尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

シリア内戦、アサド政権崩壊をどう見るか

2024年12月10日 22時24分34秒 |  〃  (国際問題)

 2011年から続いてきたシリア内戦重大局面を迎えている。11月27日に反体制派勢力が大規模攻撃を開始し、重要都市のアレッポやハマが陥落したと伝えられた。12月8日には首都ダマスカスに侵攻を開始し、アサド大統領は権力を放棄して体制が崩壊した。大統領を乗せた飛行機で国外に脱出したと伝えられ、結局ロシアへの亡命が認められたと発表された。

(アサド政権崩壊を喜ぶダマスカス市民)

 いま「重大局面」と書いたが、これは「シリア内戦終結」ではないのかと思う人も多いだろう。僕もそうなれば良いとは思うけど、簡単には楽観できないと考えている。今回あっという間にアサド政権が崩壊した状況にはまだ謎が多い。確かに1975年の「南ベトナム」崩壊、2021年のアフガニスタンのガニ政権崩壊などを思いおこせば、一度崩れ始めた体制は思った以上に早く倒れるという法則性が見られる。「政権を支える軍隊」が負ける戦いに嫌気がさし機能しなくなるからだ。

(ロシアに亡命したアサド大統領)

 シリア内戦に関しては今まで何度か書いているが、それもずっと前。ここ数年は「一部を反体制派勢力が支配するものの、国土の相当部分はアサド政権が支配」という状態で膠着していた。2015年3月に書いた『シリアはどうなるか-IS問題⑥』では、「(2012、13年段階の)情勢分析としては、アサド政権はしばらく崩壊しないだろうという予測を書いた。その当時にはアサド政権が今にも崩壊するという予測が多かった」と書いている。アメリカのオバマ政権がアサド退陣を求め、日本の安倍首相も同調していたので、日本国内にもアサド政権の命運は尽きたと思った人がいたのである。

 国際政治のリアルな現実からすれば、「ロシアとイランが支持するアサド政権」がそんな簡単に崩壊するはずもないことは現実的には自明のことだった。実際にその後10年以上アサド政権が持続したわけだが、では今回なぜ簡単に崩壊したのか。それは「国際政治のリアルな現実」の方が激変したのである。ロシアはウクライナ戦争に集中するためにシリア駐留兵力を減らしたという。イランもレバノンのシーア派組織ヒズボラがイスラエルの集中攻撃を受けて壊滅に近く、シリアを支えることは出来なかった。それにしてもロシアが何もせずに政権を見限ったのは、反体制派がロシアの軍事利権を今後も「保証」した可能性もある。

(シリアをめぐる国際関係) 

 もちろん客観的状況を見極めて、大攻勢を掛けた「ハヤト・タハリール・シャム」(HTS=シャーム解放機構)の力量を評価しないといけない。この組織はアル・カイダ系の「ヌスラ戦線」が前身で、アメリカはテロ組織に指定している。しかし、近年はアル・カイダとは絶縁し、より広範な勢力を集合してアサド政権打倒を目指すと言ってきたようだ。実際に政権を担うとどうなるかは不明というしかない。反体制派と言っても四分五裂状態で、反アサド一点で結びついてきた感じが強い。

 反体制派の中には西欧的な市民社会を目指す勢力もあるけれど、大部分は「イスラム主義者」に近いと思っていた方が良い。イランのシーア派とは違い、シリアで多数を占めるスンナ派が多い。アサド政権を支えてきたのは少数派の(シーア派に教義上近い)アラウィ派なので、今後アラウィ派への迫害が始まり、宗派対立が起きる可能性も否定できない。「内戦内内戦」、あるいは「第二次シリア内戦」の始まりということになる可能性も考えておくべきだ。

(シリアの位置)

 シリアは第一次大戦の敗北でオスマン帝国が崩壊した時に作られた人工的国家である。というか、独立を認められず「フランス委任統治領」となった地域で、独立したのは第二次大戦後の1946年。東にあるイラクはイギリスが支配したのち、1932年にハシム家によるイラク王国として独立した。第二次大戦後は欧米が支援するイスラエルが建国されたので、米ソ冷戦時代にはソ連がアラブ諸国を支援することが多かった。1950年代にはイスラム教と社会主義は両立するという勢力が強い影響力を持っていた。

 その時代を象徴するのが、イラクとシリアで政権を担ったバアス党アラブ社会主義復興党)である。イラクのフセイン政権(米英のイラク戦争で崩壊)とシリアのアサド政権は、そのバアス党から出て来た独裁政権だった。一方で反アサド政権の主流となってきたのは、スンナ派イスラム主義者の「ムスリム同胞団」だった。今後、長い目で見ればイスラム勢力が強力になると見ている。それはイランやイスラエルなどにも影響を与えざるを得ない。どうなるのか予断を許さない。

 アメリカのバイデン政権は事実上「政権移行期の暫定政権」化している。歴史的に関わりが深いフランスのマクロン政権も内閣が不信任を受けて外交に力を注げる状況ではない。ドイツのショルツ政権も2月の総選挙で敗北が決定的で「選挙管理内閣」の状況。本来ならシリアの今後に大きな影響を与える主要国が軒並み影響力を発揮出来る状況ではない。そんな「世界的権力空白期」になっていると認識する必要がある。そうなると、アフリカなど他国でも思わぬような事態が起きるかも知れない。(中国は経済不振が続くとはいえ、習近平政権自体は当面揺るがず、従ってアジア情勢は当面大変動はないと考えられる。)

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第2期トランプ政権はどうなるかー2024米大統領選③

2024年11月11日 21時56分33秒 |  〃  (国際問題)

 2025年1月から4年間のアメリカ合衆国大統領に、ドナルド・トランプが就任することが確定した。トランプが選挙に出るのも、これで最後である。かつてフランクリン・ルーズベルトが連続4期務めたことがあるが、その後憲法修正第22条が1951年に成立して、合衆国大統領は「2期まで」と制限された。これは「連続2期まで」ではなく、間に大統領じゃない時期があっても、「通算で2期」務めればそれで終わりである。(なお、大統領辞任、死亡等により、副大統領から昇格した場合、残り任期が2年以上あれば1期やったとみなす。従って、昇格して約2年、続いて2期と大統領は最長でほぼ10年間務めることがある。)

 ということで、3期目がないトランプはどのように行動するのか? 僕に予想が付くわけもないが、それでも一応考えてみたい。まず、多くの人は最後に「世界的業績」を挙げて、ノーベル平和賞を受賞するなど、歴史に名を残すことを追求するものだ。だが、どうもトランプ大統領に限っては、そんなことは全然気にしない可能性が高いと思う。しかし、やりたい放題を続けると、次期大統領に民主党候補が当選しかねない。その場合、刑事訴追を受けるなど(トランプから見れば)「報復」の心配がある。

 次期大統領に「子飼い」のトランプ派、例えば副大統領のJ・D・ヴァンスのような人物を当選させること。そうなれば、仮に何か問題があっても(大統領就任中に「凍結」された刑事裁判が再開されるなど)、大統領権限で恩赦されて救われる。そのために「内政」「外交」で「実績(と称するもの)」を挙げて、高い支持率を維持するというのが任期中の最大の目標になる。何が何でも「経済安定」、まあ「アベノミクス」一本槍だった時期の安倍内閣みたいになるんじゃないだろうか。

(日本への影響は?)

 トランプ氏の発想法は、自分が強い場合は「敵と取引可能」、むしろ「仲間こそが自分を利用する」というものではないか。特別な生育歴によって、社会的認知に何か問題があるのかもしれない。「日本は同盟国だから」なんて甘い発想は成り立たないと予想する。安倍晋三元首相は「身内」扱いされていたらしいが、安倍氏の政敵だった石破首相はどう思われるんだろうか。

 まあ僕が心配するべき問題じゃないけれど、第1期のことを思い出しても、日本のイメージは「すっかり落ちぶれた長期低落中の経済」ではなく、「アメリカから冨を盗むアジアの国」という80年代頃のまま認識が止まっていた気がする。世界経済はすっかり変わってしまい、今や日本がアメリカへの「デジタル赤字」に悩んでいる。僕もこうしてブログなど書くことによって、GoogleMicrosoftFacebookなどの利益増進に「貢献」している。(Amazonは使わないようにしているけど。)

 世界的IT企業への国際課税タックスヘイヴン(租税回避地)をなんとかしようなんて発想はないだろう。むしろ新興企業経営者に支持されたトランプ政権は自国企業への利益を最大にするように行動するだろう。MAGA帽は中国で作っていたという話があるが、アメリカ経済だって中国に相当程度依存しているにも関わらず、「中国」が最大の標的になる。だから、日本は「お目こぼし」かというと、そんなことはなく「似たようにズルする国」扱いされることを覚悟するべきだ。

(早速プーチンと電話会談)

 「外交」はどうなるか。もう「パリ協定再離脱」は決定事項だと考えて良い。選挙戦中にトランプはウクライナやガザの戦争は「終わらせる」と主張していた。そもそも弱腰のバイデン大統領だから戦争が起こったのであり、自分が大統領だったら戦争は起きなかったとも主張した。もちろんこの考え方は現実の国際政治とは違うだろう。トランプが大統領だったら、プーチンはウクライナに侵攻しなかったのか。むしろウクライナ侵攻を事前に「許可」してしまった可能性の方が高いと思う。

 ハマスのイスラエル奇襲攻撃は、トランプ外交の「成果」がもたらしたと考えられる。トランプ外交によって、サウジアラビアとイスラエルの国交交渉がほぼまとまりつつあった。その交渉はイスラエルの大規模報復によって、凍結されている。僕はこの交渉をつぶすのが、ハマスの目的だったと考えている。トランプが「中東の戦争を終わらせる」というのは、「パレスチナに正義をもたらす」ことを意味しない。むしろパレスチナの犠牲のもとに、イスラエルの「占領」を合法化することを指すはずだ。

