フランスの元女優、ブリジット・バルドー(Brigitte Bardot、1934.9.28~)の生誕90年を記念して、「ブリジット・バルドー レトロスペクティブ」の上映が始まった。未公開映画3本(うち1本は記録映画)を含めて全11作品も上映される。こんなに多くては時間もお金も大変だが、まず作品的にも興味深い2本を見た。ブリジット・バルドーは「BB」(べべ)の愛称で呼ばれ、50年代末から60年代にかけて世界的人気を誇った女優だ。1973年の映画を最後に芸能界を引退し、その後は動物保護活動家として世界的に知られている。登場した頃は「セックスシンボル」としてマリリン・モンローと並ぶ存在だった。BBの初期映画のほとんどは「お色気」を売り物にするエンタメ映画だが、決してそれに止まらない魅力的な作品に出演してきた。
BBが出たアート系映画としては、ゴダールの『軽蔑』(1963、アルベルト・モラヴィア原作)がある。日本では最近デジタル・リマスター版が公開されたので見ている人もいるだろう。その前年に作られたルイ・マル監督『私生活』(1962)は今度初めて見たけれど、非常に興味深い傑作だった。BB自身を彷彿とさせるジルという女優を自ら演じ、あまりの多忙に加え注目と悪意にさらされ失踪に至る姿が描かれる。パパラッチに追い回され常に見張られ自由がない様子は、見ている方も恐怖を感じるような迫力がある。ある種の「メタ映画」だが、このような「大衆社会で自己を失う恐怖」というテーマは当時よく取り上げられていた。
(『私生活』)
ジュネーブからパリへ行ったジルは女優として成功するが、ある日アパートのエレベーターで「あんたの映画は見ない。恋人をすぐ取っ替えて信用出来ない女」と罵倒される。街で人々に見つかると追いかけ回され、もみくちゃにされてしまう。そんな日々に消耗し、ある日故郷のジュネーブの母の家に帰ってしまうが母は旅行中だった。昔の知人ファビオ(マルチェロ・マストロヤンニ)と再会し、彼の助けで家に閉じこもって過ごす。ファビオは演劇雑誌の編集をしながら、演劇の演出もしている。その頃はイタリア中部のスポレート音楽祭に招かれて、クライスト(19世紀初頭のドイツの劇作家、詩人)の演劇を野外劇として上演する準備をしていた。音楽祭というが演劇やダンスもあり、1958年に始まったという。
スポレートは小さな町だが古い町並みが残り素晴らしい。そこで行われる野外劇の様子も興味深い。ファビオは準備のためどうしても出かけざるを得ず、ジルは我慢できなくなって訪ねてしまう。失踪後初めて見つかって大騒ぎとなり、ファビオとの関係も揺らぐ。マルチェロ・マストロヤンニは『甘い生活』『イタリア式離婚狂騒曲』などキャリア絶頂期の「男盛り」である。ジュネーブ(レマン湖)、パリ、スポレートの街を映し出すのは、名手アンリ・ドカエのカメラ。ルイ・マル監督の『死刑台のエレベーター』『恋人たち』『地下鉄のザジ』に続く劇映画第4作目。その次の『鬼火』(1963)が最高傑作レベルで、初期作品の中で『私生活』はほとんど忘れられてきた。しかし現代人の孤独と大衆社会の病理の考察として、非常に見事な作品だと思う。BBも最高。
(『ラムの大通り』)
もう一つ、ロベール・アンリコ監督『ラムの大通り』(1971)を再見。他の映画は時代的に見たことがないが、この映画だけは若い頃に見て大感激した記憶がある。昔見た映画を再見するとガッカリすることが多いが、これは全く期待を裏切らないロマンティック映画だった。1925年、アメリカ禁酒法時代の話である。題名はラム酒をカリブ海で密輸するルートのこと。この前見た韓国映画『密輸1970』と同じく、目的地近くで海に密輸品を投げ込む。コーネリアス(リノ・ヴァンチュラ)は密輸船の船長で、沿岸警備艇に追われて船を失ったり苦労の連続。ある日雨に降られてたまたま映画館に入ると、リンダ・ラリュー(ブリジット・バルドー)の映画をやっていた。そして一目で心を奪われてしまった。
(『ラムの大通り』)
