尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

その場所に女ありて

2011年05月27日 21時13分00秒 |  〃  (旧作日本映画)
 1962年東宝作品「その場所に女ありて」(鈴木英夫監督司葉子主演)。見たのは二度目だが、最近になって再発見された日本映画の傑作である。鈴木英夫という東宝監督の名前を知ったのは、ここ10数年のことだろう。「その場所に女ありて」がサンパウロ映画祭で受賞しているなどということはそれまで全く聞いたこともなかった。東宝でベストテン入りした映画は黒澤明と成瀬巳喜男ばかりで、あとは黒澤の弟子の堀川弘通が何本か…。鈴木英夫?…聞いたこともない、というのが70年代以後から映画を見てきたものの正直な感想だろう。ここ10年で評価がぐっと高まった映画監督は、清水宏と鈴木英夫だと思う。映画史も常に見直しがなされ、再発見されていくのだ。

 その中でも、この「その場所に女ありて」はもっとも重要な日本映画の再発見の一つである。安保闘争と東京五輪の間の62年、高度成長渦中の東京・銀座の広告会社を舞台に、女性の労働をテーマに描いたこの作品は、時代を突き抜けている。ほとんどロケで撮り、発展する東京の時代相の中に、「まだセクハラという言葉がなかった頃」の女性をリアリズムで追及する。司葉子があまりにも凛々しく、素晴らしい名作である。

 司葉子は「男を知らない優等生BG」である。BGと言っても死語だが、ビジネスガールの略。その後OLとなり、今はキャリアウーマンと言うのだろうか。姉が森光子でいつもだらしない男に引っかかり、妹に金をせびりにくる。(ちなみに今の男役は故児玉清。)両親はいない。司葉子は役名が矢田律子。上司からは「矢田君」、同僚からは「矢田ちゃん」と呼ばれている。「女が7年も一人で働くということは大変なこと」だった。27歳であるという。短大を出て就職したのである。これは司葉子の実人生と同様である。映画当時、司は28歳だった。もう30近くで、当時の感覚ではだんだん結婚が遠くなる年齢である。

 コピーライターで入ったが、今は営業職である。製薬会社を回り、目薬や精力剤の広告を取るために走り回る。タバコを吸い、男と混じって麻雀を打ち、得意先の接待で夜も遅い。接待すればセクハラ、得意先からは見合いの話も。そういった仕事の事情がテンポよく語られる。ライバル会社のやり手社員宝田明との出会いと恋と別れ。仲間の女性社員の様々なタイプの描き分け。男につくす水野久美、男言葉の「幹事長」、男社員に小金を貸してもうける女性社員。60年代初頭のまだまだ労働条件が劣悪な中で高度成長を支えた「高学歴女性労働」がこれほどきちんと描かれた映画は他にない。映画は悲劇でもハッピーエンドでもなく終わる(と僕は見る。)「やるっきゃない」という終わり方。

 この映画の中では、男は皆だらしなく、無責任でずるい。特に広告美術の賞を受ける山崎努(若い!)のいい加減さ。それに比べ、周りの男のだらしなさを一人で飲み込み、あくまで仕事を進める司葉子の素晴らしさ。このような「仕事ができる女」は日本映画で珍しい。ファッションも抑えたカラー画面に映えるステキなデザインである。司葉子はまあ若い頃から老齢まで演じた「紀ノ川」が代表作だろうが、洋装ではこの作品が一番ではないか。

 画面の中には、当時の銀座が写されている。それも貴重。「オート三輪」が走り回る東京の姿は懐かしい。鈴木英夫はミステリー映画などスリリングな描写に才を発揮した映画監督で、まだまだ発掘されるべき作品が多く残ってる可能性がある。日本映画の歴史も奥深い。
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沖縄の写真

2011年05月27日 20時23分31秒 |  〃 (温泉以外の旅行)
 このままでは忘れてしまいそうなので、沖縄で撮った写真をいくつか。ケータイで撮ってすぐアップすることもできるわけだけど、いつも忘れる。昔は重いカメラをかけて山に登ったものですが、デジカメ時代になって逆に写真に興味がなくなりました。

 宮古島の東平安名崎灯台、西平安名崎夕景。
 

 本島の北部にある大石林山のガジュマル、首里の古城の石畳に映る影


 ハンセン病療養所 宮古南静園にある職員宿舎の壁の銃弾(機銃掃射)、本島名護の愛楽園にある壕、最後は愛楽園前の海。沖縄のハンセン病患者は指導者青木恵哉とともに迫害から逃れ園のある屋我地島に上陸した。海はあくまでも美しい…。
 
