大旅館の方が広い。法師温泉鶴の湯温泉など、泉質は素晴らしいけど、狭いなあという部屋だった。しかし、部屋だけ広くても仕方ない。一般的な傾向では、大旅館も時々いいけど、小さくて安い宿の方が面白いことが多いと思う。でも第一滝本館の料理は満足だった。あれだけの大旅館なのに高いレベルを維持していたのは立派。
(のぼりべつクマ牧場)
 登別にはロープウェイで行く有名な「のぼりべつクマ牧場」がある。ヒグマを飼育するというとんでもない発想だけど、ここは行く価値あり。観光地のこの手の施設は不満足も旅情のうちと思うけど、ここは純粋に面白かった。というか、野生ではヒグマに会いたくないから、ここで見てスゴいなと思ってしまった。「マリンパーク・ニクス」という水族館にも行った。一時経営危機が伝えられたが、今も何とかやっているようである。登別は一度は行きたい温泉だが、高くても第一滝本館が良いと思う。
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指宿温泉白水館の元禄風呂と砂蒸しー日本の温泉⑲

2022年07月25日 21時01分34秒 |  〃 (日本の山・日本の温泉)
 鹿児島県の薩摩半島南端にある指宿温泉は、温泉の中でも難読地名のトップ級だろう。「いぶすき」と読めない人に何人か会ったことがある。直木賞作家の山本一力は、若い時に旅行会社に勤めていて客から「いぶすき温泉」を取ってくれと言われた時に、全然知らなかったと書いていた。いろいろとパンフなどを調べて、「扱ってないですね」と言ってしまったという。漢字の読みを知らなかったのである。もっとも「熱海」とか「鬼怒川」なんかも、知らなきゃ正しく読めないだろう。

 今まで小さな秘湯を取り上げることが多かったので、2回ほど大旅館を書きたい。大旅館を避けてきたわけじゃなく、時々は行っている。本当に若い頃は、国民宿舎や民宿、ユースホステルなどに泊まって旅行したが、そのうち少し余裕が出来てくると「たまの贅沢」をしても良いかなと思うようになった。でも、勇んで予約した大旅館に行ってみると、案外つまらない。部屋は大きいし、食事の品数は豊富だけど、それだけみたいな宿が結構多かった。特にいつまでも女将が見送っていたりする宿が困る。車だと車内整理とか、宿周辺の散歩、写真撮影をしたいのに、ずっと入口で立っている。もう引っ込んでくださいという感じ。
(指宿白水館の元禄風呂)
 ところで指宿温泉だけど、開聞岳に登りに行った時に泊まって気に入って、また行ったところである。1回目は指宿いわさきホテルに2泊。ここも素晴らしいんだけど、2回目にはたまに大旅館と思って、「白水館」にした。ここの名物の「元禄風呂」と名付けた「江戸時代を再現」という巨大な風呂がすごい。とにかく広くて豪華。そりゃまあ、宿賃は高いけど、十分満足だった。指宿温泉は湧出温度82℃のナトリウム塩化物泉だという。湧出温度はもっと高温もあるらしいが、泉質は同じ。大露天風呂は他にもあるけれど、内風呂の大きさと満足度ではここが一番だった。
(白水館全景)
 ところで指宿温泉と言えば、言わずと知れた「砂むし」が名物である。「指宿砂むし会館」という立ち寄りがあるから、誰でも入れる。だけど、ちょっと大きな旅館・ホテルには自分のところに「砂むし」の施設がある。チェックインした後に外出するのは面倒なので、指宿で大旅館を取ったのは、中で砂むしもやれるところという目的がある。
(指宿砂むし会館)
 「砂むし」というのは、浴衣だけになって熱い砂を掛ける温浴である。首にタオルを巻いて横たわると、係の人が砂を掛けてくれる。砂が熱いのは下から地熱で温まっているからで、50度ぐらいになるという。だから、裸のままで砂に埋まると熱くてやけどする。だけど体の奥の方から温まって発汗して、体内の毒素が全部出ていくような快感は他では得られない。独自の入浴法があると大体試してみる。砂むしに似たようなのは他にもあるけど、指宿の砂むしが一番趣があって面白い。
(指宿いわさきホテル)
 最初に泊まった指宿いわさきホテルも大満足の宿だった。岩崎グループは鹿児島を中心に観光、交通業を展開している。一時は首都圏にも進出していたが、現在はホテルとしては指宿屋久島種子島に集中している。(昔行って面白かった伊豆南端の石廊崎ジャングルパークも岩崎がやっていたと今知って驚き。)南国リゾートムードの大ホテルで、隣に美術館を併設している。そういう宿も時々あって、創建者が美術マニアで収集品を展示しているのである。温泉に入ってアートに浸るのも一興。指宿温泉は高いところばかりではなく、民宿、ペンション、休暇村など周辺を入れて40軒以上の宿がある大温泉地で価格もそれぞれ。
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鹿児島県の吹上温泉みどり荘ー日本の温泉⑱

