見田宗介著作集を読むシリーズ。11月は第5巻の『現代化日本の精神構造』を読んだ。3巻が『近代化日本の精神構造』、4巻が『近代日本の心情の歴史』で、今回が「現代化日本」である。続けて読んできたが、こういう名前の単行本はない。400頁ある長い本だが、後半150頁の「20世紀思想地図」は実は一番最初に読み直した朝日新聞掲載の論壇時評だった。そこから一部を抜粋してあるが、その問題は最後に書くことにする。今回はそれを省略して読んだので、約250頁の前半部分だけについて書くことにする。
(見田宗介著作集Ⅴ)
ここには主に1960年代初期に書かれた文章が載っていて、本としては最初の著作である『現代日本の精神構造』(弘文堂、1965)や『現代日本の心情と論理』(筑摩書房、1971)に収められたものが多い。最初の2編はなかなか面白いが、途中から全然面白くなくなる。こういう研究もしていたんだという感じ。「ホワイトカラーの分解と意識」「限界エリートの欲望と不安」「現代欲望論」など、60年代のサラリーマンの「出世」意識の分析である。まさに高度成長期の実像を描き出し、「戦後革新」の没落を予見したとも言えるけど、内容的には経営学という方が近い。正直言って、そんな研究もしていたのに驚いた。1968年、69年に書かれたものである。さらに「テレビドラマの二律背反」など今では全くつまらない。
(『現代日本の精神構造』)
論文自体はどれも判りやすく、そういう文体で書くというのが見田氏のスタイルだったのだと思う。内容的になかなか興味深いのは、一番最初の「現代における不幸の諸類型」という論文。1962年の一年間に読売新聞に載った「人生相談」の内容を分析したものである。1963年に『疎外の社会学』という論文集に初出とある。確かに「人生相談」の内容は「現代の疎外」を表わすだろう。でも、それを学問的に分析するって可能なのか。その難問をクリアーするために、最初にいろいろと考察しているところが一番面白かった。「人生相談」には限界があり、それはまず「投書をかけない人びと」の悩みが出て来ない。それは「乳幼児、重病人、文盲、マスコミに接触しえないほどの極貧層」である。
他にも「インテリ」「道徳上のタブー、とくにセックス」「政治的、宗教的少数者の問題」「体制の根源的な価値にかかわるような要因」「あまりにも特殊的、個人的問題」「とりあげるほどの価値がないささいな不幸」は取り上げられないという。インテリはマスコミの自分の不幸を投書しない。また貧乏の原因は資本主義だという投書があっても、「その通りです。共産主義社会になるまで解決しません。革命に向けて闘いましょう」と答える回答者はいない。個人の心構えや頑張りで難局を乗り越えよう、不満を言っても変わらないなどの回答になりやすいのである。
人生相談の中身は今では少なくなった嫁姑の問題を筆頭に、親の無理解、夫の行状への不満、友人関係と孤独、経済的貧困などである。回答者は「女流文学者」などが多いけれど、大体「自分を見つめてみましょう」みたい精神論が多くて驚き。それが嫌なら投書しないはずで、そういう言葉でも頑張るために背中を押す言葉を求めていたんだろう。興味深い投書としては、酒もタバコもたしなまず、真面目に働いて子どもたちも大学を出したような57歳の父親に関するものがある。「ただひとつの悩みは人にはいえぬ癖があるのです。女性関係は全然ありませんが、若い女性の下着を身につけたがり、年をとるにつれひどくなってきました。」そして家族は焼き捨てたりしているが、父は口もきかずご飯もろくに食べなかったりするという。娘の相談だけど、今の僕の感覚ではお父さんが可哀想。見田さんも「異様な内面風景」と書いてるけど、今じゃ許容出来るのではないか。
(『愛と死をみつめて』)
次の「ベストセラーの戦後史」もなかなか面白い。でも割合知られている内容なので、ここでは詳述しない。映画にもなった大ベストセラーの書簡集、河野実・大島みち子の『愛と死をみつめて』(1963)をめぐる分析はやはり鋭い。この本には二つの読み方があるという。〈愛〉に比重をかけた読み方と〈死〉に比重を掛けた読み方だというのである。〈愛〉に関しては、「愛よりも愛されることを夢みて、しかもそのような愛のまぼろしを信じ切れない現代女性」と評する。一方、〈死〉に関しては現代人は「家」も「神州不滅」も信じれらない。宗教の「神」もいない。「神を知らず国家的忠誠を知らず社会的連帯の契機をもたず、しかもなお無数の差別と競争の重圧の底でささやかな光を求める現代の青年男女の『聖典』である。」
「世代形成の二層構造」「現代青年の意識の変貌」はその後継続されたNHK放送文化研究所の「日本人の意識調査」を使った初めての論文。見田社会学を少しでも読んでる人には知られていることなので、ここでは詳述しない。この時点では生データが多く、多くの人が読むこともないと思う。全体として、この巻は見田宗介著作集を全巻読破するんだというファン、あるいは社会学を志す初学者を除けば、読む必要はないと思う。
だけど、一番最初に書いたようにここには朝日新聞に掲載された論壇時評が最後に収録されている。同時代に読んでいない人には、取りあえずこれを読むしかない。全部で48本あった時評が『白いお城と花咲く野原』に40編を収録。それをさらに精選して、28本が講談社学術文庫で『現代日本の感覚と思想』(1995)として刊行されたという。いやあ、それは全然気付かなかったです。そして今はそれも絶版のようである。だから、この著作集で読むしかないわけである。僕はこの論壇時評は先に読んで2回記事を書いた。『「論壇時評」再読、35年目の諸行無常ー見田宗介『白いお城と花咲く野原』を読む①』と『〈深い明るさ〉を求めてー見田宗介「白いお城と花咲く野原」を読む②』で、そっちを参照。