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布川事件、無罪判決

2011年05月24日 21時24分06秒 |  〃 (冤罪・死刑)
 布川事件の再審判決日。午前10時傍聴券受付開始ということで、早起きして茨城県土浦市の水戸地裁土浦支部へ行って来ました。再審なんだし、公判内容からも無罪判決しかないわけで、そういう意味での心配はないけれど、問題はどの程度まで警察、検察の責任へ切り込むかにかかっています。

 朝から冷たい雨の中、朝から傍聴希望者が続々到着、新聞社のアルバイトを含めて1000人以上が集まりました。それでたった25席。この倍率では当たりません。今まで大きな裁判で傍聴券が当たったためしがないなあ。先着順で僕の真ん前で切れた時もあります。日本の裁判は傍聴席が少ないです。傍聴は国民の権利であるだけでなく、裁判そのものが日本の文化の一つです。東京地裁で一番大きい法廷でも100人規模ですから、重大裁判ではいつもマスコミの席取りアルバイトが出ます。

 今回は支部だから大きな法廷がなくても仕方ないけど、そういう時はどこか大きな市民ホールでも借りてやればいいんですよ。外国ではそういう例もあったと聞いたけど。市民の関心がこれほど高い裁判なのに、自分のパフォーマンスを見てもらえなくては裁判官も残念じゃないですかねえ。あるいは音声を外部に流すとか。夕刊の新聞は、裁判所へ向かう桜井さん、杉山さんの写真を大きく取り上げていたけど、顔を大きく撮るため下の旗の字が見えません。

 写真を載せておきますが、「取り調べの全面可視化、全証拠の事前開示を」「無実の43年!雪冤から司法改革へ!」と書いてありました。これを取り上げなくてはいけません。無実は誰もが認めた。裁判所が認める前に、もう周りの人々はみんな認めています。無罪になるのはアッタリマエ。これから責任追及、司法改革が始まるのです。今日の無罪判決はその第一歩。

 傍聴席結果発表は11時半。判決は13時半。すぐに弁護士二人が垂れ幕を掲げて出てきました。判ってはいたけど、感激です。

 でも言い渡しは16時半までかかるということで、帰ってきました。だから判決の詳しい内容はまだ知りません。桜井さん、杉山さんの映画「ショージとタカオ」は前に紹介しましたが、新宿ケイズ・シネマで6月17日まで、毎日午後5時から上映中。桜井さんのブログ「獄外記」もあります。日弁連の宇都宮会長名の声明もぜひ。
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ハンセン病市民学会に参加して

2011年05月22日 14時11分32秒 |  〃 (ハンセン病)
昨日は宮古島から沖縄本島へ移って、そのまま名護の市民学会総会へ。

この学会というのは、ハンセン病の当事者、支援者、学者、弁護士などが作っている団体です。僕自身は今までは東京大会以外は出たことがなかったのですが、全国から数百人が沖縄に来ています。

学会と名乗りつつ、研究、検証に加えて、提言や交流も目的としています。立ち上げのときは知らなかったのですが、この団体の性格、特質は戦後の民衆運動の中でも特筆すべきヒットなんじゃないかと思います。

自然科学、社会科学の正確な理解と支援者、ボランティア、運動家の交流はもっとさまざまな分野に必要でしょう。

市民学会という名前の集まりが、反原発や冤罪問題や発達障害なんかにも欲しいなあと思います。

沖縄の療養所は、名護の愛楽園と宮古の南静園。フィールドワークで園を回ると戦時下の壕が残っているのが、例えば多磨全生園にはない特徴です。

今、全国ハンセン病療養所入所者協議会(全療協)では、震災で被災した看護、介護の必要な方を療養所に避難できるようにと厚労省に提言しています。

療養所を地域に開き、人権の砦として残し続けること。ハンセン病回復者の希望が震災を機に一歩進むことを望みます。

国策で隔離されたハンセン病回復者を最後の一人まで国で責任を持つこと。そのことを監視していくことは国民の責任だと思っています。

それは国策で進められた原発で被害を受けた人々を国が最後まで責任を持つことにつながります。

国策で進められた教員免許更新制度で免許を失った教員も、国が責任を持って免許を復活させるべきだというところにつながります。

みんなつながっていると僕は思っているけどね。
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戦時下の宮古南静園

2011年05月20日 21時57分24秒 |  〃 (ハンセン病)
ハンセン病市民学会の宮古島交流集会に参加しました。こういう機会がなければ宮古島に来ることはなかったかもしれません。準備していただいた皆さんに感謝します。

