2015年のカンヌ映画祭パルムドール(最高賞)のフランス映画、ジャック・オディアール監督「ディーパンの闘い」が公開されている。さすがに最高賞だけある傑作であり、大変な力作だと思うが、一言で表すならば、深い内容を持つ「問題作」だと思う。問題作という表現は、テーマは重要だが完成度に難があるという印象を与えるかもしれないが、そうではない。映画としての完成度も高いと思ったが、中味の話がとても重大で軽々しくコメントできない感じである。
この映画を一言でいうと、「フランスに来たスリランカ難民家族の物語」である。近年ずっと、特に昨年後半以来、「難民問題」は世界の焦点である。だけど、それはシリア内戦を逃れた難民が多い。民族的にはアラブ人で、宗教的にはイスラム教。フランスにとって、「イスラム教との関係」というのも、昨年来焦点になっている。そういうことを考えると、「スリランカ難民?」という感じもある。大体なんでスリランカで難民が出るのか、きちんと理解している人が日本にどれくらいいるだろう。監督の名前で呼べるほどの知名度もなく、カンヌ受賞で売るしかないけど、観客は少なかったのが残念。
スリランカ内戦の話は後で書くけど、とにかくインドの南にある島国から多くの難民が出たのである。時間的には90年代から21世紀初頭の事。そして、この映画の主人公たちは、家族である方が難民審査を通りやすいということで、女が親のない子どもを探し、一人の男を見つけて「偽家族」を作る。そして、フランスに渡ることができたのである。その男、どうやら反政府ゲリラだった過去を持つようだが、それが題名にもなる「ディーパン」である。そして、彼の妻としてやってきた「ヤリニ」は、実はイギリスにいとこがいてフランスには来たくなかった。親が殺された女の子「イラヤル」は偽の母に不満を持つが、子どもを持ったことがないヤリニは対応が判らない。
難民が偽の身分を申請することは、多分あるんだろうけど、テロリストの潜入を恐れる今のヨーロッパの心情からすれば、実にシビアな設定である。この偽家族は、対外的にはまとまりのある良い家族を装うが、内情はバラバラである。だけど、さすがにフランスは懐が深いと思ったのだが、ディーパンには仕事が用意されている。パリ郊外の公共アパートの管理人である。そして、ヤリニにも認知症老人のヘルパーという職が与えられる。ディーパンは思ったより責任感が強く、管理人として住民にも受け入れられていく。ヤリニも「食事が美味い」と評判がよく、彼らは地域に溶け込めるかのようである。
ところが、今度はこのアパート周辺で銃撃戦が起きる。地域を仕切っていたのは麻薬の売人たちである。どうも彼らの間でトラブルがあるようだ。そして、内戦を逃れてきたはずなのに再び災禍に巻き込まれそうな恐れ。ヤリニは耐えられずイギリスに去ろうとするが、ディーパンはフランスで生きていくしかないと認めない。駅まで追いかけて行って、パスポートを取り上げてしまう。だけど、そんな彼らをもっと本格的な銃撃戦が襲い、ヤリニはアパートの中に取り残されてしまう。そんな彼らはこの環境を生き抜いていけるのか。そして「本当の家族」になる日は訪れるのだろうか。
フランスでは「郊外地区の荒廃」という話をよく聞く。ニュースで時々暴動が起きたとか出てくるし、もう20年も前のことになるが、オディアール監督とも関わりの深いマシュー・カソヴィッツ監督「憎しみ」(1994、カンヌ映画祭監督賞)という映画が評判を呼んだ。だけど、ここまで荒廃の度が凄まじいのかとビックリした。アメリカ犯罪映画のスラムのようである。それがどこまで現実を反映しているかは判定できないが、これでは内戦下の国々と似たような状況である。難民問題を描く映画が、いつの間にかフランス社会への批判になっている。だけど、フランスの状況も民族や宗教の違いで理解しあえない状況が背景にあってのことだろう。だから、スリランカで起きたこととフランスの状況は共通性がある。それは異文化との共生は可能かという問題である。
と言いつつ、実は男と女も「異文化」、大人と子どもも「異文化」。ディーパンはフランス社会と向き合いつつ、まずは偽家族という「異文化」と向き合って行かないといけない。そのあたりの問題設定の深刻さがハンパじゃない。映画は映画なりの答えを用意しているが、現実はもっとシビアなんだろうと思う。ジャック・オディアール(1952~)は、「真夜中のピアニスト」「預言者」「君と歩く世界」なんかを作った人。僕はカンヌ映画祭グランプリの「預言者」しか見ていないが、「ノワール映画」、つまり犯罪社会が関わるような映画が多いという。この映画も同様だが、演出力は確か。
スリランカでは、多数民族のシンハラ系と少数民族のタミル系の対立が続いてきた。70年代から、インドに近い北部のタミル人地区で分離独立運動が起こり、80年代には反政府組織「タミル・イーラム解放の虎」と政府軍との闘いが激化した。いろいろな経緯があったが、21世紀になって政府軍の攻勢が強まり、2009年に政府軍が全土を掌握し、内戦が終結した。その後、コミュニティ再建のための復興が進められ、国際的な支援があるということは知っているが、果たしてうまく進んでいるかは知らない。
主演のディーパンを演じるアントニーターサン・ジェスターサンは実際に反政府ゲリラで活動していたといい、16歳の時にタイを経てフランスに渡ったという。その後作家として活動しているという。実にリアルな演技だが、まさに「地」だったのだろう。ラストにキャストがクレジットされるが、全く読み取れない。とても覚えられない名前である。妻のヤリニを演じるカレアスワリ・スリニバサンはインドのチェンナイ(マドラス)に生まれたタミル系女優だそう。娘のイラヤルは、カラウタヤニ・ヴィナシタンビ。全然覚えられそうもない名前だなあと思った次第。