 トランプの勝利を世界で一番待ち望んでいたのは、イスラエルのネタニヤフ首相だと思う。1期目のトランプ時代に、アメリカは大使館をエルサレムに移転した。これはバイデン政権も元に戻せなかった。一度やってしまうと、戻せないことが多い。バイデン政権の対応に不満があるからといっても、あんなにネタニヤフ支持だったトランプよりはマシだと思うけど、アメリカ国内ではそう思わないアラブ系有権者も多いらしかった。今後どれほど大変なことが起きるか予測できない。

 まさか国連自体は脱退しないと思うけど、ひょっとするとNATOからの離脱はないとは言えない。国連機関への拠出金凍結は、むしろ当たり前に起きるだろう。もう再選なしなので、怖いものなしになる可能性もある。経済運営はともかく、外交は何が起こるか予測不能な時代がまた来るのかと思うとユーウツ。バイデン外交は成果が乏しかったとは思うが、方向性は理解出来た。トランプ外交は「読めない」が、「何があるか予測出来ないということは予測可能」である。

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「リベラル」のジレンマ、カマラ・ハリスはなぜ負けたのか②ー2024米大統領選②

2024年11月10日 21時54分50秒 |  〃  (国際問題)

 カマラ・ハリスの選挙運動には、日本人なら「既視感」があったのではないか。それは都知事選の蓮舫候補である。仲間内では盛り上がっているように見えて、結局肝心なところで有権者をつかみ損なったのである。最終盤でレディ・ガガが登場したり、一見有名人が集結して盛り上がったように見えたが、それで取り込めない層があったということだ。

 しかし、カマラ・ハリスだけを責めるわけにもいかない。結局「予備選」を行わずに大統領候補になったことが致命的だった。バイデン大統領の撤退決断が遅すぎたのである。第1回目の候補者討論会まではバイデンだったが、その時の結果が悪すぎて、このままでは負けるという懸念が強くなった。本来なら前回出馬の時に「自分は1期」と明言するべきだった。

(ヒスパニック系の支持率)

 今回ではっきりしたのは、ここしばらく民主党支持で固定していた「マイノリティ」票が、必ずしも民主党に結集しなくなったという現実である。今のところ、黒人票はやはりハリス候補が圧倒的に多いけれど、特に男性の場合トランプ支持も珍しくなくなった。ハリス候補の母方であるインド系など、男性の場合にはトランプ支持の方が多いという調査がある。

(激戦7州の支持率)(2020年選挙の支持率)

 上記画像は最初が今回の激戦7州の人種別、性別の支持率である。後者が2020年の全米規模の人種別、性別の支持率で、調査対象が違うので、厳密な比較ではない。また前者の調査ではハリス優勢になっていて、今回もやはり「隠れトランプ」があったのかと思う。それを見ると、黒人男性は71:22、黒人女性は82:11で、ハリス支持が圧倒している。ところが前回の調査では、黒人男性は79:16、黒人女性は90:5だったので、調査対象が違うとは言えトランプ支持者が黒人にも増えている。

 ラティーノ(ヒスパニック)の場合はもっと顕著で、2020年に男性が59%、女性が69%が民主党支持だったのに、今回は男女合わせて、56:38までトランプが迫っている。アジア系も同様である。なぜ民主党は「マイノリティ」票の取り込みに失敗したのか。そもそもアメリカ政治で民主党が人種的なマイノリティ票に強いという現象は、そんなに昔からのことではない。

 奴隷解放宣言を発したリンカーンは共和党所属だった。その後紆余曲折へ経て、20世紀半ばにフランクリン・ルーズベルト大統領による「ニューディール連合」が成立した。1930年代から1970年代にかけ、労働組合、知識人、ブルーカラー労働者、南部農場経営者など様々な階層を民主党支持で幅広くまとめたのである。しかし、内部的な矛盾は大きくて、例えば人種差別主義者の元アラバマ州知事ジョージ・ウォレスは民主党だったのである。(1968年大統領選にはアメリカ独立党から出馬した。)

 60年代の「公民権運動」を経て、黒人層の場合、公民権法を成立させた民主党への支持が圧倒的になった。いわば「恩義」があって、それに応えて投票し続けて来たと言っても良い。一方、60年代の「混乱」に眉をひそめた白人富裕層は、ニクソン、レーガンなどの「法と秩序」に結集した。70年代以前はラテン系、アジア系は数も少なく、アメリカ政治の枠外に置かれていた。しかし、白人富裕層中心の政治から落ちこぼれる黒人以外のマイノリティ票も、民主党に結集せざるを得なかった。

 民主党の「リベラル」イメージは、このように20世紀末からのものと言える。人種ばかりでなく、性別や性的指向の差別も「良くない」ということで、「リベラル」な法制度への改革が民主党のもとで進んだ。その結果、リベラル改革(「妊娠中絶」や「同性婚」など)に教義解釈上強く反対する「キリスト教右派」は、共和党への支持を強めていった。

(「鍵握る」と呼ばれたアラブ票)

 人種や性別などで人生が左右されるのは、もちろん間違っている。だから、「リベラル」な社会は望ましいわけだが、「リベラル社会」が一定程度実現すると、今度は別の要因が浮上する。インド系男性がインド系でもあるハリスではなく、トランプ支持者の方が多かったのは、そもそもインド系移民は被差別の歴史性を負っていない(少ない)からだろう。IT技術者として高額所得者であるインド系男性なら、トランプの方が身近に思えても不自然ではない。

 アラブ系の場合はイスラム教なんだから、同性婚などには反対の人が多いだろう。もちろん母国で性的指向によって迫害され逃れてきた人もいるだろう。しかし、一般的に言えば、アラブ系移民は保守的で、家父長制意識が濃厚な人も多いはずだ。それは基本的にカトリックであるラテン系住民にも言える。「差別される」という一点では団結できても、ある程度アメリカ社会に受け入れられれば、今度はもともとの保守的価値観が表れてくるわけだ。

 マイノリティ社会が母国から持ち込まれた保守性を維持するというのは、南米の日系移民でもあったし、日本のコリアン社会でも見られる。「リベラル」は「異文化に寛容」ということになっていて、それらマイノリティ社会内部の保守性を批判しにくい。リベラルな社会が実現すればするほど、マイノリティが経済的に上昇し、白人富裕層に似た価値観を持つようになる。

 これは組織労働者やブルーカラー労働者にも言えることで、過去のなじみ、昔からの恩義ではもはや票をつなぎ止められない。「自由」を存在価値にする「リベラル」は強引な票の取り込みも難しい。21世紀リベラル政治のジレンマが、今回のハリス陣営には付きまとったのではないか。28年大統領選がどうなるかはまだ全く見通せないが、共和党がラテン系女性、民主党が白人男性というケースになっても全く不思議ではない。「初の女性大統領」は共和党から誕生するのかもしれない。

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カマラ・ハリスはなぜ負けたのか①国際経済的要因ー2024米大統領選①

2024年11月09日 21時48分10秒 |  〃  (国際問題)

 アメリカ大統領選挙について、そろそろ書いておきたい。と思って、昨日の夜に書く予定が、なんとインターネット環境の不調により書けなくなってしまった。画像は見えているのに字だけが全く見えなくなってしまうという怪現象。こういうときのために入っていたサポートを受けて、ようやく先ほど修復されたのである。昨日ぐらいから急に寒くなって、そう言えばちょうど去年の今頃(11.11)に突然入院してから1年だなあと思い出した。今年は何とか乗り切りたいものだ。

 今年はアメリカ大統領選挙について、ほとんど書かなかった。一回民主党副大統領候補ティム・ウォルズについて書いたことがあるだけである。ちょうど日本の総選挙と時期が重なったこともあるが、どうもトランプが勝ちそうだなどと書いて、当たっても楽しくない。自分に投票権があれば、カマラ・ハリスに入れたんだろうけど、直前の調査報道などを見ればトランプ有利なのではないかと判断していた。それにハリスが勝つ可能性は絶無ではないと思っていたが、上院選は確実に共和党が勝利しそうだった。(実際に過半数の52議席を確保している。未定2。)下院は共和=212、民主=200で、過半数218に共和党が迫っている。

 カマラ・ハリスはなぜ負けたのか? 2016年には「有利」と言われたヒラリー・クリントンがトランプに負けた。2024年は「接戦」と言われていたから、常識的に推理すればトランプ優勢と見るべきだ。ヒラリー・クリントンはオバマ政権(第1期)で国務長官を務め、一般的には「実績を挙げた」と評された。カマラ・ハリスはバイデン政権の副大統領として、一般的には「期待外れ」と評されていた。実績ある「白人女性」が敗北した大統領選で、「有色女性」ならより不利になるはずである。

(敗北宣言を行うハリス副大統領)

 しかし、そのことは民主党内であまり議論されたとは言えない。人種、性別要因で政治を語ると「レイシスト」「セクシスト」と言われかねない。だが、アメリカ国民が本当に「アフリカ系、アジア系の女性」を大統領に選ぶのだろうか。もちろん大多数は構わないと答えるだろう。しかし、激戦州は数万票で差が付くこともありうる。(実際にミシガン、ウィスコンシン、ネバダは数万票の差である。)数万人の保守男性の票が結果を左右しかねない情勢なのは「現実」である。そういう問題を表立って語れなくなってしまい、ハリス本人も「女性初の大統領」を封印した選挙戦になった。 

(アメリカの物価上昇率)

 結果的に民主党は20年ぶりに「総得票数」でも共和党に負けることになった。ここまで民主党が惨敗するとは予測されてなかった。それはなぜかと考えれば、まず「国際経済的要因」を挙げないといけない。つまり、激しいインフレ、物価上昇による生活難である。今年選挙が行われたG7の日本、イギリス、フランス、アメリカではすべて与党が敗北した。米大統領選の結果が判明した6日にはドイツのショルツ連立政権でもFDP(自由民主党)が離脱し、来年早々の繰り上げ総選挙が避けられない情勢。選挙では社会民主党の敗北が確実視されている。カナダのトルドー政権も弱体化していて、近々総選挙がありそうな情勢である。

