トリュフォー映画の3作目から6作目まで。できれば簡単に。
③ピアニストを撃て(1960) ☆☆☆★
トリュフォーの第2作は、アメリカのミステリー作家、デイビッド・グーディスの映画化「ピアニストを撃て」である。キネ旬ベストテン63年度9位。本国ではほとんど認められなかった作家だが、フランスで人気があり「狼は天使の匂い」など映画化が多い。ヌーベルヴァーグの映画作家が大好きだったアメリカの犯罪小説をフランスに舞台を移して映画にした。冒頭は二人組に追われる男を通りがかりの男が助けて、二人で結婚に関する世間話をしている。一体どうなるかと思うと、これは筋には関係ない。男はとある場末のバーに逃げ込んで、そこでピアノを弾いているシャルリに助けを求める。逃げてきた男はピアニストの兄らしい。兄弟があったのは4年ぶり。冒頭からパリの暗い夜の映画で、ところどころ昼間のシーンもあるものの、まさに「フィルム・ノワール」。
このシャルリは実はかつての名ピアニスト、エドゥアール・サローヤンの世を忍ぶ仮の姿だった。過去に妻を亡くした辛い事情があり、以後ピアノは捨てたはずが、場末のバーの掃除夫をしていた時にピアノを弾いてしまった。今は彼のピアノで踊る客でいっぱいである。名前で判るようにサローヤンはアルメニア系で、実際にアルメニア人である有名なシャンソン歌手、シャルル・アズナブール(1924~)が演じている。このような、「暗い過去を背負う男」、「そんな男に尽くす女たち」、「男が捨てきれない家族の絆」が絡み合うストーリイがかなり自由に展開される。ミステリー的な感興はあまりないが、クローズアップを多用してB級映画っぽく撮り、その中でセリフとナレーションでグッと心に刺さるシーンを入れてある。お遊び的シーンも多く、何度か見るたびに面白くなる「スルメ映画」の典型だと思う。映画的興趣と彼に惚れているマリー・デュボワの魅力で★ひとつアップ。撮影にラウル・クタール、音楽にジョルジュ・ドルリュ-と、いわばトリュフォー組がそろった作品。撮影の魅力も大きい。
④突然炎のごとく(1961) ☆☆☆☆☆
1964年キネ旬ベストテン2位。何度見ても素晴らしい映画で、非常に強く胸を打たれる。クタールの撮影、ドルリュ―の音楽も最高だけど、ジャンヌ・モローのとらえどころのない、自由で神秘的な女性像が素晴らしい。生涯に2つの小説を残したジャン=ピエール・ロシェの原作「ジュールとジム」の映画化。第一次世界大戦直前、パリが世界の芸術の首都だった時代。ドイツから来たジュールはジムと友だちになり、思想や芸術を語りあい、女たちと恋をする。何人かの女性を遍歴した後、彼らはアドリア海の彫像にそっくりの女、カトリーヌと出会い夢中になる。この「ジュールとジムとカトリーヌ」の何年も続く、恋と別れの物語がこの映画である。ジュールが求婚し、カトリーヌは受け入れ一緒にドイツに戻った後に大戦が勃発する。大戦終了後、ジムはドイツに子どもと暮らす2人に会いに行く。そこで出会ったカトリーヌは情緒不安定で、ジムの恋は再燃しジュールもカトリーヌをジムの手にゆだねることにする。という、カトリーヌの恋の遍歴を書いても、この映画の魅力はほとんど伝わらないだろう。
では何が魅力かと言われても、うまく表現できない部分もあるが、「自由な精神」が現実の中で摩耗していく、あの切ない想いを映像と音楽の魅力でフィルムの中に封じ込めた感じの映画だと思う。海辺で語り合う、自転車で田舎道を駆け抜ける、あの素晴らしい奇跡の一瞬。それは僕らの人生の中にもないではなかった青春の思い出であるが、一瞬で過ぎ去ることを僕たちは知っている。そして現実世界は、戦争に象徴される「死」に占領されている。だんだん「エラン・ヴィタル」(生命の躍動)の季節が終わり、心が死に囚われていく。その時の不安、どうしようもない思い、結ばれては離れていく心の絆、そういった生きる喜びと苦しさがこの映画には封じ込められているのだと思う。ゴダールの「気狂いピエロ」と並んで、「映画の青春」を葬った映画ではないか。以後の僕たちは、もう二度とこんなに切ない映画は作れない。ラストは衝撃的。「詩的な解釈」もできるけれど、このように不安定で破滅に向かう心とも接した経験があるので、非常に重く受け止めたい。僕にも何もできないと思う。
⑤アントワーヌとコレット ☆☆☆
