音楽の喜び フルートとともに

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性情報

2009-06-19 20:34:35 | 子ども

緋扇水仙が今年も咲いています。この緋色が初夏の空に映えています。
いつも、この共有の庭を手入れされているご婦人方に感謝です。

昨夜はかなり怒っていました。この問題についてはずっと以前から怒っています。
10歳以下の子どもたちに接していると、ポルノ情報に子ども達が大量にさらされていることを感じずにはいられません。子ども達は良く知らないまま、日常的に性的な言葉を相手を侮蔑したり、傷つけるために使っています。

科学的な性の情報を、知らされないまま、テレビ、漫画、インターネットあらゆるメディアを通して、どれだけたくさんの性の歪んだ一面的な情報が子ども達の目に入っているか!

本来、性の情報は、「体や、健康を守るために必要な科学的知識」です。

ポルノ情報と性の科学的情報を混同している一部の大人たちのために、子ども達にその情報が届けられないのは、悲劇というしかありません。WHOの調査によると、性の科学的知識を教えられている子ども達は、初体験の年齢が、教えられていない子ども達に比べて30㌫は遅いそうです。正しい知識は健全な判断材料と身を守るすべを子どもたちに与えます。

インターセクシュアルの子ども達は10人に一人はいます。1クラスに、4人はいる確率です。ゲイに関する侮蔑語がマスコミにはあふれています。そういう子ども達の自殺率は20%も高いそうです。

私達は、よく見えにくい身分制度のなかに未だに生きています。それは、多数派や、社会的力を持っている人たちには常に感心を寄せ、寛容で、少しの侮辱も赦さない。しかし、少数派や、社会的力をあまり持っていない層への無関心、無神経、不寛容には恐ろしいものがあります。侮辱と気づかないままに傷つけてしまう。
それに対してはそれを試練として受け入れ、自らが強くなるという対処法しか残されていません。しかも孤立したまま。なぜなら、知らないものは繋がりようがないから。

性虐待はダブルスタンダード、大人の楽しみポルノは野放し、性の健康の為の科学的情報は、子どもを守るためという名目のためにふたをしてしまう土壌の中に、再生産され続けていると私は思っています。


警察庁の決断

2009-06-18 22:15:40 | 子ども

写真がわかりにくいかもしれませんが、大きな大きなダリアでした。子どもの頃、私の家の庭に咲いていました。初めて見た洋花だったかもしれません。今でもその生命力に満ちた姿をはっきりと覚えています。

ネットでの児童ポルノの取り締まりに警察庁が18日全国の警察に通知しました、ようやく本腰を入れるらしいです。
日本は本当にポルノに甘い国です。
児童ポルノは嗜好や、趣味の問題ではなく児童虐待であり、犯罪です。

「画像の作成過程で、性的な攻撃で児童を傷つけ、閲覧されるたびに再び傷つける」(2007年G8司法・内閣閣僚宣言)

イギリスやアメリカでは、警察の中にチームがあり、画像の解析を行い、小さな影や、わずかな手がかりで児童を発見し保護したり、関った大人を逮捕したりしています。同好のサイトを検挙したところ、メンバーの3割が実際に性犯罪を犯していたそうです。

性的虐待を受けている子どもを、ネットで公開し、それを閲覧することを放任していることは、社会の大人すべてが虐待に加担し協力していると子どもには思える状況です。
これは異常な社会です。
今までも性的虐待はありましたが、これほど、公けで、数限りなく氾濫している時代というのは、無かったと思います。ネットが恐ろしいパンドラの箱を開けてしまったのです。

自由と言う名の下に、児童ポルノを大人が楽しんでいる間に、その子どもは地獄の生活を送り続けているのかもしれません。もし児童が保護され、関係者が逮捕されたとしても、ネット上に一度載ってしまった画像は、いつ何処で保存され、再生産されているのか。誰にもわからず、児童は一生涯、その影におびえ続けなくてはなりません。
自由とは誰かに支配されることなく、自らが自らの主人である。自分自身を律することの出来る、責任を負うことが出来る大人が、持つことの出来る権利だと思います。
好き勝手に、子どもを道具にするのは、自由ではなく、人権侵害であり、暴力以外の何ものではないと私は思います。

警察庁の決断に、今回は拍手したいと思います。・・・スピードは遅いと思いますが、司法はもっと遅い。早く多分野で連携協力し、大人として私も児童ポルノ根絶をめざしたいと思います。


