団塊世代おじさんの日常生活

夏 日本で二番目に気温が高く、陶器と虎渓山と修道院で知られる多治見市の出身です。

外は氷雨、春はまだ遠い。

2019-01-21 04:18:16 | 日記
 中日新聞の「くらしの作文」に、「春よ来い」というタイトルで、自営業の65歳の男性が投稿されていました。



 先月、妻が病院に救急搬送された。
病名はS状結腸のせん孔。
到着して4時間後に緊急手術。
幸い便が漏れ出ていなかったため、九死に一生を得た。
ただし人工肛門だ。

 彼女はどんな時でも常に前向き。
初めてストーマ袋に便が出ると、「ワーイ」とはしゃいで、スマホで記念写真。
アホかと思う。
私なら、気分は深海の底に沈んでいる。

 妻の職業は理容師。人助けが生きがいだ。
今住む新興住宅地に店を開いて間もない頃、若い看護師さんたちの子育ての窮状に、
員弁郡内五町で初めての学童保育所「ちきゅうクラブ」を立ち上げた。
離縁されて泣く10代の母親に寄り添い、相手の家に養育費を約束してもらったことも。
家を追われ途方にくれる高齢者夫婦には、役場に掛け合って、町営住宅への
入居と生活保護を支援してもらった。

 小さな町の片隅で、声なきか弱い女性に味方して、一人闘い続けてきた。

 今日で手術から3週間。
途中肺炎を併発して、病状は一進一退。
思うように回復しないいら立ちを時に看護師さんにぶつけることも。
でも皆優しく対応してくれている。

 面会終了の放送が流れる。
帰り際、「頑張ろうな」、そう声を掛けると、妻は小さくうなずいた。

 外は氷雨、春はまだ遠い。

 以上です。


>初めてストーマ袋に便が出ると、「ワーイ」とはしゃいで、スマホで記念写真。
アホかと思う。
私なら、気分は深海の底に沈んでいる。

 私も投稿者の男性と同じでしょうね。
この状態でも元気で前向き。
素晴らしいです。

>小さな町の片隅で、声なきか弱い女性に味方して、一人闘い続けてきた。

 弱者の為にいろいろな手助けをされていますね。
このような方が、世の中には必要ですね。
ご主人も温かく見守っていてくださる。
早く回復していただいて、春を迎えていただきたいです。
 






夜霧のしのび逢いLa Playa (1964年)
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やはり偉人の本は教えられることが多いです。

2019-01-20 02:46:11 | 日記
中日新聞の読者投稿欄に「本と出合い道ひらけた」というタイトルで35歳の男性が投稿されていました。



 高校で現代文を教えてくれた恩師は「人はいい本に出合ったとき、大親友や最愛のパートナーに
巡り会えたような感覚になる」と言っていました。
先日私は偶然目にした新聞記事で薦められていた実業家の故松下幸之助さんの
随筆集「道をひらく」を読みました。
そして恩師が言っていたことを実感しました。
「まさしくこの本だ!」と。

 私は小売店で早朝に飲料を売り場に出す仕事をしています。
大人になると簡単なことほどできなくなると聞きますが、
この本を読むまでお客さまに「おはようございます」とは言えませんでした。
しかし本を読んで純粋な気持ちで物事をとらえるようになり
自然とあいさつができるようになりました。
ほとんどあいさつは返ってきませんが、爽やかな気分で
1日をスタートしたいとの思いで声掛けをしています。

 不誠実がはびこる昨今、ぜひたくさんの人にこの本を読んでもらいたいです。


 以上です。


 松下幸之助さんの著書は題名は覚えていませんが、2〜3冊ぐらいは読んだ覚えがあります。
やはり偉人の本は教えられることが多いです。

 私はこの投稿者さんのように生活態度までは変わりませんでしたが、
高校時代の友人が推奨した小林秀雄さんの「無私の精神」を読みました。
難解な本でしたので理解できたかどうかは分かりませんが、自分も小林秀雄さんのような精神を少しは身につけたい
と言う思いが湧いたのを覚えています。

 それからは小林秀雄さんの著作の本をたくさん読みました。
難しい本ですので、どこまで理解できたかは分かりませんが。

 私の悪いところは、自分が感動した本を他人にも押し付けるところです。(苦笑)
当時好きだった女の子にも「小林秀雄さんの『無私の精神』を読んだら」と、
私が持っている本を貸しました。
彼女はあまり感動した様子はなかったです。(苦笑)






虹と雪のバラード(トワ・エ・モワ)
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流石にキラキラネームは、見当たらないですね。

2019-01-19 04:30:22 | 日記
中日新聞の読書投稿欄に「きょうだいの名に世相」というタイトルで81歳の女性が投稿されていました。


 私は7人きょうだいの上から2番目です。
亡き両親が健在だったときにきょうだい一人一人の名前の由来を聞いたことがあります。

 長男を求めた最初の子なので「求」、長女である私は世の中が繁栄するようにと「茂代」、
次男は知恵のある賢い子になってと「智」。
いずれも太平洋戦争中に生まれた次女は「勝子」で三男は「功」、
戦後生まれの四男は最後にしようと「脩」と名付けたものの、1年ほどで五男が生まれて今度こそ
最後だとして「末夫」にしたそうです。

