知立宿は、池鯉鮒宿と書かれていた。この難解な名前は、知立神社の池に鯉や鮒がたくさんいたので名付けられたと言う。芭蕉の句には「不断堂川 池鯉鮒の宿農 木綿市」と詠まれ、木綿市でも有名であった。
昔は、水の豊かな知立には、鯉や鮒がたくさんいたのであろう。ここの「鰻まぶし飯」は旨い。
織田信長と今川義元が戦をした桶狭間古戦場跡に近い名鉄中京競輪場前駅に、「大将」という彫刻が、勝った信長に因んでか、立っている。古戦場跡には命を落とした今川義元の墓がある。ここの有松地区の街並みには、各家の玄関に有名な「有松絞」の暖簾がかかっている。江戸の旅人にも人気であったという。
この鳴海宿への途中にある古い街並みを残す有松地区は、全国の絞りの九割を生産する有松染めの産地である。各家は厚い土壁を塗り込めた造りとなっている。
鳴海宿までは11kmの道程である。
広重の絵は「池鯉鮒(ちりゅう)・首夏馬市」である。かつては木綿の集散地であり、その運搬用の馬の市が開かれた。 遠景にその松と人々が、近景に夏草の生えた原に馬のさまざまな姿態が描かれて いる
冬の風物詩公孫樹の実「銀杏」
黄色の紅葉がきれい。葉っぱは扇形で切れ込みがある。
・”イチョウ並木”
・中国原産。昔、留学僧が持ち帰って広まったらしい。
・「公」は祖父の尊称で、祖父が種子をまいても
実がなるのは孫の代になることから「公孫樹」。
・「銀杏」とも書く。
「銀杏」は唐音で「インキャウ」と読み、
それが「イキャウ」となりしだいに「イチョウ」になった。
(季節の花300より)