先頃見たアメリカ映画『
ター』に、最近東京の
Bunkamuraで誰それを聞いたとかいうセリフがあった。そんなに世界のクラシック界に知られたところだったのか。それはオーチャードホールだろうが、今は基本的に2027年までBunkamuraは閉まっている。渋谷の東急本店の全面改築に伴う措置で、オーチャードホールだけは土日はやってるという話だが、舞台、映画、展覧会は他の場所に移っている。映画に関しては、昨年閉館した渋谷東映のあった場所(宮益坂入口ビックカメラ上)に「
Bunkamurル・シネマ渋谷宮下」が今日(6月16日)開館した。前より駅から近く、客席も広い。
ところで最初の上映として、なんと「
マギー・チャン・レトロスペクティヴ」をやっている。香港の女優
マギー・チャン(張曼玉)は2004年の『
クリーン』で
カンヌ映画祭女優賞を獲得して以来、20年ほども映画から遠ざかっている。しかし、
ウォン・カーウァイ監督の『
花様年華』『
欲望の翼』『
楽園の瑕』などが時々上映されているから、若い映画ファンも知ってるだろう。今回は久しぶりのピーター・チャン監督『
ラヴソング』、メイベル・チャン監督『
宗家の三姉妹』に加え、
ベルリン映画祭女優賞の『
ロアン・リンユィ 阮玲玉』、3年間結婚していたこともあるフランスの
オリヴィエ・アサイヤス監督『
イルマ・ヴェップ』『
クリーン』などがラインナップされ貴重な機会となっている。
僕が大好きな『
ラヴソング』(
甜蜜蜜)は久しぶりの上映なので、今日見てきた。(当時の35ミリフィルム上映)。非常によく出来た恋愛映画だが、同時にある時代の「
香港映画」の代表作的な意義もある。1996年の映画で、「香港返還」の3年前。1997年の香港電影金像奨では作品、監督、主演女優など9部門で受賞した。
テレサ・テンの名曲をバックに、
1986年3月1日から1995年5月8日(テレサ・テンが亡くなった日)まで、およそ10年に及ぶ2人の男女の出会いと別れを描いている。今見直すと、香港と中国本土の経済格差が非常に大きかった時代相を反映した作品で、もう2度と戻ってこない「
香港映画の輝き」が詰まっている。(以下、細かなストーリーを書くけれど、エンタメ系だから知ってても感動できる。知らずに見たい人は先に読まないよう。)
1986年3月、
シウクワン(
レオン・ライ)は、おばを頼って
天津から香港へやって来る。まだ経済開放が始まって間もない頃である。香港は大陸青年から見ると圧倒されるような大都会で、北京語しか話せず広東語の出来ないシウクワンには戸惑うことばかり。このおばは、昔のハリウッド映画『
慕情』ロケの時、
ウィリアム・ホールデンとペニンシュラホテルで食事したという思い出(幻想?)に浸って、ホールデンの写真を飾っている。おじの伝手で仕事も見つかったが、それは自転車で鶏肉を運ぶ仕事だった。故郷天津に待つ婚約者
シャオティンに毎日のように手紙を書き、「運送関係の仕事をしてる」と書くのだった。
少し金ができたシウクワンは、ある日曜日に初めて
マクドナルドへ行ってみる。初めて注文するハンバーガーとコカコーラ。注文の仕方もわからず、時間がかかる彼に店員はあきれつつ対応する。ふとみると店員募集のビラが。自分でもなれるかと店員に聞く。この店員
レイキウ(
マギー・チャン)は、野暮ったい大陸青年シウクワンに広東語が出来なきゃだめ、英語も出来なきゃダメと教えるのだった。レイキウは彼に英語学校を紹介し、二人は学校を訪ねる。どうやら彼女は生徒を紹介して紹介料を取っているらしい。その時、レイキウの
ポケベルがなる。「すごい、ポケベル持ってるんだ。」
レイキウはいろんなアルバイトを掛け持ちして稼いでいるのである。その英語学校の清掃もしてる。レイキウは彼に、銀行カードを持つように教える。こうして、忙しく働き金をため夢を追うレイキウと大陸から来て大都会で孤独なシウクワンは友達になる。彼にとって、香港でただ一人の友達だ。英語学校で会って、次の仕事に向かうレイキウに、シウクワンは「
車で送ってくよ」と言う。
自転車の後座席にレイキウを乗せて香港の街を行くシウクワン。「
香港じゃ自転車は車って言わないのよ。」自転車に相乗りしながら、
テレサ・テンの「
甜蜜蜜」が流れるシーンは、『明日に向かって撃て!』の「雨にぬれても」に匹敵する名場面だと思う。
1987年、旧正月前夜、レイキウは
