音楽の喜び フルートとともに

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絵本の世界

2014-07-16 21:50:33 | 音楽

やっと採れました。完璧ないちご。石の上にも3年。ようやく一個。初めてできた虫食いいちごを食べたので、これは夫に進呈。
甘くておいしかった。そうです。


月曜にピアノのTさんとコンサートの打合せ。
絵本につける音楽を考える続きです。
なかなか難しい。
普通のお話しや、読み聞かせと違うのは、やっぱり音がが中心。
言葉は少なく、音楽を残すことで、絵本の画面とこどもたちが対話する時間が増えます。
絵本の絵一枚の中に、浸り、想像力を働かせ、世界を味わいつくし、深めたり広げたり。
そんな時間をもつことを狙っています。

いろんな曲を試して、言葉がうまく乗るか考えていきます。
言い忘れましたが、絵本も結局作ることになって、今出来ているのはシーンと言葉だけ。
これから絵を描きます。

Tさんと探すのは2日目ですが、やっぱり残ってしまいました。またやります。





アンサンブルレッスン

2014-07-15 22:23:39 | 音楽

カサブランカ、今年もたくさん咲きそうです。去年植え替えをしなかったので、小さいつぼみしかついていなかったので、土壌改良材を入れてみました。肥料も少し。
持ち直したのか、つぼみが大きくなりました。ほっとしました。今度は植え替えてあげようと思います。


日曜の夕方はアンサンブルの体験レッスンに行ってみました。
アンサンブルは、自分一人で吹いている時よりも、もっと能力が必要です。
楽譜通りにちゃんと演奏するだけでなく、自分の音、ほかの人の音を聞き、相手に合わせて変化し、しかし、自分の演奏もしなくてはなりません。

同じ音でも、和音のどこに来るかで音程も微妙に変化するということも起こりますし、単純な刻みであっても、拍子、メロディーのどこを吹いているかによって音の方向性も変わってきます。

その上、合わせるだけでなく、リードすることも必要です。

F先生が、指揮し、フルートアンサンブルに編曲された「イパネマの娘」「シネマパラダイス」「マイルストーンズ」を演奏しました。

ジャズ、ボサノバ、ポップスといろんなジャンルに挑戦していきたいということでしたが、ジャズやボサノバのリズムは経験がほとんどなく、譜読みだけでも大変でした。
ピアノ、パソコンに取り込んだベースに合わせたり、先生がアドリブを演奏したりで、初めてのことばかり。
おまけに、いきなりコンミスで、ソロ吹いてとか・・・。
13人の初対面の人たちと吹くのも新鮮。

「日本人は合わせるのが得意で、中学や、高校のアンコンなど、どうやって合わせているのか?と外国の人から見たらびっくりですが、合わせるというよりも、聞きながらも自分の演奏して、リードするということも考えてみてください。」とF先生。

「いろんなジャンルのものに挑戦して、自分の間口を広げてください。」

そうですね。また私の世界が少し広がりそうです。









I先生のレッスン

2014-07-14 21:37:24 | 音楽

植えて3年目で、やっと収穫できたいちご。先客にやられてしまいました。諦めきれなくて、洗って食べたら、残ったところはとっても甘かったです。

日曜はI先生のレッスンでした。
高音のG#の音程が高くなりやすいので、右手の3.4の指をふさぐと音程が定まりやすいそうです。
Cも、上がりやすいと同じように右手の3.4の指をふさぐといいそうです。

スラーの中の音は、息を特定の音に吹き込みすぎると、タンギングをしなくても、しているように聞こえるので、息を揺らさないこと。

二つの音がスラーでつながれているところは、二音目はでディミニュエンド、しかし、切らないで次の音にいと一本で繋がっていること。

リズミカルな曲は、書かれていなくてもスタカートで演奏することがある。

ソノリテのロングトーンの練習は、音が終わるまでよく聴いて自然にディミ二ュエンドして切ること。

その練習のとき、ビブラートは、深くかけ、細かくなり過ぎない。

Adurのアルペジオは、低音に戻るときのC#の音が上がりやすいので注意が必要。上がりすぎるなら、右手の3.4を使う。

楽譜にかかれていることを書かれたように演奏するには、こういう基本的で当たり前のことを当たり前に演奏するということとは、どういうことか?ということを、まず知らなくてはなりません。
難しい曲をドンドンやっていく前に立ち止まって、音そのものを掘り下げて観たり、いろんなアプローチで試してみることが必要だと私は思います。
I先生の一音にかける集中力、感覚、観察を、見せていただくだけで、私は影響を受け変わりつつあると思います。