ある日キューバにいたら海岸にリンダがいる。何とか話しかけ仲良くなり、ホテルに招かれるようになった。でも旅先の思い出だけの存在で終わるのか。恋敵の伯爵も現れ、リンダも次第に本気になっていく。一緒に船に乗ると、船長を無視して密輸に向かい、リンダがいるのに銃撃され…。憧れの女優と知り合い、恋人にもなって、今度は銃撃とは。この映画はアクション映画でも恋愛映画でもなく、ひたすらノスタルジックでロマンティックな夢のような映画だ。ロベール・アンリコ監督は『冒険者たち』でもロマンティックな夢を描いているが、『ラムの大通り』はもっとロマンティック。それは「禁酒法時代」「カリブ海」という設定からもうかがえる。こんなに夢のような映画も滅多にない。BBも年齢を超えて魅力的。
BBが出たアート系映画としては、ゴダールの『軽蔑』(1963、アルベルト・モラヴィア原作)がある。日本では最近デジタル・リマスター版が公開されたので見ている人もいるだろう。その前年に作られたルイ・マル監督『私生活』(1962)は今度初めて見たけれど、非常に興味深い傑作だった。BB自身を彷彿とさせるジルという女優を自ら演じ、あまりの多忙に加え注目と悪意にさらされ失踪に至る姿が描かれる。パパラッチに追い回され常に見張られ自由がない様子は、見ている方も恐怖を感じるような迫力がある。ある種の「メタ映画」だが、このような「大衆社会で自己を失う恐怖」というテーマは当時よく取り上げられていた。
(『私生活』)
ジュネーブからパリへ行ったジルは女優として成功するが、ある日アパートのエレベーターで「あんたの映画は見ない。恋人をすぐ取っ替えて信用出来ない女」と罵倒される。街で人々に見つかると追いかけ回され、もみくちゃにされてしまう。そんな日々に消耗し、ある日故郷のジュネーブの母の家に帰ってしまうが母は旅行中だった。昔の知人ファビオ(マルチェロ・マストロヤンニ)と再会し、彼の助けで家に閉じこもって過ごす。ファビオは演劇雑誌の編集をしながら、演劇の演出もしている。その頃はイタリア中部のスポレート音楽祭に招かれて、クライスト(19世紀初頭のドイツの劇作家、詩人)の演劇を野外劇として上演する準備をしていた。音楽祭というが演劇やダンスもあり、1958年に始まったという。
スポレートは小さな町だが古い町並みが残り素晴らしい。そこで行われる野外劇の様子も興味深い。ファビオは準備のためどうしても出かけざるを得ず、ジルは我慢できなくなって訪ねてしまう。失踪後初めて見つかって大騒ぎとなり、ファビオとの関係も揺らぐ。マルチェロ・マストロヤンニは『甘い生活』『イタリア式離婚狂騒曲』などキャリア絶頂期の「男盛り」である。ジュネーブ(レマン湖)、パリ、スポレートの街を映し出すのは、名手アンリ・ドカエのカメラ。ルイ・マル監督の『死刑台のエレベーター』『恋人たち』『地下鉄のザジ』に続く劇映画第4作目。その次の『鬼火』(1963)が最高傑作レベルで、初期作品の中で『私生活』はほとんど忘れられてきた。しかし現代人の孤独と大衆社会の病理の考察として、非常に見事な作品だと思う。BBも最高。
(『ラムの大通り』)
もう一つ、ロベール・アンリコ監督『ラムの大通り』(1971)を再見。他の映画は時代的に見たことがないが、この映画だけは若い頃に見て大感激した記憶がある。昔見た映画を再見するとガッカリすることが多いが、これは全く期待を裏切らないロマンティック映画だった。1925年、アメリカ禁酒法時代の話である。題名はラム酒をカリブ海で密輸するルートのこと。この前見た韓国映画『密輸1970』と同じく、目的地近くで海に密輸品を投げ込む。コーネリアス(リノ・ヴァンチュラ)は密輸船の船長で、沿岸警備艇に追われて船を失ったり苦労の連続。ある日雨に降られてたまたま映画館に入ると、リンダ・ラリュー(ブリジット・バルドー)の映画をやっていた。そして一目で心を奪われてしまった。
(『ラムの大通り』)
ある日キューバにいたら海岸にリンダがいる。何とか話しかけ仲良くなり、ホテルに招かれるようになった。でも旅先の思い出だけの存在で終わるのか。恋敵の伯爵も現れ、リンダも次第に本気になっていく。一緒に船に乗ると、船長を無視して密輸に向かい、リンダがいるのに銃撃され…。憧れの女優と知り合い、恋人にもなって、今度は銃撃とは。この映画はアクション映画でも恋愛映画でもなく、ひたすらノスタルジックでロマンティックな夢のような映画だ。ロベール・アンリコ監督は『冒険者たち』でもロマンティックな夢を描いているが、『ラムの大通り』はもっとロマンティック。それは「禁酒法時代」「カリブ海」という設定からもうかがえる。こんなに夢のような映画も滅多にない。BBも年齢を超えて魅力的。