テレサ・テンのカセットを売る屋台を出す。「大陸出身者はテレサを買うわ。香港人の5人に1人は大陸出身よ。私たちも、二人に一人がそうよ。」しかし、雨の中、テレサ・テンのカセットは全然売れない。「大陸出身だと判っちゃうから、テレサ・テンはみんな買わないんだよ。」「何で? 去年の広州じゃ売れたのに。」レイキウは思わず自分が広州出身であることをバラしてしまう。「自分も大陸出身なの」と認めるのだった。二人はレイキウの部屋へ行って、餃子を食べる。シウクワンはレイキウを「大陸出身でも、バリバリ働いて、お金を稼いでいて、君はすごいよ。」と慰める。「何よ、嘘ついてたから馬鹿にしてるんでしょ。」「馬鹿にしてるのは君の方だろ。俺が何も知らないから。」「そう思ったらもっと怒りなさいよ」「怒ったら、付き合ってくれないだろ。香港でただ一人の友達なのに」
(シウクワンとレイキウ)
雨の中帰ろうとするレイキウにシウクワンは、いっぱい外套を着せようとする。向かい合う二人、ふと見つめあい、想いが高まって抱き合い結ばれるのだった。「私も香港に友達がいないの。」次の日、シウクワンはマクドナルドにレイキウを訪ねるが、彼女は「雨の日に寒さをしのいだだけ」という。でも、その後も二人は会いつづける。シウクワンは故郷のシャオティンを思いながらも、レイキウと会わずにいられない。レイキウはテレサ・テンを仕入れた借金を返しながら、相変わらずお金をためている。株と外国債で財産は増えていく。生きがいのように、キャッシュカードの残高確認をするレイキウ。だが、ある日、世界的な株安(ブラックマンデー)に巻き込まれ、レイキウの財産はほとんどなくなってしまった。
借金を返すため、レイキウは仕方なくマッサージ師になる。ある日、暗黒街のボス、
パウ(
エリック・ツァン)のマッサージを担当したレイキウは、度胸があると気に入られる。一方、シウクワンはシャオティンへのプレゼント選びにレイキウに同行してもらう。金のブレスレットを選びながら、レイキウの腕に触ると、マッサージで疲れていて腕が痛む。「マッサージで痛いんだね。」「なんで、大声で仕事をばらすのよ。」そして、最後に同じものを二つ買うシウクワン。ひとつはレイキウへのプレゼントだと言って渡す。怒るレイキウ。「同じものを二人にプレゼントするなんて信じられない。」悩んだ末、シウクワンは次の日に、レイキウに「さよなら」の伝言メッセージを残すのだった。
ここまでが、出会いと最初の別れである。大陸出身だからというだけでなく、シウクワンには無神経なところがあるが、そこもまた魅力だというレオン・ライが良い。しかし、なんと言ってもエネルギッシュに香港を駆け抜けているかに見えながら、故郷を背負って孤独なレイキウ役のマギー・チャンが見事。次第に彼に惹かれていく心情を繊細に演じている。次のシーンは1990年。
1989年を飛ばしている。
天安門事件が香港人の心に与えた傷は大きい。1989年を描くなら、学生支援集会に姿を見せたテレサ・テンを描かないといけない。返還直前ということもあるだろうが、「あえて1989年が出てこない意味」を感じないわけにいかない。
(ピーター・チャン監督)
1990年、冬。シウクワンは
シャオティン(クリスティ・ヨン)を香港に呼び結婚する。彼は路地裏のバスケを通して知り合った料理人の引きで、コックとして成功した。今は有名料理店の副料理長である。友人も一杯、祝福にやってくる。レイキウも今は若手実業家として成功している。そして、この結婚式で二人は再会したのだった。レイキウは今はパウの愛人だった。香港に友達のいないシャオティンにレイキウは親切にする。バレエが特技の彼女にバレエ教室の講師の仕事を紹介したりする。事情を知らないシャオティンはレイキウに、はめている金のブレスレットをプレゼントしたいという。あわててレイキウは辞退する。しかし、どうしても思い出さないわけにいかない。
ある日レイキウの開くブティックの祝いに二人はかけつける。豪華なドレスを売る店を開くまでになったのだ。美しいドレスに見入るシャオティン。帰りに二人をレイキウは車で送る。事情を知らぬシャオティンは、発表会の用事があると、途中で下りてしまう。気詰まりなまま、仕方なく二人は車を出す。間の持たないシウクワンは、ラジオをつけると、テレサ・テンの『
グッバイ・マイ・ラブ』がかかっている。平尾昌章が作ってアン・ルイスがうたったあの曲。「さよなら愛しい人よ あの時はもう戻らない」「いい歌ね」その時シウクワンは、道の向こうにテレサ・テン本人がいるのに気づく。あわてて車をとめてもらい、かけよるシウクワン。(もちろんテレサは撮影時には死んでいるので、別人の演技である。)