2022年06月26日 20時53分11秒 |  〃 (日本の山・日本の温泉)
 日本の温泉シリーズ。次は九州を書く順番だけど、遠いからあまり行ってない。それも最初の旅行では取りあえず大きな宿に泊まったので、あまり特色のある宿が思い当たらない。別にもう一回指宿温泉を書く予定なので、今回はまず鹿児島県日置市にある吹上温泉みどり荘を取り上げたい。地名だけ書いても場所が判らないと思うけど、鹿児島県南西部、薩摩半島西部の海辺に近いあたりになる。なお、北海道と宮城県にも吹上温泉がある。北海道の吹上温泉は上富良野町にあり大露天風呂で有名。「北の国から」で若き日の宮沢りえが入って有名になった。僕も行ったことがある。
(「みどり荘」の露天風呂)
 一方、鹿児島の吹上温泉みどり荘は長いこと、九州で唯一の「日本秘湯を守る会」の会員旅館だった。この会は福島県の二岐温泉「大丸あすなろ館」から始まったので、東北や関東信越の宿が多い。スタンプ帳に10個たまると一泊招待がウリなので、離れた宿が入っているメリットは少ない。しかし、入ってなければこの宿を知らなかったかもしれない。東京から行く人はやはり秘湯の会で知った人が多いと思う。空港から薩摩焼の窯元などを見て、たどり着く。遠くまで来たなあという感じだ。
(入口)
 吹上温泉は源泉43度の硫黄泉で、数軒の宿があるようだ。「みどり荘」は中でも大きな宿で、優しい泉質が肌に優しい。付近の様子はもう忘れてしまったけれど、案外大きな敷地にゆったりとムードある宿が建っていた。この時は開聞岳に登ることがメインの旅で、鹿児島県の薩摩半島だけをノンビリ回った。近くに大きな温泉もないし「みどり荘」に泊まろうとなったが、料理も施設も立派なことに驚いた。8部屋しかなくて少人数向けの宿である。内風呂もいいけれど、ちょっと離れた露天風呂がとても素晴らし。いつまでも入っていたくなる。まあ、最初の写真は撮りようだなと思うけど。
(池に面した全景)
 宿はみどり池に面していて、そこをグルッと部屋が立ち並ぶ。面してない部屋もあるし、多分そこに泊まったのだが、露天風呂も池に面してとても気持ちが良い。料理も鹿児島の地鶏など美味しかった。ところで僕は実は前から温泉近くにある「吹上浜」を見てみたかった。鳥取砂丘や浜松の中田島砂丘と並び、日本三大砂丘と呼ばれている。それより吹上浜は戦後派作家・梅崎春生の遺作『幻化』の舞台になった場所なのである。「桜島」でデビューした作家の最後の作品で、心に傷を持つ主人公が砂丘を彷徨う場面は永遠に忘れられない。もう知らない人が多いと思うけれど、読んだときから吹上浜を見たかったのである。
(吹上浜)
 また坊津(ぼうのつ)を訪れたのも忘れがたい思い出。と言われても判らないと思うけれど、薩摩半島南西の小さな港町。昔、鑑真がここにたどり着いたのである。中国からここへ来て、そこからまた奈良まで行ったのか。小さな記念館があって、今では小さな漁港という感じの港が、かつて栄えた歴史を展示する。一日目に行った薩摩焼の窯元(日置市の苗代川)も司馬遼太郎故郷忘じがたく候』を読んだから行ったのである。やはり山と温泉に加えて、歴史と文学も旅情を呼ぶわけである。
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徳島県の祖谷(いや)温泉、ケーブルカーで下りる露天風呂ー日本の温泉⑰

2022年05月22日 22時07分57秒 |  〃 (日本の山・日本の温泉)
 中国地方は比較的温泉が少ないが、山陰には素晴らしい温泉があり、岡山県北部には「美作三湯」もある。しかし、まだ行く機会がないので、次の四国に飛びたい。ここでは徳島県の祖谷(いや)温泉が素晴らしい。もちろん大きな温泉としては、愛媛県の道後温泉があり、道後温泉本館は日本で最も素晴らしい外湯だと思うけど、秘湯系を取り上げているので除外。今や琴平や足摺岬も温泉になったけれど、源泉掛け流しの温泉を本格的に味わえるのは、祖谷(いや)温泉だけ。
(露天風呂)
 ここは1965年に見つかって、1972年から温泉ホテルが開業したという。割と新しい温泉で、なかなか知られなかったが、段々「温泉好きなら一度は行きたい」という評判が聞こえてきた。何しろ露天風呂までケーブルカーで下りていくというのが、そんなところがあるんだと驚いた。実際にケーブルカーに乗った時は、ちょっと感慨深かった。はるばる来たなあと思う。源泉は39.3度の単純硫黄温泉で、これ以上低かったら加温しないといけない。この温度でも、お風呂としては低い。逆に言えば、いくらでも入っていられる。もちろん立派な内湯もあるし、食事も素晴らしかった。でも、やっぱり祖谷温泉の魅力は絶景露天だろう。
(ケーブルカーで行く)
 ここへ行ったのは、石鎚山剣山に続けて登った年のこと。愛媛県側から行ったが、何しろすさまじい国道で、すれ違い出来ないぐらい狭い。そこに時々向こうから大型トラックがやって来るから恐怖である。そしてたどり着くと、その辺りの奥深い谷も凄い。日本三大秘境というらしい。他は宮崎県の椎葉、岐阜県の白川郷というが、どっちも行ってるけど祖谷渓の山深き様子は一番スゴイのではないか。谷がどんどん深くなり、山の上の方にも家が見える。どんな暮らしだろうと想像するが、僕の想像を絶している。ところで、なんで「祖谷」を「いや」と読むのだろう。今回検索してみたが、見つからなかった。
(祖谷温泉)
 近くには他にも温泉旅館がある。「新祖谷温泉」は逆にケーブルカーで上る「天空露天風呂」がウリだが、こっちは源泉が低いので加温せざるを得ない。ここも泊まったのだが、温泉という一点に絞れば、まずは祖谷温泉になる。ところで、新祖谷温泉は「かずら橋」という名前を旅館に付けている。重要民俗文化財に指定されている吊り橋「かずら橋」が近くにあるからだ。日本のあちこちに観光用の吊り橋がある。関東地方だと常陸太田の竜神大吊橋とか、塩原温泉のもみじ谷大吊橋など。揺れるから怖いけど、まあ落ちることはないだろう。それに対して、こっちのかずら橋は怖さが半端ない。何しろ底がスカスカなのである。名物だから一度は行こうかとお金を払ったので、諦めるのはシャクだから何とか渡ったんだけど、ここは二度行かなくてもいいな。
(祖谷のかずら橋)
 四国の森と言えば、大江健三郎の故郷であり、大江文学によく出てくる。愛媛から徳島へ向かう時は、大江健三郎の生地辺りも通っていったのだが、なるほどこの深い森はスゴイと痛感した。この感じは行かないと感じられない。高知県には行けなかったので残念。高度的にはあまり高くないので忘れがちだが、四国山地の山深さは一度は見ておきたいところだ。
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南紀・湯の峰温泉あづまや旅館ー台風直後の「つぼ湯」-日本の温泉⑯

