さて、ドナルド・トランプがアメリカ大統領に戻って来る。2ヶ月前の当選から、世界は戦々恐々としてその日を迎えようとしている。ということで、アリ・アッバシ監督『アプレンティス ドナルド・トランプの創り方』(The Apprentice)という映画を見に行ってきた。この映画は若き日のトランプを描く伝記映画で、アメリカでは選挙戦最中の公開をトランプ陣営が阻止しようとしたが、結局10月に小規模な公開となった。日本では何故か高須美容クリニック院長が協賛してテレビCMを流している。いろんな見方は出来るだろうが、まあ普通に解釈するならば「怪物が生まれるまで」を描いた映画ということになるだろう。
「アプレンティス」とは「見習い」という意味で、同時にドナルド・トランプが司会を務めた有名なテレビ番組の題名でもある。その番組は2004年から2007年に放送され、応募者から選ばれた10数名が会社で見習いとして働き、本採用を目指すというリアリティ・ショー。脱落者にはトランプが「君はクビだ! (You're Fired!) 」と宣告する。この決めぜりふが有名になって、今でも演説でよく使っている。映画はそのはるか前、1970年代に始まる。テレビではニクソン大統領の「ウォーターゲート事件」疑惑が報じられている。そんな時代に若きトランプは苦境に立っている。父親の不動産会社が人種差別で司法省に訴えられているのだ。
青年実業家ドナルド・トランプ(セバスチャン・スタン)は、有名人が集まるクラブの会員になって、「悪名高き」弁護士ロイ・コーン(ジェレミー・ストロング、1927~1986)に近づく。この弁護士は3回も訴追されながら無罪となった経歴がある。かつては検事でローゼンバーグ夫妻(原爆の情報をソ連に流したスパイとして訴追された)を死刑に追い込んだことを「国家のため」として誇っている。事件当時はまだ20代前半の検事だった。コーンはドナルドに「勝つための3つのルール」を伝授した。
それはまず「攻撃、攻撃、攻撃」であり、次に「絶対に非を認めるな」、そして「勝利を主張し続けろ」だった。選挙戦や前の大統領時代にどうにも奇妙な言動が多かったが、これを見て「ドナルド・トランプはロイ・コーンによって創造された」ことが良く判る。しかし、非を認めず勝利を一方的に主張するだけでは、もちろん現実の裁判で勝つことは出来ない。表舞台では「証拠」がものを言うからだ。しかし、ロイ・コーン弁護士のやり方は「裏で取引する」のである。相手に不利な情報を収集して、裏で恫喝して訴訟を取り下げさせたりするわけである。ここで「取引」というもう一つのトランプ流が成立する。
そうやって大ホテルを作り、トランプタワーを建て、アトランティック・シティ(大西洋岸のリゾート)にカジノを作る。モデルを追い回して結婚し、子どもも生まれ、次第に大物実業家になっていく。最初はある程度「ニューヨーク再開発」を考えていたようだが、次第に恰幅もよくなって大物ぶりが板に付く。一方でコーンは不祥事を起こし弁護士資格を取り上げられ、さらに病気にもなる。周囲は「エイズ」だと言うが、本人は肝臓ガンだと主張する。同性愛者の権利に厳しかったコーンは、実は同性愛者だったのである。そしてまだ50代で亡くなるが、その時点ではトランプは完全にコーンをしのぐ大物になっていた。
アリ・アッバシ監督はイラン出身だがスウェーデンで育ち、『ボーダー ふたつの世界』がカンヌ映画祭で「ある視点」部門グランプリを受けた。その後の『聖地には蜘蛛が巣を張る』はカンヌ映画祭コンペティション部門で女優賞を受けた。今回の『アプレンティス』も2024年のカンヌ映画祭コンペに出品されたが無冠に終わった。しかし、トランプ役のセバスチャン・スタンとコーン役のジェレミー・ストロングは高く評価されていて、ゴールデングローブ賞やイギリス・アカデミー賞の主演、助演にノミネートされた。主演はソックリぶりが見事だが、それ以上にコーン弁護士の存在感が半端ない。こういう人がいたのかと思った。
もう一つ、トランプ家の問題、特に父と兄の存在がドナルドに与えた影響の問題がある。父の圧政に兄はつぶされ、弟は父を(良くも悪くも)乗り越えた。その意味でドナルド・トランプは間違いなく「成功者」であり、この映画を「成功の秘訣」探しとして見ることも可能ではある。だが「成功」しすぎて、何事も「取引」として考える世界に生きる姿は果たして「成功の報酬」としてふさわしいか。むしろ「モンスターの誕生」を目の当たりにする映画だと思う。面白く出来ていて一見の価値がある。
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