荒毛反魂草は、すごい名前ですが、こんなにかわいい花です。
長い年月、生協に入っています。
子どもが小さいとき、強い食品アレルギーで、食品や環境について、いろいろと考えるようになりました。
初めは自然食品屋さんで選んで買っていました。
今の生協と出会った時、勧誘した職員の人が、
「自然食品屋さんはたくさんある。生協はそれとは違う。
無農薬で農家が作っても、買う人がいなければ、農家はやっていけない。
生協は組合員が、安全な食品を作ってほしいと農家にお願いして、契約して作ってもらうから、そこでできた作物を買い支える。
組合員自身の安全への意識レベルが下がったら、農薬や薬品を使ってある作物ができる。ただ買うだけだったら、自然食品屋さんに行けば良い。
生協は、農家の人と買う人との共同作業。私たちが買い支えるから農家の人は安心して無農薬の田や、畑を増やすことができるんです。」
安全な食品をつくってよ。といってもコストが上がる。コストが上がると値段が上がる。上がるといくら生協にはいっているからといっても買えない。
値段と折り合いながら、少しずつ安全な食品を増やしてきました。
農家にも実際に行って、無農薬で作るための工夫や、苦労を体験したりもしました。村ぐるみで無農薬に取り組んでいる農家もあり、取れた作物で一緒にバーベキューをたのしんだりもしました。
狂牛病、台風でりんごが壊滅状態になった時など、その都度喧々諤々の話合いをして、不安の中にも解決策を探し、産地の人と信頼関係を築き、買う側の私たちもお互いに勉強したり、情報を渡したりもしてきました。
今回の原発事故でも、7月に福島、茨城、栃木、千葉、群馬、東京、神奈川、静岡の自主検査を行い、公開されました。
結果、生協の買っている野菜は、ほとんどが不検出でしたが、茨城のさつまいもだけが、セシウム209ベクレルを検出しました。(国作付け制限の判断基準は5000ベクレル)
今は収穫時期ではないので、まだ出荷されていませんが、また再検査をすることになっています。
ごまめの歯軋りでも良いから、少しでも安心できる環境を子どもたちに残せれば、と言う思いで始めた活動ですが、全てを台無しにされたような気持ちと、この活動だけでは、甘かったという後悔と無力感。
私でさえ、こうなのに農家の人の悔しさはどれほどだろうとも思います。
経済のためには脱原発は無謀。と言われますが、これほど壊滅的な被害を及ぼし続けている技術に手を染める前に、まだできることやりきっていない。そんな気が私にはするのです。
長い年月、生協に入っています。
子どもが小さいとき、強い食品アレルギーで、食品や環境について、いろいろと考えるようになりました。
初めは自然食品屋さんで選んで買っていました。
今の生協と出会った時、勧誘した職員の人が、
「自然食品屋さんはたくさんある。生協はそれとは違う。
無農薬で農家が作っても、買う人がいなければ、農家はやっていけない。
生協は組合員が、安全な食品を作ってほしいと農家にお願いして、契約して作ってもらうから、そこでできた作物を買い支える。
組合員自身の安全への意識レベルが下がったら、農薬や薬品を使ってある作物ができる。ただ買うだけだったら、自然食品屋さんに行けば良い。
生協は、農家の人と買う人との共同作業。私たちが買い支えるから農家の人は安心して無農薬の田や、畑を増やすことができるんです。」
安全な食品をつくってよ。といってもコストが上がる。コストが上がると値段が上がる。上がるといくら生協にはいっているからといっても買えない。
値段と折り合いながら、少しずつ安全な食品を増やしてきました。
農家にも実際に行って、無農薬で作るための工夫や、苦労を体験したりもしました。村ぐるみで無農薬に取り組んでいる農家もあり、取れた作物で一緒にバーベキューをたのしんだりもしました。
狂牛病、台風でりんごが壊滅状態になった時など、その都度喧々諤々の話合いをして、不安の中にも解決策を探し、産地の人と信頼関係を築き、買う側の私たちもお互いに勉強したり、情報を渡したりもしてきました。
今回の原発事故でも、7月に福島、茨城、栃木、千葉、群馬、東京、神奈川、静岡の自主検査を行い、公開されました。
結果、生協の買っている野菜は、ほとんどが不検出でしたが、茨城のさつまいもだけが、セシウム209ベクレルを検出しました。(国作付け制限の判断基準は5000ベクレル)
今は収穫時期ではないので、まだ出荷されていませんが、また再検査をすることになっています。
ごまめの歯軋りでも良いから、少しでも安心できる環境を子どもたちに残せれば、と言う思いで始めた活動ですが、全てを台無しにされたような気持ちと、この活動だけでは、甘かったという後悔と無力感。
私でさえ、こうなのに農家の人の悔しさはどれほどだろうとも思います。
経済のためには脱原発は無謀。と言われますが、これほど壊滅的な被害を及ぼし続けている技術に手を染める前に、まだできることやりきっていない。そんな気が私にはするのです。