2022年04月27日 22時44分14秒 |  〃 (日本の山・日本の温泉)
 北から西へと日本各地の温泉を書いてきて、本来ならそろそろ日本海側へ行きたいところだが、実は北陸地方も山陰地方もほとんど行ってない。ちょっとは行ってるが、ここで書くような温泉じゃなかった。そこで前回書いた三重県の榊原温泉から近いんだけど、南紀・熊野の湯の峰温泉を取り上げたいと思う。ここには幾つか宿があるが(現時点で13軒らしい)、「あづまや旅館」に泊まった。日本全体を通してもベスト級の名温泉旅館で、泉質、食事、宿の対応、周辺の雰囲気すべて素晴らしかった。
(「あづまや」のお風呂)
 今まで南紀には3回行っているのだが、湯の峰に行ったのは10数年前のことである。実は榊原温泉へ行ったのと同じ時なんだけど、三重県から奈良県に入って大台ヶ原の方を回っていた。その後で十津川へ行って上湯温泉神湯荘という旅館に泊まった。ここも素晴らしい泉質の温泉だったけど、それより恐ろしいことに台風がその夜に襲ってきたのである。出発した時は影も形もなかった。旅行中に雨の日があっても不思議じゃないが、この時は近畿地方の南にあった低気圧が急発達して台風になって上陸してしまった。そんなに大きくなかったが、やはり雨風は激しい。宿の裏が山になっていて、山崩れでもあったら大変と安眠出来なかった。
(あづまや旅館)
 翌日は熊野古道を歩こうと思っていたのだが、これでは無理である。台風自体は一夜で通り過ぎて台風一過だったけれど、古道探訪は無理だろう。では新宮方面の観光施設(佐藤春夫記念館など)に先に行っておこうかと思ったんだけど、途中でとんでもないニュースが…。熊野川が増水して氾濫したというのである。国道は通行止めになった。行くとこもないから通行止め地点まで行ってみたが、確かに遠くで道が冠水しているのが見えた。これは困ったな、やることが何もない。観光施設みたいな場所もないし、あっても閉まってる。食事するところも開いてない。ようやくうどん屋を見つけて食べたのだが、さてそれからどうする?
(つぼ湯)
 そこでガイドをよく見てたら、なんとあづまやのチェックイン時間は午後1時になっているではないか。ホントにそんなに早く入れるのか。一応電話して確かめたら、その日も1時に宿に入れるという。そこでほとんど1時すぐにチェックインしわけである。そこには加水なし源泉100%、源泉92.5度という湯が適温でお風呂に満ちている。泉質は「含硫黄-ナトリウム-炭酸水素塩・塩化物泉」とあるが、とても柔らかくてさっぱりした感じの名湯だった。宿の風呂もいいけれど、湯の峰温泉の名物は川のそばに自噴する岩風呂「つぼ湯」である。何しろ史跡に指定され、そして今では世界遺産になっている。世界唯一の温泉の世界遺産である。
(つぼ湯)
 日本各地で名物の外風呂があれば、時間を作って寄ってきた。長野県の野沢温泉や渋温泉の外湯などである。今度も是非行きたいわけだが、見に行って驚いた。川が完全に増水している。氾濫するまでにはなってないけど、山の中だから恐ろしいほどの急流である。轟音を立てて流れすぎている。「つぼ湯」?、どこにあるのか。入れるとか入れないとかのレベルではない。全く水没しているではないか。そんなことがあるのか。ということで、その日はアウト。翌朝は水も引いていて、つぼ湯は朝からやっていた。では、朝食前に一風呂浴びようか。普段はずごく待ち時間が長いようだが、この時はさすがにすぐに入れた。ま、そういう事情だから、入ったという記憶しかないんだけど。妻はどうせ川の湯が混じっているとかいって行かなかった。

 湯の峰温泉は「小栗判官・照手姫」の伝説の場所である。それって、何だ。僕の世代ではもう通じない話で、読み方も判らないだろう人のために書いておくと、「おぐりはんがん・てるてひめ」である。中世の芸能である「説経節」で知られたという。簡単に言えば、死んだ小栗判官が蘇ったというぐらいの名湯だという話である。それは伝説としても、古代以来の熊野詣でのおりに遙々京からやってきた貴族たちも浸かったと記録にある。熊野本宮もものすごい「パワースポット」で、そんなことに何の関心もない僕でさえ、ここには何かありそうな気がしたぐらい。火山もないのに何でここらに温泉がいっぱいあるのか。いろんな説があるようだが、古い温泉街も趣ある日本有数の名湯だ。
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三重県の榊原温泉、「枕草子」に出て来る名泉ー日本の温泉⑮