沖縄戦は本島中心で語られます。あまりにも大きな戦災ですから当然とも言えます。

しかし、本土に対して沖縄、沖縄内部で本島に対して宮古・八重山、さらに宮古内部でハンセン病差別と何重もの差別にさらされて来たのが、宮古のハンセン病患者でした。

全国13の国立ハンセン病療養所。その最南にあるのが宮古南静園です。ハンセン病に限らず障害者、病者は戦時下において、戦争に役立たない非国民扱いをされました。

しかし、宮古南静園ほどの被害を受けたところはないでしょう。度重なる空襲を受けて、園は110名もの犠牲者を出して壊滅したのです。

僕はその事実を今まで全く知りませんでした。戦争についていろいろ知っているつもりでしたが、知らないことはあるものです。衝撃的な事実を知ることができました。
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宮古島

2011年05月19日 22時10分54秒 |  〃 (温泉以外の旅行)
 宮古島に来ました。ホテルに全室洗濯機つきで、今洗濯中。ロビーにインターネットがあり、そこから投稿となかなか恵まれています。明日午後からハンセン病市民学会ですが、一日早く入って観光。

 いや、宮古島がこんなに快適な素晴らしいところとは知りませんでした。まあ、レンタカーがないと動けないけど、ドライブの楽しさでは日本有数ではないでしょうか。景色も北海道の利尻、礼文なみで、梅雨の平日だからかもしれないけど、車も全然いなくて快適ドライブ。特に島の北にある池間島、南西にある来間島という小さな島には橋が通じてて、長い橋を飛ばして気持ちの良いドライブが楽しめました。来間島には「楽園の果実」というカフェがあって、そこのトロピカル・スイーツは絶対わざわざ行く価値があります。やっぱり、ガイドブックはちゃんと買って読んでおくものです。

 東平安名崎(ひがし・へんなざき)と西平安名崎という名所が島の東西(というかホントは南北)にあって、とくに国の名勝の東平安名崎には上れる灯台がありました。灯台というのも大好きで、ずいぶん行ってます。灯台じゃなくても「岬めぐり」が好き。宗谷岬、納沙布岬、襟裳岬、犬吠崎、観音崎、石廊崎、御前崎、潮岬…。東平安名崎は太平洋と東シナ海を分けるところということで、実に見晴らしがいい。さんご礁も素晴らしい。

 宮古馬の放牧場もありました。在来種の日本馬は、木曽や都井岬で見たけれど、そういえば宮古馬もあったんだっけ。といろいろ見て回っただけですが、知らないところを行くのは楽しいですねえ。

 宮古島温泉というのもありました。これも全く知りませんでした。深く掘ってるけど、掛け流しだそうです。温泉ホテルを隣に作ってたから、来年あたりできるようです。

 
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沖縄にて

2011年05月18日 21時38分21秒 |  〃 (温泉以外の旅行)
月曜日から沖縄本島に来ています。明日、宮古島に移動し、明後日からハンセン病市民学会。

ということで、勉強より観光みたいな、でもやっぱり勉強もあるかなというような日々。

梅雨の最中で、雨や曇りが多いけど、温度の割りに蒸し暑いので、だいたいの人は半袖。

昨日はレンタカーで、北端の辺戸岬まで行きました。沖縄自動車道は無料化実験中。名護近くまでは高速があるけど、そこからが遠い。

辺戸岬からは与論島が見えました。米軍統治時代は、ここでいろいろあったところ。祖国復帰闘争の記念碑があります。

その近くに熱帯カルストの北限という大石林山がありました。全く聞いたこともなかったけど、ここは奇岩怪石で驚きました。行ってみないとわからない名所は多い。

道の駅かでなに寄って、嘉手納基地を一望しようと思ったら、修学旅行の一団が基地をバックに記念写真撮りまくり。学習コーナーに寄る生徒なし。

国際通りも中学生だらけ。多分東京ディズニーランドから変えた学校も多いのかもしれません。

ところで、ドライブしてたら、某所で津波という地名を見つけて、驚きました。学校もあった。まあ、ツハと発音するわけですが、いろいろな地名があるものだと感心しました。

まあ地名は選べませんが。書かない方がいいかなとも思うけど、この発見はやはり書かすにはいられない気がして。
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「指導力不足教員」の「役割」