「二十歳の恋」という仏独伊ポーランド、日本の青春を描くオムニバス映画のフランス編。(ちなみに日本編は石原慎太郎が監督している。)「大人は判ってくれない」のアントワーヌ・ドワネルが17歳になった時の後日譚。レコード会社(フィリップスでレコード製造をしている)に勤め、夜はクラシックのコンサートによく行く。青年音楽同盟とかのメンバーなのである。(これは労音みたいなものだろうか。)そこで年上のコレットを見染めて、何とか近づこうとし、友だちになる。両親にも気に入られ、もっと会いたいと彼女の真向いに引っ越したり…。でも、彼女はアントワーヌではなく、もっと年上の男が好きみたいで…。初々しい青春の恋の一こまを描いた短編(29分)。パリの風景が美しく、★ひとつサービス。アントワーヌの部屋に野口久光氏のポスターがあることでも有名。
⑥柔らかい肌(1964) ☆☆☆☆
65年のキネ旬ベストテン4位。ベストテン入選映画ではこの映画だけ長いこと見れなくて、10年位前に初めて見たが、その時にはあまり面白くなかった。今回見て劇的に評価が好転した2作の一つ。(もう一つは「野生の少年」。)テレビでも有名な文芸評論家ピエール・ラシュネーは、バルザックの本を出して好評を博し、ポルトガルのリスボンでの講演会に招かれる。行きの飛行機で、スチュワーデスのニコルと知り合い、リスボンのホテルで結ばれる。帰ってからパリでも関係を持ち続ける二人…。これだけ書くと、普通の「不倫」物語で、というか実際に「ありふれた三角関係の物語」そのものなんだけど、その描き方の真実味、細かな描写の積み重ねがとてもうまい。疲れて眠い時に見ると、「単なる不倫モノ」に感じてしまうかもしれないが、何度か見ると描写のうまさ、真実味が身に迫ってくると思う。
ピエールと妻のフランカを演じているのは、ジャン・ドサイ、ネリー・ベネデッティという全然知らない俳優で、男の容姿もまあ「普通の中年男」である。ニコルだけが、フランソワーズ・ドルレアックという美女が演じているので、男から見れば「やむを得ないかなあ」「これは一目ぼれしてしまうよ」と思わないでもないのだが、それを「妻の目」でみるとどうなるか。そこで衝撃的なラストがあるが、これだけは僕は今でも納得できない部分がある。途中、講演会でランスに行くときにニコルを連れていくシーンが秀逸。特にルームサービスの朝食を外に出すと、猫がミルクを飲みに来るシーンは後に2回(「アメリカの夜」「恋愛日記」で)再現された。クタールの撮影するオール・ロケのパリやリスボンが美しい。何気ない冬の景色などが心に残る。(画像の2枚目はドルレアック、3枚目は姉妹共演の「ロシュフォールの恋人たち」)
③ピアニストを撃て(1960) ☆☆☆★
トリュフォーの第2作は、アメリカのミステリー作家、デイビッド・グーディスの映画化「ピアニストを撃て」である。キネ旬ベストテン63年度9位。本国ではほとんど認められなかった作家だが、フランスで人気があり「狼は天使の匂い」など映画化が多い。ヌーベルヴァーグの映画作家が大好きだったアメリカの犯罪小説をフランスに舞台を移して映画にした。冒頭は二人組に追われる男を通りがかりの男が助けて、二人で結婚に関する世間話をしている。一体どうなるかと思うと、これは筋には関係ない。男はとある場末のバーに逃げ込んで、そこでピアノを弾いているシャルリに助けを求める。逃げてきた男はピアニストの兄らしい。兄弟があったのは4年ぶり。冒頭からパリの暗い夜の映画で、ところどころ昼間のシーンもあるものの、まさに「フィルム・ノワール」。
このシャルリは実はかつての名ピアニスト、エドゥアール・サローヤンの世を忍ぶ仮の姿だった。過去に妻を亡くした辛い事情があり、以後ピアノは捨てたはずが、場末のバーの掃除夫をしていた時にピアノを弾いてしまった。今は彼のピアノで踊る客でいっぱいである。名前で判るようにサローヤンはアルメニア系で、実際にアルメニア人である有名なシャンソン歌手、シャルル・アズナブール(1924~)が演じている。このような、「暗い過去を背負う男」、「そんな男に尽くす女たち」、「男が捨てきれない家族の絆」が絡み合うストーリイがかなり自由に展開される。ミステリー的な感興はあまりないが、クローズアップを多用してB級映画っぽく撮り、その中でセリフとナレーションでグッと心に刺さるシーンを入れてある。お遊び的シーンも多く、何度か見るたびに面白くなる「スルメ映画」の典型だと思う。映画的興趣と彼に惚れているマリー・デュボワの魅力で★ひとつアップ。撮影にラウル・クタール、音楽にジョルジュ・ドルリュ-と、いわばトリュフォー組がそろった作品。撮影の魅力も大きい。
④突然炎のごとく(1961) ☆☆☆☆☆