コンサート準備中

2014-07-11 21:36:27 | コンサート

昨日、ご近所のママ友Gさんと、Mさんが来て、うちで、いろいろ製作です。
Mさんは、前回作ったスカーフ繋がりで、白いオーガンジーの布を裾の始末をして、スカーフにして、
「ほら、こんなふうに、シュシュで止めただけだと、いろいろに使えて便利だよ。」とMさん。
「ちょっと、思いついたんだけど、このまんまにして、シュシュをいくつも作ってまとめて肩の周りに巻くと邪魔にならなずに腕を隠せるかも。」と私。
「そうだね。こんなの100均であったよ。」と見せてもらったのは、サテンのような布で作ったバラの花が5つもついたシュシュ。
「きれい!100均とは思えない。」
「これはあげないよ。使うから。買っておいで。」
「そうか、そうするわ。」
「布があるから、シュシュいっぱい作っておいてあげるよ。」

Gさんには、「こんなの作ったんだけど、自分だけで見てるといいのかどうかわからないから、見て欲しいんだけど。」
と、渡したのは、10月19日に開くコンサートチラシの原稿。
予算がないので、自作して、校正なしで印刷をお願いします。
一人で作っていると気がつかなくなってくることもあります。
すると、Gさん。チョコチョコッとスペースが、半角と全角と不揃いなところを見つけたと思うと、「ちょっと直してもいい?」
「もちろん。」パソコンの前で作業。
「バックに何か入れる?」
「入れようかと思ったんだけど、やり方がわからないし、ワードで作ると飛んじゃうことがあるでしょ。あきらめてたんだ。」
「やってみようか。」
「はい、お願いします。」
パソに入れておいた私の撮ったバラの写真を加工して、シコシコ作業してバックに入れてくれました。

それから印刷しては「ちょっと、明るほうがいい。」とか、「フォントをもうチョコっとしなやか~な感じで。」とか、「天をあわせて。」などなど、修正し放題。

結局、朝から来て6時くらいまでかかってチラシを完成してくれました。

チラシやドレスも自分の考えだけで、突っ走っていた時よりもずっといいものができて、ほんとに感謝です。
それに、集まって作るのは楽しかった。


パープル&シルバー語りの会

2014-07-10 23:45:30 | 本・映画など

土曜日に、Tさんと作ったセロのデビュー。
語りの会がありました。
Yさんと一緒に行こうとしたら、メールで「遅れるから先に行ってください。」と待ち合わせ場所の駅で受け取りました。

電車に乗って、大阪についたら「用事が終わったので、今から行きます。なぜ遅れたのか説明もします。」

楽器店に調整をお願いしてから行く予定だったので、楽器を預けれている間に、Yさんが来て「遅れてごめんなさい。実はこれ。」
Yさんが出した手を見てびっくり!
「どうしたんこれ!?」
手がグローブをはめたみたいに腫れ上がって・・・手だけでなく肘から下全部腫れています。

「蜂に刺されたらしいんだけど、一昨日。」
「病院に行った?」
「うん。だけど、だんだん腫れてきて、怖くなったから今朝また病院に行ってたの。そしたら、なかなか帰れなくて。」
本当に痛々しい。
ランチを食べて行く予定だったので、時間は余裕。
調製できた楽器を引き取って、歴史博物館に移動。

Tさんの人徳でしょうか、たくさんの地域の仲間の顔が会場にありました。
パープル&シルバーのパンフレットには「5人の年齢の合計は366歳。上手な朗読ではないかもしれませんが、これだけの人生を重ねてきたそのだし汁だけはしっかり聞いていると思います。」という言葉が書かれていました。
本当に味のある語りの会でした。

