最近ビックリしたのが京大の霊長類研究所が組織として解体されるというニュースだった。日本が世界に誇る霊長類学の拠点だっただけに、大変残念なことだと思う。再考を求める署名運動もあるようだが、きっかけが会計不正問題だけに判断が難しいところだ。ところで、その霊長類研究所で助手を務めた経験もある、日本を代表する霊長類学者、世界的なゴリラ研究者である山際寿一さんの本を最近2冊読んだ。一つは山際寿一「京大というジャングルでゴリラ学者が考えたこと」(朝日新書)で、もう一つは小川洋子さんとの対談「ゴリラの森、言葉の海」(新潮文庫)も読んだので、合せて紹介。
山際さんはゴリラに関する本が幾つもあるけれど、読んだことはなかった。その後、2014年に京都大学の総長に選出され、さらに国立大学協会の会長も務めた。ちょうど国立大学の法人化という難題に直面した時代に重責を担ったわけである。この本の帯には「政府にもの申す 国立大学法人化は失敗だった」とある。国立大学のあり方など、多くの国民には関係のないことだと思うかもしれないが、小泉政権下の「聖域なき構造改革」、要するに経費節減の負の影響が如何に国立大学に生じているか。それを判りやすく語り尽くしたのがこの本である。細かいことは書かないが、大学だけでなく他の学校や企業などにも「考えるヒント」がある。
「京都大学WINDOW構想」とか、京大の国際拠点作り、卒業式・入学式の式辞など大変面白かった。スケールは全然違うけれど、高校以下での学校作り、学級作りにもヒントになる話が多い。そもそもアメリカの大学とヨーロッパの大学、ヨーロッパでもイギリスとドイツの大学では全然違った事情があるという。高額な授業料を取る有名な私立大学が中心になっているアメリカの大学を日本もマネしたのが大問題だったという。日本の官僚はアメリカに留学することが多い。だから、ハーバード大学やイェール大学を日本のモデルに考えてしまったのか。本書を読めば、ドイツなどヨーロッパの大学をもっと参考にするべきだとよく判る。
(山際寿一氏)
本の題名が「京大というジャングル」となっている。人によってはジャングルは「弱肉強食」だというイメージで記憶している人もいると思う。大学がジャングルだというと、知的な格闘の場と思うかもしれない。しかし、山際氏によれば、ジャングルとは多種多様な生命が「棲み分け」している場である。大学も様々な学問、様々な背景を持った学生が共生している場ととらえるわけである。少子化に伴い18歳人口がますます減少するから、日本の大学は大変な危機にあるとよく言われる。それは間違いないけれど、日本の大学進学率は世界各国と比べて決して高くはない。大学へ行けずに社会に出て、もう一回学びの場を求めている人はものすごく多いはず。大学院も含めて、生涯教育を推進していく好機と考えれば、ピンチをチャンスに出来るかもしれない。
ところで、山際氏は2020年まで日本学術会議会長も務めていて、菅前首相による会員任命拒否問題にぶつかった。いや、直接には次期の梶田隆章会長時代になるわけだが、きっかけは山際時代にある。実は前任の大西会長時代にも同じような問題が起こっていて、大西会長は定員より6人多く推薦したのである。しかし、山際会長はその措置をおかしいと考え、法の求めるとおり定員いっぱいの推薦を行ったところ、理由を明らかにすることなく6人が任命を拒否された。菅前首相はなぜ拒否したかは言わないけれど、「おそらく『政府の方針に異を唱える学者だから』というのが本音だろうが、それを言ったらおしまいである」と山際氏は書いている。
もっとも学術会議問題は「おわりに」で簡単に書かれているだけ。大学論なんかよりアフリカでのフィールドワークの話の方がずっと面白い。やはりフィールドの人、つまりは「野人」であり、その感性を持ったまま総長になったのである。そこが面白いし、本書の読み所、いろいろとヒントになるところだ。ゴリラといえば、本書でも触れられているアメリカのダイアン・フォッシー博士を知っている人もいるだろう。シガニー・フィーバーが主演して「愛は霧のかなたに」という映画も作られた。
ダイアン・フォッシーはゴリラと直接接触して観察するという研究方法を確立したが、1985年に何者かに殺害された。犯人は結局判らなかった。フォッシーは密猟者を避けるために、同じ黒人の現地人にはゴリラに接触させなかった。山際氏はそれをうさんくさいと思って、現地の研究者の育成を大事にしてきた。それは非常に大切な観点だと思う。日本では平地にいるマウンテンゴリラを最初に研究対象にしたから、なんとなく平地の動物イメージがある。しかし、ルワンダ、コンゴの内戦でフィールドをガボンに移し、ニシローランドゴリラを研究したところ、実はほぼ樹上で生活していると判った。京都市動物園でも樹上的な施設を作ったところ、上手に使っているという。一度見に行きたいなあ。
