もう、聞いてください!頭が変になりそうでした。
なになに?って、父に決まっています。父の年賀状書きのことです。
せっかちな私は、先月には横浜で年賀状を印刷し準備を終えていました。
父に本当に15枚でいいのと確かめたところ、古い年賀状を引っ張り出して来て、眺めているではありませんか。それも何日も同じように眺めているの。
しびれを切らせて父が見ている年賀状をのぞいたら、17年も18年も19年も20年もごっちゃになっているから、何が何だか分からない状態になっていたのね。
20年のだけでいいのよ、ときっぱり言い聞かせて、その中でも出す必要のある人の分を父に確かめて選り分けていたら、12枚超過。ここら辺で少し、まったくう、になったけれど仕方ない、郵便局に行って、スタンプ押して体裁を整えて。
住所にはユニセフから届いたシールを貼って、後は書くだけ状態。ここまででも相当手間がかかったけれどまあよし、として横浜行き。顛末は佐渡に帰ってからのこと。
「父さん、年賀状書かんかっちゃ!」と何日も前から催促しても一向にその気配なし。目の前で私が書いてデモンストレーションしても知らん顔。もう待てん!
ってなわけで、昨日は強硬手段に出ました。
はい!はい!はい!と年賀はがき、去年の葉書、ペンを目の前に並べて・・・
じっと見ていると、またもや誰に出すかで思案しているの。もう選り分けてあるのだから、それを書けばいいの!と言っても、印刷した年賀状と去年の年賀状を見比べて、何を考えているのか眺めているのよ。そしてまた、何年も前の年賀状を出してきて見ているのよ。
でしばらく待っていたけれど、、我慢限界状況になってきた私は、去年の年賀状を読み上げたわ。「この人は出す?この人は?」ってな具合に。念を入れて。だって聞くたびに変わるんだから。それで年賀状を何回も数えて、両方の枚数が揃ったことにようやく納得して書き始めたから、私は炬燵を抜け出したわけ。
夕飯の支度してお風呂入ってもまだ頑張っているから、しばらく待っていたけれど、ご本人もそろそろ飽きたのね。あくびなんかかいているから。いったん中断、夕食。
(こうはなれなかった)
一杯やって炬燵に入ったらもう8時。8時だけれど、ここは鬼になって、
「さあ書かんか。」と続きを促すも、当のご本人は、
「あとの楽しみが無くなる」とかなんとかふざけたことを言って・・・
ったく、そんなのかまっていられない、さ、残りの葉書は?と聞いても、そこに置いたというだけで、ないのよ、これが。どこにやったのさと探すけれどないのよ。
またもや探し物。どこさ、どこさ、と炬燵回り見ても煙の如く消えてないのよ。
ひっくり返すやら、覗くやら、どかすやら、探したね。はあああああーーー
最後にここしかないが日記帳。周到に袋になんか入れてはさんであるから先程見た時は分からなかったのよ。
やはりありました。書かせました。決してはがき関係をいじってはいけないときつく言い渡しました。傍で目を離さず付き合いました。ようやく終了!
「おっ、10時か!」とは父の言葉。
はああああーー。
疲れ果てました。おかげで、6時までぐっすり眠ることができました。感謝です。