「愛することと優しさについて」の中から
{「それなら 」
失敗したくない だからやってみない。
傷つけられたくない

だから近づかない
だまされたくない

だから信じない
断られたくない
だから声を掛けない

失恋したくない
だから好きにならない

それなら
死にたくない人は生きないのだろうか

作者の高木いさおさんは、枚方市民。Tさんが、声をかけると喜んでくださったそうです。
会場にもいらしてました。
私はこの詩が刺さりました。

二部では、それぞれ得意なお話を語ってくださいました。
80歳から語りを始められた方がいるそうですが、声も朗々と表情たっぷりで、お年も忘れてしまうほどでした。

蜘蛛の糸や、百羽の鶴、雪女など、かなりの長さのお話を聞いていると情景が浮かんできて、久しぶりにイマジネーションを刺激されました。

3部はいよいよセロ弾きのゴーシュ
私たちの作ったセロが舞台の上に乗っています。
5人が順番に語られていき、ゴーシュの涙、怒り、喜び、悲しみを見事に表現されていて、素晴らしかった。

内容もすばらしかったけれど、お元気で語りに取り組んでおられる姿を見せていただいたこと、年をとるって、悪くないなと思わせてくれたことが、とてもよかった。
私が元気になった語りの会でした。


コンサート準備

2014-07-09 22:11:51 | 音楽

今日午後から、10月19日にリサイタルの予約をした松屋町のよしゅうホールをようやく下見に行きました。
「わかりにくい場所だから、地図を載せておいたほうがいいよ。」Aさんから聞いていたので、覚悟していきましたが、鶴見緑地線の松屋町1番出口から長堀通りを西に、阪神高速の下をくぐってすぐを右折すると直ぐにモリビルと名前の着いたビルが見えてきました。電車を降りて5分位。
「狭いよ。」とNさんにも聞いていましたが、やっぱり狭い。

でも、フローリングの床は木の香りがしていい感じです。

ピアノはYAMAHA。案内してくださった副支配人のkさんはピアニスト。
話していると、私がお世話になっているI先生の生徒さんの伴奏に京都のお宅に行ったことがあることが判明。
世間は狭い。

ホールは狭いですが、フルートを少しふかせてもらったら、音響はいい。人が入ると少しおちるかもしれませんが、これなら、大丈夫。一番の心配ごとでしたが、よかった。

ホールの横に広いロビーがあります。飲食を出すコンサートもよく開かれるそうです。
何かだそうかな?


その後、堺筋本町で1月に一緒にデュオコンサートをするIさんと待ち合わせ。
船場センタービルのドレス屋さんでバーゲンがあるというので、Iさんがドレスを買うのにつきあいました。

私のドレスと雰囲気を合わさなくてはいけません。
2軒あたって、Iさんは綺麗な緑のドレスを買いました。なかなかいいですよ。

今日は、気になっていたことが少し片付きました。


子育てサロン7月

2014-07-08 22:22:52 | 子ども

今日の子育てサロンはうちわづくり。

と。その前に今日も、KさんK・Tさん地域の方が椅子や机を片付けを手伝いに来てくださいました。本当に助かります。
それから、Tさんが、子育てをスマホを任せるなというテレビを見たというお話をしてくれました。テレビでは学者が否定的な意見を述べていたそうですが、Tさんは子育ては大変。依存してしまってはいけないと思うけれど、いろんな便利なものを賢く利用にしながら生活すればいいと思うということでした。
私たちの中で一番年配ですが、Tさんの柔軟性にはいつも驚かされます。

次にMさんがこどもたちのお名前を呼びます。一人づつ呼びながら、あいさつして今日の名札を渡していきます。
名前を呼ばれたり、挨拶は大事です。元気でいるか?という確認と、今日この場に仲間として大切にされるという証です。Mさんが丁寧に優しく呼んでくれました。

このサロンの歌を踊り付きでみんなで歌います。Y.Yさんが、楽しくリードしてくれます。ここに来たらいつも同じ歌をみんなで歌うということが、安心につながります。

今日、私は手遊びの当番です。「握手でこんにちわ。」を動いて歌いながらみんなと仲良くなります。「パンダ、うさぎ、コアラ」コアラでぎゅっとこどもたちをお母さんに抱きしめてもらいます。何回かすると、ギュッするのを「来るぞ、来るぞ。」と待ち構えてワクワクしています。
そして、ギュッ。きゃーっ!て大笑い。
「お馬はみんな、パッパカ走る」お母さんのお膝の馬に乗って、お出かけ。大ウケして大満足した後で、お母さんはうちわ作り、子どもたちはスタッフとおもちゃで遊びます。