1964年キネ旬ベストテン2位。何度見ても素晴らしい映画で、非常に強く胸を打たれる。クタールの撮影、ドルリュ―の音楽も最高だけど、ジャンヌ・モローのとらえどころのない、自由で神秘的な女性像が素晴らしい。生涯に2つの小説を残したジャン=ピエール・ロシェの原作「ジュールとジム」の映画化。第一次世界大戦直前、パリが世界の芸術の首都だった時代。ドイツから来たジュールはジムと友だちになり、思想や芸術を語りあい、女たちと恋をする。何人かの女性を遍歴した後、彼らはアドリア海の彫像にそっくりの女、カトリーヌと出会い夢中になる。この「ジュールとジムとカトリーヌ」の何年も続く、恋と別れの物語がこの映画である。ジュールが求婚し、カトリーヌは受け入れ一緒にドイツに戻った後に大戦が勃発する。大戦終了後、ジムはドイツに子どもと暮らす2人に会いに行く。そこで出会ったカトリーヌは情緒不安定で、ジムの恋は再燃しジュールもカトリーヌをジムの手にゆだねることにする。という、カトリーヌの恋の遍歴を書いても、この映画の魅力はほとんど伝わらないだろう。
では何が魅力かと言われても、うまく表現できない部分もあるが、「自由な精神」が現実の中で摩耗していく、あの切ない想いを映像と音楽の魅力でフィルムの中に封じ込めた感じの映画だと思う。海辺で語り合う、自転車で田舎道を駆け抜ける、あの素晴らしい奇跡の一瞬。それは僕らの人生の中にもないではなかった青春の思い出であるが、一瞬で過ぎ去ることを僕たちは知っている。そして現実世界は、戦争に象徴される「死」に占領されている。だんだん「エラン・ヴィタル」(生命の躍動)の季節が終わり、心が死に囚われていく。その時の不安、どうしようもない思い、結ばれては離れていく心の絆、そういった生きる喜びと苦しさがこの映画には封じ込められているのだと思う。ゴダールの「気狂いピエロ」と並んで、「映画の青春」を葬った映画ではないか。以後の僕たちは、もう二度とこんなに切ない映画は作れない。ラストは衝撃的。「詩的な解釈」もできるけれど、このように不安定で破滅に向かう心とも接した経験があるので、非常に重く受け止めたい。僕にも何もできないと思う。
⑤アントワーヌとコレット ☆☆☆
「二十歳の恋」という仏独伊ポーランド、日本の青春を描くオムニバス映画のフランス編。(ちなみに日本編は石原慎太郎が監督している。)「大人は判ってくれない」のアントワーヌ・ドワネルが17歳になった時の後日譚。レコード会社(フィリップスでレコード製造をしている)に勤め、夜はクラシックのコンサートによく行く。青年音楽同盟とかのメンバーなのである。(これは労音みたいなものだろうか。)そこで年上のコレットを見染めて、何とか近づこうとし、友だちになる。両親にも気に入られ、もっと会いたいと彼女の真向いに引っ越したり…。でも、彼女はアントワーヌではなく、もっと年上の男が好きみたいで…。初々しい青春の恋の一こまを描いた短編(29分)。パリの風景が美しく、★ひとつサービス。アントワーヌの部屋に野口久光氏のポスターがあることでも有名。
⑥柔らかい肌(1964) ☆☆☆☆
65年のキネ旬ベストテン4位。ベストテン入選映画ではこの映画だけ長いこと見れなくて、10年位前に初めて見たが、その時にはあまり面白くなかった。今回見て劇的に評価が好転した2作の一つ。(もう一つは「野生の少年」。)テレビでも有名な文芸評論家ピエール・ラシュネーは、バルザックの本を出して好評を博し、ポルトガルのリスボンでの講演会に招かれる。行きの飛行機で、スチュワーデスのニコルと知り合い、リスボンのホテルで結ばれる。帰ってからパリでも関係を持ち続ける二人…。これだけ書くと、普通の「不倫」物語で、というか実際に「ありふれた三角関係の物語」そのものなんだけど、その描き方の真実味、細かな描写の積み重ねがとてもうまい。疲れて眠い時に見ると、「単なる不倫モノ」に感じてしまうかもしれないが、何度か見ると描写のうまさ、真実味が身に迫ってくると思う。
ピエールと妻のフランカを演じているのは、ジャン・ドサイ、ネリー・ベネデッティという全然知らない俳優で、男の容姿もまあ「普通の中年男」である。ニコルだけが、フランソワーズ・ドルレアックという美女が演じているので、男から見れば「やむを得ないかなあ」「これは一目ぼれしてしまうよ」と思わないでもないのだが、それを「妻の目」でみるとどうなるか。そこで衝撃的なラストがあるが、これだけは僕は今でも納得できない部分がある。途中、講演会でランスに行くときにニコルを連れていくシーンが秀逸。特にルームサービスの朝食を外に出すと、猫がミルクを飲みに来るシーンは後に2回(「アメリカの夜」「恋愛日記」で)再現された。クタールの撮影するオール・ロケのパリやリスボンが美しい。何気ない冬の景色などが心に残る。(画像の2枚目はドルレアック、3枚目は姉妹共演の「ロシュフォールの恋人たち」)