2011年05月15日 23時53分03秒 |  〃 (教師論)
 教員免許更新制度は準備不足のまま作られてしまったので、いろいろ不備が多くあります。文科省は「資質向上」が目的というけれど、そもそも最初に考えられた時には、間違いなく「不適格教員の排除」がもくろまれていたと思います。しかし、大学で行う座学中心の講習では(仮にやろうと思っても)「排除」は不可能だし、「私的資格の更新」とされてしまったので、結局「資質向上」なんて言ってるわけでしょう。

 そもそも「指導力不足教員」に関しては、文科省のガイドラインがあって各都道府県で、「認定」「研修」の仕組みができています。(「指導力不足教員」という呼び方をしないところもあるらしいけど、一応文科省の呼び方を使う。)その認定については、管理職や教委ともめたりしてる例も多いし、いろいろ問題もあると思うけど一応そういう仕組みができてます。

 東京都の場合は、公表資料によると昨年度は12人が認定されていて、研修中に3人が退職、残り9人は研修を受けた後で、4人は指導が不適切と認定され退職、4人は研修継続。解除されたのは1人となっています。また新規採用者は「期限付き採用」ですが、1年たって2919人中で86人が正式採用になりませんでした。自主退職以外に19人が正式採用不可になっています。

 ちょっと細かい数字を挙げたけど、何が言いたいかというと「ダメな先生はやめさせろ」と言う人がいるんだけど、もうそういう制度はできてるんですよ。そして、一人ひとりの事情は全然知らないけど、せっかく教師になれたのに、こんなに1年目でやめていく人がいる。それが実情です。

 僕が今までやってきた中では、やはり「問題がある先生」はいると思うけど、その大部分は「心を病む教員」を別にすると、「熱心すぎて生徒・同僚がついていけない教員」と「性格の偏りがあって付き合いづらい教員」だと思います。でも、学校から「排除」すべきだと思うほどの教員はほとんどいないのではないでしょうか。生活指導が厳しい先生とか、事務的にルーズでよく生徒に連絡をし忘れる先生とか、いろいろ「あの先生は…」という声が聞こえてくる場合もあるけど、まあ、生徒の方でなんとかうまく対処しているように思います。

 そこが大事なところです。最近は「教育はサービス」という観点が強調されすぎだと思います。学校の時間の大部分は授業だし、学力向上はもちろん大事。しかし、誰だって解の公式とか古文の文法は忘れてるけど、初恋やケンカ、行事や部活の思い出は今も鮮やかに残ってる…というのが学校なんじゃないですか。

 学校は、生徒が(起きてる時間の)「一日の半分」を過ごす「生活の場」です。だから、生徒も教師もある程度多様なメンバーがいる必要があるんだと思います。そして、世の中に実際に出てみれば、「指導力不足上司」なんてざらにぶつかるわけです。そういう時の対処法は誰に教わるの?

 実際アルバイトしている生徒に聞くと、「変な会社」「トンデモ店長」だらけみたいな感じがするけど、そこは生徒の方でテキトーによいしょしたり、うまくスルーして行き抜いているようです。そういうのは人間に生得的に存在してる処世術でもあるだろうけど、学校でいろんな先生に教わって「ちょっとヘンテコな大人」への対処法を身につけているのではないでしょうか。

 もちろん好き好んで指導力不足であるのは恥ずかしいことです。校内事情で今まで教えたことがない科目を担当する年なんかもあるわけですが、やはりそういう時は緊張するし自分で普通より勉強して臨むわけです。また相性もあるし、生徒指導で失敗したなと思いだす事例はどの先生にもあるでしょう。

 長くなってしまいましたが、教師の資質を向上させろとか、指導力不足教員はやめさせろとか言う前に、学校の持つ機能をきちんと考え、生徒の人間力アップのために何が必要かを考えて欲しいと思います。教師のそれぞれの持ち味がうまく生きるような学校なら、生徒もそれぞれの持ち味が生かせる学校になるでしょう。一方、教員統制が厳しくなれば、それは生徒に跳ね返る。そういうものです。

 4番バッターばかり集めれば優勝できるというような発想が教員免許更新制には潜んでいます。バント名人も守備要員も組織には必要なんだという観点で、学校作り、教員養成を進めるべきだと思います。
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冤罪映画「ショージとタカオ」

2011年05月14日 23時36分58秒 |  〃 (冤罪・死刑)
 書かずに終わってはいけないので「ショージとタカオ」という映画について書きます。冤罪事件の布川事件、無実の無期懲役囚、杉山卓男さん(タカオ)と桜井昌司さん(ショージ)の二人が、1996年11月に仮釈放されてからの日々を追ったドキュメンタリー映画です。2時間半を超える映画ですが、時間を感じさせない展開です。井出洋子監督。