ゴリラに関しては、小川洋子さんとの対談「ゴリラの森、言葉の海」が詳しい。小川さんも京都市動物園に見に行って、驚いている。対談だけに判りやすい話題が満載で、かなり有名な「ゴリラの子殺し」など衝撃的な話題が出て来る。同性愛も一部で見られるということで驚く。ゴリラを通して、人間に暴力性、共感力の根源を探っている。山際氏が若き日に長く観察した屋久島で小川氏と対談するところは非常に感銘深かった。長くなるから細かいことは書かないけれど、対談だから是非一度読んで見て欲しい。
山際さんはゴリラに関する本が幾つもあるけれど、読んだことはなかった。その後、2014年に京都大学の総長に選出され、さらに国立大学協会の会長も務めた。ちょうど国立大学の法人化という難題に直面した時代に重責を担ったわけである。この本の帯には「政府にもの申す 国立大学法人化は失敗だった」とある。国立大学のあり方など、多くの国民には関係のないことだと思うかもしれないが、小泉政権下の「聖域なき構造改革」、要するに経費節減の負の影響が如何に国立大学に生じているか。それを判りやすく語り尽くしたのがこの本である。細かいことは書かないが、大学だけでなく他の学校や企業などにも「考えるヒント」がある。
「京都大学WINDOW構想」とか、京大の国際拠点作り、卒業式・入学式の式辞など大変面白かった。スケールは全然違うけれど、高校以下での学校作り、学級作りにもヒントになる話が多い。そもそもアメリカの大学とヨーロッパの大学、ヨーロッパでもイギリスとドイツの大学では全然違った事情があるという。高額な授業料を取る有名な私立大学が中心になっているアメリカの大学を日本もマネしたのが大問題だったという。日本の官僚はアメリカに留学することが多い。だから、ハーバード大学やイェール大学を日本のモデルに考えてしまったのか。本書を読めば、ドイツなどヨーロッパの大学をもっと参考にするべきだとよく判る。
(山際寿一氏)
本の題名が「京大というジャングル」となっている。人によってはジャングルは「弱肉強食」だというイメージで記憶している人もいると思う。大学がジャングルだというと、知的な格闘の場と思うかもしれない。しかし、山際氏によれば、ジャングルとは多種多様な生命が「棲み分け」している場である。大学も様々な学問、様々な背景を持った学生が共生している場ととらえるわけである。少子化に伴い18歳人口がますます減少するから、日本の大学は大変な危機にあるとよく言われる。それは間違いないけれど、日本の大学進学率は世界各国と比べて決して高くはない。大学へ行けずに社会に出て、もう一回学びの場を求めている人はものすごく多いはず。大学院も含めて、生涯教育を推進していく好機と考えれば、ピンチをチャンスに出来るかもしれない。
ところで、山際氏は2020年まで日本学術会議会長も務めていて、菅前首相による会員任命拒否問題にぶつかった。いや、直接には次期の梶田隆章会長時代になるわけだが、きっかけは山際時代にある。実は前任の大西会長時代にも同じような問題が起こっていて、大西会長は定員より6人多く推薦したのである。しかし、山際会長はその措置をおかしいと考え、法の求めるとおり定員いっぱいの推薦を行ったところ、理由を明らかにすることなく6人が任命を拒否された。菅前首相はなぜ拒否したかは言わないけれど、「おそらく『政府の方針に異を唱える学者だから』というのが本音だろうが、それを言ったらおしまいである」と山際氏は書いている。
もっとも学術会議問題は「おわりに」で簡単に書かれているだけ。大学論なんかよりアフリカでのフィールドワークの話の方がずっと面白い。やはりフィールドの人、つまりは「野人」であり、その感性を持ったまま総長になったのである。そこが面白いし、本書の読み所、いろいろとヒントになるところだ。ゴリラといえば、本書でも触れられているアメリカのダイアン・フォッシー博士を知っている人もいるだろう。シガニー・フィーバーが主演して「愛は霧のかなたに」という映画も作られた。
ダイアン・フォッシーはゴリラと直接接触して観察するという研究方法を確立したが、1985年に何者かに殺害された。犯人は結局判らなかった。フォッシーは密猟者を避けるために、同じ黒人の現地人にはゴリラに接触させなかった。山際氏はそれをうさんくさいと思って、現地の研究者の育成を大事にしてきた。それは非常に大切な観点だと思う。日本では平地にいるマウンテンゴリラを最初に研究対象にしたから、なんとなく平地の動物イメージがある。しかし、ルワンダ、コンゴの内戦でフィールドをガボンに移し、ニシローランドゴリラを研究したところ、実はほぼ樹上で生活していると判った。京都市動物園でも樹上的な施設を作ったところ、上手に使っているという。一度見に行きたいなあ。
ゴリラに関しては、小川洋子さんとの対談「ゴリラの森、言葉の海」が詳しい。小川さんも京都市動物園に見に行って、驚いている。対談だけに判りやすい話題が満載で、かなり有名な「ゴリラの子殺し」など衝撃的な話題が出て来る。同性愛も一部で見られるということで驚く。ゴリラを通して、人間に暴力性、共感力の根源を探っている。山際氏が若き日に長く観察した屋久島で小川氏と対談するところは非常に感銘深かった。長くなるから細かいことは書かないけれど、対談だから是非一度読んで見て欲しい。