「ウクライナの国民的詩人」と呼ばれているタラス・シェフチェンコ(1814~1861)という詩人、画家がいる。生年を見れば判るように、2014年が生誕200年だった。春にアンドレイ・クルコフ『ウクライナ日記』を読んだ時、シェフチェンコの生誕200年記念イベントがあちこちで開かれていたのが印象的だった。「シェフチェンコ200年」は、まさに2014年の「マイダン革命」、そしてロシアのクリミア奪取、ドンバス侵攻と重なったのである。
その本を読むまで名前も知らなかったけど、シェフチェンコとはどういう人なんだろう。検索すると、この人ではなくウクライナのサッカー選手が先に出て来るぐらい日本では未知の詩人である。しかし、岩波文庫10月新刊で『シェフチェンコ詩集』が出た。さっそく読んでみたのだが、この人は画家でもあった。編訳の藤井悦子氏の翻訳も非常に判りやすい名訳である。ウクライナの歴史、文化を知ることは、2020年現在とても重要なことだと思う。詩、特に外国の詩は日本ではあまり読まれないと思うけれど、やはり紹介しておきたい。こういう本が出たということぐらい知っておいた方が良いと思うから。
ウクライナでは本当に重要な人らしく、100フリヴニャ紙幣の肖像にもなっている。全国に銅像があるようで、リビウにある銅像の前でロシア侵攻に抗議する人々の画像があった。ウクライナの歴史は非常に複雑で、ここでは細かく紹介出来ないけど、15世紀頃にはコサック(コザーク)と呼ばれる軍事的共同体がステップ草原各地に作られていた。当時はロシアよりポーランド・リトアニアやスウェーデンなどの方が有力な時代で、コサック国家もロシアと協力する道を選んだ。
(リビウの銅像前)
その結果ウクライナはロシアの属国化していくが、シェフチェンコはそういうウクライナの歴史に抗議する。自分もロシアの首都(当時)ペテルベルクで学ぶことになった。ウクライナに戻る時は「小ロシア」への旅行を許可すると書かれる。多くの人がそれを当然視して生きていた中で、シェフチェンコは「ウクライナ・ナショナリズム」をうたい上げたのである。また多くの絵画を通して、ウクライナの風景美を残した。農奴に生まれ、自由にならない境遇に憤り農奴解放を目指した。その結果、逮捕され皇帝夫妻を批判した詩稿が発見され10年の流刑を言い渡された。そうして彼の短い生涯の貴重な時間が奪われたのである。
(シェフチェンコの絵)
シェフチェンコ詩集は藤井悦子訳で、今までにも出ていた。今回は最後の詩集『三年』から今まで訳されていなかった10編を選んで新たに訳したものである。短いものもあるが、中には文庫本で40頁以上もある長詩もある。長い詩というのは読みにくいものだが、案外スラスラ読めてしまう。それは翻訳が良いこともあるし、劇的な世界に引き込まれることもある。
冒頭に置かれた「暴かれた墳墓(モヒラ)」だけ少し紹介しておきたい。
静けさにみちた世界 愛するふるさと
わたしのウクライナよ
母よ あなたはなぜ
破壊され、滅びゆくのか。
朝まだき 太陽の昇らぬうちに
神に祈りを捧げなかったのか。
聞きわけのない子どもたちに
きまりごとを教えなかったのか。
「祈りました。こころを砕いてきました。
昼も夜も眠らず
幼子たちを見守り、
きまりごとを教えました。
一度(ひとたび)はわたしも
この広い世界に君臨したのです…
それなのに、ああ、ボフダンよ!
愚かな息子よ!
さあ、お前の母を、
おまえのウクライナを見るがいい。
これは全体の3分の1ぐらいで、短い方の詩である。「墳墓(モヒラ)」はウクライナのステップに存在する古代の墳墓。ボフダンは17世紀にロシアと協力したコサックの指導者だと注がある。詳細な注と解説があって、全部読むのは大変だけど、ウクライナ文化を知るためには重要な本だと思う。本体価格780円だから、それほど高くはないのも良い。
その本を読むまで名前も知らなかったけど、シェフチェンコとはどういう人なんだろう。検索すると、この人ではなくウクライナのサッカー選手が先に出て来るぐらい日本では未知の詩人である。しかし、岩波文庫10月新刊で『シェフチェンコ詩集』が出た。さっそく読んでみたのだが、この人は画家でもあった。編訳の藤井悦子氏の翻訳も非常に判りやすい名訳である。ウクライナの歴史、文化を知ることは、2020年現在とても重要なことだと思う。詩、特に外国の詩は日本ではあまり読まれないと思うけれど、やはり紹介しておきたい。こういう本が出たということぐらい知っておいた方が良いと思うから。
ウクライナでは本当に重要な人らしく、100フリヴニャ紙幣の肖像にもなっている。全国に銅像があるようで、リビウにある銅像の前でロシア侵攻に抗議する人々の画像があった。ウクライナの歴史は非常に複雑で、ここでは細かく紹介出来ないけど、15世紀頃にはコサック(コザーク)と呼ばれる軍事的共同体がステップ草原各地に作られていた。当時はロシアよりポーランド・リトアニアやスウェーデンなどの方が有力な時代で、コサック国家もロシアと協力する道を選んだ。
(リビウの銅像前)
その結果ウクライナはロシアの属国化していくが、シェフチェンコはそういうウクライナの歴史に抗議する。自分もロシアの首都(当時)ペテルベルクで学ぶことになった。ウクライナに戻る時は「小ロシア」への旅行を許可すると書かれる。多くの人がそれを当然視して生きていた中で、シェフチェンコは「ウクライナ・ナショナリズム」をうたい上げたのである。また多くの絵画を通して、ウクライナの風景美を残した。農奴に生まれ、自由にならない境遇に憤り農奴解放を目指した。その結果、逮捕され皇帝夫妻を批判した詩稿が発見され10年の流刑を言い渡された。そうして彼の短い生涯の貴重な時間が奪われたのである。
(シェフチェンコの絵)
シェフチェンコ詩集は藤井悦子訳で、今までにも出ていた。今回は最後の詩集『三年』から今まで訳されていなかった10編を選んで新たに訳したものである。短いものもあるが、中には文庫本で40頁以上もある長詩もある。長い詩というのは読みにくいものだが、案外スラスラ読めてしまう。それは翻訳が良いこともあるし、劇的な世界に引き込まれることもある。
冒頭に置かれた「暴かれた墳墓(モヒラ)」だけ少し紹介しておきたい。
静けさにみちた世界 愛するふるさと
わたしのウクライナよ
母よ あなたはなぜ
破壊され、滅びゆくのか。
朝まだき 太陽の昇らぬうちに
神に祈りを捧げなかったのか。
聞きわけのない子どもたちに
きまりごとを教えなかったのか。
「祈りました。こころを砕いてきました。
昼も夜も眠らず
幼子たちを見守り、
きまりごとを教えました。
一度(ひとたび)はわたしも
この広い世界に君臨したのです…
それなのに、ああ、ボフダンよ!
愚かな息子よ!
さあ、お前の母を、
おまえのウクライナを見るがいい。
これは全体の3分の1ぐらいで、短い方の詩である。「墳墓(モヒラ)」はウクライナのステップに存在する古代の墳墓。ボフダンは17世紀にロシアと協力したコサックの指導者だと注がある。詳細な注と解説があって、全部読むのは大変だけど、ウクライナ文化を知るためには重要な本だと思う。本体価格780円だから、それほど高くはないのも良い。