かぼちゃ

2009-06-17 22:15:36 | Weblog

イタリア料理ではかぼちゃの花のつぼみをリゾットを入れて食べるそうですが、流通していなので、かぼちゃ畑を持ってないと食べられません。今日の夕食はかぼちゃのゆでたの。もちろん実の方

戦時中は芋の蔓まで食べた。と言う話をよく母がしてくれます。父は田舎の農家だったので、食糧事情は悪くなかったそうですが、母は大阪市内。持っている土地にサツマイモを植えてそれでしのいだそうです。
戦後もさんざんで、おはぎを頂いて喜んで食べたら,砂糖がなくて、塩でつくってあったとか、給食のスキムミルクを溶かしたのに、にんじんが入ったのが給食で出て、あまりに臭くて飢えていても、食欲が出なかったけれど、それでも鼻をつまんで飲んだとか。

経験は悲惨だけれど、にんじんをスキムミルクにいれようとか、おはぎに塩をいれようとか、芋の蔓を食べようとか、今の私達は思いつきもしない。
それが失敗か成功かはともかく、自分が普段、思いつかない発想にないことを、やってみるというのは、時々は必要かもしれない。

私の仕事仲間にこんな人がいます。私が彼女体を心配して「大変じゃない?かわろうか?」というと「私にやれないというの?!」と怒ってしまう。彼女は仕事が好きなので、私に良かれと「あれとこれやっといてね。」と私にいうと「わかった。」と言いながらそんなに一杯頼まれるのが負担な私は憂鬱。

この言葉を聴いて怒ったり憂鬱になるなんて、お互い発想にもない。二人とも自分が言って欲しい言葉、自分なら喜ぶだろうと思う言葉を相手のために掛け合っているだけなのに。それで、いつももめてしまう。

けれど、何度ももめているうちに、段々、ああ同じ言葉の解釈が、違うんだ。ということがわかってきて、それでももめてしまうけれど、時々はちがうパターンや言葉をかけあってうまくいったり。
こんなことが人生おもしろいってことなんだな。と時々思ったり


自力整体

2009-06-16 22:18:05 | Weblog

生徒さんのやっていらっしゃる自力整体教室で、フルートを演奏させていただきました。

整体というと、マッサージしてもらうみたいなイメージがありましたが、自分で体を動かしながら、骨盤の矯正や、右足の土踏まずをもう片方の足のかかとで、マッサージするポーズなどがあって、あくまでも自分でバランスを整えていきます。自力と名打つだけあります。

*自力整体 京阪牧野駅徒歩1分 岡田ビル2階 火曜日

その場の持つ空気でしょうか?音が静かにゆったりと部屋中を回るのが感じられて、演奏していてとても気持ちがよかったです。

朧月夜と、赤とんぼ。

「胸に染み入るような演奏だったね。」「今日きてよかった。」なんて言葉をかけていただいて、本当にうれしかった。

体のバランスを心がけていると、自然に心のバランスも取れてくるようです。演奏も、筋肉や骨のバランスが悪いと音にテキメンに現れてしまいます。演奏家は実は体に効くいろんなことをやっています。
アレキサンダー、フェルデンクライス、ピラティス、ヨガ。自力整体も中々いけそうだと思いました。


ベルリン・フィルと日本人

2009-06-15 21:41:48 | 音楽

一週間、台湾に行ってた夫が、昨夜帰ってきました。これは台南ラーメン、ゆでイカ、豚足のロースト、台湾ソーセージ、台湾ビール4本 二人分400元×3円=1200円位。ラーメンはおいしかったけれど、日本人には他のメニューは甘い目だったらしい。なぜか、仕事以外の写真はこれだけ。
お土産はやっぱりお茶とからすみ。
日本と同じく、不景気で給料減ったり、お休みが増えたりだそうですが、悲壮感はなく、人々は明るいそうです。

日経にカラヤンのことが載っていました。(ベルリン・フィルと日本人2 山崎浩太郎)
ナチスが起した戦争と虐殺の惨禍はドイツ人の心に深い心の傷を残し、自らの文化とその観念的な価値に対する、強い懐疑を生んでいた。・・・・カラヤンは文学や哲学など他の分野にも精通する知識人であろうとする姿勢をまったく見せなかった。ただひたすらに音楽家であり、・・・演奏の周囲の環境を魅力的に整備して聴衆に提供することに専心した。教養人ではなしに音楽文化の中心にいたこと、いわば壮大な虚無であったことが、かれの特徴である。・・・その演奏は、メロディーと響きの流麗な美しさ、肉厚な迫力において傑出する。機能美の極地・・・質実剛健な工芸品というより工業品といいたくなる、高く安定した品質。かれが率いるベルリン・フィルはベンツやポルシェの自動車のごとく、高性能で高品質のオーケストラとなった。(抜粋)