 これが滅法面白い。実に興味深い。東京・新宿東口の「ケイズ・シネマ」にて、27日まで午前10時から、28日から午後17時から上映中。映画館の場所は初めてだとちょっとわかりにくいかもしれないから地図で確認してください。

 昨年のキネマ旬報文化映画ベスト1作品。日本映画は「悪人」、外国映画は韓国の「息もできない」がベスト1でしたが、どちらも下層の若者の「犯罪と暴力」が主なるテーマでした。その意味で、現実の「昔の不良少年」と彼らに対する「権力犯罪」を取り上げるこの映画は、両方の映画を逆照射するような感じで、あまりこういう映画を見ない人もぜひ見ておいて欲しいと思いました。

 実は桜井さんには、2年間「人権」の授業で話をしてもらっています。今年は歌入りの熱弁で、「誰もが納得する明らかな無実」を体現するような話ぶりで生徒を圧倒しました。「明るい布川」を標榜して「歌って語れる冤罪活動家」をめざす、すごい人です。
 高校中退の「不良少年」が、無実の証拠は隠される、ウソの取り調べで「自白」を取られる、そういう権力犯罪に屈せず、獄中で頑張り抜く。
 そういう桜井さんと杉山さんが獄外をどう行き抜くか。この二人の「キャラ」が抜群。

 冤罪という社会問題を描く記録映画に違いありませんが、人間という存在の奥深さ、そして素晴らしさをまざまざと実感できる素晴らしい人間ドラマになっています。

 布川事件の再審判決は、3月にあるはずが震災で延期され、5月24日、午前10時から、水戸地裁土浦支部であります。
 延期されたことによって、奇しくも僕の誕生日に重なりました。
 何ちゅう偶然でしょうかね。
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「資質向上教員」ばかりの学校?

2011年05月13日 22時37分06秒 |  〃 (教師論)
 来週は沖縄へ行くので、書きたいことをまとめて書いてしまいます。(それでも全部は書けない。)
 まずは「教員免許更新制」がらみの話を2回ほど。

 教員免許更新制の目的は、文部科学省のサイトにこうあります。
 「教員免許更新制は、その時々で教員として必要な資質能力が保持されるよう、定期的に最新の知識技能を身に付けることで、教員が自信と誇りを持って教壇に立ち、社会の尊敬と信頼を得ることを目指すものです。
 ※不適格教員の排除を目的としたものではありません
 ご丁寧にも※が書いてあるけど、そこの問題は明日以後にでも。
 
 別にいい目的じゃないか、何の問題もないでしょうという感じですね。いや、その通り。なんで更新しないと失職するのか、なんで免除される教員がいるのか、なんで自費で大学に自分で申し込まないといけないのか、自分で自主的に研修するんじゃ資質向上は計れないのか等々、そういう根本的な制度設計が間違っているけど、制度の目的(としてタテマエ的にここに書かれていること)自体は別に異論ありません。

 で、果たして今の大学等の講習でこの目的は達成されるのかという問題もあるけど、それは今置いておきます。(ついでに書いておくと、毎年数万人も行う講習で一斉に資質向上するわけもなく、でもいいんだよね、だってホントの目的は教師への嫌がらせなんだもん、ってことなんでしょう。)

 そうすると、10年立つと全員更新講習を受けて(新採10年以内を除き)、「資質向上教員」だらけになります。今全国で校長による業績評価に基づく勤務評定が給与に反映するようなシステムが作られて来ています。するってーと、「資質向上教員」が自分の給料を上げたくて校長に評価されるようにみんな頑張る、ってことになるわけだ。それが文科省の考える理想の学校なんかい、ということです。

 そんなご立派なセンセーばっかりが個々バラバラに頑張るという学校がどんなに息苦しくて恐ろしいか。3分の2位の生徒は、よーくわかると思います。が、3分の1くらいの生徒と親は、所詮世の中はそんなもの、進学だけが大事なんだし、自分は自分で頑張ってるから関係ないよと思うんでしょう。そして、政治家や官僚や大企業幹部やマスコミ人なんかは、大体その3分の1なんだろうね。

 前にも書いたけど、教師がどんなに優れていても、個々バラバラに勝手に頑張る学校は最悪です。生徒はそういう「指導力過剰教員」によって、完全に傷つけられます。

 だから問題は「教師の資質向上」だけじゃダメなんです。「現場力向上」がセットじゃないと逆効果なんです。ところが現場力を向上させると、愚かな教育行政にたてつくから、現場で協力して仕事できないように教員をバラバラにしていこう、とこの間ずっと国や教委はやってきたわけで…。それを変えずに教師の資質向上だけ目指しても効果は上がらないはずです。