 日本で行われた総選挙では、立憲民主党が議席を大幅に増やしたが、先に見たように比例票はほぼ同じだった。自民党が大きく票を減らしたことで、野党議席が増えたのである。ではイギリスの事情も見てみたい。2021年の総選挙では、保守党がおよそ1400万票、労働党が1027万票だった。それが2024年の総選挙では、保守党が半分以下の680万票に激減、労働党も970万票だった。実は労働党も票を減らしていたのに、保守党が減りすぎたために労働党政権が成立したのである。

(アメリカ大統領選の情勢)

 じゃあ、アメリカ大統領選ではどうだっただろうか。周知のようにアメリカ大統領選は「選挙人」の争奪で行われる。しかし、ここでは全米規模の総得票数を見てみたい。(なお米国選挙は州ごとに独自の決まりがあり、確定までに時間が掛かる。選挙当日消印の郵便投票を有効にしている州もあり、また外国駐留米兵など在外米国人の郵送投票が遅れて到着する場合もある。)

 2016年 共和党(ドナルド・トランプ) 約6300万票 民主党(ヒラリー・クリントン) 約6600万票

 2020年 共和党(ドナルド・トランプ) 約7422万票 民主党(ジョー・バイデン) 約8130万票

 2024年 共和党(ドナルド・トランプ) 約7400万票 民主党(カマラ・ハリス) 約7025万票 

 これを見れば判るように、結果はまだ未確定(アリゾナ州分があるので、まだ両者とも増える)だが、ドナルド・トランプの票は前回に比べて大幅に増えたわけではない。(7500万票には達しそうだが。)一方、民主党は1千万票を減らしている。ニューヨーク州やカリフォルニア州は圧倒的に民主党が有利だが、今回はある程度共和党が迫っている。優勢な時は6割を越えるのに今回は50%台なのである。どうせ勝つんだからと「消極的民主党支持者」が離れたということが考えられる。

 日本、イギリスで与党が敗北したのは、その国特有の事情がある、同じようにアメリカにはアメリカの事情があり、「カマラ・ハリス要因」や「民主党要因」がある。しかし、現職モディ首相が圧勝と言われたインドでも、思いがけぬモディ政権与党が単独過半数割れするという意外な(日本と同じような)結果となった。それぞれ固有の事情がありながらも、今年の選挙ではどの国も与党が苦戦という共通点がある。それは同じような原因が存在すると考えるべきではないか。

 ロシアやベネズエラみたいにインチキ選挙をするなら別だが、2024年に自由な選挙を行えた国では、皆与党が苦戦し政権交代が起こった国も多かった。それはこの数年間にコロナ禍、ウクライナ戦争、中東情勢悪化による激しい世界的インフレーション、物価高が起こったからだと思う。しかも現代の経済構造ではインフレになると、従来以上に「格差拡大」が起きる。生活難を実感する人々は与党に入れたいとは思わないだろう。これが基調として存在し、世界的な政権党苦戦が起こったと思われる。

 もちろんトランプ政権になったとしても、経済は一挙に好転しない。独特な言い回しでデータを恣意的に利用するかもしれないが、トランプ政権も同じように経済に苦しむはずだ。その結果、2026年の「中間選挙」では民主党が健闘し、2028年大統領選へ向けた動きも始まるだろう。取りあえず国際的要因を書いたが、もちろんアメリカ独自の要因の方が大きいだろう。

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レバノンの通信機器爆発事件ー「テロ国家」イスラエル

2024年09月22日 21時44分30秒 |  〃  (国際問題)
 2024年9月17日に、レバノンで「ポケットベル」(ポケベル)が同時多発的に爆発する事件があった。翌日には「トランシーバー」の爆発も起こった。合計で37人が死亡、およそ3000人がけがをしたと報道されている。これはレバノンで活動するシーア派系イスラム主義組織ヒズボラ(ヒズボッラー)を狙ったものとされる。ヒズボラはスマホを使うとGPSで位置を突きとめられるとして、数ヶ月前に内部に禁止令を出したと言われる。しかし、こんなことになるとは誰も予想せず、子どもにも死者が出ているようだ。どこで爆発が起きるか事前に判らないから、町中で爆発して周りの人々にも多くの被害を出したようだ。
(ポケベルが爆発)
 ポケベルは90年代日本で大ヒットした商品で、当時の女子高生は皆使っていた。僕も生徒を呼び出すのに使ったことがあるが、今や知らない人も多いんじゃないかと思う。ケータイ電話の普及によって使う人が少なくなっていって、通信会社によるサービスは2017年に終了しているという。一部で行政組織など特別に「無線呼び出し」システムを残しているところもあるらしいが、まあ日本では終わった技術だろう。こういう風な使い方もあるのかと思ったが、「一斉に爆発」とは恐ろしいテロ事件である。誰か指導者を特定して狙うのではなく、「無差別テロ」が計画段階から想定されている。
(トランシーバーが爆発)
 これほど大規模で巧妙な「テロ」事件を計画、遂行できるのは、もちろんイスラエルだけだろう。他の国家に行う能力があったとしても、「動機」「機会」がないだろう。イスラエルは否定も肯定もしていないし、今後もそういう対応を続けるはずである。しかし、他に考えられらない以上、これは「イスラエルの国家テロ事件」とみなさざるを得ない。その前に7月31日にイランの首都テヘランでハマス最高幹部ハニヤ氏が暗殺される事件が起こった。ハニヤ氏はイランに永住していたのではなく、大統領就任式典参加のためイランに滞在していた。この事件の詳細も不明な点が多いが、どうしてこういうことが可能なのか。

 イスラエルのモサド(諜報特務庁)はかねてより「世界最強」と言われているが、それにしてもちょっと考えがたいレベルに達している。恐らく僕が生きている間には真相は明かされないと思うが、その事件内容の評価はさておき何があったのかは知りたいものだ。ポケベルは台湾の会社(ゴールド・アポロ)のものだが、その会社はハンガリーの会社(BACコンサルティング)とライセンス契約を結びブランド使用を許可していたという。そのBACコンサルティングという会社は実体があるかどうか不明で、謎めいている。一方トランシーバーは大阪に本社を置く日本の通信機器メーカー「アイコム」が製造したものというが、同社は10年前に製造を中止している。一方で同社の模造品は世界中に流通しているとのことで、こちらも謎めいている。
(「15年前から計画」と報道)
 そこで「15年前から計画されていた」という推測もなされている。そこら辺は不明だが、少なくとも1年で出来るものじゃないだろう。つまり、ハマスの奇襲攻撃、イスラエルのガザ攻撃戦争が起こったため、この事件が計画されたのではない。それ以前から何年もかけて準備されてきたのである。恐らく世界各地に「幽霊企業」や「マネーロンダリング銀行」などを多数用意してあるんだと思う。それにしてもヒズボラに納入するポケベルやトランシーバーに爆発物を仕込むという作業を誰がどこでどのように行ったのだろう。一人じゃ無理だが、多すぎても不審を招く。どこから洩れるか判らないし、ヒズボラに確実に納める方法は見当も付かない。
(ヒズボラは報復を宣言)
 国連安保理では20日、緊急会合が開かれた。出席したレバノンのハビブ外相は、イスラエルによる無差別な攻撃だとしたうえで「イスラエルはこのテロ攻撃によって軍人と民間人を区別するという国際人道法の原則に違反した」と述べたという。一方、イスラエル側はヒズボラがレバノンで「国家内国家」となり、イスラエルに攻撃を仕掛けていると非難した。それは間違いないが、今回の事件と直接関係しない。もちろんイスラエルは爆発事件の「実行犯」であると認めていないのだから、事件に対して触れるはずがない。もともと民間人に犠牲を出すことを目的とした作戦なんだから、今回の事件は明らかな国際法違反である。

 ガザでの報復攻撃、ヨルダン川西岸地区での異常な強圧的姿勢、それらにも見ることができるが、イスラエルの場合単に「やりすぎ」とか「派生的犠牲者」などと言って済まされない。やってることは「テロ国家」と評するしかない。モサドは首相直属組織で、要するにネタニヤフ首相の承認なくしては作戦を実施出来ない。ネタニヤフ政権が交代したとしても本質は変わらないだろうが、それでもネタニヤフ自身に個人的責任がある。それとともに、数年前からイスラエルとの「防衛協力」を日本政府や大企業が模索してきた事実である。だがイスラエルとの協力には問題が多いことが明らかだ。どんなテロ事件に利用されるか判らないし、そもそも倫理的に許されない。日本政府、企業への監視も必要だ。
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ティム・ウォルズ、米民主党副大統領候補はどういう人か

2024年09月20日 23時13分02秒 |  〃  (国際問題)
 アメリカ大統領選挙で民主党の副大統領候補となったミネソタ州知事ティム・ウォルズという人の経歴・実績はなかなか興味深いので、ちょっと調べてみたい。アメリカ人もこの人のことを知らなかった人が多いというが、日本人だってついこの間まで兵庫県知事の名前なんか(現地の人を除けば)知らなかっただろう。そういうウォルズ氏がなぜ副大統領候補に選ばれたのか? 

