2011年から続いてきたシリア内戦が重大局面を迎えている。11月27日に反体制派勢力が大規模攻撃を開始し、重要都市のアレッポやハマが陥落したと伝えられた。12月8日には首都ダマスカスに侵攻を開始し、アサド大統領は権力を放棄して体制が崩壊した。大統領を乗せた飛行機で国外に脱出したと伝えられ、結局ロシアへの亡命が認められたと発表された。
いま「重大局面」と書いたが、これは「シリア内戦終結」ではないのかと思う人も多いだろう。僕もそうなれば良いとは思うけど、簡単には楽観できないと考えている。今回あっという間にアサド政権が崩壊した状況にはまだ謎が多い。確かに1975年の「南ベトナム」崩壊、2021年のアフガニスタンのガニ政権崩壊などを思いおこせば、一度崩れ始めた体制は思った以上に早く倒れるという法則性が見られる。「政権を支える軍隊」が負ける戦いに嫌気がさし機能しなくなるからだ。
シリア内戦に関しては今まで何度か書いているが、それもずっと前。ここ数年は「一部を反体制派勢力が支配するものの、国土の相当部分はアサド政権が支配」という状態で膠着していた。2015年3月に書いた『シリアはどうなるか-IS問題⑥』では、「(2012、13年段階の)情勢分析としては、アサド政権はしばらく崩壊しないだろうという予測を書いた。その当時にはアサド政権が今にも崩壊するという予測が多かった」と書いている。アメリカのオバマ政権がアサド退陣を求め、日本の安倍首相も同調していたので、日本国内にもアサド政権の命運は尽きたと思った人がいたのである。
国際政治のリアルな現実からすれば、「ロシアとイランが支持するアサド政権」がそんな簡単に崩壊するはずもないことは現実的には自明のことだった。実際にその後10年以上アサド政権が持続したわけだが、では今回なぜ簡単に崩壊したのか。それは「国際政治のリアルな現実」の方が激変したのである。ロシアはウクライナ戦争に集中するためにシリア駐留兵力を減らしたという。イランもレバノンのシーア派組織ヒズボラがイスラエルの集中攻撃を受けて壊滅に近く、シリアを支えることは出来なかった。それにしてもロシアが何もせずに政権を見限ったのは、反体制派がロシアの軍事利権を今後も「保証」した可能性もある。
もちろん客観的状況を見極めて、大攻勢を掛けた「ハヤト・タハリール・シャム」(HTS=シャーム解放機構)の力量を評価しないといけない。この組織はアル・カイダ系の「ヌスラ戦線」が前身で、アメリカはテロ組織に指定している。しかし、近年はアル・カイダとは絶縁し、より広範な勢力を集合してアサド政権打倒を目指すと言ってきたようだ。実際に政権を担うとどうなるかは不明というしかない。反体制派と言っても四分五裂状態で、反アサド一点で結びついてきた感じが強い。
反体制派の中には西欧的な市民社会を目指す勢力もあるけれど、大部分は「イスラム主義者」に近いと思っていた方が良い。イランのシーア派とは違い、シリアで多数を占めるスンナ派が多い。アサド政権を支えてきたのは少数派の(シーア派に教義上近い)アラウィ派なので、今後アラウィ派への迫害が始まり、宗派対立が起きる可能性も否定できない。「内戦内内戦」、あるいは「第二次シリア内戦」の始まりということになる可能性も考えておくべきだ。
シリアは第一次大戦の敗北でオスマン帝国が崩壊した時に作られた人工的国家である。というか、独立を認められず「フランス委任統治領」となった地域で、独立したのは第二次大戦後の1946年。東にあるイラクはイギリスが支配したのち、1932年にハシム家によるイラク王国として独立した。第二次大戦後は欧米が支援するイスラエルが建国されたので、米ソ冷戦時代にはソ連がアラブ諸国を支援することが多かった。1950年代にはイスラム教と社会主義は両立するという勢力が強い影響力を持っていた。
その時代を象徴するのが、イラクとシリアで政権を担ったバアス党(アラブ社会主義復興党)である。イラクのフセイン政権(米英のイラク戦争で崩壊)とシリアのアサド政権は、そのバアス党から出て来た独裁政権だった。一方で反アサド政権の主流となってきたのは、スンナ派イスラム主義者の「ムスリム同胞団」だった。今後、長い目で見ればイスラム勢力が強力になると見ている。それはイランやイスラエルなどにも影響を与えざるを得ない。どうなるのか予断を許さない。
アメリカのバイデン政権は事実上「政権移行期の暫定政権」化している。歴史的に関わりが深いフランスのマクロン政権も内閣が不信任を受けて外交に力を注げる状況ではない。ドイツのショルツ政権も2月の総選挙で敗北が決定的で「選挙管理内閣」の状況。本来ならシリアの今後に大きな影響を与える主要国が軒並み影響力を発揮出来る状況ではない。そんな「世界的権力空白期」になっていると認識する必要がある。そうなると、アフリカなど他国でも思わぬような事態が起きるかも知れない。(中国は経済不振が続くとはいえ、習近平政権自体は当面揺るがず、従ってアジア情勢は当面大変動はないと考えられる。)