東京都教育委員会の定例会が2024年7月25日に開かれて、来年度からの中学校教科書の採択が行われた。前回2020年に引き続き、今回も中高一貫校、特別支援学校すべてで育鵬社は採択されなかった。それは事前に予測されたことで、僕も今回は(コロナ禍の4年前と同様に)教科書展示会を見に行かなかった。今回も左右両派ともに大きな集会や運動はなかったように思う。関連する運動団体のホームページを久しぶりにのぞいてみたが、両派ともにほとんど更新されていないようだった。
(東京都教育委員会=都教委ホームページから)
最近書いてないから、「中学教科書問題」を簡単に説明しておきたい。中学校の教科書は4年ごとに新しくなる。それに合わせて、4年ごとに教科書を採択し4年間同じ社を使うことになる。教科書は法律で使用する義務があり、いくらデジタル化が進もうと(今のところ)紙の教科書を買う必要がある。ただし義務教育段階の小中学校は、公費で負担する「教科書無償化」が1963年に始まり1969年に全学年で実施された。それ以前は学校ごとに教科書を決めていたが、無償化をきっかけに教育委員会が設置全学校の教科書を決めることになった。ということで、2024年は2025年度から4年間使用する教科書を決める年である。
戦後の歴史を振り返ると、何回か「教科書問題」が起きてきた。現行の教科書を「左翼的」だと非難する右派勢力が文部省(2000年から文部科学省)を突き上げて、教科書批判を繰り返すというのが大体のパターンだった。しかし、1997年に結成された「新しい歴史教科書をつくる会」は自分たちが自ら教科書を作成し全国で採択をめざすとともに、その教科書を一般に市販するという今までにない特異性があった。教科書は産経新聞の子会社扶桑社から発行され、2001年から採択可能になった。
こうして21世紀初頭には全国各地で「扶桑社を採択せよ」と迫る右派系と「扶桑社を採択するな」という反対派の運動が繰り広げられた。しかし、実際に扶桑社を採択したところは少なかった。一般に都道府県は高校以上を設置し、中学校は設置しない。しかし、特別支援学校(当時は養護学校)とその頃から作られ始めた中高一貫校の中等部では、都道府県立学校なので都道府県教育委員会が採択する。そして東京都(石原慎太郎知事)と愛媛県(加戸守行知事)の養護学校だけが扶桑社を採択した。右派系首長だった影響だろう。(石原、加戸両氏ともすでに故人である。)
その後、2005年の採択でも大きな伸びを達成できず、「つくる会」内部ではその原因を「右派的すぎた」として分裂が起きた。八木秀次氏らは新しく「育鵬社」(扶桑社の100%子会社)を作って新しい教科書を作ることになった。一方藤岡信勝氏ら残留派は「自由社」から教科書を出し続けた。2024年はさらに竹田恒泰氏らが「令和書籍」という会社を作って「国史教科書」という教科書を出した。つまり右派系だけで3つも教科書があるのだ。令和書籍は検索しても会社のホームページが出て来ない謎の組織である。「国史」と学習指導要領と違う分野名の教科書が認められるのは不可解だ。
(育鵬社)(自由社)(令和書籍)
経過説明だけで長くなってしまった。東京都では2005年から都立中高一貫校が設置され、現在10校になる。そして、2004年に採択された白鴎高校附属中に始まりすべての学校で扶桑社が採択されてきた。2011年以後は歴史分野だけでなく公民分野も育鵬社が採択されてきた。(教科書は4年ごとに新規採択が原則だが、学習指導要領改訂の影響で2011、2015、2020年に新規採択が行われた。)それが前回2020年に初めて育鵬社を採択せず、中高一貫校すべてで山川出版社を採択したのである。その年も育鵬社を採択した公立校は、全国でも栃木県の大田原市、石川県の金沢市、加賀市、小松市、山口県の下関市、岩国市、和木町などだった。
