原油価格がこのところ下落しております。25日移動平均線までも割っております。どうも下降トレンドに転換したようです。
ご承知のように、原油価格は、「ドル安」、「インフレ」、「商品相場」、「環境問題」そして「食糧問題」と密接に絡んでおります。この他にも、いわゆる「地政学的リスク」、ハリケーンなどの「災害リスク」とも密接な関係を持っております。それ故、今のNYダウは原油価格次第で上げたり下げたりの大忙しという訳です。
しかし、このあたりの絡み具合の基本をきちんと見ておかないと、ここに来ての原油価格の下落の解と怪が、さっぱり理解できないことになります。
今日は、3連休の谷間ですので、海水浴その他でお忙しいでしょうが、原油に絡む問題の相関図を筆者なりにまとめてみました。それこそ中期的なトレンドからの見方ですが、既にご存じのことばかりで目新しいものは何もありません。
★原油価格高騰の元々の発端
これは言うまでもなく、サブプライム問題に端を発しての、アメリカの金利引き下げによる「ドル価値の下落」を補完するためでした。つまり、ドル安による産油国の手取り収入の目減りを防ぐためには、ドル建ての原油価格を上げる必要がありました。それは昨年9月に、それまでの最高値ラインの77ドルを突破してからのWTI原油の値動きを見れば一目瞭然です。
★原油高によるアメリカとアラブの産油国の共生関係
サウジアラビアを始めとする湾岸諸国は、ドルと自国通貨が連動するドルペッグ政策を堅持しております。これは、米国による安全保障(例えば、サウジの王制を守るための)と引き替えの政策と言えます。アメリカはこのドルペッグ政策によって、国内の旺盛な消費活動を支える資金を得ております。それは、産油国が得たドル収入は、イギリスのシティの金融機関などを通じて、アメリカへの再投資(国債買いなど、最近では不動産投資も)に回って、アメリカが必要とする年間100兆円のファイナンスの重要な流入パイプを提供していることからも言えます。もちろん、中国からのファインスも重要なパイプです。
★ドル安政策がアメリカにとって好都合な大きな理由
これはアメリカの対外資産と対外負債の関係からひも解けます。アメリカの対外負債の90%はドル建てです。従って、ドル安により対外負債がその分目減りします。よって、経常収支の赤字(2007年は7000億ドル)を2000億ドル程度に減価させる効果があります。そして、ドル安はバイオ燃料化で高騰した農産物も含めてアメリカの輸出を増やしますので、この点から貿易収支の改善にもなります。
★インフレかそれとも恐慌か
FRBの低金利政策は、疲弊したアメリカの金融機関への緊急輸血でした。金融システムが壊れると恐慌に発展するためです。そのためには、インフレが進むことを容認せざるを得ませんでした。金利低下でドル安となり輸入物価を高くすることによりインフレが進行しますが、アメリカ政府の負債もその分目減りします。金融恐慌を避けるために、インフレをやむを得ず選択したのがアメリカでした。ECBは逆でした。期待インフレ率を抑制するため、先日0.25%だけ政策金利を久し振りに引き上げました。
★インフレ政策のドライバーが原油価格
アメリカはインフレを引き起こすためのドライバーが必要でした。そこで昨年、白羽の矢が立ったのが原油でした。そして、環境問題に絡めてのバイオ燃料普及に名を借りたトウモロコシなどの穀物でした。主役が原油、脇役が穀物でした。
★株式市場も重要な資金源であり消費の原資
ところが、原油価格高騰によるインフレが問題になるにつれ、コストが吸収できない企業業績悪化の懸念から、上がりすぎた原油価格と株式市場が強く連動するようになりました。
あまり急激に原油が上がり出すと需要そのものも一時的にせよ減退します。また世界的な不況に突入すれば、更に需要が減退します。そうなれば原油だけ独歩高を続ける訳にはいかず、原油価格も急激に下がり、当然株式市場も急激な下落に見舞われます。こうした負の連鎖だけは避けながら、うまくバランスをとって、原油高、株式市場高、ドル安を、人々が許容できる程度のインフレを伴わせながら、住宅価格が底入れするまでは、現在の低金利政策(場合によっては更なる利下げ)を続ける必要があります。