2022年03月23日 22時48分35秒 |  〃 (日本の山・日本の温泉)
 日本で一番古い温泉はどこだろうか。原始時代に掘削技術はないけれど、列島各地に自然湧出する温泉があるんだから、大昔から人々が利用していたに違いない。だから最古がどこかは判らないけれど、大昔の文献に出て来る温泉は幾つかある。愛媛県の道後温泉聖徳太子が入浴したという伝説がある。その真偽は不明だが、斉明天皇中大兄皇子が百済救援のため九州に赴く途中で来たことはあるらしい。この二人は有馬温泉(兵庫県)や白浜温泉(和歌山県)にも行ったという話が伝わっている。

 また「枕草子」に書かれている温泉もある。第百十七段に「湯は七久里の湯、有馬の湯、玉造の湯」と出ている。「有馬の湯」は有馬温泉で間違いない。「玉造の湯」も島根県の玉造温泉だろう。この名前の由来は、付近で瑪瑙(めのう)が採れたため古来から勾玉(まがたま)作りをしてきたため。三種の神器の一つ、八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)というのがここで作られたと言われるから、古くから朝廷に知られていたのだろう。問題は「七久里の湯」である。読みも不明だが「ななくり」と思われる。

 今全国のどこを調べても、七久里温泉なんて場所はない。「枕草子」には名前しか書いてないから判らないのである。しかし、歴史的に「ななくり」と呼ばれていたらしい温泉がある。それが三重県の榊原(さかきばら)温泉である。いや、長野県の別所温泉だという説もあって、別所に行くとパンフにそう出ている。でも大方は榊原温泉だろうとされているようだ。しかし、そう言われても、それはどこ? 関東ではほとんど知られてないし、行った人も少ないだろう。じゃあ、そこへ行ってみようじゃないか。
(「湯元榊原館」の源泉風呂)
 南紀には何回か行ってるが、熊野古道に行きたいと思って、ある夏にドライブに出掛けた。(結果的には突然台風が襲って来て、古道を歩くどころか熊野川が氾濫して停滞せざるを得なくなった。)一日で奈良の奥の方まで行くのは無理なので、最初の日に榊原温泉に泊まった。どこにあるかもよく判ってなかったが、今は津市、当時はまだ久居(ひさい)市である。南北に長い三重県の中で、東西でも南北でも大体真ん中になる。江戸時代にはお伊勢参りの参拝前に沐浴する湯として賑わったと言われる。
(三重県の温泉地図)
 調べてみると、今では自然湧出する源泉はないという。昔は自然湧出していたらしいから、知られていたのだろう。奈良京都から伊勢へ行く時の途中にあるから、昔の人にもなじみがあったのか。今は5軒の旅館が営業してるようで、調べてみると湯元榊原館というところは、自家源泉100%を掛け流している風呂があると出ている。どうも全体的に湯量が減ってしまい、循環させる旅館が多いようだ。ではそこへ泊まろうと予約した。湯元榊原館はとても大きな旅館で、やはり大きな風呂は循環だったと思う。しかし、源泉と明示した湯船があった。それが一番上の画像だが、多くの人がそこに浸かりきって動かない。
(湯元榊原館)
 それは温度が37度ぐらいでヌルいのである。しかしアルカリ性単純泉の「まろみ源泉」と称していて、夏だからずっと入っていられて、肌はツルツル感がしてきて気持ちが良い。いくらでも入っていられる。だんだん体が温かくなってくる。素晴らしい名湯で、関東からだとちょっと遠いけど、一度は行く価値がある温泉だ。料理や部屋も満足で、大きな旅館は失望することが多いのだが、ここは良かった。「枕草子」の話を知らないと、地元以外の人がなかなか行かないと思うが、ちょっと記憶しておきたいところだ。
(赤目四十八滝)
 観光としては、近くに赤目四十八滝がある。「室生赤目青山国定公園」というのがあって、国立公園ほど有名じゃないけど面白い場所が多い。室生寺は「女人高野」として知られていて、僕も大好きなお寺だけど、赤目四十八滝青山高原となると関東では知名度が低い。僕が一度行ってみたかったのは、もちろん車谷長吉の直木賞受賞作「赤目四十八瀧心中未遂」、そしてその映画化、荒戸源次郎監督作品があったからだ。なんか非常に凄いところのように撮られているけど、案外小さな滝が続く場所だった。どっちかと言えば「ガッカリ名所」かもしれない。オオサンショウウオの生息地で「日本サンショウウオセンター」がある。これは見どころがあった。
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長野県の中房温泉、最も素晴らしい山の秘湯ー日本の温泉⑭

2022年02月27日 20時02分42秒 |  〃 (日本の山・日本の温泉)
 日本の温泉を毎月一回書いているが、ウクライナの事態に気が取られて2月が短いのを忘れていた。関東・伊豆を書いたから、次は甲信越である。山梨県では南アルプスの麓に奈良田温泉白根館がある。素晴らしいアルカリ泉だが、近年宿泊を止めてしまった。立ち寄りは継続しているようだが、この秘湯に泊まれなくなってしまったのは残念だ。新潟にも素晴らしい温泉が多いが、行ってないところも多い。前に書いた糸魚川の姫川温泉や赤倉温泉の赤倉観光ホテルも新潟県。他では松之山温泉が素晴らしい。