この映画を一言でいうと、「フランスに来たスリランカ難民家族の物語」である。近年ずっと、特に昨年後半以来、「難民問題」は世界の焦点である。だけど、それはシリア内戦を逃れた難民が多い。民族的にはアラブ人で、宗教的にはイスラム教。フランスにとって、「イスラム教との関係」というのも、昨年来焦点になっている。そういうことを考えると、「スリランカ難民?」という感じもある。大体なんでスリランカで難民が出るのか、きちんと理解している人が日本にどれくらいいるだろう。監督の名前で呼べるほどの知名度もなく、カンヌ受賞で売るしかないけど、観客は少なかったのが残念。
スリランカ内戦の話は後で書くけど、とにかくインドの南にある島国から多くの難民が出たのである。時間的には90年代から21世紀初頭の事。そして、この映画の主人公たちは、家族である方が難民審査を通りやすいということで、女が親のない子どもを探し、一人の男を見つけて「偽家族」を作る。そして、フランスに渡ることができたのである。その男、どうやら反政府ゲリラだった過去を持つようだが、それが題名にもなる「ディーパン」である。そして、彼の妻としてやってきた「ヤリニ」は、実はイギリスにいとこがいてフランスには来たくなかった。親が殺された女の子「イラヤル」は偽の母に不満を持つが、子どもを持ったことがないヤリニは対応が判らない。
難民が偽の身分を申請することは、多分あるんだろうけど、テロリストの潜入を恐れる今のヨーロッパの心情からすれば、実にシビアな設定である。この偽家族は、対外的にはまとまりのある良い家族を装うが、内情はバラバラである。だけど、さすがにフランスは懐が深いと思ったのだが、ディーパンには仕事が用意されている。パリ郊外の公共アパートの管理人である。そして、ヤリニにも認知症老人のヘルパーという職が与えられる。ディーパンは思ったより責任感が強く、管理人として住民にも受け入れられていく。ヤリニも「食事が美味い」と評判がよく、彼らは地域に溶け込めるかのようである。
ところが、今度はこのアパート周辺で銃撃戦が起きる。地域を仕切っていたのは麻薬の売人たちである。どうも彼らの間でトラブルがあるようだ。そして、内戦を逃れてきたはずなのに再び災禍に巻き込まれそうな恐れ。ヤリニは耐えられずイギリスに去ろうとするが、ディーパンはフランスで生きていくしかないと認めない。駅まで追いかけて行って、パスポートを取り上げてしまう。だけど、そんな彼らをもっと本格的な銃撃戦が襲い、ヤリニはアパートの中に取り残されてしまう。そんな彼らはこの環境を生き抜いていけるのか。そして「本当の家族」になる日は訪れるのだろうか。
フランスでは「郊外地区の荒廃」という話をよく聞く。ニュースで時々暴動が起きたとか出てくるし、もう20年も前のことになるが、オディアール監督とも関わりの深いマシュー・カソヴィッツ監督「憎しみ」(1994、カンヌ映画祭監督賞)という映画が評判を呼んだ。だけど、ここまで荒廃の度が凄まじいのかとビックリした。アメリカ犯罪映画のスラムのようである。それがどこまで現実を反映しているかは判定できないが、これでは内戦下の国々と似たような状況である。難民問題を描く映画が、いつの間にかフランス社会への批判になっている。だけど、フランスの状況も民族や宗教の違いで理解しあえない状況が背景にあってのことだろう。だから、スリランカで起きたこととフランスの状況は共通性がある。それは異文化との共生は可能かという問題である。
と言いつつ、実は男と女も「異文化」、大人と子どもも「異文化」。ディーパンはフランス社会と向き合いつつ、まずは偽家族という「異文化」と向き合って行かないといけない。そのあたりの問題設定の深刻さがハンパじゃない。映画は映画なりの答えを用意しているが、現実はもっとシビアなんだろうと思う。ジャック・オディアール(1952~)は、「真夜中のピアニスト」「預言者」「君と歩く世界」なんかを作った人。僕はカンヌ映画祭グランプリの「預言者」しか見ていないが、「ノワール映画」、つまり犯罪社会が関わるような映画が多いという。この映画も同様だが、演出力は確か。
スリランカでは、多数民族のシンハラ系と少数民族のタミル系の対立が続いてきた。70年代から、インドに近い北部のタミル人地区で分離独立運動が起こり、80年代には反政府組織「タミル・イーラム解放の虎」と政府軍との闘いが激化した。いろいろな経緯があったが、21世紀になって政府軍の攻勢が強まり、2009年に政府軍が全土を掌握し、内戦が終結した。その後、コミュニティ再建のための復興が進められ、国際的な支援があるということは知っているが、果たしてうまく進んでいるかは知らない。
主演のディーパンを演じるアントニーターサン・ジェスターサンは実際に反政府ゲリラで活動していたといい、16歳の時にタイを経てフランスに渡ったという。その後作家として活動しているという。実にリアルな演技だが、まさに「地」だったのだろう。ラストにキャストがクレジットされるが、全く読み取れない。とても覚えられない名前である。妻のヤリニを演じるカレアスワリ・スリニバサンはインドのチェンナイ(マドラス)に生まれたタミル系女優だそう。娘のイラヤルは、カラウタヤニ・ヴィナシタンビ。全然覚えられそうもない名前だなあと思った次第。