そして、敗戦で、旧来の価値観が崩壊し次代の国家像も考えぬまま、突っ走った日本のビジネスマン。自分の仕事に誇りを持つ、職業的実務家としてカラヤンにあこがれたのも当然だったと書いています。

アバド、ラトルともう2世代もたったのに、ベルリン・フィルと言えば、やっぱりカラヤン。
アバドのベルディは過分なイタリアチックなルバートも、ラトルのアメリカン路線も定着せず。やっぱりベートーヴェン、ワーグナー、ブラームス。
なるほど、カラヤンの仕事は時代とは無縁ではなく、やはり、ドイツの車が性能で世界中から高値で買われた様に、求められたわけ。しかし、帝王でもない、民主主義の申し子のようなラトルはベルリンフィルに何かの萌芽をもたらしたような気がします。世界の価値観が大きく動いている今、音楽も何処にむかっていくのでしょうか?


生駒狂言鑑賞会

2009-06-14 22:15:37 | 本・映画など

国文学科の学生だった頃、、木村要先生の狂言と言う講義を取っていました。

木村先生は芸名を木村正雄さんといって、狂言師でもあり、重要無形文化財総合指定保持者でもいらっしゃいます。伝統を守るだけでなく、新作の創作狂言のシナリオなども書いておられて、79歳になった今もとても意欲的です。
講義もおもしろかった。日本の芸能が猿楽から、田楽、狂言や能に広がっていく様をとても興味深く教えていただいていました。

そのご縁で、しばらく狂言の案内を頂き、母が好きなこともあって、一緒によく見いかせていただいていました。引越したりもあって、長くいけなかったのが、大学の広報誌で紹介いただいて、久しぶりに音楽であそぼうのあと、母と行って来ました。
自業自得、今日は一日風邪で寝ていました。

茂山千五郎さん、茂山茂さんによる「右近左近」(おこさこ)と木村正雄さん、神澤和明さん、網谷正美さんによる「鐘の音」(鐘の音)
どちらも中世鎌倉時代の作だそうです。狂言はあくまでも庶民のもの。どちらも社会的に力を持たされていない人たちが主人公です。
「右近左近」は右近という男が、隣の左近の牛が1畳の4分の1ほどの稲を食べたことに腹をたて、妻に訴訟をしたいと持ちかけますが、妻は左近と仲が良く、訴訟はあきらめさせられ、嫉妬に狂って、妻を打とうとしますが、逆に打ち据えられて終わると言うお話。
「鐘の音」は主人に息子の成人祝いに鐘を買おうと「鐘の値」を聞いて来いと太郎冠者に命じますが、「鐘の音」と聞き違え、鎌倉中の鐘の音を聴いてまわりますが、主人に怒られると言うお話。

おもしろいのは、狂言は庶民のもの、いつも社会的力を持たされていない人々が主人公。
右近の妻が、少しの財産を鼻にかけ大騒ぎする夫をやりこめるとこに観客は痛快な思いを共有します。
また、太郎冠者の失敗を笑いながら、実は主人のへたくそな命令のおかげで、思わぬ風情のある旅を楽しんだ太郎冠者。主人がどんなに怒っても鐘の音の違いを舞いにする太郎冠者の喜びを取り上げることはできません。思うとおりにならないことに怒る主人の小ささに比べ、鐘の音を楽しむ太郎冠者のほうがずっと人間として大きく思えてきます。

10月21日には東西狂言会が開かれます。また、お出かけください。
http://www.osaka-shoin.ac.jp/


音楽であそぼう!6月

2009-06-14 20:49:10 | 音楽で遊ぼう

金曜日に帰ってから、のどが痛み出し、風邪かしら?と思いながら、土曜日。
やっぱり、痛い、でも今日は、音楽であそぼう!そんなことは言っていられません。

今回はなぜか、男子ばっかり。いつもの女子は、男子が集まっているのをみるやいなや、帰ってしまいました。気を取り直して、音楽であそぼう!