ダウが11000ドルを割れば、7割ものアメリカ人が保有する株式資産が含み損に転換します。そうなると益々国内消費が低迷し景気悪化に結びつきます。その瀬戸際まで行ったのが、住宅公社問題と絡まっての、7月15日までの株式の下落だったと言う訳です。
★行き過ぎた原油価格を少し冷やすために
そうなると、何が何でもダウの11000ドルを回復させるためのテコ入れ策を考える必要があります。既に潤沢な資金を保有する湾岸産油国は、これ以上の急な原油高までは必要としておりません。また、アメリカ政府にとっても、これ以上株式市場と景気への悪影響を食い止めねばなりません。そこで行き過ぎた原油価格の是正にとりかかったのが、先週初めからの動きだったのです。
★地政学的リスクを逆手にとっての原油高の抑制策
イラク戦争を石油の利権確保のために始めたアメリカですが、戦争の結果多くの油田が壊され、フセイン時代よりも産油量が大きく減ってしまっております。修復のための費用も莫大なものになっております。これはアメリカの誤算でした。ここは何とか安定した政情にイラクを持っていく必要があります。そのためには、対イラン政策がネックでしたが、ここにきて、そのイラン政策を転換することを始めました。(7月19日のニュースではイラクからの1部撤退も視野に入ってきているようです。)
1つの背景は、このままイランと対峙していては、イランの石油や天然ガス利権がロシアや中国に持って行かれる懸念があったからです。米欧で唯一のイランでの開発パートナーだったフランスのTOTALまでが、イランの政情不安によりガス田開発からの撤退を表明するまでに至っておりました。ここは、北朝鮮と同じようにブッシュは、イランとの融和政策に転じたようです。大使館を29年ぶりに置くという事前情報もその一環でした。(この政策変更によりTOTOALは前の撤退声明を撤回)
こうしたアメリカ政府の政策転換を敏感に察した原油先物市場の参加者たちは、もはやこれまでと、一斉に原油を売り始めました。多分110ドル程度までの調整はあり得るかと思いますが、100ドル割れはあり得ないと思います。それは昨年からの原油高戦略により、100ドル近辺までは底上げしていたためです。そこが今回の戦略のスタートポイントでした。100ドル以下になることは、今回の戦略の否定につながってしまいます。
★NYダウはこのまま反転するのか?
これは上記の問題の他に、住宅公社問題が重要な鍵を握っていることはご承知の通りです。アメリカ政府が下手に公的資金を投入すると、その額の巨大さ故に、アメリカ国債の格下げを引き起こし、それによる中国やアラブ諸国のドル建て資産の投げ売りからのドルの暴落ということになれば、これは債券市場の混乱から金利も急騰し、大変な事態を招いてしまいます。
しかし両公社の自己資本が毀損しているのは明らかで、これからも住宅価格の下落に伴い毀損額が膨らんでいきます。ここは何とかそれを食い止めながら、時間稼ぎをするための両公社向けの暫定的な政策を今練っているところではないでしょうか。時価会計や自己責任原則の変更を、今回の金融危機に際してアメリカ政府が取ったことからも、両公社に対しても新たな政策対応で時間を稼ぐものと思われます。
そして、もう一度110ドル近辺から緩やかに原油価格の上昇を誘い、場合によってはFRBがもう一段の利下げを行い(しかし、何かのトリガーがないと、これはもう劇薬過ぎて無理かも知れません。)、緩やかなるインフレに持っていくのではないでしょうか。緩やかというのは株式市場の想定外の下落や、長期金利の反乱を防ぎながらという意味です。このインフレ政策により、住宅市場の底入れ時期も実はその分早まります。そして、ドル安のメリットをますます享受し、株式市場もこのまま底入れできれば、それは一石二鳥にも三鳥にもなります。