 しかし、何といっても素晴らしい温泉に恵まれているのは長野県だろう。渋・湯田中温泉郷野沢温泉別所温泉白骨温泉高峰温泉など全国レベルの素晴らしい温泉がいっぱいある。その中でも一番素晴らしいのは、安曇野の奥の奥、北アルプスの「表銀座」燕岳(つばくろだけ)の登山口でもある中房温泉だ。ここは日本中の温泉の中でもベスト・オブ・ベスト級で、なかなか二度と行けないお湯が多い中、あまりにも素晴らしいのでまた行ったところである。お湯も料理も立地条件も全部いいけど、ここで見た星空の素晴らしかった事も忘れられない。もっとも冬季休業だから、今書いてもすぐは行けない温泉。
 
 中房温泉は山の中にあって、標高1462mという。これより高所の温泉は他にいくらもあるが、それでもずいぶん高い。下界が猛暑の夏も、ここまで来れば涼しいことこの上ない。僕は夏しか大旅行が出来ないから、ここへ行った2回も夏である。東京を逃れて中房温泉まで行き着けば、本当にホッとしたもんだ。僕が行った頃は旅館に大きな犬がいた。おとなしくて可愛い犬だったな。

 温泉が数ある日本の中でも中房温泉は特に素晴らしい。湧出量も泉質も素晴らしくて、立ち寄り専用や足湯、地熱浴場などを含めて14ものお風呂がある。大浴場などは混浴だが、女性専用タイムがあるから、男女とも全部のお風呂を満喫できる。とはいえ、正直言えばそんなに入っても仕方ないから、全部は入ってない。数もそうだが、単純硫黄泉(アルカリ性低張性高温泉)の泉質が素晴らしい。一浴、おっ、これはいいなと思う。アルカリ泉の肌に優しい素晴らしい湯だ。30もの源泉があるが、ほぼ同じ泉質だと思う。90℃もあるが、加水せずに冷却して掛け流している。あっちにもお風呂、こっちにもお風呂で大満足である。

 お風呂をハシゴして、一日の旅の疲れを取れば、ちょっとグッタリした感じになる。そんな時は入浴で失われた水分や塩分を補いたくなるが、中房温泉の配慮は完璧だ。あちこちに冷水があって、水も飲めたと思うけど、トマトやキュウリも冷えている。自由に食べてよくて、キュウリに付ける味噌まである。座れて休めるようになっていて、浴衣姿でノンビリ。そういう宿は他にもあったけれど、山の秘湯でこういうサービスは本当にうれしい。

 ここは古い歴史がある温泉で、「本館菊」など7棟が登録有形文化財になっている。坂上田村麻呂時代から温泉が知られていたという話。湯宿を始めたのは文政4年(1821年)のことで、松本藩の命でミョウバン採取を主目的に温泉小屋も始めたと出ている。今も残る「御座の湯」は藩主も浸かった湯だという。ホームページには今までに訪れた著名人が掲載されていて、現天皇も燕岳登山の前に泊まったという。秩父宮も泊まったとか、大町桂月、永田鉄山、阿部次郎、賀川豊彦、務台理作、中河与一など、今では誰それ?と宣伝になりそうもない名前がいっぱい載っている。それでも以上の名前は僕も知っているが、浅井冽、若山登志子は僕も誰それ? 後者は若山牧水の未亡人だとか。しかし、最近の著名人は誰も行ってないのか?そんなことはないと思うけど。
(登録有形文化財の本館菊)
 もう一つ、他のどこにもないのが「焼山」である。これは裏にあるちょっとした山だが、上の方が地熱で熱い。歩いている分には別に問題もないが、頂上は確かにいるだけでも熱くなってくる。そこをちょっと掘って、食材を入れておくと蒸し焼きが出来あがる。売店でジャガイモ、卵、ソーセージなどを売っていて、買って蒸し焼きにして楽しむわけである。箱根大涌谷の黒卵のように温泉に浸けるのとは違うけど、自分で出来ちゃうのが面白い。他では見たことがない。
(焼山)
 その他に、国指定の天然記念物もある。「中房温泉の膠状珪酸(こうじょうけいさん)および珪華(けいか)」である。前者は好熱性原核生物に珪酸が吸着したもので世界的にも珍しいという。と言っても、僕はそれらを見たことがない。温泉に入っただけで、もう充分という気持ちになってしまい、蒸し焼きも天然記念物も今回はいいやという気持ちになる。歴史も自然も見るところが多い温泉だけど、それよりもお湯の素晴らしさこそ第一の魅力だ。料理も美味しくて、料金が少し高くなっている感じだが、登山者用の安いプランもある。車がないと行きにくいところだが、また何度でも行きたい温泉。
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伊豆・河内温泉の金谷旅館、もう一つの「千人風呂」ー日本の温泉⑬

2022年01月23日 21時23分06秒 |  〃 (日本の山・日本の温泉)
 関東地方では北茨城の五浦観光ホテル別館大観荘を取り上げたが、次は静岡県の伊豆半島の温泉。厳密に言えば関東ではないが、昔から多くの文学、歌、映画に出て来て関東人にはなじみ深い。小さい頃からテレビを付ければ、「伊東に行くならハトヤ、電話はヨイフロ(4126)」とCMを流してた。だから3時のおやつは文明堂(のカステラ)、温泉旅館はハトヤだと思って育ったが、ハトヤにはまだ行ったことがない。それでも伊豆は子どもの頃には家族で行き、学生になると合宿で行き、勤めてからは職員旅行で行った。もちろん結婚してからは夫婦で何度も行っている。夏は海、冬は避寒で良く行くところで、思い出がいっぱいある。

