風邪の為、自宅待機中に12月に入りました。
今週はレッスンもキャンセル。週末のコンサートに備えます。
コロナでもなく、インフルエンザでもなく、喉が痛い風邪です。
家族全員かかり、私が最後。
うちだけかと思ったら、FBの友だちも同じ喉が痛いだけの症状の風邪にかかり、抗原検査2度受けたけれど陰性。熱はなくだるくてつらい。
同じ経過です。
時間が経つと鼻水、咳。こうなるともう少し。
今ここです。
ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー(1840-1893年)ロシア帝国ヴォトキンスク生まれ、ロシア帝国サンクトペテルブルク没
「四季」は1875年
サンクトペテルブルクの音楽雑誌「ヌーヴェリスト」月刊誌の依頼に答えて1年間詩人とコラボ、連載しました。
12月の詩人はヴァシーリー アンドレーヴィチ ジェコーフスキー(1783-1852年)ロシア帝国トゥーラ ミンシェンスコエ村生まれ、ドイツバーデン=バーデン没
父は地主貴族プーニン家の一員、母は露土戦争の捕虜のトルコ人で使用人でした。
非嫡出子なので下流貴族のジェコーフスキー家と養子縁組しました。
プーニン家に連なるものとして教育を受け、モスクワ大学で学びました。
1802年ヨーロッパ雑誌「報知」にトマス グレイの「墓畔の哀歌」を翻訳して紹介。
ドイツロマン主義をロシアに入れ、評価が高まります。
大公妃アレクサンドロ フョードロブナや皇太子後のアレクサンドル二世の傅育官を任じられ、1860年ロシアにおける自由主義的な改革に貢献しました。
高位を利用し自由主義の作家を擁護し、プーシキンの作品を出版し、ゴーゴリを育てました。
ロマン主義を影で支えました。
1841年、退任するとドイツに移住。58歳でドイツの娘バルト(18歳)と結婚2子をもうけ、69歳で亡くなります。
12月 クリスマス
ある年の洗礼祭の夕べ
娘たちが恋占いをしていた
片方の靴を脱ぎ捨てて
門の外に放り出して
これから チャイコフスキーの組曲「くるみ割り人形」から「花のワルツ」なども 聴きたくなる季節だなと思いました。
ワールドカップ、日本はスペインに勝って決勝トーナメント進出です。2点目のゴールを決めた田中碧は鈴木愛理さんとお付き合いしています。らららクラシックに出演している鈴木愛理さんです。清塚さんもこの二人のことを知っているはずだから、びっくりしているでしょう。
ロシアのワルツは、ウィンナワルツと違って重く、暗い目が多いですね。
花のワルツやくるみ割り人形、楽しみですね。このクリスマスの定番曲を心の底から楽しめるのはいつでしょう?
キーウ劇場でも定番の曲でしたのに。
ワールドカップびっくりしました。
鈴木愛理さんがそうなのですね。
サッカーは詳しくないのですが、二人にとってもおめでたいですね。
お幸せを祈りたいです!