この着地点を目指して、アメリカは必死の綱渡りをしているのが今の状況ではないかと思います。
ご承知のように、原油価格は、「ドル安」、「インフレ」、「商品相場」、「環境問題」そして「食糧問題」と密接に絡んでおります。この他にも、いわゆる「地政学的リスク」、ハリケーンなどの「災害リスク」とも密接な関係を持っております。それ故、今のNYダウは原油価格次第で上げたり下げたりの大忙しという訳です。
しかし、このあたりの絡み具合の基本をきちんと見ておかないと、ここに来ての原油価格の下落の解と怪が、さっぱり理解できないことになります。
今日は、3連休の谷間ですので、海水浴その他でお忙しいでしょうが、原油に絡む問題の相関図を筆者なりにまとめてみました。それこそ中期的なトレンドからの見方ですが、既にご存じのことばかりで目新しいものは何もありません。
★原油価格高騰の元々の発端
これは言うまでもなく、サブプライム問題に端を発しての、アメリカの金利引き下げによる「ドル価値の下落」を補完するためでした。つまり、ドル安による産油国の手取り収入の目減りを防ぐためには、ドル建ての原油価格を上げる必要がありました。それは昨年9月に、それまでの最高値ラインの77ドルを突破してからのWTI原油の値動きを見れば一目瞭然です。
★原油高によるアメリカとアラブの産油国の共生関係
サウジアラビアを始めとする湾岸諸国は、ドルと自国通貨が連動するドルペッグ政策を堅持しております。これは、米国による安全保障(例えば、サウジの王制を守るための)と引き替えの政策と言えます。アメリカはこのドルペッグ政策によって、国内の旺盛な消費活動を支える資金を得ております。それは、産油国が得たドル収入は、イギリスのシティの金融機関などを通じて、アメリカへの再投資(国債買いなど、最近では不動産投資も)に回って、アメリカが必要とする年間100兆円のファイナンスの重要な流入パイプを提供していることからも言えます。もちろん、中国からのファインスも重要なパイプです。
★ドル安政策がアメリカにとって好都合な大きな理由
これはアメリカの対外資産と対外負債の関係からひも解けます。アメリカの対外負債の90%はドル建てです。従って、ドル安により対外負債がその分目減りします。よって、経常収支の赤字(2007年は7000億ドル)を2000億ドル程度に減価させる効果があります。そして、ドル安はバイオ燃料化で高騰した農産物も含めてアメリカの輸出を増やしますので、この点から貿易収支の改善にもなります。
★インフレかそれとも恐慌か
FRBの低金利政策は、疲弊したアメリカの金融機関への緊急輸血でした。金融システムが壊れると恐慌に発展するためです。そのためには、インフレが進むことを容認せざるを得ませんでした。金利低下でドル安となり輸入物価を高くすることによりインフレが進行しますが、アメリカ政府の負債もその分目減りします。金融恐慌を避けるために、インフレをやむを得ず選択したのがアメリカでした。ECBは逆でした。期待インフレ率を抑制するため、先日0.25%だけ政策金利を久し振りに引き上げました。
★インフレ政策のドライバーが原油価格
アメリカはインフレを引き起こすためのドライバーが必要でした。そこで昨年、白羽の矢が立ったのが原油でした。そして、環境問題に絡めてのバイオ燃料普及に名を借りたトウモロコシなどの穀物でした。主役が原油、脇役が穀物でした。
★株式市場も重要な資金源であり消費の原資
ところが、原油価格高騰によるインフレが問題になるにつれ、コストが吸収できない企業業績悪化の懸念から、上がりすぎた原油価格と株式市場が強く連動するようになりました。
あまり急激に原油が上がり出すと需要そのものも一時的にせよ減退します。また世界的な不況に突入すれば、更に需要が減退します。そうなれば原油だけ独歩高を続ける訳にはいかず、原油価格も急激に下がり、当然株式市場も急激な下落に見舞われます。こうした負の連鎖だけは避けながら、うまくバランスをとって、原油高、株式市場高、ドル安を、人々が許容できる程度のインフレを伴わせながら、住宅価格が底入れするまでは、現在の低金利政策(場合によっては更なる利下げ)を続ける必要があります。