 上院は与野党の議席差が少なく、上院議員を選ぶことは考えにくい。そこで民主党系の知事が候補になるが、カマラ・ハリスが「女性、有色人種系」なので、副大統領は「男性、白人系」を選んでバランスを取る必要がある。さらにトランプ支持者が多い「ラスト・ベルト」だと一番ふさわしいので、当初はペンシルバニア州シャピロ知事が有力と言われた。恐らくユダヤ系のシャピロ氏はイスラエル支持色が強く、アラブ系民主党支持者の反発を呼ぶ可能性があるとして避けたのだろう。もちろんハリスも基本的にイスラエル支持だが、夫がユダヤ系なのでそれ以上必要ない。ウォルズとは面談で「ウマが合った」と言われている。

 ティム・ウォルズ、正確にはティモシー・ジェームズ・ウォルズ(Timothy James Walz)は1964年4月6日に生まれた。2019年からミネソタ州知事を務めていて、現在2期目である。その前は2007年から6期にわたって、連邦下院議員を務めていた。その前は公立高校の教員で、2006年に選挙に出る時は休職制度を利用した。選挙に立候補する際に公職を休職できる制度があるらしい。ミネソタ州は五大湖地方の西にあって、アメリカの地理的区分けでは「中西部」になる。人口は570万ほどで、全米22位。面積は225,181 km²で全米12位。日本の本州島は227,976 km²なので、ほとんど本州と同じぐらいある。州都はセントポールだがミシシッピ川をはさんだミネアポリスと同一の都市圏を形成していて「ツインシティ」と呼ばれている。
(ミネソタ州の位置)
 こう書くとティム・ウォルズはミネソタ州に生まれたように思うかもしれないが、実際はネブラスカ州が生地である。ミネソタ州の西南に当たるが、よく見ると隣接していない。人口は200万に満たず全米37位なので、ミネソタ州よりずいぶん少ない。面積はそんなに違わないが、影響力では小さな州だ。父親の病気で田舎町に移り、夏は農場で働きながら小さな郡の高校を卒業した。そのまま大学へ進学しなかったのは、恐らく父の病気(肺がん)、死去(1984年)が影響したのだろう。父の死に精神的にも経済的にも打撃を受け、ウォルズはアーカンソーやテキサスなどで州兵になった。その後、1987年にネブラスカに戻ってシャドロン州立大学に入学し、1989年に社会科教員の資格を取った。このようになかなか苦難の青春を送った人である。
(ネブラスカ州の地図)
 その後サウスダコタの先住民居留地で教師となり、続いて中国広東省佛山市の高校で1年間教えた。帰国後にネブラスカの高校で教員として働き、1994年に同僚のグウェン・ウィップルと結婚した。グウェンはミネソタで学位を取ってネブラスカで英語教師の職を得ていた。二人は96年に妻の生地ミネソタ州に移住し、ミネソタ南部の小都市マンケート西高校の地理教員及びフットボールコーチとなった。同校のフットボール部は当時27連敗していたが、3年後の1999年に州大会で優勝した。

 映画や小説に高校のフットボール部がよく出て来る。多くの地域でアメリカンフットボールの高校対抗戦が学校スポーツの華で、チアリーディング部の女子生徒が対抗戦を盛り上げる。コーチは有償で、いろいろ調べると50万~60万程度の報酬らしい。他部のコーチより高額で、それは拘束時間が長いからだという。誰でも部活に入れるわけではなく、セレクションを突破した生徒のみが参加出来る。(学力条件もあると思われる。)アメリカの学校スポーツは季節が決まっていて、夏と冬で違う競技をしたりする。試合は有料なので、それでコーチを雇えるらしい。教師がボランティアでやってる顧問とは違って、日本で言えば私立高校の野球部監督に近いと思う。一年で数ヶ月間コーチを務めるだけというのも日本と違う。
(フットボールコーチ時代)
 その間1999年には性的マイノリティ向けの指導員になっている。同性愛生徒がいじめにあったのを見て、研修を受けたという。また特別支援学級でも教えている。このような幅広い体験は生い立ちもあるだろうが、中国の学校と関係を持ち続けたことも影響している。妻とともに夏休みに中国でボランティアする会社を設立し、2008年まで毎夏生徒を連れて行っていた。また2002年にはミネソタ州立大マンケート校に、ホロコーストの教育に関する修士論文を提出し、体験教育に関する修士号を得た。妻との間には不妊治療を経て二人の子どもが生まれていて、この間の活動には驚くばかり。これだけ活躍すれば周囲からの注目も集まるだろう。2006年はイラク戦争が泥沼化していて、ウォルズが戦争に強く反対していたことが、立候補のきっかけだろう。
(教師としてのウォルズ)
 下院議員の活動を振り返ると長くなるので省略する。2017年に民主党の現職知事が引退を表明し、ウォルズは2018年の知事選への立候補を表明した。知事選では53%対42%で共和党候補を破り当選した。当選就任後は教育と医療改革を進めると演説した。もっともBLM運動のデモへの対応や警察改革には批判も受けたが(2020年5月にジョージ・フロイドが警官に殺されたのはミネアポリスだった)、教育など他の施策への支持は強く、2022年には2期目の当選を52対44で果たしている。

 教育問題だけ見ておくが、日本語版Wikipediaでは以下のように書かれている。(英語版はもっと詳しい。)「教員の能力給に反対する」「公立学校への財政支出の強化」、「低所得世帯の学生を対象とする公立大学授業料無償化を支持」、2019年2月12日には「経済の強固な基盤を確保するために最も重要なことは、子どもたちに可能な限り最高の教育を提供することだ」と演説し、これらの教育政策に対して、全米教育協会、全米大学女性協会、全米小学校長協会などの多くの利益団体から強い支持を得ている。」2023年3月、「ミネソタ州のすべての児童・生徒を対象とする学校給食費無償化法案に署名」。同年8月、「州内の公立学校に対し、4年生から12年生までの児童・生徒に生理用品を無償で提供することを義務付ける法案に署名」。

 どうだろう、この人こそ僕の望む教育政策を進めていた人なのではないか。教員の能力給に反対し、公立学校への支出を強化する。ミネソタ州のすべての児童・生徒への給食費無償化。こういう施策は当然教育界の多くの団体に支持されている。こういう人が日本にも欲しいし、教育をホントに理解出来る人が政治家に欲しい。なおウォルズは中国との関係が長いが、中国の人権環境を厳しく批判しているという。また副知事のペギー・フラナガンはネイティブ・アメリカン出身の初の州知事になる可能性が高い。ウォルズが副知事に女性の先住民運動家を選任したというのも素晴らしいことだと思う。
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武力を行使すれば、「独立」が正当性を得るー「台湾有事」考④

2024年06月05日 21時56分52秒 |  〃  (国際問題)
 「台湾有事」問題は考えるべき問題が多く、延々と書くことがあるんだけど、そろそろ他の問題を書きたくなってきた。今回はリクツの問題に絞って、4回で一端打ち止めにしたい。さて、この問題をネットで調べてみると、「台湾の独立を承認している国」という言葉が出て来る。しかし、世界中で「台湾の独立を承認している国」は本当はゼロである。

 「中華民国」を承認している国なら、世界に12国程度存在する。それらの国は「中華人民共和国」は承認していない。中国全体の合法的政府として「中華民国」を選択しているのである。従って台湾独立を承認しているわけではない。だが「中華人民共和国」が建国75年を迎えるという段階で、「中華民国」を中国全体の支配者だとみなすのはいくら何でも無理筋だろう。

 台湾帰属問題は中華人民共和国側から見れば、「内戦の続き」になるんだろう。内戦が終わってないのだから、武力を行使してでも統一を目指すのは当然と思っているはずだ。もともと武力革命で政権を獲得した中国共産党には「唯銃主義軍事力優先思考」が強い。第一次世界大戦からロシア革命が起こったように、日中戦争が中国革命を成功させた。中国共産党は日本の侵略に果敢に戦ったことで民衆の支持を集めていった。「武力」こそが共産党の革命神話になってきた。

 昔から「台湾独立派」は存在する。その人々は本土と台湾島は歴史的経過から、別々の国家になるべきだと考える。台湾を支配した蒋介石の国民党にとっては、認められない思想だった。しかし、南部には独立派が多く、現在の与党である「民進党」もホンネは独立派だという見方もある。それは政権担当者としては公に言えないことで、口にしたら中国との関係が完全に破綻し、武力侵攻の引き金になりかねない。
(台湾独立派の集会)
 自由で民主的な社会だから、台湾で独立を主張することは出来るだろうが、公然と国論にすることは不可能である。僕は将来的には「中国の連邦化」などで解決するべき問題だと思う。異民族で慣習が違っているウィグル族チベット族とは違うのである。(ウィグル、チベットは独立国家を建設する権利があると考える。)そこが台湾問題が特別なところだが、この認識は絶対のものではない。「台湾が独立せざるを得ない状況」が生じれば、「台湾独立」が現実的な問題になるときもあり得る。

 それはいつかと言えば、中国が台湾に武力侵攻を行った時である。国連安保理の常任理事国である中華人民共和国が、国連憲章や国際人権規約に公然と反して、平和的に暮らしている民衆生活を破壊することは許されない。もっともアメリカのイラク戦争、ロシアのウクライナ侵攻など、常任理事国の無謀な軍事行動には多くの前例がある。しかし、ロシアのウクライナ侵攻はウクライナの民心を完全にロシアから離れさせてしまった。今後数百年にわたって禍根を残すに違いない。

 武力で統一したことで、結局は独立を承認せざるを得なかった実例が東チモールである。ポルトガルの植民地だった東チモールでは、1975年にポルトガルが撤退した後、インドネシアが武力で制圧し1976年にはインドネシアの一州として正式に併合した。国連安保理はインドネシアの撤退を決議したが、事実上「黙認」されてしまった。しかし、1998年にインドネシアのスハルト独裁政権が崩壊した後で、住民投票を行うこととなった。その結果に基づき、2002年に東チモールの独立が実現したのである。
 (独立を祝賀する東チモールの人々)
 この論理(というか「背理」と言うべきか)が中国政府に通じるとは思ってない。だが中国が台湾に非道な武力侵攻を行い、多くの人命、財産が失われたとするならば、中国は永遠に台湾民衆の人心を失うことになる。武力で「統一」を実現すれば、歴史上のいずれかの時点で「台湾独立」につながるのである。そういう事態が起きたら、もう「平和的統一」は二度と不可能である。その後、仮に中国が自由で民主的な政体に転換したとしても、台湾は中国に帰属したくないだろう。