6月は梅雨。ということで、ショパンの雨だれを、Sさんに弾いてもらい、「雨の感じがするか?」きいてもらいました。弾き終って、聞いてみると、「雨の感じがするか、ビミョウ~。」
「ショパンは雨と思って書いたわけではないんです。後から聴いた人が雨だれの感じがするって言い出して、今では雨だれとよばれているんです。」
音楽室には、たくさんの作曲家の肖像がかかっていますが、ショパンはあると思って聞くと、「ないでぇ!」
「そんなはずは?」「あら、ホント無い。」こんなこともあるんです。残念。

「6月にこの辺でよく咲いている花に「アマリリス」があります。
今日はベルでアマリリスを演奏しましょう。」ということで、アマリリス。
やんちゃな男の子達でしたが、6年男子が二人いて、そのうち一人の子どもが、どうもみんなの中で尊敬されているらしい。
「音出すのやめろ!」と鶴の一声で、みんな静かにします。
といっても、ベルをやると言っているのに、ピアノを弾いたり、リコーダー吹いてみたり、
「後で、他の楽器をする時間はあるから、今はベルをやってくれるかな?」と、お願いします。
強制ではないと納得してくると、子ども達は本当に協力してくれるようになってきます。

どの音のベルを持つのかを決めるのがまた大騒ぎ。
「一つの音につき、二人だよ。希望する人が多いときはどうやって決める?」
じゃんけんと言う意見はめずらしくでません。
今回は意外にも「じゃ、おれいいわ。」と譲る子が多いです。
そのかわり、一人が「おれ、マイケルって書いて」「いいよ。」というと、「えーっ!」
「ここでは好きな名前で呼ばれていいんだよ。」と言うと、みんな口々に「フルメタルドラゴンって書いて。」「おれは、サーベルナイトドラゴン。」あっという間に、強そうな名前が並びました。
「いいけど、自分の名前覚えといてよ。」
しばらくすると、またまた他の名前に変えて、と言う要望が・・・音選びで終わってしまいそう。と心配になリ出した頃、「やっぱり、〇〇に変えて。」と本名を一人が言い出し、結局全員がもとに戻って。
不思議ですが、子ども達自信の話し合ったり、決める力に期待して待っていると、どんなにもめても、時間内にすべてのプログラムを終えることができます。

さて、アマリリス。1回演奏してみて、「どう?うまいこといった?もうやめようか?」というと、「もう一回!」
結局、完璧に近くなるまで、繰り返しました。

最後は、かえるのうたを音楽室の中の楽器で、好きなものを使って演奏してもらいました。
さっきの彼はリコーダーを持って、満足しているみたい。「他の曲やりたいっていってたけど、する?」念のため聞いてみると、「いいよ、これで。」

いつものことですが、太鼓群を選んだ子ども達が力いっぱい叩くので他の音がきこえにくい。
「今度は、他の楽器の音を聴きながら演奏してみてくれる?」
今度は、旋律がちゃんと聞こえました。
今回も子ども達のおかげですばらしい演奏を聴くことができました。
感謝感謝


暴言

2009-06-12 20:47:52 | 子ども
今日は、他の児童会のお手伝いに行ってきました。20人足らずで穏やかで比較的落ち着いたところです。
それでも、男の子同士の葛藤が少しありました。

ボールの順番で、「俺の番やろうが!」と3年生の男子が口を尖らせて言いました。
「違うで!」と何人かが言いました。
するとますます、大声で、その子は言いました。「おまえらなんか、あほや!」「だってお前じゃないやんけ。」同じ3年の子が怒ったような声で言いました。

私は、まずいと思って「静かに話してくれる?大声で話したらちょっと怖いから。」と言いました。
途端に、始めの子は、その子を蹴飛ばしました。
「暴力はやめてね。」と間に入ると、蹴るのはやめましたが、
「お前らなんか死ね!」相手は「なんやと!お前こそあほやんけ!」
「暴言はやめてね。穏やかに話そうよ。」

「ぼくの話聴いてよ!」1年の男子も訴えます。
3年二人で話して、彼の話に耳を傾ける子はいません。
「ちょっと待って、この子の話もきこうよ。」と言うと、その子は話さずに大声で泣きました。年長の子達はうんざりした顔でいます。
「あれ?話を聴いてほしかったんじゃないの?そうか、じゃ、泣いてていいから、話したくなったら言ってね。」と言うと、私がジャッジメントすると思っていた子ども達は、ほっとして、続きをします。
泣いている子には、慰め役の子どもがついています。