(都立中高一貫校の採択資料=根津公子氏のホームページから)
今回も大田原市ではすでに育鵬社の継続が決定された。他市は8月に決定のようである。今後全国的に見て右派系教科書が大きくシェアを伸ばすことは考えにくい。今までは右派系政治家による支援が行われ、それが保守的首長を頂く各教委に少なからぬ影響を与えてきた。知事や市長が教科書を決めるわけではないが、権限のある教育委員を議会に提案する力を持っている。しかし、安倍元首相の死亡、その後の「統一教会問題」、安倍派「裏金問題」などが続き、右派系勢力に大きな陰りが見られる。3つも右派系教科書が出たことも、右派の分裂状況を反映しているだろう。
東京都においては、かつてのような極端に右派的な教育委員は見られなくなった。教育長も入れて女性が3人いて、バランスが良くなった感がある。しかし、最大のきっかけは山川出版社の中学教科書が前回から登場したことだ。高校は各学校ごとに決めるが、進学校はほとんど山川だろう。そこに連続することを意識すれば、中学段階から同じ会社の教科書を使用する方が指導が楽になるだろう。自分で詳しく調べたわけじゃないが、歴史用語や各種副教材のスタイルなども共通しているんじゃないか。大学受験を考慮すれば、中学といえど山川に優位性があると思われる。(学力差のある公立中ではより一般的な東京書籍のシェアが多い。)
それと同時に、教科書を各教科多数出してきた東京書籍、教育出版、帝国書院、山川出版社などの方が、全般的に各学校への手当が厚いはずである。教科書デジタル化を考えると、「教科書専門会社」の方が安心して採択できるだろう。今後の歴史教育が大きく変わっていく中で、「教科書が諸悪の根源」的な陰謀論的発想は時代遅れになっていくはず。大体「サヨクの影響力がある教科書を使うから自虐的になる」などど本当に信じている人などいないだろう。それでは戦後ほぼすべての時代で自民党(または自民党に連なる勢力)が政治権力を持ち続けた理由が説明できない。自分たちが政権を握って教科書検定をしているのに、そんなバカなことがあるわけがない。自民党政権が「考えさせない」教育を続けたから、選挙の投票率が低いというなら判るけど。
(東京都教育委員会=都教委ホームページから)
最近書いてないから、「中学教科書問題」を簡単に説明しておきたい。中学校の教科書は4年ごとに新しくなる。それに合わせて、4年ごとに教科書を採択し4年間同じ社を使うことになる。教科書は法律で使用する義務があり、いくらデジタル化が進もうと(今のところ)紙の教科書を買う必要がある。ただし義務教育段階の小中学校は、公費で負担する「教科書無償化」が1963年に始まり1969年に全学年で実施された。それ以前は学校ごとに教科書を決めていたが、無償化をきっかけに教育委員会が設置全学校の教科書を決めることになった。ということで、2024年は2025年度から4年間使用する教科書を決める年である。
戦後の歴史を振り返ると、何回か「教科書問題」が起きてきた。現行の教科書を「左翼的」だと非難する右派勢力が文部省(2000年から文部科学省)を突き上げて、教科書批判を繰り返すというのが大体のパターンだった。しかし、1997年に結成された「新しい歴史教科書をつくる会」は自分たちが自ら教科書を作成し全国で採択をめざすとともに、その教科書を一般に市販するという今までにない特異性があった。教科書は産経新聞の子会社扶桑社から発行され、2001年から採択可能になった。
こうして21世紀初頭には全国各地で「扶桑社を採択せよ」と迫る右派系と「扶桑社を採択するな」という反対派の運動が繰り広げられた。しかし、実際に扶桑社を採択したところは少なかった。一般に都道府県は高校以上を設置し、中学校は設置しない。しかし、特別支援学校(当時は養護学校)とその頃から作られ始めた中高一貫校の中等部では、都道府県立学校なので都道府県教育委員会が採択する。そして東京都(石原慎太郎知事)と愛媛県(加戸守行知事)の養護学校だけが扶桑社を採択した。右派系首長だった影響だろう。(石原、加戸両氏ともすでに故人である。)
