5月7日 町外れの八重桜
本来の予定なら、今日は父が退院して自宅に帰ってくる日でした。
それに備えて私は経管栄養の取り換えの練習を4回、痰の吸引器を購入して吸引の練習もしました。
来週からおむつ替えと着替えの練習ね、と段取りをつけていました。
4月20日に施設の方から、22日に入所が決まりました、との連絡を受けました。ありがたいことに母と同じ施設に入所できたのです。両親は、施設で、部屋は一緒でなくても、物は言わなくても夫婦として過ごすことができるようになったのです。
一瞬、何もかもの力が抜けてしまいました。
入所してから2週間、父の様子を見守ってきました。
その間、私の胸の内にはもろもろの感情が渦巻き、毎日暴風波浪警報を発令していました。致し方のないことです、自分が選択したことですから受け入れなくてはいけません。
これからは、今までとは逆転して軸足を横浜に置き、ひと月を横浜3週間佐渡1週間の生活にしようと考えています。
この4年半、夫を始め、多くの友人知人ご近所に支えられていたことを改めて実感しています。いくら感謝してもし足りません。本当にありがたかったです。
これからも、急な出来事が多々起こるに違いありません。心しておかねばと覚悟しています。一応は、はい!