音楽の喜び フルートとともに

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2022-06-05 20:48:10 | ロマン派
背割堤の桜も青葉です。
今日は次男に置いていかれました。
朝早くから職場の先輩たちと千早赤阪村のニジマス釣り。
地元で買い物をしているとLINEで「大当り!」の通知。

大漁のおこぼれを焼き魚に。
男料理はいいなあ!
任せとけば、練習も進むし。

鱒といえば、この曲。
フランツ シューベルト(1797-1828年)オーストリア大公国リヒテンタール生まれ、オーストリア帝国ウィーン没

の「鱒」
前にも歌曲のご紹介は書いています。簡単にもう一度。

【歌詞のあらすじ】
私が見ていると川には鱒が自由に泳いでいます。
川の水は澄み切っています。
釣り人がやってきて、卑怯にも川の水をかきまわし濁らせ、そのせいで鱒は釣り上げられてしまいます。
私は腹をたて、罠に落ちた鱒を見ていた。

とおわります。

クリスティアン フリードリヒ シューバルト(1739-1791年)神聖ローマ帝国オーバーゾントハイム生まれ、神聖ローマ帝国シュトゥットガルト没
の詩に曲をつけました。その時についていた最後の節、「お嬢さん、どこに罠があるかわかりません。気をつけないと怖い目に会いますよ。」
という部分をシューベルトは除いています。

シューバルトは、自由主義者で雑誌に記事を連載し、ヴュルテンベルク公
カール オイゲン

の怒りを買い、10年間投獄されています。

釣り人をカール オイゲンや体制の保持者。

鱒をシューバルトや自由を求める人々、罠にかけられ虐げられる人々。

彼らを怒りを持って見つめている
シューベルトとすると、詩は、普遍的な深い意味を持ってくると思うのです。

彼はモラヴィアから移住した貧しい農家の家系で、雇われ教師の父の息子で幼いときは教会の聖歌隊でまなび、長じては奨学金で学び、貧困を見かねた学友から五線紙を買うお金を貰って苦学しました。

その部分を省いたのに、わざわざ入れた解釈をするのは、シューベルトの意志を曲げた解釈に思えますが、みなさんはどう思われますでしょうか?
 
1819年22歳でピアノ五重奏曲を作曲しています。
その中で第4楽章を歌曲の「鱒」のテーマを変奏曲にしています。