 歴史的に同じ民族が複数の国家を樹立することは珍しくない。ドイツオーストリアはその一例である。インドパキスタンは宗教の違いで別々の国家となった。当初はパキスタンは東西に分かれていたが、やがて東パキスタンはバングラデシュとして独立した。歴史の道筋を間違えれば、中国は自ら台湾独立への道を開くことになる。中国はいまウクライナ情勢を注意深く見つめているだろう。個々の戦闘経過ではなく大局的な歴史的教訓を学び取るならば、台湾侵攻のような愚挙を実行しないはずだ。
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独立は支持しないが、台湾民衆の獲得した自由を支持するー「台湾有事」考③

2024年06月04日 22時22分25秒 |  〃  (国際問題)
 台湾問題に関する原則を確認しておきたい。今までにも折に触れ書いたことがあるが、何回も確認した方が良いだろう。基本的には「二つの中国」には反対し、「台湾独立」は認められない。これは日本政府の公式的な立場と同じである。理性的に判断して、これ以外の立場に立つことは不可能である。「台湾民衆が独立を望んだとしたら、それを尊重するべきではないか」。そういう考え方もあるというかも知れない。だが、中国(中華人民共和国)と「台湾」は同じ民族である。台湾には多くの先住少数民族が存在するが、大部分は漢民族である。国連の原則として認められている「民族自決」は台湾問題には適用できない

 もともと「台湾問題」の始まりは、日清戦争後の「下関条約」(1895年)で、大日本帝国が台湾(及び澎湖諸島)を植民地として獲得したことにある。1943年のカイロ宣言で連合国首脳は「満洲、台湾及澎湖島ノ如キ日本国カ清国人ヨリ盗取シタル一切ノ地域ヲ中華民国ニ返還スルコト」という方針を表明した。1945年のポツダム宣言も同じ方針を踏襲し、日本は同宣言を受諾した。9月2日の降伏文書調印をもって、台湾及び澎湖諸島の統治権は「中華民国」に返還されたとみなすべきだ。

 しかし、台湾を支配した国民党は強権的な支配を行って、台湾民衆の反発を買った。1947年2月28日には、国民党当局と民衆の衝突が発生し、残虐な弾圧が繰り広げられた。(二・二八事件。ホウ・シャオシェン監督の映画『悲情城市』に描かれている。)一方、中国本土では国民党と共産党の内戦が激化し、次第に共産党が有利な情勢となった。1949年10月1日には中華人民共和国が建国を宣言し、中華民国の蒋介石総統らは12月に台湾に逃れ、台北を臨時首都とした。

 その後中華人民共和国では50年代の反右派闘争、60年代の文化大革命で大きな犠牲を出す。その意味では台湾の国民党も、本土を支配した共産党も、支配の正当性に問題があったとも言える。だが、その判定は中国民衆が行うべきことで、支配権を放棄した日本が口を挟むべきことではない。そして20世紀の終わり頃に、中国と台湾では大きな変化が起こった。台湾では「総統直選制」が実現し、民主的な政治改革に成功した。経済的にも発展し、「成熟した民主主義社会」を実現したのである。一方、中国では1989年の天安門事件以後政治改革が停滞し、それ以前にもまして抑圧的で非民主主義的な社会となった。

 21世紀になって、さらに台湾では様々な改革が行われた。2019年にはアジアで初の「同性婚」が法制化された。中国では同性愛が違法とされているわけではないが、近年では性的少数者のための人権活動は事実上不可能になっている。(そもそも自律的な人権擁護運動の余地がほとんどなく、「欧米的価値観」の流入として敵視される傾向が強い。)では中国が台湾に侵攻し制圧した場合、同性婚はどうなるのだろうか? それは「本土並み」になるということだろう。香港に適用されたはずの「一国二制度」は欺瞞でしかなかった。台湾でも同じようになるだろう。つまり台湾の人権水準は低下するのである。
 
 そのような事態は認めがたい。「同性婚」は一つの象徴的事例だが、言論・結社の自由が完全になくなってしまう。香港を見れば、それは明白だ。ところで不思議なことに、日本国内で「台湾有事は日本有事」(故安倍晋三元首相)などと台湾支持を打ち出し、中国には武力で対抗するようなことを言う人々は、同性婚反対の超保守派が多い。このような日台間の「ねじれ」が「台湾有事」には存在する。日本でも同性婚を法制化する(あるいは再審法を改正するなど)、台湾が獲得した人権水準を日本でも実現することこそ、まず「台湾有事」を考える時に最初にやるべきことではないのだろうか。
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「台湾侵攻」と日米安保、米軍基地への攻撃可能性ー「台湾有事」考②

2024年06月03日 22時13分46秒 |  〃  (国際問題)
 米軍筋からは「2027年台湾侵攻」の可能性が度々発信されている。それが確定的な情報だとは思ってないけれど、完全なガセネタとは決めつけられない。当然そこは「情報戦」の様相を呈して、今後も様々な情報が乱れ飛ぶと思うが、一応いずれかの時点で中国軍が台湾に侵攻すると仮定する。そうした場合、一体どうことになるんだろうか? 世界経済に与える影響など未確定の部分が多いけれど、取りあえずは侵攻作戦そのものは成功するのだろうか?

 もちろん予測不能な要因がいっぱいあるけれど、「台湾侵攻のシミュレーション」は幾種類もなされている。特にアメリカの「戦略国際問題研究所」(CSIS)というところが、2023年2月に報告書を発表しているそうだ。朝日新聞2023年3月26日付の記事(佐藤武嗣編集委員執筆)が簡潔に紹介しているので、記事を参照しながら考えてみたい。そのシナリオでは「2026年」に侵攻作戦が始まると想定されている。24通りもの戦闘シナリオがあるというが、「中国海軍が台湾を取り囲み電撃的に攻撃を開始して航空機や艦艇を壊滅させる」という風に始まるとされる。
(台湾有事シミュレーション)
 「台湾侵攻」は中国にとって大作戦なので、多くの艦船が台湾沖に集結するなど、ある程度事前に予想可能だと思われる。だが台湾や米軍が「先制攻撃」することは難しい。中国側に「自衛」の口実を与えるだけで、米側の大義名分を奪うからである。アメリカは1979年に「中華民国」の承認を取り消し、中華人民共和国を「唯一の政権」として承認した。その結果「米華相互防衛条約」が無効となったが、米国は「台湾関係法」を制定し台湾とのそれまでの取り決めは維持されるとしている。

 米国歴代政権は台湾に武器を援助してきたし、大統領選、議会選の結果にもよるが、現時点では民主、共和両党ともに対中国強硬派が多い。「台湾侵攻」に何のリアクションもしなければ、今後中国の行動に何も言えなくなってしまう。一方、中国軍は緒戦で制空権・制海権を握ったとしても、(ロシアとウクライナのように地続きではないので)、ぼうだいな占領軍を海上から送り込む必要がある。それは空爆やミサイル攻撃と違って一瞬で出来ることではない。その間に台湾各地で自衛的な市民の行動が湧き起こると思われる。その様子が全世界に発信され、同情的な世論が形成されるだろう。米軍はそれを見殺しに出来ないはずだ。
(CSISの机上演習における日米中の被害想定)
 そこで米軍が中国軍の補給線を断つとともに、台湾防衛軍を派遣することになる。この後に幾つかのヴァリエーションがあり得るが、台湾防衛のために米軍は日本の基地を発進、補給の基地として利用することになる。それに対して日本はどのように対処するのか? 多くのシナリオでは、「中国が台湾を制圧するのは、米軍が本格的に参戦した場合は極めて難しい」とされているようだ。しかし、「米軍が台湾を防衛するためには、日本の基地を全面的に利用することが必須になる」ともされる。

 日本とアメリカの間には「日米安全保障条約」があるわけだが、条約に「極東条項」がある。米軍は「日本国の安全」だけでなく「極東における国際の平和及び安全の維持」のためにも活動する。そして、米軍が日本領外での戦闘活動に基地を使用する場合には「事前協議」となる(はずである)。従って、日本は米中の対立に「中立」を表明して、米軍には日本領内の基地を使用させないという選択も理論的にはあり得る。だが政治的、国際的、社会的に、日本は米軍基地の使用を認めざるを得ないだろうし、むしろ積極的に米軍と協力して自衛隊の活動を活発化させる可能性が高い。(その是非は別として。)

 命運を賭けた大作戦を始めた中国は、米軍基地のインフラをそのままにしておけない。必ずそうなるということではないが、中国が米軍基地に攻撃を掛ける可能性は否定出来ない。台湾から近い沖縄に集結している米軍基地を一時的にも使用不能にすれば、軍事的にかなり有利になるだろう。米軍基地は条約に基づいて米国に使用を許可しているわけで、(治外法権区域ではあるが)米国領土ではない。米軍基地を攻撃すれば、それは日本への攻撃になる。それに基地には日本人労働者もいるし、誤爆もあるだろうから、日本国民にも被害が生じるだろう。そうなったときに日本の世論はどう反応するだろうか。
(日本国内の米軍基地)
 これこそ「日本が戦争に巻き込まれる」最も可能性の高いシナリオだと考えられる。これは安保条約について、反対運動の中で言われてきた「安保巻き込まれ論」そのものの事態だ。だが、昔はアメリカ(帝国主義)の無謀な戦争に日本が否応なく巻き込まれるという文脈で論じられていた。しかし、今後あり得る「台湾有事」では中国の軍事侵攻の方に無理があり、世界の多くの国は「台湾を救え」となるだろう。日本国内でも台湾支援論が盛り上がると思われる。その上で「中国の侵攻を失敗させ、日本の被害を最低限にする」ための自衛隊の活動も「許容」される可能性が高い。