その後、2005年の採択でも大きな伸びを達成できず、「つくる会」内部ではその原因を「右派的すぎた」として分裂が起きた。八木秀次氏らは新しく「育鵬社」(扶桑社の100%子会社)を作って新しい教科書を作ることになった。一方藤岡信勝氏ら残留派は「自由社」から教科書を出し続けた。2024年はさらに竹田恒泰氏らが「令和書籍」という会社を作って「国史教科書」という教科書を出した。つまり右派系だけで3つも教科書があるのだ。令和書籍は検索しても会社のホームページが出て来ない謎の組織である。「国史」と学習指導要領と違う分野名の教科書が認められるのは不可解だ。
(育鵬社)(自由社)(令和書籍)
経過説明だけで長くなってしまった。東京都では2005年から都立中高一貫校が設置され、現在10校になる。そして、2004年に採択された白鴎高校附属中に始まりすべての学校で扶桑社が採択されてきた。2011年以後は歴史分野だけでなく公民分野も育鵬社が採択されてきた。(教科書は4年ごとに新規採択が原則だが、学習指導要領改訂の影響で2011、2015、2020年に新規採択が行われた。)それが前回2020年に初めて育鵬社を採択せず、中高一貫校すべてで山川出版社を採択したのである。その年も育鵬社を採択した公立校は、全国でも栃木県の大田原市、石川県の金沢市、加賀市、小松市、山口県の下関市、岩国市、和木町などだった。
(都立中高一貫校の採択資料=根津公子氏のホームページから)
今回も大田原市ではすでに育鵬社の継続が決定された。他市は8月に決定のようである。今後全国的に見て右派系教科書が大きくシェアを伸ばすことは考えにくい。今までは右派系政治家による支援が行われ、それが保守的首長を頂く各教委に少なからぬ影響を与えてきた。知事や市長が教科書を決めるわけではないが、権限のある教育委員を議会に提案する力を持っている。しかし、安倍元首相の死亡、その後の「統一教会問題」、安倍派「裏金問題」などが続き、右派系勢力に大きな陰りが見られる。3つも右派系教科書が出たことも、右派の分裂状況を反映しているだろう。
東京都においては、かつてのような極端に右派的な教育委員は見られなくなった。教育長も入れて女性が3人いて、バランスが良くなった感がある。しかし、最大のきっかけは山川出版社の中学教科書が前回から登場したことだ。高校は各学校ごとに決めるが、進学校はほとんど山川だろう。そこに連続することを意識すれば、中学段階から同じ会社の教科書を使用する方が指導が楽になるだろう。自分で詳しく調べたわけじゃないが、歴史用語や各種副教材のスタイルなども共通しているんじゃないか。大学受験を考慮すれば、中学といえど山川に優位性があると思われる。(学力差のある公立中ではより一般的な東京書籍のシェアが多い。)
それと同時に、教科書を各教科多数出してきた東京書籍、教育出版、帝国書院、山川出版社などの方が、全般的に各学校への手当が厚いはずである。教科書デジタル化を考えると、「教科書専門会社」の方が安心して採択できるだろう。今後の歴史教育が大きく変わっていく中で、「教科書が諸悪の根源」的な陰謀論的発想は時代遅れになっていくはず。大体「サヨクの影響力がある教科書を使うから自虐的になる」などど本当に信じている人などいないだろう。それでは戦後ほぼすべての時代で自民党(または自民党に連なる勢力)が政治権力を持ち続けた理由が説明できない。自分たちが政権を握って教科書検定をしているのに、そんなバカなことがあるわけがない。自民党政権が「考えさせない」教育を続けたから、選挙の投票率が低いというなら判るけど。