ハン・ガンを読むシリーズ2回目は、『すべての、白いものたちの』(河出文庫)。原著は2016年に刊行され、日本では斎藤真理子訳で2018年に単行本が出た。2023年2月に文庫化され、僕が買った2024年10月発行のものは6刷になっている。けっこう売れているわけだ。税別850円の文庫だから、まずこの本を手に取る人も多いと思う。中は60いくつかの短い文章が集まり、中には写真も入っている。一編の文章は2~3頁程度のものが多い。ある意味「散文詩集」みたいな印象を受けるし、案外スラスラ読んじゃうんだけど、「作家の言葉」や解説を読むと、これはなかなか手強い「小説」なんだと判る。
「私」はいま外国にいて、「白いもの」に関して書いていこうとしている。「おくるみ」「うぶぎ」「しお」「ゆき」「こおり」「つき」「こめ」…まだまだ続くが、冒頭にまず白いものが列挙される。それぞれについての追憶、イメージを書き留めていくという趣向である。「私」はどこにいるのか。地球の反対側で、寒いところだというから、ヨーロッパのどこかだなと察しがつく。そしてヒトラーに抵抗して瓦礫となった街という説明も出てくる。判る人にはそこで想定可能になるが、初版では明示されていなかったという。その後「作家の言葉」が付けられ、ポーランドの首都ワルシャワだと明記された。
事情を書くと、光州事件を扱った『少年が来る』を完成させた後、疲弊した作者はポーランドの翻訳者に招かれて、子どもを連れて半年ほどワルシャワに住んだということである。そして、最初の方の「産着」の章で、「母が産んだ初めての赤ん坊は、生まれて二時間で死んだと聞いた」と出て来る。当時母親の夫は山の小学校の教師をしていて、人里離れた官舎に住んでいた。突然の早産に誰の助けを求める余裕もないまま、長女は生まれてすぐに死んだ。これは作者の自伝的設定というわけじゃないんだろう。この作品はその「亡くなった姉」のイメージが全編を覆っている。特別に痛切な言葉に読むものも粛然とする。
2022年のノーベル文学賞受賞者アニー・エルノーは「オートフィクション」(自伝的小説)で知られ、映画化もされた『事件』はその当時フランスでは違法だった妊娠中絶を受けるまでの壮絶な小説である。題材からして、読むものも覚悟を求められる小説だが、そのような「事実」そのものから来る「粛然」と、ハン・ガンの小説は違う。どっちが上とかはないけれど、ハン・ガンの世界は「想像力」によって構成されたもので、その分読むものの「想像力」との協同作業が求められる。そして、一端その世界に入り込むと何か抜けられないような、ともに重みを背負うような感じがしてしまう。
この『すべての、白いものたちの』(原題『白い』)は二部「彼女」の設定が最初はよく判らなかった。解説で初めて理解できたのだが、ここでは書かないことにする。もし読む人がいたら、後ろの解説は先に読んではいけない。まっさらな状態で読む方がいい。もっとも場所はワルシャワだと僕も書いてしまったが、これは多分途中で推定出来るだろう。2時間しか生きられなかった「姉」とナチスドイツに抵抗して蜂起しヒトラーによって灰燼に帰したワルシャワ。両者の運命がシンクロするような想いが満ちてきて、ウクライナやパレスティナにも連想が飛んでいくのである。
全編が「白」のイメージに覆われているが、冬のワルシャワで書かれていることもあり、とても寒々しい世界だ。韓国と「白」と言えば、李朝(朝鮮王朝)の白磁などが思い出され、柳宗悦が「悲哀の美」と呼んだことも想起される。それに対して、70年代以降批判もなされてきた。朝鮮の美意識を「悲哀」と見るのは、植民地主義的な「上から目線」だという指摘だった。ところで、このハン・ガンの「白」はどのような意味があるのだろうか。僕にはよく判定できないのだが、ワルシャワの悲劇とも重なり「世界史的イメージ」へと拡がっていく。「白」のイメージにこそ無限の彼方があり、それは「死」へも通じている。
ハン・ガンはノーベル賞受賞を受けた会見を開かなかった。世界で戦争が続いている今、そのような晴れがましいことは出来ないというようなことだった。ハン・ガンという人は多分非常に繊細な感受性を持っているんだと思う。戦前フランスの哲学者シモーヌ・ヴェイユを思わせるような。あるいは「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」と書いた宮澤賢治のような。これほど死のイメージに覆われた小説もあまり記憶にないが、自伝的なものでも民族的なものでもなく、というかもちろん背景にはそれもあるが、独自の感性で紡がれた小説世界なんだろう。
「文学」にはこのような役割があると示すのがハン・ガンの作品だ。もっと面白く読める本はいくらでもあるが、読んで読者につまずきを与えるような、ヒリヒリした世界。そんなものは読みたくないという人もいるだろう。でも一度触れたらとりこになってしまう魅力が間違いなくある。ハン・ガンの受賞は最初早いように思ったけれど、2作読んでみると今の世界に対するメッセージでもあると思った。ただハン・ガンの世界、韓国の歴史性に止まらず、世界の痛苦に通い合う世界だった。