 このように「日本が米国とともに台湾支援に本格的に乗り出す」ことが台湾侵攻作戦の成否を握っている。それが台湾有事シミュレーションの結論となる。だが昔の日中戦争を思い起こすまでもなく、ウクライナやガザの戦争を見れば、一度始めた戦争は終わらせるのが難しいことが理解できる。どこまでなら「許容」できる被害なのか、今の日本社会で冷静に議論できるだろうか? 一歩間違えば、シベリア出兵のように日本だけが延々と戦争を続けることにもなりかねない。そうなると、どうしても「台湾有事そのものを起こさせないためにはどうすれば良いか」と真剣に考え抜くことこそ今必要なことだろう。
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「2027年台湾侵攻」説は本当だろうか?ー「台湾有事」考①

2024年06月02日 21時52分53秒 |  〃  (国際問題)
 2024年5月20日に、「台湾」で頼清徳総統が就任した。この書き方にも本当は説明が必要だが、大方のマスコミはそう報じている。その就任演説が注目されていたが、中国との関係については「現状維持」を強調する一方で、「台湾は中国の一部だ」とする中国の主張を否定した。中国はその主張を「台湾独立派」として厳しく非難し、中国軍(中国共産党人民解放軍)は23日~24日に台湾を取り囲むように演習を実施した。画像のように軍を展開したのだから、まるでウクライナ侵攻直前のロシア軍が「演習」と称して国境に大軍を集結させたようなものだ。一体、中国(中華人民共和国)は本当に台湾を軍事侵攻するのだろうか。

 ここ数年、日本では「今は戦前」だという言葉が多く聞かれるようになった。今にも戦争に巻き込まれるかのようである。その現状をどう考えるかは別にして、厳しい現実が見られるのは事実だろう。だけど、「日本が戦争に関わる」というときのイメージは人様々。きちんと国際状況を理解していないと、今にも日本が攻められるみたいに思い込みやすい。日本はロシアとの間に「北方領土」問題を抱えているが、今のところ「武力で取り戻そう」などという議論をまともにしている人はいないだろう。

 問題は「台湾有事」に絞られる。「台湾有事」とは、中華人民共和国がまだ支配下に置いてない「台湾省」を武力で統一する事態である。(中国には国家の軍はないので、中国共産党人民解放軍が攻撃することになる。)台湾には「中華民国」という国家が、内戦に敗れた地方政府として存続している。台湾が中国の一部であることを、日本国は承認している。僕もそれは正しい方針だと考える。日本が台湾独立を支持することはあり得ない。しかし、中国が台湾を武力攻撃することも許されない
(来日したアキリーノ司令官)
 2024年4月に来日したアキリーノ米インド太平洋軍司令官は「(台湾侵攻を)習近平国家主席が軍に対し、2027年に実行するする準備を進めるよう指示している」と語った。アメリカ情報は、他にも「2027年侵攻準備指示」説に言及している。アキリーノ氏は退役して、後任にはパパロ海軍大将が就任する予定だと記事に出ている。従って、アキリーノ氏は実際に台湾侵攻が起きても、自分では対処しない。いわばキャリアの最後に、言うべきことを言い置くということなんだろうと思う。

 中国共産党の最高指導者、習近平総書記は2012年11月の共産党大会で選出され、2017年に再任された。そして異例なことに2022年11月に3期目の総書記に就任したわけである。従って、2027年に3期目の任期が終わる。習近平は1953年6月15日生まれだから、その時点で74歳を迎えている。バイデン、トランプ、モディを見れば、まだまだ年齢的に可能かもしれないが、健康に問題がなくても「異例の3期目に何をやったのか」ということになる。その最大の業績になりうるのは「未解放の台湾回収」しかない。

 「建国の父」毛沢東、「改革開放の父」鄧小平と並ぶためにも、何とか「台湾統一」を実行したいと思っているだろう。武力を行使するしかないとなれば、軍事侵攻も想定可能である。その事態は中国経済に大影響を及ぼすだろうが、「原則問題」だから譲ることは出来ない。もちろん世界各国の反対を押し切って、本気で軍事侵攻するのかは判らない。そして、それが果たして成功するのかどうかも難しい問題だ。だけど、何の準備もせず任期の終わりを待っているとは僕には思えない。侵攻可否は置いておいて、「準備指示」はあり得ると考える。必ず侵攻作戦を発動するということではない。だが「準備」は軍に指示している。

 そういう事態は大いにあり得ると思っていて、「絶対に侵攻など起こらない」と思い込むわけにはいかない。ウクライナでもガザでも、どんな予想でも事前に想定出来ないような悲劇が眼前で進行している。「台湾有事」だけは起こらないと希望を持てる状況ではない。そして、もし実際に台湾侵攻作戦が始まれば、日米安全保障条約に基づき必然的に日本も巻き込まれていく。ウクライナやガザはいくら悲劇であれ、日本からは「遠い戦争」である。しかし、台湾での戦争は日本にとって他人事ではない。

 ここでは「台湾有事」は起こりうる事態だという認識に立って、ではどのようなことが起きるか、我々はいかに対処するべきか、東アジアの平和を維持するために何か出来ることはあるのかということを数回にわたって考えてみたい。いつかきちんと書きたいと思っていた問題だが、今書くのは「天安門事件35年」ということもある。これは単に「戦争か平和か」というだけの問題ではない。むしろ「自由か独裁か」という問題でもあるし、「人権保障か抑圧社会か」という問題でもあると思っている。
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『カレー移民の謎』、カレーから見た日本のネパール人社会

2024年04月05日 22時30分41秒 |  〃  (国際問題)
 インド映画の本を読んだので、次に室橋裕和カレー移民の謎 日本を制覇する「インネパ」』(集英社新書)を買ってみた。昔から町の喫茶店のメニューに、ナポリタンやエビピラフなんかと並んで「カレーライス」というメニューがあった。小さい頃はよく知らずに「カレーはインド」と思っていたけど、日本のカレーライスはイギリス経由で伝わった独自の洋食というべきものだった。(昔タイに行ったときに、ホテルのレストランにただのカレーと別に「ジャパニーズ・スタイル・カレーライス」というメニューがあった。)その頃はちゃんとした「インドカレー」を食べられるお店は東京でも幾つかしかなかった。

 それが21世紀になると、あちこちでインドカレーの店が出来てきた。それは僕も知ってるし、食べたこともある。そういう店はネパール人がやっていることが多いという話も聞いたような気がする。ものすごく大きなナンが付いているのが特徴で、バターチキンカレーを出すのも特徴。夜だけじゃなく、お昼のランチメニューが充実していて、時にはワンコイン(500円)で食べられたりした。(今は物価が上がって無理だろうけど。)そういう店を「インネパ」というらしい。まあ業界用語だろう。著者は新大久保に住んで外国人に関する取材を続けてきた人で、「インネパ」系カレー店の大増殖に関心を持って、どうしてそうなったか取材した。その結果ネパールまで出掛けて、知られざる歴史と現状を探った本である。
(代表的なセットメニュー)
 読んでみて「日本を制覇する」は大げさだと思ったが、なかなか考えさせられるエピソードがいっぱいだった。まず「バターチキン」などのインドっぽい、高級っぽいカレーは、もともとムガル帝国の宮廷料理(ムグライ)だったという。日本でちゃんとしたインド料理店を始めるときに、メニューに取り入れたんだそうだ。日本人だって、家で毎日スシやテンプラ、スキヤキを食べてる人なんかいない。「ご飯と味噌汁」に焼魚、野菜の煮物とかを(少なくとも昔は)食べてるわけで、インドやネパールだって日常生活では違うものを食べているのである。

 ところでネパールは世界有数の「出稼ぎ大国」だという。イギリス軍最強と言われる「グルカ兵」は有名。観光と農業ぐらいしか産業がないから、昔から隣の大国インドに働きに行く人が多かった。今は中東初め世界中に行くが、やはりインドに行く人が多いという。ビザもパスポートも不要という協定があるからだという。そしてインドのホテルやレストランでネパール人は重宝されてきた。インドには根強い「カースト」意識があって、インド人の調理人は給仕や清掃をしないのに対し、ネパール人は何でもこなしたからである。そして、インドでカレー料理人として活躍した人が独立して日本を目指したのである。

 その中に努力して成功した人が出て来て、家族や親戚を呼ぶようになり同郷のコックを呼ぶようになった。日本語が判らないから遊びにも行けず、次第にお金が貯まったら独立して自分の店を持つようになった。単なる料理人より、経営者のビザを取れたら有利になる。そうして「のれん分け」式に増えていったという。その際、前に勤めていた店のメニューを真似したし、ホームページやチラシも(時には無断で)借りたわけである。なるほど、なんかどこも似たチラシを配ってたりした。

 そして、子どもも呼び家族で暮らすようになると、別の悩みが起こった。それは子どもの教育で、日本の学校に行かせても言葉が判らないから不登校になる。東京では阿佐ヶ谷(杉並区)にネパール人学校が作られたそうで、そこで中央線沿線にインドカレーの店が多くなったという。この問題は非常に重大で、今では14万人近くになっている。(2022年末段階。)数自体は中国、ベトナム、韓国、フィリピン、ブラジルに次ぐ6位だが、本国の人口を考えれば、日本在住者の割合が高いことが判る。それも話を聞いていくと、ネパール中部のバグルンという地域から来ている人がほとんどだという。
 (バグルン)
 じゃあ、早速バグルンに行ってみよう、というところが非常に面白い。それは是非本で読んで欲しいが、あまりにも日本に行きすぎて地域社会が崩壊しつつある。日本で成功したとしても、日本に居付くか、帰国したとしても都会に家を建てたりトレッキング向きのホテルを買う。故郷の村には誰もいなくなるのである。しかし、インドカレー店の経営者がほぼ同じ地域から来た人々だったというのは驚き。そして今度はネパール人同士で搾取が起こり、ネパール人の下では働きたくないという人が増えているらしい。そしてネパール人もどんどん日本を捨ててカナダを目指しているという。
(新宿に移転したアショカ)
 東京のインドカレー店の歴史も書かれている。それは「インド独立運動」と関わっていたというのは、有名な話。新宿中村屋の「インド・カリー」や、銀座歌舞伎座近くにある「ナイル・レストラン」である。その後、ムグライ料理を本格的に提供したのが銀座にあった「アショカ」である。ここはインド政府観光局が開いたレストランだが、僕も昔一度行ったことがある。素晴らしく美味しかったけれど、なかなか高かったので次に行く前に無くなってしまった。ところがこの本で、今は新宿のヒルトンホテルでやっていると出ていた。それと、東京に夜間中学定時制高校があって良かったなと改めて思わせられた本だった。
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『RRR』で知るインド近現代史(文春新書)ーインド・ナショナリズムのいま