(『現代日本の感覚と思想』)
(見田宗介著作集Ⅴ)
ここには主に1960年代初期に書かれた文章が載っていて、本としては最初の著作である『現代日本の精神構造』(弘文堂、1965)や『現代日本の心情と論理』(筑摩書房、1971)に収められたものが多い。最初の2編はなかなか面白いが、途中から全然面白くなくなる。こういう研究もしていたんだという感じ。「ホワイトカラーの分解と意識」「限界エリートの欲望と不安」「現代欲望論」など、60年代のサラリーマンの「出世」意識の分析である。まさに高度成長期の実像を描き出し、「戦後革新」の没落を予見したとも言えるけど、内容的には経営学という方が近い。正直言って、そんな研究もしていたのに驚いた。1968年、69年に書かれたものである。さらに「テレビドラマの二律背反」など今では全くつまらない。
(『現代日本の精神構造』)
論文自体はどれも判りやすく、そういう文体で書くというのが見田氏のスタイルだったのだと思う。内容的になかなか興味深いのは、一番最初の「現代における不幸の諸類型」という論文。1962年の一年間に読売新聞に載った「人生相談」の内容を分析したものである。1963年に『疎外の社会学』という論文集に初出とある。確かに「人生相談」の内容は「現代の疎外」を表わすだろう。でも、それを学問的に分析するって可能なのか。その難問をクリアーするために、最初にいろいろと考察しているところが一番面白かった。「人生相談」には限界があり、それはまず「投書をかけない人びと」の悩みが出て来ない。それは「乳幼児、重病人、文盲、マスコミに接触しえないほどの極貧層」である。
他にも「インテリ」「道徳上のタブー、とくにセックス」「政治的、宗教的少数者の問題」「体制の根源的な価値にかかわるような要因」「あまりにも特殊的、個人的問題」「とりあげるほどの価値がないささいな不幸」は取り上げられないという。インテリはマスコミの自分の不幸を投書しない。また貧乏の原因は資本主義だという投書があっても、「その通りです。共産主義社会になるまで解決しません。革命に向けて闘いましょう」と答える回答者はいない。個人の心構えや頑張りで難局を乗り越えよう、不満を言っても変わらないなどの回答になりやすいのである。
人生相談の中身は今では少なくなった嫁姑の問題を筆頭に、親の無理解、夫の行状への不満、友人関係と孤独、経済的貧困などである。回答者は「女流文学者」などが多いけれど、大体「自分を見つめてみましょう」みたい精神論が多くて驚き。それが嫌なら投書しないはずで、そういう言葉でも頑張るために背中を押す言葉を求めていたんだろう。興味深い投書としては、酒もタバコもたしなまず、真面目に働いて子どもたちも大学を出したような57歳の父親に関するものがある。「ただひとつの悩みは人にはいえぬ癖があるのです。女性関係は全然ありませんが、若い女性の下着を身につけたがり、年をとるにつれひどくなってきました。」そして家族は焼き捨てたりしているが、父は口もきかずご飯もろくに食べなかったりするという。娘の相談だけど、今の僕の感覚ではお父さんが可哀想。見田さんも「異様な内面風景」と書いてるけど、今じゃ許容出来るのではないか。
(『愛と死をみつめて』)
次の「ベストセラーの戦後史」もなかなか面白い。でも割合知られている内容なので、ここでは詳述しない。映画にもなった大ベストセラーの書簡集、河野実・大島みち子の『愛と死をみつめて』(1963)をめぐる分析はやはり鋭い。この本には二つの読み方があるという。〈愛〉に比重をかけた読み方と〈死〉に比重を掛けた読み方だというのである。〈愛〉に関しては、「愛よりも愛されることを夢みて、しかもそのような愛のまぼろしを信じ切れない現代女性」と評する。一方、〈死〉に関しては現代人は「家」も「神州不滅」も信じれらない。宗教の「神」もいない。「神を知らず国家的忠誠を知らず社会的連帯の契機をもたず、しかもなお無数の差別と競争の重圧の底でささやかな光を求める現代の青年男女の『聖典』である。」
「世代形成の二層構造」「現代青年の意識の変貌」はその後継続されたNHK放送文化研究所の「日本人の意識調査」を使った初めての論文。見田社会学を少しでも読んでる人には知られていることなので、ここでは詳述しない。この時点では生データが多く、多くの人が読むこともないと思う。全体として、この巻は見田宗介著作集を全巻読破するんだというファン、あるいは社会学を志す初学者を除けば、読む必要はないと思う。
だけど、一番最初に書いたようにここには朝日新聞に掲載された論壇時評が最後に収録されている。同時代に読んでいない人には、取りあえずこれを読むしかない。全部で48本あった時評が『白いお城と花咲く野原』に40編を収録。それをさらに精選して、28本が講談社学術文庫で『現代日本の感覚と思想』(1995)として刊行されたという。いやあ、それは全然気付かなかったです。そして今はそれも絶版のようである。だから、この著作集で読むしかないわけである。僕はこの論壇時評は先に読んで2回記事を書いた。『「論壇時評」再読、35年目の諸行無常ー見田宗介『白いお城と花咲く野原』を読む①』と『〈深い明るさ〉を求めてー見田宗介「白いお城と花咲く野原」を読む②』で、そっちを参照。
(『現代日本の感覚と思想』)