(テレサ・テンのCD『甜蜜蜜』)
皆に囲まれサインをせがまれるテレサ。彼は何も持ってないので、来てるシャツの背中に「
鄧麗君」(中国名)とサインしてもらう。戻ってきた彼は、ここで下りると言って去っていく。サインを背中に背負って遠ざかるシウクワン。画面にはずっと『グッバイ・マイ・ラブ』が流れてる。想い高まりハンドルにもたれると、思わずクラクションが鳴ってしまう。その音でシウクワンは振り向く。歌は止まり、無音の中、フロントガラス越しに見詰め合う二人。ゆっくりと戻ってくるシウクワン。こうして、また結ばれたのだった。
この後、二人はそれぞれ相手に告白することを誓うが、家に戻ると、パウは警察に事情聴取を求められ、身を潜めている。彼を追って、台湾行きの密航船まで追っていく。パウは「俺は逃げる。新しい男を見つけろ」というが、レイキウは思わずパウに付いて行くことを決心する。雨の埠頭で、シウクワンはずっと待ち続けるのだった。戻った彼はシャオティンに告白。シャオティンは、ずっと天津にいれば幸せだったとなじり、許せないと去っていくのだった。妻と愛人を同時に失ったシウクワンは、彼をコックにしてくれた先輩が今住むニューヨークに一人向かうのだった。
ニューヨーク、1993年。シウクワンはコックとして落ち着き、先輩には結婚をすすめられている。一方、レイキウとパウもニューヨークに流れつき、そろそろ落ち着こうかと話している。次の日、二人で買い物へ行き、レイキウがコインランドリーに行く間、街角で待っているパウは、地元の不良青年に因縁をつけられ、銃で撃たれる。突然の悲しみの中、背中の刺青で死を確認するのだった。この事件でレイキウの滞在資格が切れてることが判明。国外退去になり、空港へ向かう車から、レイキウはシウクワンを見る。思わず車を飛び降り追い続けるが、自転車でニューヨークを行くシウクワンをどうしても捕まえられない。
2年後、1995年、レイキウは中国からのツァー客に
自由の女神を案内してる。どうやらグリーンカードも取れたらしい。その日、シウクワンも自由の女神に来ている。9年ぶりに一度広州に帰る彼女はチケットの手配に旅行社へ行く。チャイナタウンのテレビはその日、
テレサ・テンの死去を伝えていた。1995年5月9日。画面はテレサの生涯を紹介するテレビ番組を流し、テレサの歌を流す。「私の愛がどれほど深いか あなたは私に尋ねたわ」チャイナタウンの電気屋の店頭はみんなテレサの死を伝えている。そして、テレビを見るレイキウとシウクワンはそこで、5年ぶりに再会するのだった。このシーン、テレサ・テンの「
私の心は月が知っている」があまりにもピッタリで、涙なしに見られない。映画には最後にちょっとしたボーナス・シーンがあるが、ここでは触れない。
(1995年5月8日に)
この映画は、いろんな仕掛けがある。例えば、昔のハリウッド映画『
慕情』。主人公のおばは、その時代の思い出に生きている。ハン・スーイン女史の自伝をジェニファー・ジョーンズ主演で映画化したロマンチック映画だが、中国革命と朝鮮戦争が背景になっている。また、「
自由の女神」でわざわざロケしてるのは、どうしても天安門広場の「民主の女神」を思い出してしまうだろう。なにより、「
テレサ・テン」である。台湾時代の愛らしさとスーパーアイドル時代から、80年代には大陸で大ブームを呼ぶ存在になるが、天安門事件で学生を支持し、以後大陸へ行けなくなった。そして、タイでの孤独な死。テレサ・テンをまったく知らないと、この映画の重要な部分は伝わらない。
作者の思いを深読みすれば、二人のラブロマンスでありつつも、香港返還前に中華民族の自由を求める精神史を描く大きな狙いがあると思う。そういう東アジアの、香港や台湾が負ってきた心の痛みをある程度知っていて見た方がいい。単に「歌謡メロドラマ」としても出来がいいけど。しかし、このように偶然再会するということがあるのだろうか?昔の恋人が隣に越してきた(『隣の女』)とか、雨宿りしたら可愛い子と知り合った(『雨宿り』)とか、そんなことは映画や歌でしか起こらないのだろうか。非常に成功したメロドラマだが、単にそれに止まらない複雑な感慨を催す。今じゃ「大陸」が「香港」を制圧し尽くしたからこそ、この映画には言葉に出来ない懐かしさがある。なお、
テレサ・テン『
甜蜜蜜』というCDがあり、映画に使われた曲が入っている。原題にもなった『甜蜜蜜』は元はインドネシア民謡だという。