ダウが11000ドルを割れば、7割ものアメリカ人が保有する株式資産が含み損に転換します。そうなると益々国内消費が低迷し景気悪化に結びつきます。その瀬戸際まで行ったのが、住宅公社問題と絡まっての、7月15日までの株式の下落だったと言う訳です。
★行き過ぎた原油価格を少し冷やすために
そうなると、何が何でもダウの11000ドルを回復させるためのテコ入れ策を考える必要があります。既に潤沢な資金を保有する湾岸産油国は、これ以上の急な原油高までは必要としておりません。また、アメリカ政府にとっても、これ以上株式市場と景気への悪影響を食い止めねばなりません。そこで行き過ぎた原油価格の是正にとりかかったのが、先週初めからの動きだったのです。
★地政学的リスクを逆手にとっての原油高の抑制策
イラク戦争を石油の利権確保のために始めたアメリカですが、戦争の結果多くの油田が壊され、フセイン時代よりも産油量が大きく減ってしまっております。修復のための費用も莫大なものになっております。これはアメリカの誤算でした。ここは何とか安定した政情にイラクを持っていく必要があります。そのためには、対イラン政策がネックでしたが、ここにきて、そのイラン政策を転換することを始めました。(7月19日のニュースではイラクからの1部撤退も視野に入ってきているようです。)
1つの背景は、このままイランと対峙していては、イランの石油や天然ガス利権がロシアや中国に持って行かれる懸念があったからです。米欧で唯一のイランでの開発パートナーだったフランスのTOTALまでが、イランの政情不安によりガス田開発からの撤退を表明するまでに至っておりました。ここは、北朝鮮と同じようにブッシュは、イランとの融和政策に転じたようです。大使館を29年ぶりに置くという事前情報もその一環でした。(この政策変更によりTOTOALは前の撤退声明を撤回)
こうしたアメリカ政府の政策転換を敏感に察した原油先物市場の参加者たちは、もはやこれまでと、一斉に原油を売り始めました。多分110ドル程度までの調整はあり得るかと思いますが、100ドル割れはあり得ないと思います。それは昨年からの原油高戦略により、100ドル近辺までは底上げしていたためです。そこが今回の戦略のスタートポイントでした。100ドル以下になることは、今回の戦略の否定につながってしまいます。
★NYダウはこのまま反転するのか?
これは上記の問題の他に、住宅公社問題が重要な鍵を握っていることはご承知の通りです。アメリカ政府が下手に公的資金を投入すると、その額の巨大さ故に、アメリカ国債の格下げを引き起こし、それによる中国やアラブ諸国のドル建て資産の投げ売りからのドルの暴落ということになれば、これは債券市場の混乱から金利も急騰し、大変な事態を招いてしまいます。
しかし両公社の自己資本が毀損しているのは明らかで、これからも住宅価格の下落に伴い毀損額が膨らんでいきます。ここは何とかそれを食い止めながら、時間稼ぎをするための両公社向けの暫定的な政策を今練っているところではないでしょうか。時価会計や自己責任原則の変更を、今回の金融危機に際してアメリカ政府が取ったことからも、両公社に対しても新たな政策対応で時間を稼ぐものと思われます。
そして、もう一度110ドル近辺から緩やかに原油価格の上昇を誘い、場合によってはFRBがもう一段の利下げを行い(しかし、何かのトリガーがないと、これはもう劇薬過ぎて無理かも知れません。)、緩やかなるインフレに持っていくのではないでしょうか。緩やかというのは株式市場の想定外の下落や、長期金利の反乱を防ぎながらという意味です。このインフレ政策により、住宅市場の底入れ時期も実はその分早まります。そして、ドル安のメリットをますます享受し、株式市場もこのまま底入れできれば、それは一石二鳥にも三鳥にもなります。
この着地点を目指して、アメリカは必死の綱渡りをしているのが今の状況ではないかと思います。