 まあ、でも仕方ないから嫌がらせに耐えて受けるしかない更新講習では資質向上もしないだろうし、何だったんでしょうね、この制度ってことになるんだと思うけど。
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震災2カ月-「知事抹殺」を読む

2011年05月12日 20時48分37秒 |  〃 (原発)
 昨日は震災2カ月だが、同時にハンセン病違憲国賠訴訟の熊本地裁判決10周年の日だった。映画見てて遅くなって、帰ってメール見るまで全く忘れてました。東京の新聞には報道がなかったが、さすがに熊本日日新聞には出てる。「差別なくす旗振り続ける」 

 震災の死者は毎日少しずつ増えている。今や生還はないわけだから、死者が増えるとは、行方不明者が少しずつ減っていることを意味する。僕が被災地にいた4月18日に死者が行方不明者を上回り、5月7日に行方不明者が1万人を割った。今朝の朝刊では「死者1万4981人、行方不明9853人」である。昨日は行方不明者9880人だった。阪神淡路大震災の死者・行方不明者は6437人だった。2カ月たって、未だに阪神淡路大震災の犠牲者すべてを上回る行方不明者がいるのである

 福島第一原発事故は、まだその行く末が見えない。この問題に関しては、前福島県知事佐藤栄佐久の「知事抹殺 つくられた福島県汚職事件」(平凡社、2009)を読んだ。これは実に興味深く、面白くてためになる必読本。後半の「汚職事件」をめぐる部分も冤罪主張本として面白い。昨年の特捜捜査スキャンダルを経て、いまや誰もこの事件を検察の構図だけで判断する人はいないだろう。何しろ2審東京高裁では「わいろ額ゼロ」という認定なのだから。贈賄側は水谷建設で、これは小沢一郎事件に出てくるところだから、福島県知事事件の構図が崩れると重大な問題となってくる。ところで、佐藤前知事は逮捕されてから、独房で食事すると思ってなかったなどと書いてる。参議院議員、県知事にして、裁判所は初めてだというし、全然司法界のことを知らないのである。(地元の松川事件の救援を知らなかったか。)

 一方、前半の原子力をめぐる国との闘いのところは、こっちが知らないことばかりで、いやびっくりした。というか、東電の事故隠し、もんじゅの事故などは個々には覚えているが、佐藤知事が国と闘ったことで、2003年には一時東電の福島、柏崎の全原発が停止にいたった。なんて、忘れてました。そこに読売が原発再稼働に向けた社説を出す。結局、佐藤知事は東電と国に県としての報告書を渡し、要望を突きつけることで運転再開を認めた。その要望とは何かというと、「原子力安全・保安院の経産省からの分離」「原発の高経年化対策の強化」だった。(103ページ)

 今回の事故に関して、なんで原発を推進する経産省の中に、原子力安全・保安院という組織があるのかとみんな思ってるだろう。2001年からの省庁再編時にそういうことにされた。しかし、原発立地県の知事から分離の要求がちゃんと出ていたのである。(ちなみに要望を受けた経産相は故・中川昭一。)やはり自民党政権による人災だったのである。

 今検索すると、佐藤前知事は原子力で国と対立して「国策捜査」で抹殺されたというような記事がいっぱい出てくる。ご本人は公式ブログで4月21日に海外特派員協会で行った講演を載せている。英訳も載ってるので直接読んでください。
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キラー・インサイド・ミー

2011年05月11日 22時48分52秒 |  〃  (新作外国映画)
 毎日のように映画を見てるけど、古い映画のことをいちいち書いてても仕方ない。これは新作。
 「キラー・インサイド・ミー」。原作ジム・トンプスン、監督マイケル・ウィンターボトム、主演ケイシー・アフラック、ジェシカ・アルバ、ケイト・ハドソン。みんな無名の人ではないんだけど、まあ、一般的には、誰それ?でしょうか。

 僕は原作が大好きなので見た。1990年に河出文庫で「内なる殺人者」として翻訳。その年の「このミステリーがすごい」に入選した。その後「ポップ1280」が「このミス」1位になった年もある。現在は扶桑社ミステリー文庫から「おれの中の殺し屋」の題名で出てる。ジム・トンプスンはほとんど扶桑社が出しており、扶桑社はあまり買いたくないわけだが、ジム・トンプスンとあれば致し方ない。

