「虫を飲む」と言っても、
どこぞの誰かが魚の骨を飲んだように、本当に虫を飲むことではないです。念のため。佐渡弁(だと思います)です。そして、なかなか含蓄のある言葉だなと思っています。
久しぶりに薬や談義。鞄や、ワタナベサン、私の3巨頭が揃って。
トキは賢くて植えたばかりの苗の上を歩く、という話やら
鼠親子が運動会をしているので、手羽先に塩コショウをして生け捕ったという話やら
今年は蛇が多くて、今まで見たこともない場所でももう何回も見たってな話やら
山菜採りをする人が減って、こんなことでも年寄りが多くなってきていることが分かるってな話
などなど、話題は豊富でして。私はふんふんと聞いているのみ。
で、なんのことからか。
ワタナベサンが、俺ほど虫を飲んでいるもんはおらん!と言うからびっくり仰天。
あんなに好き放題言いたいことを言っている人が、と疑いの眼で見ると。
「口から出してしもうたら、取り返しがつかんがさ。そうだねか!」って。
だから、言いたいことの半分も実のこと言っていないそうな。
世間をよおく知り、酸いも甘いも噛み分けている人がねえ。いやいや、だからこそそうなのか、ほんとは言いたいことも口から出てしまったら戻らないから、
「虫を飲んで」我慢しているのか。
私にはく暴言を思うと、とてもそうは思えないけれど。
人の表面だけを見て判断しているようじゃまだまだなんだ、甘いんだ。
我らの日常生活は、ほとんど「虫を飲んで」暮らしているのかしらね。そうか。
ワタナベサンは「義理でまま食うか」と、悠々と帰って行ったわ。