 昔は団体旅行向けの大旅館が立ち並んでいたが、最近は家族向けの小さな旅館も多くなってきた。東京から近いだけに超高級旅館から、昔風の小さな宿までいっぱいそろっている。山もあるから秘湯の宿もあるし、川端康成が「伊豆の踊子」を書いた宿などもある。そんな中で書いてみたいのは、河内温泉金谷旅館というところである。場所は伊豆急線で下田の一つ前の蓮台寺(れんだいじ)。ここは温泉ガイドや旅番組などには何故かあまり出て来ないけれど、「もう一つの千人風呂」があるのである。千人風呂と言えば、温泉ファンなら誰でも青森の酸ヶ湯温泉を思い出す。しかし、東京に近いこっちの千人風呂はあまり知られていない。
(金谷旅館の千人風呂)
 もちろん千人が入れるかと言えば、それは無理である。「八百万」(やおよろず)と言うような誇張表現である。でも間違いなく大きい。伊豆のほとんどの温泉と同じく、透明な単純泉があふれている。もちろん源泉掛け流し。酸ヶ湯は昔からある湯だから「混浴」だったが、今は男女で仕切っている。こちらも混浴だが、女性用の「万葉風呂」からタオル着用で入って来られるようになっている。女性側からだけ開けられる鍵があって、千人風呂から万葉風呂には行けない仕組み。他に家族風呂もある。
(千人風呂)
 この地域の温泉はまとめて蓮台寺温泉とか下田温泉ということもある。金谷旅館はその中で、河内温泉と称している。下田は幕末の開港地として史跡も多く、宿が多い。しかし、下田地域には温泉は出ず、蓮台寺から引き湯している。金谷旅館は「日本一の総檜風呂」を誇っているが、案外知ってる人がいない。昔のホームページには社交ダンスが出来る練習場などがあると出ていた。先ほど見たらホームページがキレイになっていて、風呂や部屋、料理以外に宿の情報がなくなっていた。(僕がちょっと見た感じでは宿泊代も見つからなかったんだが…。)風呂は1000円で日帰り入浴もできると出ている。
(金谷旅館) 
 伊豆は山海の恵みがウリだが、やはり海の幸である。中でも伊勢エビや金目鯛。魚が食べられないとつまらないだろう。あちこちに温泉のある漁師旅館みたいなのがある。気候温暖で温泉がいっぱい、海山の幸に恵まれるとあれば、移り住みたいという人も多い。僕もそれもいいかなと思うんだけど、時々地震がある。そもそも伊豆半島は南から本州島に衝突して半島になった。ジオパークにも指定された地学的にも貴重な地形である。だからこそ温泉にも恵まれるんだけど、逆に災害の危険性もある。

 それはともかく、今年の大河ドラマにも出て来るように、鎌倉から戦国、幕末と史跡も豊富。美術館もいっぱい、登山やハイキング、文学散歩など様々な観光メニューがある。中伊豆の修善寺から湯ヶ島温泉なども大好き。そこから天城越えハイキングは楽しい。西伊豆もいいし、東伊豆では伊豆大島を間近に見る露天風呂が素晴らしい。伊豆大川温泉ホテルというところが気に入って、10回ぐらい行ったと思う。最近はなかなか行けていないが、冬に伊豆に行くと暖かそうでそれだけで元気になりそう。また行ける日が早く来ないかなあ。
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北茨城の五浦観光ホテル別館大観荘ー日本の温泉⑫

2021年12月27日 22時24分59秒 |  〃 (日本の山・日本の温泉)
 昔は学校が冬休みになると、よく温泉旅行に行ったものだった。数年前まで12月23日は祝日だったから、何年かに一回は22日の木曜日で学校が終わってしまう年があった。もっとも土曜が休日になって以後のことだけど。そんな年は25日の日曜日から旅行に行った年もあった。某旅館では美味しい料理の他に、「クリスマスケーキをご用意しました」というから、ものすごく期待した。そうしたら冷蔵庫にどこでも売ってるヤマザキのショートケーキが入っていたので、なんかちょっと脱力してしまった思い出がある。

 さて北海道、東北と来て、次は関東地方なんだけど、関東はなあ、スルーしようかなと思った。それはまあ草津や伊香保、鬼怒川や塩原、あるいは箱根、湯河原など有名な温泉は幾つもある。僕が大好きな四万温泉日光湯元温泉なんか、今まで何度も書いている。しかし、今回はそういう大旅館が並ぶ温泉は抜かすことにしている。秘湯系では群馬の法師温泉、栃木の大丸温泉などでもいいんだけど、有名だし、今ひとつ感がある。関東地方は人口最多の首都圏があるから、豪華旅館から格安旅館までいろいろとそろっている。でも、その割に特徴がない気がする。(まあ奥鬼怒温泉郷があるけど、実はまだ行ってない。)

 でも、そう言えば温泉ではほとんど触れられることがない茨城県から一つ選ぼうと思いついた。温泉の多い地帯は火山との距離で、地学的理由で決まってくる。茨城県は温泉が少ない県になり、温泉めぐりの旅番組でもほぼ出て来ない。最近は深く掘れば温泉になるから、温泉を称する宿はずいぶんあるけど、あまり知られていない。筑波山の旅館が近年温泉になったのと、袋田の滝近くの袋田温泉、もっと北にある大子(だいご)温泉ぐらいしか温泉ガイドにも出て来ない。
 