 原作者は50年代からアメリカのペーパーバックでミステリーを量産し、そのまま忘れられていた。その後再評価が進み、「ダイムストアのドストエフスキー」と言われたりする。ダイムストアというのは、ダイム(10セント)で支払える程度の安雑貨店のことらしい。昔は、映画化された「ゲッタウェイ」ぐらいしか翻訳されてなかったが、90年以後に日本でも紹介が始まった。その中でもこの「内なる殺人者」(という題名で読んだので、そう記す)は極めつけの傑作だ。スティーヴン・キングは「白鯨」「ハックルベリー・フィンの冒険」と肩を並べる作品と言ってるらしい。そりゃあ、ほめ過ぎだよ。

 なんせ、暴力あり、セックスありのB級エンターテインメントである。しかし、読後に人間とは深いぜというザラザラとした感触が永久に残り続ける。そういうB級のテイストがこの映画には満ちていて、冒頭のタイトルバックからたまらん。西テキサスの油井しかないような町の保安官助手。運命の女と出会い、転落への道をたどっていく。原作が好きな人には完璧に満足できる出来だ。乾いた風土を写し撮る撮影もいい。主役も悪くないが、なんといってもバッドガール役のジェシカ・アルバが素晴らしい

 監督のマイケル・ウィンターボトムはイギリス人だが、よくアメリカの田舎のムードを出してる。グアンタナモやボスニア戦争を描く社会派みたいなのも作りながら、「ひかりのまち」「24アワー・パーティ・ピープル」とか何でも作れちゃう監督。これじゃ、器用貧乏で個性がなくなるが、だからこそB級にしてディープなこういう映画を作れるなんだろう。東京「ヒューマントラストシネマ渋谷」他で公開中。

 ついでに書くと、ジム・トンプソンと表記すると、1967年にマレーシア・カメロン高原で謎の失踪をとげたタイのシルク王である。松本清張「熱い絹」のモデル。
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生徒が更新してくれた教員免許

2011年05月10日 23時01分09秒 |  〃 (教員免許更新制)
 いろいろ書きたいこともあるのですが、「原点」である教員免許更新制のこと(及び学校をめぐる問題)をもう少し。
 「教育職員免許法」を見たことはあったですが、更新制度のところが複雑であとはちゃんと見たことがなかったです。教師であっても読んだことがある人はほとんどいないでしょう。で、「特別非常勤講師」なんて仕組みがあることに今回初めて気づきました。前から気づいていれば、「人権」という授業だけでも担当したいと言ってみるのでした。 (今からでもやりたい。)

 僕はこの変な制度がそのまま実施されるとは思っていませんでした。マスコミでも「凍結」などの声もあり(逆に賛成論もありましたが)、民主党も教員免許制度の改革を主張していました。昨年の参議院選挙で民主党が勝利していれば、実際にこの制度はなくなっていたのではないでしょうか。(代わりにできただろう新制度がより良いものになっていたかは、かなり疑問ですが。)そして、昨年の参議院選挙も「民主敗北」と言われますが、比例区は民主が1845万票(16議席)、自民が1400万票(12議席)と民主党が優勢でした。1人区で自民が勝利しましたが、この議席配分は訴訟で違憲性が指摘されています。

 まあ、そういうわけで制度に反対で講習を受けていませんでしたが、直前まであまり心配していませんでした。それがそうではなくなっていって、最終的に「失職」か「退職」かと迫られた時点では、かなり深く悩んだのは確かです。生活面の問題もありますが、それよりも「自分は歴史の中で何をなすべきなのか」といった問題というべきでしょうか。

 勤務先の三部制単位制高校では、「人権」という授業を作ってハンセン病、冤罪事件、セクシャル・マイノリティの問題、ホームレス問題などを当事者をお呼びして一緒に考える授業をしてきました。その最後の日には、自分の事情を全部話しました。その日がこのブログを開設した初日です。(3月2日)

 それで、最後の修了式の日に「最後の授業」を行った時に、「人権」の授業を取っていた生徒をはじめ今年の卒業生が中心になって、僕の教員免許を更新してくれました。というようなことはその時にも書いてるけど、最近になって読んでる人もいるし、画像はまだ載せてなかったのでここでアップしておきたいと思います。(みんなで撮った写真はアップロードしない。何か言われるといやだから。)
 もちろん法的には意味ないけれど、「全国で一番ほんとうの免許更新」をした教員なんだと思っています。ということで、今日はここまで。
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臨時免許状って何だろう?