話合いは続いています。声が大きくなると、「穏やかに話してね。」と言います。
すると、何分かすると、話がついたらしく、みんなで位置につき、3年の一人は泣いた子どものところへ来て、「お前の、番もちゃんとあるから、こっちおいで。なっ!」途端に1年は涙を拭いて走っていってしまいました。慰め役の子どもは、ちょっとあっけにとられて、座っています。
「一緒に遊ばないの?」「・・・・うん。一緒に遊ぶよ。」勢いよく、立ち上がってみんなに入っていきました。

しばらくして、争いを見てはやしていた一人がやってきていいました。

「暴言ってなに?」

「人を傷つけようとして言う言葉。」

「ふーん。」

賢く、パワーのある子ども達でした。

幼虫騒動

2009-06-11 22:54:12 | 子ども
額紫陽花は、結構いろんな種類があります。これは、花が八重になっています。普通の紫陽花より涼しげに感じます。

今朝は、隣の人から、呼び止められて、「見て」と言われて庭をみると、うちの家の庭から塀越えしたアイビーに、親指大のあげはの幼虫が。隣の人は虫がだいきらい。その上、糞まで落として・・・。
「わあ、すみません。」とほうきで幼虫を落とし、糞を掃除しました。
アイビーには通常この幼虫はつきません。スダチの枝についた幼虫がなぜだか、移動したと思われます。
幼虫は食べる葉が大体決まっていて、アゲハは柑橘系しか食べません…しかし、アイビーについたと信じる隣人の情報を入れ替えることはできなく、塀を越えたアイビーは切ってもらうことにしました。

私もいろいろ嫌いなものがあるので、隣人の虫嫌いは責められません。嫌いなものが庭にいるなんて赦せない気持ちもわかります。理屈じゃないもの。

小学校に行くと、門のおじさんが、殺虫剤を手に出てきました。
「虫ですか?」と聞くと、「イラガがでてんで。あれはきっついさかいなぁ。」
確かにイラガはいけません。
プールサイドで虫が這った後に座っただけで、何人もお尻がかぶれました。
触ったりすると、ケロイド状にはれます。

昨年も学校が殺虫剤に、剪定いろんなことをしました。児童会前の泥んこ遊び場にもイラガが這っていて、殺虫剤をまいて殺しましたが、しばらくそのために砂場が使えなかったし、触らないようにと子ども達を納得させるのが大変でした。

私は自分の庭では、子どもへの影響を考えて、絶対に殺虫剤を使わないのですが、あの火傷のようなイラガの被害を考えると、やっぱり考えてしまいます。

私は通常の幼虫は、お箸でつまんで袋に入れて、ごみの日にだしたり、小さいものなら手づかみで捨てたりなんかしています。イラガも殺虫剤を使わずに、何とか処理したいところですが…今年はどうなるかしら?

梅田でレッスン

2009-06-10 21:19:48 | 音楽

お初天神の右近の橘に蝶がとまっていました。雨の中、たぶん羽化したところです。いとおしい

今日のS先生のレッスンは、ヒンデミット、8ピース。
隣同士の音をレガートに演奏するためには、ゆっくり2音づつ聴きながら演奏してみること、音程を探しながら演奏しなくてすむように、ピアノなどで音程を確かめ、調整感覚を養うようにすること。
ゆっくりと演奏してみると、奇妙に思えていたヒンデミットの動きがバッハのように聴こえてきます。
タンギングのtuと言うこと、舌を動かすことにこだわらず、音を聴く、切れているかどうか?を聴きます。

いい音で演奏するには、支える体を作る事が大切です。背筋を鍛えるために、うつ伏せになり、両足を伸ばして上げる、おろす。息をお腹に入れるだけで足が上がるように、上がったら、お腹を張ったまま息を吐く。

もう一つは蹲踞で座り、両手を左右に腰を中心に上下しながら回す。ひざの筋肉を鍛えるために。

そして、最後は楽しんで吹く。

今日はレッスンの後、Mさんとデュオをしました。
Mさんは、20代の頃からの友人で、S先生の門下生です。何年ぶりでしょう?
本当に懐かしい。デュオをしていると、あまりにも違和感がないので、同じパウエルかと思って聞いたら、ミヤザワフルートで、びっくり。音の作り方や、間の取り方が似ているからなのでしょうか?
ドップラーのアンダンテとロンドなんかをさっと合わせられて、楽しくて、時間が経つのが本当に早かった。
すかさず次の予定を入れてしまいました。