 そんな中で県北の北茨城市、五浦(いづら)海岸に立つ五浦観光ホテル別館大観荘は、太平洋が一望できる展望抜群の露天風呂が源泉掛け流しの素晴らしい旅館だった。関東ではある程度知られているが、全国的には知られていないと思う。大体、茨城県は県の魅力度ランキングなんかで、いつも最下位を(北関東の隣県と)争っているところだ。まあ、全国に聞けば京都、北海道、沖縄なんかが上になるのも当然。関東近くの県は忘れられがちだ。そんな中でも茨城は筑波山、袋田の滝、水戸の偕楽園や史跡なんかしか取り上げられない。(近年は国営ひたち海浜公園という目玉も出来たけど。)
(五浦観光ホテル別館大観荘の露天風呂)
 ここへ行ったのは大分前だけど、やっぱり年末だった。ここだけではなく、先にいわき市のスパリゾートハワイアンズに泊まった。一度ぐらい行ってもいいかなと思ったわけ。大温泉プールやフラダンスばかりではなく、温泉そのものが結構いい。今は大露天風呂も出来ている。大浴場はもちろん源泉掛け流し。どうも大昔の「常磐ハワイアンセンター」とつい言っちゃうんだけど、なかなか良かった。しかし、年末近くなって、いろいろな文化施設はもう閉まっていた。南下して北茨城に至るも、年末感が漂う。早めに五浦観光ホテル別館大観荘に着くが、ここはとにかく絶景である。
(五浦観光ホテル別館大観荘)
 別館というんだから本館があるわけだが、そっちはほとんど知らない。温泉ガイドなんかには、別館ばかり載っている。大観荘というのは、大展望ということじゃなく、横山大観である。五浦海岸と言えば、明治の終わりに岡倉天心日本美術院をここへ移したことで知られる。大観ばかりでなく、下村観山菱田春草らがここに集い、日本画の聖地となっている。岡倉天心の墓もある。天心が自ら設計して思索にふけった「六角堂」が有名だ。その時は年末で閉鎖されていて、遠望するしか出来なかった。東日本大震災の津波に流されてしまい、1年後に再建された。再建後に見に行ったが、元の六角堂を間近に見られなかったの残念。
(六角堂)
 ホテルを出て海岸を歩くと、海がグルリで絶景である。福島県、茨城県から千葉県に掛けて、ずっと美しい海岸が広がっている。特に国立公園、国定公園などには指定されていないので、関東の人でもあまり知られていない。海へ行くなら伊豆、湘南か南房総になってしまう。ところで冬の茨城は、あんこう鍋。北茨城にはあんこう鍋で知られる宿が多い。この時も出たはず。他にも野菜や果物、畜産物がいっぱいあって、茨城県の道の駅の豊富さは見事なもんである。料理も風呂も素晴らしいうえに、立地条件抜群の五浦観光ホテル別館大観荘は北茨城観光の拠点だろう。
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宮城県の峩々温泉、胃腸病の名湯ー日本の温泉⑪

2021年11月24日 20時29分38秒 |  〃 (日本の山・日本の温泉)
 東北地方の温泉では、前回山形県瀬見温泉喜至楼を取り上げたが、今回は東北からもう一つ宮城県峩々(がが)温泉を書きたい。最近読んだ山崎まゆみ女将は見た 温泉旅館の表と裏」(文春文庫、2020)に峩々温泉の女将も出ていて、そう言えばあの温泉は良かったなあと思いだした。それがきっかけだけど、もう一つ「日本三大胃腸病の名湯」を紹介する意味がある。
(峩々温泉の露天風呂)
 峩々温泉は宮城蔵王の中腹に古くからある一軒宿である。蔵王山は宮城県と山形県にまたがる連峰で、山形側には蔵王温泉、宮城側には遠刈田(とおがった)温泉、青根温泉、峩々温泉があるという火山の恩恵の多い地域だ。ある時、一日目に青根温泉に泊まって、翌日に蔵王に登ってから峩々温泉に泊まったことがある。蔵王山は宮城側からも山形側からも、道路やロープウェイが上の方まで通じている。宮城側から刈田岳の駐車場で下りて蔵王連峰の最高峰、熊野岳(1840m)まで軽快なトレッキングを楽しめる。ただし当日は強風で、ずっと吹きさらしで体が冷えてしまった。最高峰までの登山としては楽な山になる。
(峩々温泉全景)
 駐車場に戻って蔵王エコーラインを下っていくと、峩々温泉への分岐がある。濁川沿いにオシャレな宿が建っている。昔は古びた湯治宿だったらしいが、今は館内も食事も素晴らしくなっている。まあそれなりの料金で、「秘湯」というイメージじゃないかもしれない。しかし、独特の入浴法があって、館内には飲泉所もあって、秘湯っぽいムードが残っている。泉質はナトリウム・カルシウム-炭酸水素塩・硫酸塩泉の透明な湯だが、最初に書いたように「日本三大胃腸病の湯」と言われている。他の二つは群馬県の四万(しま)温泉、大分県の湯平(ゆのひら)温泉。湯平は知らないが、四万温泉には町中にいくつも飲泉所がある。
(峩々温泉の飲泉所)
 飲泉が出来る温泉は新鮮で、体にも良いと思う。僕は別に胃腸が弱い方わけじゃないから、まあ胃腸病の名湯に行く必要はないけど、峩々温泉はその中でも独特の入浴法で面白いのである。お風呂には「あつ湯」「ぬる湯」があって、あつ湯は47度もある。僕は熱い湯は苦手で、これではとても入れない。大昔は温度調節も出来ず、湯治客は自然に「あつ湯」を体に掛けるという入浴法を始めたという。枕に出来る木が置いてあって、寝そべりながら熱い湯を腹に掛けるのである。100杯掛けるというのが伝統だという。僕も少しやってみたけど、熱い湯を10杯も掛ければもういいやである。胃腸が弱いわけではないから、そこで止めた。でもちゃんとやってる人もいたので、胃腸の悩みがある人が来ているのだろう。
(青根温泉不忘閣)
 一日目に泊まった青根温泉湯元不忘閣も魅力的だった。ここは仙台藩の御殿湯だったという宿である。青根温泉は峩々温泉より山麓にあって、数軒の宿がある。中でも「不忘閣」は伊達政宗が「この地忘れまじ」と言ったというのが名前の由来という由緒正しき宿なのである。外観も趣があるが、何よりたっぷりと出ているお湯が魅力。風呂もいっぱいあるが、何より伊達時代からあるという「大湯金泉堂」は洗い場もない昔のままの風情が残されている。全体的にちょっと古すぎる感じもしたけれど、名湯に違いない。遠刈田温泉から青根、峩々へ行く道沿いに蔵王チーズのレストランがあって美味しかった。
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瀬見温泉(山形県)の喜至楼ー日本の温泉⑩