2011年05月09日 20時35分19秒 |  〃 (教員免許更新制)
 先に書いたように、教員免許更新制導入で27人が免許失効したという記事の中で「うち16人は臨時免許状などで教職を続ける」という箇所がありました。臨時免許状って何だろう? 聞いたことがある人はほとんどいないはずです。

 教育職員免許法を見てみると、「免許状は、普通免許状、特別免許状及び臨時免許状とする。」(第4条)とありました。大学(または大学院、短期大学)で所定の単位を修得して得るのが「普通免許」で、それこそ普通の免許で、今までこれしか知りません。「特別免許状」というのは、都道府県の教育職員検定に合格すると10年間認められる免許だそうです。

 で、臨時免許。こちらは有効期間3年間で、「助教諭」の資格が認められるということです。助教諭?またまた、わからない言葉が出てきたぞ。これを調べると、ウィキペディアに項目がありました。さて、それを見ると、もっと重大な問題が書いてありました。それは「特別非常勤講師」です。
 1988年に教育職員免許法改正があって、免許がなくても都道府県教委に届けることで非常勤講師になれるという制度で、そういえば社会人講師の活用ということで、聞いたことがあったような。

 何だ、免許がなくなっても、いろいろ手があるじゃないですか。しかし、これを聞いたことがある人はいないのではないかと思います。熊本の事例でも、臨時免許などのオファーはなかった模様です。従って、27人失効のうち16人が臨時免許、ということが確かなら、熊本以外で失効した人のほとんどは臨時免許で教壇にたっているのでしょうか?

 ちょっと細かい話になりました。教員免許と言っても、塾や予備校や家庭教師で教えるときには必要ありません。それが医師免許などと一番違う点で、今まで政府はむしろ、免許がなくても教えられる、免許がなくても校長になれる、と「自由化」を進めてきました。安倍政権時代の「教員免許更新制度」の方がいかに異質の発想だったか、よくわかります。

 一体、教員免許更新制度って何のために作ったんだろうと改めて思いました。
 
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熊本県教委の責任

2011年05月08日 23時25分58秒 |  〃 (教員免許更新制)
 教員免許更新制度が始まって、全国最大の9人の免許失効者を出した熊本県。
 熊本県教育委員会の驚くべき無責任な対応が明らかになってきました。
 9人の中で公立は6人。高校で2人の失職がいる他、いまだ校種、職名不明者がいるようです。また、退職を選んだ方もいるようで、事実上の「失職者」はもっといるのではないかと思います。

 教員免許更新制度では、「35歳、45歳、55歳」時に、「更新講習を受け、合格」or「講習免除にあたる」or「(産休、海外派遣等の事情で)有効期間を延長する」、以上いずれの場合も、免許管理者(都道府県教委)に「申請」を行うことになっています。従って、免除になるべき人も申請し忘れたら失効します。もっと言うと、大学等で講習を受けても、最後に申請をしなければ失効します

 僕のように制度自体に反対で講習を受けなかった場合はともかく、講習を受けたり有効期間が延期になるべき人でも、申請しなければ失効するのです。そして、今回の熊本県の事例は、いずれも制度自体に反対で意図的に申請しなかったわけではなく、何らかの事情で「申請」がなされなかったということのようです。

 これは、はっきり言ってしまえば、県教委の重大な過失です。教員免許は個人の資格ですべて個人でやるということになっているから、申請しなかった本人が悪いというならば、それは間違いです。自動車免許の更新じゃないんだから、教員免許は単なる個人の資格ではありません。突然教師が「失職」してしまえば、次年度の学校体制が変わってしまいます。授業はもちろん、クラス担任、生活指導、部活動などに大きな影響があります。どこの県でも、12月までには転勤の希望を校長が把握し、新年になれば異動の事務作業を行っているはずです。その時点で、免許失効の可能性がある教員を教育委員会、および各校の管理職が確認し「早く申請するように」と指導していれば、この事態は防げています。

 他のどこの都道府県でも、恐らく1月の時点でチェックがあったはずです。それを「1月末まで」の申請期限まで何の連絡もせず、2月になってから突然「退職か失職か」を迫ったのが熊本県教委でした。これは人の人生を何と思っているのか、あまりにも無責任な対応で、常識的に考えておかしいですが、法的にも行政上の責任がありそうです。

 僕は前から、この制度は「頑張っている先生ほどバカを見る」と主張してきましたが、それがまさに証明されてしまったことにがく然としています。僕はわざと申請しない人はいるかもしれないと思いましたが、申請しなかったミスが起こるとは思っていませんでした。中には1月末に校務多忙で申請に行けなかった人もいるのではないでしょうか。教員免許更新制度とは、教師は学校で頑張るより、事務的な手続きの方が大切なんだという制度です。それが目的なんでしょうか?
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