満足していれば、子どもはすっとお母さんと別れられます。
お母さん達が、うちわを作っている間、隣でスタッフとずっと遊んでくれました。

さて、お母さんたちが作ったうちわ。同じ素材なのにみんなそれぞれ個性的でしょ。


うちわが終わったらYさんが絵本を読んでくれました。今日は、雨の絵本。雨の中でも元気に遊ぶ子どもたちの絵本でした。
最後がOさんのさよなら三角。
スタッフの連携プレイで今日も無事終わりました。本当に最近ますますサロンのスタッフは、すばらしいです。

サロンが終わった後、「残念で、本当に悔しいわぁ!」ってお母さんの一人が帰る前に言ってきました。
「もっと、早くここのこと知ってたらよかったです。後半年で幼稚園なんです。もっと楽しくいられたのに。」って、ありがとうございます。うれしいです。後半年、毎月でも来てくださいね。


絵と言葉と音楽

2014-07-07 23:34:59 | 音楽

今日はお久しぶりにピアノのTさんと、コンサートの打合せです。
絵本と音楽と語りのコラボレーションを考えています。
いつもは、既存の絵本を使わせていただくのですが、いろいろ考えて絵本も創作。

まず、文章を考えたので、場面にあった音楽を探して当てはめていきます。

家族で食べる夕食の場面は、エルガーの愛の挨拶、パッヘルベルのカノン、それともベートーベンのト調のメヌエット?

静かな夜のシーンはシューマンのトロイメライ、ドビュッシーの夢、バッハのG線上のアリア?
Tさんと、手持ちの楽譜を手に思いつく限りの曲を上げていきます。

それから、実際に演奏してみます。

演奏してみると、同じ夕食の雰囲気の曲でも、エルガーは暖かい空気、パッヘルベルは落ち着いた雰囲気、ベートーベンは大人の雰囲気など、微妙に違う空気感に気がつきます。
なんとなくこんな感じだろうと演奏していた曲の持つ情感に、もっと繊細な色合いがあることがわかってくるし、その違いに言葉がつきます。
これが、また二人でやるいいところです。
合奏する時、呼吸や間合いだけでなく、曲の情感を共有することができます。

だからこそ、余計に場面にそぐわない情感の曲を選んでしまうわけにはいきません。

夜の場面のシューマンは幼い子どもの夢、ドビュッシーは思春期、夢に色がついている感じ、バッハはセピア色、老成した夢という感じ。

音楽と、言葉、情景、人の情感とのつながりを、強く感じることができます。
おもしろい!

夕方までかかって何曲か選びましたが、まだ、決め兼ねているところが何箇所かあります。来週もすることにしました。



選択理論

2014-07-04 22:16:33 | 哲学

選択理論という考え方があります。
「自由」とは、選択肢を持つこと。やりたい放題やるのが自由ではありません。
自分の人生は、運命や、環境にコントロールされているという考え方を選択理論に置き換えるなら、人は自由を得るようになると、シーナ・アイエンガーは「選択の科学」ーコロンビア大学ビジネススクール特別講義ーの中でいっています。

選択理論には10の原理があります。
1.私たちがコントロールできる行動は唯一自分の行動だけである。私たちが代償(ほとんど常に、重い罰か死である)を受け入れるつもりであれば、どんな人でも、私たちがしたくないことをさせることはできない。

2.私たちが与えることができるもの、ほかの人から受け取るものはすべて、情報である。その情報をどう処理するかは、それぞれの選択である。

3.長期にわたるすべての心理的問題は、人間関係の問題である。ほかの多くの問題の部分的原因、例えば、痛み、疲労、弱さ、そして慢性病のあるもの(普通、自己免疫疾患と呼ばれている病気)は、人間関係の問題である。