2021年10月26日 22時22分06秒 |  〃 (日本の山・日本の温泉)
 各地方から特別にセレクトした温泉旅館を紹介するシリーズ。第一回は北海道の銀婚湯温泉だったが、段々南へ下がっていって次は東北地方になる。でもどうしても一つに絞れなくて、東北だけで二つ書きたい。東北には温泉ファンなら一度は行きたい「超有名秘湯」がいっぱいある。青森県の八甲田周辺の酸ヶ湯温泉蔦温泉、秋田県の乳頭温泉郷御生掛(ごしょがけ)温泉、岩手県の鉛温泉大沢温泉、山形県の銀山温泉…ちょっと飽きたので宮城、福島は省略する。西日本からは行きにくいと思うが、東京在住なら一度は行かないと。

 何だか銀山温泉を書きたくなってきたけれど、今回書くのは山形県瀬見温泉にある喜至楼(きしろう)という宿である。今までずいぶんいろんな宿に泊まって、四万温泉(群馬県)の積善館、渋温泉(長野県)の金具屋などでは建物の大きさ、古くて渋いムードに圧倒された。それらはいつも人気で活気に満ちた宿だった。ところが瀬見温泉の喜至楼は人がいないではないか。夏休みだというのに他の客はいたのだろうか。けっして廃墟ではないものの、そのレトロなムードと迷路のように複雑な旅館建築に完全にノックアウトされた。
 (最初が別館、後が本館の入り口)
 旅館のホームページには、「皆様から、【明治?】、【大正?】、【レトロ?】、【文化財的?】と言われる喜至楼は、本館玄関(日帰り温泉の入り口)とその周辺建物は、山形県内に現存する最古の旅館建築物と言われております。」「外観はもちろん、館内の建具や彫刻や装飾品なども歴史的なものが数多く残っておりまして、ご利用頂いたお客様からは、「明治、大正、昭和を一度に感じられて、喜至楼はまさにワンダーランド!」とお褒め?頂いております。」なんて自分で書いている。

 とにかく一泊すれば(日帰りでもいいけれど)、その驚くべき建築には感嘆すると言うより呆れかえるに違いない。行ったのはもう10年以上前なので、もしかしたら潰れてる?と心配したのだが、今も健在なので嬉しかった。僕が東北地方を旅行したときに、ぜひ喜至楼に行きたいと思ったのは、実は嵐山光三郎の本を読んだからだ。建物と温泉と鮎の塩焼きをほめていた。確かに鮎は美味しかった。建物の方はレトロ感が予想以上で、ほとんど冒険感覚で館内をめぐったが、自分の部屋に戻れるのか心配になった。
(名物のローマ風呂)
 お風呂に関しては、ホントにいっぱいある。家族風呂もあるが、やはり目玉はローマ風呂。何がローマなんだかよく判らないけど、昔はあっちこっちの大旅館によくあった。全部上の写真のような感じだったと思う。何となく確かにテルマエ・ロマエっぽい感じはする。写真を見ると緑色のお湯かと思うが、これはタイルの色。他のお風呂はみんな透明である。泉質はナトリウム、カルシウム、塩化物・硫酸塩温泉とホームページに出ている。

 源泉そのものではなく、温度が高いため加水している。それも川の水で埋めているという。ちゃんとホームページに、「当館では加水に天然の沢水を使用(オランダ風呂を除く)しているため、大雨の日などは泥が混入しお湯が濁る場合がございます。予めご了承のほどお願い申し上げます。」と書いてある。
(館内風景)
 瀬見温泉といっても、どこにあるのかという人が多いだろう。岩手県にも瀬美温泉というのがあって、混同されやすい。「見」と「美」に違いがある。山形県最上町というところにあって、小国川沿いに温泉宿が6軒の宿がある。山形県の東北にあって、山形旅行という点で言えばずいぶん遠い感じがする。でも山形県東北部ということは、隣接する宮城県西北部に近いということである。宮城の鳴子温泉から国道が通じているから、直接行くにはそっちの方が近いと思う。でもまあ、何だか遠くまで来たなあという感じの温泉だ。

 温泉の話はアクセス回数が他の記事より少なくて、あんまり読まれないのかなと思っている。温泉ファン(あるいはミステリーファンも)はすごく多いはずだが、いつもは映画とか選挙とかを書いてることが多いから届いていないのだろう。でも前回の銀婚湯温泉にはコメントが寄せられて、読んでる人がいるんだと思った。選挙のことなどを調べていて、つい感想を返すヒマが作れないままになってしまったけれど。僕ももう一度行きたい温泉が多いけど、もう2年近くどこへも行ってない。コロナもあるけど、母が高齢なのでしばらく遠くまでの旅行は難しい感じ。今は時々昔行った温泉を思い出して懐かしんでいる。
コメント
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