2024年04月04日 22時16分17秒 |  〃  (国際問題)
 軽く読めてタメになる新書が読みたくなって、『『RRR』で知るインド近現代史』(笠井亮平著、文春新書)を読んでみた。先頃『インド、「世界最大の民主主義国」は「厄介な大国」になったのか』(2024.2.27)を書いたが、そこで書いたことを専門家が詳しく解説してくれる本である。インド映画ファンには是非読んで貰いたいし、インド近現代史の「早わかり」本としても有効だ。インド情勢は5年ぶりの総選挙が来月始まることもあって、いろいろ報道される機会が増えている。10年続いたモディ政権の継続は決定的だが、予想以上の圧勝になるとの観測も強まっている。

 前回書いたように、モディ政権を支える「インド人民党」は右翼ナショナリズム政党と言ってよい。日本で言えば、かつての安倍政権みたいな感じ。実際二人には深い親交があり、モディ氏は安倍氏の国葬に来日したぐらいである。モディ政権は、だから「インドを、取り戻す」みたいなスローガンを掲げて勝利してきた。ただし、ここで言う「インド」は「ヒンドゥー・ナショナリズム」である。ムスリム(イスラム教徒)やシーク教徒、さらにはキリスト教徒、仏教徒、拝火教徒(パールシー、ゾロアスター教徒)などを含む「多様性」を擁護するものではない。だから近年ではイスラム教のモスクを取り壊してヒンドゥー寺院を建ててしまうような「暴挙」も行われている。それがまたモディ政権支持層には受けるわけである。

 映画『RRR』は2022年に日本で公開されて以来、今もなお上映が続いている。日本で一番ヒットしたインド映画になっている。182分もある長い映画なので、まだ見てない人もいるかもしれないが、時間を感じさせない面白さがあるのは間違いない。ダンスシーンも最高に素晴らしいが、設定には疑問を感じる映画でもあった。非暴力独立運動のガンディーは全く描かずに、2人の超人的英雄がインド総督府に乗り込んで暴れまくるという話である。ついにインド映画も中国や韓国と同じようなナショナリズム優先になってしまったのか。もちろんフィクションの娯楽映画なんだから、目くじら立てる必要はないとも言える。しかし、どの国でもナショナリズムの高揚の中で「愛国映画」ばかりになると批判せざるを得ない。
(『RRR』)
 この本には『RRR』の2人の主人公ラーマビームが実在人物だという興味深い指摘がある。そこまでインド独立運動史に詳しくないので、二人の名前は知らなかった。ただし、この二人が知り合いだという設定はフィクションで、もちろん総督府に殴り込むのも映画の趣向である。インド独立運動が非暴力一辺倒ということはなく、日本人には有名なスバス・チャンドラ・ボースのように、反英国のためにナチス・ドイツと手を組もうとした人もいる。それが上手く行かないと、次は日本軍と協力して「インド国民軍」を作ったりした。興味深い人物だけど、歴史的には組む相手を間違えたことになるだろう。

 それでもチャンドラ・ボースは独立の英雄として遇されているようだ。だが、やはりガンディーネールの国民会議派主流が独立運動の中心だった。そしてモディ首相はそのガンディーを暗殺したヒンドゥー過激派の「民族義勇団」に所属していた過去がある。ただし、首相としてはガンディーを批判しているわけではない。むしろ全世界にガンディー像を贈る運動をやっているようだ。最近も長崎市にガンディー像が設置され、縁もゆかりもないのに大きすぎないかと問題になっている。世界にインドを売り込むために「世界的有名人としてのガンディー」は利用するんだということだろう。
(長崎市のガンディー像)
 ガンディーはかつて映画『ガンジー』が作られ、アカデミー賞で作品、主演男優、監督等8部門で受賞した。確かに名作だが、監督はイギリス人のリチャード・アッテンボローだった。この本では日本未公開の映画も含めて、インドの映画をいっぱい紹介して、インド独立運動がどう描かれているのか解説している。見てない映画が多いが、その分析がとても興味深い。ただし、歴史に関わらないインド映画はほとんど出て来ない。インド映画史の本ではなく、あくまでも映画で知るインド近現代史なのである。

 『RRR』はヒンドゥー語映画ではない。かつてボンベイ(ムンバイ)で製作されたヒンドゥー語映画がインド映画の中心だった。当時ボンベイは「ボリウッド」と呼ばれていた。その後、『ムトゥ 踊るマハラジャ』のようなタミル語映画も増えた。『RRR』はインド南東部のテルグ語で作られている。インド内では話者人口13位である。他地方で上映されるときは、その地方の言語に吹き替えられるのが通常だ。南インドでヒンドゥー・ナショナリズムが高揚しているのではないかと思う。『RRR』の監督S・S・ラージャマウリがその前に作って大ヒットした『バーフバリ』2部作のセットがテーマパークになって繁盛しているという。
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東南アジアのネポティズム(縁故主義)ーインドネシアとカンボジア

2024年03月26日 22時34分02秒 |  〃  (国際問題)
 東南アジア諸国は、日本にとっても重要だし世界的にも大きな意味を持っている地域だ。東南アジアは文化的、宗教的に一律には語れない多様性を持っているが、政治情勢も複雑。今回はいくつかの国に絞って「ネポティズム」(縁故主義)という視点で考えてみたい。この地域の10か国でASEAN(東南アジア諸国連合)を作っているが、現時点で最も重大な問題は「ミャンマー情勢」である。昨年来大きな変動があったが、今回は取り上げない。また今も一党独裁を続けるヴェトナムラオスも触れない。

 インドネシア大統領選挙が2月14日に実施され、選挙結果がようやく3月20日に発表された。もちろん選挙前から当選確実だったプラボウォ国防相が当選した。(なお、次点候補が異議を申立てている。就任は10月ということで、何とも悠長な国である。)プラボウォ氏は実に3度目の挑戦で勝利したことになる。2014年、2019年の大統領選にも出馬したが、現職のジョコ・ウィドド大統領に敗れていた。関心がある人には周知のことだが、プラボウォ氏は独裁者として知られたスハルト元大統領の次女と結婚して、スハルト時代に軍人として権勢を振るった。しかし、独裁崩壊後に軍法会議で軍籍をはく奪されてしまった。
(プラボウォ次期大統領)
 そこでプラボウォのキャリアも終わったかと思われたが、事実上のヨルダン亡命を経て実業界、政界に進出して成功した。そして全国の農民を組織して新党を樹立、大統領候補と言われるようになった。2014年、2019年の大統領選に臨むも惜敗したが、その後にジョコ政権の国防相に就任して、影響力を増した。72歳と高齢だが、今回はなんとジョコ大統領の長男ギブラン・ラカブミン・ラカ(ジャワ島中部のスラカルタ市長)を副大統領に擁立するという奇手を用いて、ジョコ大統領支持層を取り込んだとされる。プラボウォ氏は保守的で伝統的イスラム層に支持され、ジョコ氏は都市部中間層や非イスラム層の支持が厚かった。

 インドネシアで注目されるのは、過去の独裁時代の記憶が薄れつつあることだ。それはフィリピンでかつての独裁者フェルディナンド・マルコスの長男、フェルディナンド・マルコス・ジュニア(通称ボンボン)が2022年に大統領に当選したことでも似たような事情が見て取れる。プラボウォはジョコ長男を通して、現職支持層にも浸透した。ジョコ氏は「庶民派」というイメージで売っていたが、このような血縁主義ネポティズム)に抵抗できなかった。
(ボンボン・マルコス)
 ネポティズムという概念は、血縁で結ばれた関係者を政治的に優先させる政治を指す。前近代では同族支配が当然だったが、近代社会では「能力主義」が原則になっている。だが特にアジア社会では、有力者の血縁にあるものが権力に近くなることがよくある。日本だって与党議員のほとんどは「二世」「三世」だし、韓国でも大統領縁故者が引退後に摘発されることが多い。中国は政治制度が違うため血縁ではないけれど、習近平政権ではかつて部下として仕えたような個人的関係者を優先する傾向が見られる。

 日本の場合は国会議員に当選するためには、親の知名度がある方が有利となる。だが当選しても、国会議員一期の議員が総理大臣に選ばれることは普通はない。党の中で段々と階段を上っていき、その間にリーダーとして相応しいかどうか検証される。それに対して、東南アジア諸国では直接に最高権力者に登ることがある。最近の例ではカンボジアがそうだった。カンボジアでは1985年にフン・センが32歳で首相になり、2023年まで38年間の長期政権を保っていた。2023年7月に野党を排除したまま総選挙を実施して、与党が勝利した後でフン・セン首相は辞意を表明し、後継には長男のフン・マネットが就任した。
(フン・マネット首相)
 フン・マネット(1977~)は陸軍司令官で政治経験はなかった。アメリカ、イギリスへの留学経験があるというが、どういう政治思想を持っているか知られていない。2021年に父親から後継指名を受け、そのまま後継首相となったのである。これでは「北朝鮮」と同じような「一族支配」に近くなる。カンボジアではかつて1970年代のポル・ポト政権下で、大虐殺が起こった。その復興には日本を含めて国際的な支援が行われたし、我々もずいぶん一市民としてできる応援を続けてきた。なんでこんなことになってしまったのか、僕には全く判らない。アジア社会とネポティズムは非常に重大な問題で、今後も考えて行きたい。
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岡真理『ガザとは何か』を読むー肺腑えぐる告発の書