4.問題のある人間関係は、常に私たちの生活一部である。
人間関係を探るのに遠く遡る必要はない。問題は過去のものでも、将来のものではなく、常に現在の人間関係である。私たちは多くのものから自由になることができるが、少なくともひとつの満足できる人間関係なしには、自由で幸せな人生を送ることができない。…しかし、完全な自由な選択というのは不可能である。ほかの人の願望を常に考慮しなければならない。そうすると、結婚のような人間関係では、私たちの持つことができる自由は、関係が時間とともに変化するのに合わせて、継続的に再定義されなければならない。

5.過去に起こった苦痛は私たちに現在に大きく関係しているが、この苦痛な過去に再びもどることは、今、私たちがする必要のあるこおと、すなわち重要な現在の人間関係を改善することに、ほとんど、あるいは全く貢献できない。

6.私たちは遺伝子に組み込まれた5つの欲求、すなわち、生存、愛と所属、力、自由、そして楽しみの欲求によって駆り立てられている。これらの欲求は満たされなければならない。引き伸ばすことはできても、拒否はできない。自分だけがそれが満たされたことがわかる。ほかの誰も私たちに告げることはできない。私たちは、他人を助けることができるが、他人の欲求を満たすことはできない。自分の欲求しか満たせない。他人の欲求を満たそうとすれば、不可能なことに取り組み、身動きができなくなる。私たちは自由を失う。

7.私たちは上質世界に入っているイメージ写真を満足させることによってのみ、こうした欲求を満たすことができる。私たちの知っているすべての中で、上質世界に選択して入れるものが最も重要である。
 私たちがこれまで経験したほとんどの自由は、上質世界に入っているイメージ写真を満足させることができた時に得られている。満足させることができないイメージ写真を上質世界にれるなら、自由を放棄することになる。

8,私たちが誕生して死を迎えるまでに出来ることは全て行動することである。あらゆる行動は、4つの分離できない構成要素、行為、思考、感情、生理反応によって成り立っている。

9.すべての全行動は、動詞、あるいは不定詞や動名詞によって表現され、もっとも認めやすい要素によって呼ばれる。例えば、私はうつで苦しんでいる、あるいは、落ち込んでいる。ではなく「私はうつ行動を選んでいる」あるいは「私はうつをしている」である。・・・私たちはそれが一つの選択であることにすぐに気がつき、個人の自由を得たことになる。ここに、こうした選択を動詞で表現することが、とても重要である理由がある。

10.すべての全行動は、選択されたものであるが、私たちが直接コントロールできる要素は行為と行動だけである。しかしながら、自分の感情と生理反応のコントロールは、間接的に,私たちが行為と思考をどのように選択するかによって行っている。
 私たちは自分の感情と生理反応を直接コントロールできない。出来るのは行為と思考だけである。できるのは行為と思考だけである。

選択理論は「あなたは自分の人生だけはコントロールできる」という原理に基づいているそうです。


ドニゼッティのフルートソナタ

2014-07-03 20:51:30 | ロマン派

今日も、雨。5月で終わるはずのガーベラが今年は、梅雨時期になってもまだ咲いています…というか、ちょっと形は悪いですが、つぼみが次々にできていてまだまだ咲くつもりです。
こうなれば、いつまで咲けるか、「頑張れ!」という気持ちになってきます。

ガエタノ・ドニゼッティ(1797~1848年)といえば、ロッシーニ、ベッリーニとともに19世紀イタリアを代表するオペラの作曲家です。
ベルガモに生まれ、ボローニャの音楽院で学び、主にナポリで活躍しました。

70ものオペラを作曲しましたが、フルートについては、コンチェルトを3曲。フルートとハープのソナタ、フルートとピアノのためのソナタ、フルート、バスーン、ピアノのためのトリオの3曲を残しました。

1819年ドニゼッティ22歳のころ作曲された「フルート ソナタ C-dur」は、悲劇を思わせるようなアリアのような初まりを持ち、後は軽快で美しい曲になっています。ソナタとついていますが、楽章に分かれていません。多くの資料は残されていません。

若い頃の作品ですが、既にその時4つのオペラを書いていて、2つは上演されていました。また、同じ年に「ロシア大帝ピョートル」をヴェネチアで初演しています。