2024年03月05日 22時26分53秒 |  〃  (国際問題)
 岡真理ガザとは何か』(大和書房、2023.12.31刊、1400円+税)を読んだ。講演の記録だから読みやすいけれど、内容が重いのでなかなか一気に読めない。それでも「読まなければならない」と思う多くの人々が手に取っている。2023年10月7日のハマスによるイスラエル越境攻撃、それに対するイスラエルの全面的ガザ攻撃。その事態に対して、岡真理氏(早稲田大学文学学術院教授、京都大学名誉教授)の講演が10月20日に京都大学、10月23日に早稲田大学において緊急に実施された。その当時から非常に評判になって書籍化を望む声が高かったが、年末に早くも出版されたのである。

 この本は「イスラエルにもハマスにも問題がある」などと解説する本ではない。今回の事態を今回だけで見ていては本質を見誤るという前提に立ち、イスラエルの建国から説き起こし、特にガザの全面封鎖の国際法違反が告発されている。イスラエルによる占領が建国以来続いていて、パレスチナ側には抵抗する権利がある。確かにハマスには戦争犯罪にあたる行為があると書かれているが、それをもって「どっちもどっち」と考えてはならない。問題の本質はイスラエルの国家体制にある。その意味では「ガザとは何か」という書名になっているが、この本の正しい書名は「イスラエルとは何か」なのである。
(ガザ地区)
 パレスチナの抵抗権という視点から、今回の事態はイスラエルによるジェノサイドであると明確に認定している。それに加担する米欧諸国、追随する日本の姿勢も告発する。それとともに、自らも含む世界の無力、そして「見て見ぬ振り」が大きな犠牲をもたらした。そのことを厳しく指摘する。僕は「イスラエルとパレスチナ」という観点からは、この本に書かれていることは全く正しいと考える。ただいくつかの留保点もある。アラブ諸国は何をしているのだろうか。南アフリカは自らの経験から、イスラエルの「アパルトヘイト」(人種隔離政策)を鋭く告発している。それにも関わらず、近隣のアラブ諸国は何をしているのだろうか。
(ガザ拡大図)
 僕はその当時に書いた記事で「周辺アラブ諸国がともに立つことはない」と書いた。それはハマスとはムスリム同胞団だからである。エジプトのシーシ政権、シリアのアサド父子政権は成り立ちが全然違うけど、ムスリム同胞団が最大の政敵だという点では共通している。パレスチナ人一般の「抵抗権」は抽象的にはアラブ諸国が承認するだろう。だがガザ地区を支配する「ハマスとは何か」という問題も問わない限り、今回の事態の行く末を見通すことが出来ないと思う。
(岡真理氏)
 ところで日本の一般市民に何が出来るだろうか。ここでは「BDS運動」というものが紹介されている。「ボイコット、投資撤収、制裁」運動 (Boycott, Divestment, and Sanctions)の略語である。かつてアパルトヘイトを続ける南アフリカに対して、貿易、投資をしないというボイコット運動があった。日本企業は人権意識が低く、欧米企業が関与を控えた結果日本との貿易が増大した時期もあった。僕はその当時に抗議集会に参加したことがある。イスラエルとの関係においても同じような呼びかけがあるという。(Wikipediaに詳細な紹介がある。)日本政府や大企業は近年イスラエルとの「防衛協力」に積極的だが、そういう企業を批判する運動が必要だろう。(イスラエル内反体制派による文学、映画などは例外と考えている。)

 それと同時に、僕は長年ハンセン病問題冤罪問題を見て来て、マスコミが全く報じず「見て見ぬ振り」を続けるのはよく知っている。ハンセン病国賠訴訟や袴田事件再審開始などのトピックの時だけ、集中豪雨的報道が起こるのである。ガザの戦争も時間が経ち、今では報道も少なくなってきた。テレビニュースは「本日の大谷翔平」に長い時間を掛けるが、「本日のガザ」や「本日のウクライナ」はほとんど触れなくなってしまった。それはどんな問題でも似たような構図がある。絶望していても仕方ない。自分に出来ることを続けるしかないし、その出来ることの一つはこの本を買うことだ。それは著者や出版社への応援になる。そして僕が今やっているように、この本のことを発信することである。1500円ぐらいなんだから、一回何かを控えれば買えるはずじゃないか。
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インド、「世界最大の民主主義国」は「厄介な大国」になったのか

2024年02月27日 22時11分48秒 |  〃  (国際問題)
 国際情勢を書く時は、つい現時点で大きな動きがある地域を中心に考えることが多い。それと「超大国」で日本にとって死活的重要性があるアメリカ中国について書くこともある。だが、それでは見落としが出て来る。自分が特に関心がある東南アジアについて書きたいと思っているんだけど、数回かかりそうで時間が取れない。今回は単発でインドについて考えてみたい。

 2024年は国際的に「スーパー選挙年」と言われている。アメリカロシアの大統領選がある。人口世界4位の巨大国家インドネシアの大統領選はすでに実施された。そしてインドの国会議員選挙も4月から5月に行われる予定である。インドはイギリスや日本と同じ議院内閣制の国で、名目上の大統領がいるが政治の実権は首相が握っている。

 インドで「国民会議派」のネルー=ガンディー一族がずっと首相を務めていたのはずいぶん昔の話だ。インド独立の英雄、ジャワハルラル・ネルーは建国の1947年から死亡した1964年まで、娘のインディラ・ガンディーは1966~1977、1980~1984年に首相を務めた。インディラ暗殺後は長男のラジブ・ガンディーも1984~1989年まで首相を務めた。だが、その後の35年間で国民会議派はナラシンハ・ラオ(91~96)、マンモハン・シン(04~09)の10年間しか政権に付けていない。

 近年は「インド人民党」(それ以前はジャナタ・ダル)という右翼政党が選挙に勝つのである。この政党は「インド独立の父」であるマハトマ・ガンディーを暗殺したナトラム・ゴドセが所属していた「民族義勇団」が源流になっている。ヒンドゥー至上主義を唱え、ガンディーがインド分裂を避けるためイスラム勢力に妥協するのを嫌って暗殺した。現首相のナレンドラ・モディ(1950~)も若い頃に民族義勇団に所属していた。
(2019年に選挙に勝利したモディ首相)
 インドの下院は小選挙区制の543議席で、そのうち2019年の総選挙ではインド人民党が303議席と圧勝した。(2014年は282議席。)国民会議派はわずか52議席の小政党になってしまった。その他地方政党も多いが、与党は328議席、野党は214議席となっている。上院は与党が少数らしいが、首相指名は下院の権限である。経済発展とイデオロギー的支持があいまって、今年の総選挙も与党有利でモディ首相が再選されると想定されている。(インドの首相に任期の制限はない。)
(インドと中国の人口)
 インドの国際的影響力はここ数年で格段に上昇している。政治的、経済的、文化的にインドの話が取り上げられることが多くなっている。人口は2023年に中国を抜いて世界1位の14億2860万人になったとされる。中国は14億2570万人という。この人口爆発は今後地政学的に大きな影響を与えると思われる。ただインドの発展が良い方向にばかり進んでいるのかという声も聞こえてくる。東京新聞は2月18日に「週のはじめに考える インドは民主主義国か」という長い社説を掲載した。少し抜粋すると、

「最大の問題はモディ政権の「ヒンズー至上主義」への傾斜です。国民の8割を占めるヒンズー教徒の優遇政策が露骨で、少数派のイスラム教徒は苦境にあります。最近、インド北部のアヨドヤで、モスク(イスラム教の礼拝所)の跡地に大規模なヒンズー教寺院が建立されました。1月の落成式に出席したモディ首相は「何千年たっても人々はこの日を忘れないだろう」と熱っぽく語りました。」

「メディアや野党への弾圧姿勢も目立ちます。ジャーナリスト、パラグミ・サイナート氏は、月刊誌「中央公論」1月号の対談の中で「批判すれば家宅捜索や収監という惨憺(さんたん)たる状況だ」と証言。政権に批判的な番組を放送した英BBCも現地拠点が家宅捜索を受けました。インドは国際NGO「国境なき記者団」の世界報道自由度ランキングで02年には80位でしたが、23年は161位と、かつての見る影もありません。」

 このような人権状況への懸念が最近は聞かれるようになったのである。日本ではまだ大きく報道されることは少ないが、かつての「少数への寛容」は消え去り、民族主義的な主張が強くなっている。自国文化に反する(と考える)外国文化の受容が制限され、保守的な風潮が強まっている。これはロシアのプーチン、トルコのエルドアン、日本の安倍晋三などと共通性のある政治姿勢だ。

 インド映画も最近はよく公開されるようになったが、今も上映が続く大人気ヒット作『RRR』なども、モディ時代を象徴するかのようなヒンドゥー至上主義的な歴史観で作られていた。日本では面白いということで評判になって(確かに面白いけれど)、歴史改変的な反英運動を大々的に描いている。韓国映画や中国映画にも自国中心に歴史を書き換えたような映画はあるが、インドもそうなってきたのかもしれない。何しろ独立運動の中心だったはずの国民会議派やガンディーは全く消されているのである。
(『RRR』)
 インドは領土問題を抱えているので、中国の友好国にはなれない。その点で、米日豪と「中国包囲網」的な関係を築いている。しかし、インドが果たして「民主主義国」なのかと問う先の社説が出て来るだけの理由がある。確かに普通選挙がある点で中国よりは「民主的」かもしれないが、今後のインドがどうなっていくは要注意だ。ロシアとは友好関係を続けていて、ロシア産原油がインドを通じて世界に輸出されているらしい。ロシアを経済的に支えつつ、アメリカと協力するという「ぬえ」のような、「厄介な大国」になってきたかもしれない。日本はインドの中に少数派の声を世界に届ける役割を果たすべきだと思う。
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