 名前には戦前、戦中、戦後の世相が反映されています。
子だくさんの一家ならではの命名の舞台裏にはほほ笑ましさも覚えます。

 きょうだいが大勢いるのでリンゴは細かく切り分けて食べ、
冬にはこたつを囲んで親子で百人一首やトランプを楽しんだ思い出が懐かしくよみがえってきます。
昔は十人きょうだいの家も珍しくありませんでしたが、
今ではすっかり各家庭での子どもの数は減ってしまいました。

 以上です。

 7人のきょうだいですか!
あまりに多くて想像できません。(笑)
テレビで大家族の様子を放映される番組がありますが、
微笑ましいと思う反面、大変だなぁと思う自分がいます。

>戦後生まれの四男は最後にしようと「脩」と名付けたものの、1年ほどで五男が生まれて今度こそ
最後だとして「末夫」にしたそうです。

 昔の親は子沢山のせいか、お子様の名前をいい加減につけていますね?
この子で最後になるように「末夫」ですか!
私なら「あんたが悪い!」と言いたいです。
子どもの名前で、次は生まれないなんてあり得ない!

 私の母方の祖母は「とめ」という名前でした。
やはりこれで子供ができるのは最後にしたいということらしいです。(苦笑)
かみさんの親戚の方にも「末男」さんという方がいらっしゃいました。
↑と同じ理由です。
 流石にキラキラネームは、見当たらないですね。







恋心 エンリコ・マシアス Enrico Macias L'amour c'est pour rien
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意外とスポーツをされている方は、たばこを吸われます。

2019-01-18 04:45:32 | 日記
 中日新聞の読者投稿欄に「指導者吸い殻ポイ捨て」というタイトルで」33歳の男性が投稿されていました。




 休日、家族で公園で遊んでいたときのことです。
隣にある小学校のグラウンドで児童にサッカーを教えていた30代ぐらいの男性が
私たちのいる公園に来て喫煙し、吸い殻を排水溝に捨てました。
幼いわが子はその場面に気付かなかったようでしたが、
サッカーを教わっていた児童の一部は男性の行為を見ていました。

 私は子供の頃から、たばこは喫煙者の体に悪い影響があり、
吸わない人からすればその臭いや吸い殻のポイ捨てはとても迷惑だと感じてきました。
近年副流煙の影響が指摘されてか、周囲に気を使う喫煙者が増えた気がします。
私の知人は携帯灰皿を持ち歩き、喫煙所でしか吸わないようにしているそうです。

 喫煙マナーが向上してきたと感じる昨今だけに、サッカーを教えていた
あの男性の行為は残念でした。
子どもは大人を見て育つものです。
私も含め大人は子どもの範となる行動を心がけなければなりません。

 以上です。


>サッカーを教わっていた児童の一部は男性の行為を見ていました。

子どもたちを教える指導者が、これではマズイですよね。(苦笑)
意外とスポーツをされている方は、たばこを吸われます。
私が行っているスポーツ・ジムでもランニングマシンで運動された後、
ジムの外へ出てたばこを吸われている男性がいます。
せっかく運動してもたばこを吸えばとても健康に良いとは思えません。
運動なんてせずに、たばこをやめた方がよっぽど健康的だと思いますが。(笑)

 うちの親父は、たばことお酒の両方ともやっていましたが、
お袋は酒には文句を言っていましたが、たばこを吸うのは文句を言ったことがなかったです。(苦笑)
たばこの煙は容認出来たようです。

 うちのかみさんや娘は、酒は容認できるようですが、たばこの煙は容認出来ないようです。
私はどちらもやりませんので、この件に関しては何も言われないです。(笑)







白鳥英美子 - サボテンの花
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携帯電話が使えなくなったら困るでしょうね。

2019-01-17 03:49:31 | 日記
 中日新聞の読者投稿欄に「デジタルに頼りすぎず」というタイトルで51歳の保育士の女性が投稿されていました。




 5年近く大切に使ってきた携帯電話の画面が昨年末突然真っ暗になり、使えなくなった。
こんな場合に備えて親しい人の連絡先をノートに書き出しておいたが、
そのときから3年もたっていた。
人間関係は変わっていてすぐに連絡したい人の電話番号がわからなかった。
なんと夫の連絡先すら覚えていなかった。

 「携帯電話がなくても生活できるように」と普段あまり使わないようにしてきたつもりだったのに・・・。
自分が情けなかった。

 ところが、その翌朝いつも通り携帯電話のアラーム音が鳴った。
「まだ使えるうちに」と電話に記録された連絡先をできる限りノートに記した。

 携帯電話ショップに行ったら私が使っていたようなタイプは店頭に在庫がなかった。
すぐに必要だったので、やむを得ずスマートフォンを買った。
新年はなるべくデジタル機器に振り回されない自分で痛いと思っている。

 以上です。


>なんと夫の連絡先すら覚えていなかった。


 私なんてかみさんの携帯番号だけでなく、自分の携帯番号も覚えていません。(笑)
携帯電話が使えなくなったら困るでしょうね。
ただ私の場合、固定電話にもだいぶ登録されています。
携帯番号とダブっているのは防げますが、携帯番号だけに登録されているものは困ります。
どの番号が携帯電話だけなのかもわかっていません。(苦笑)

>新年はなるべくデジタル機器に振り回されない自分で痛いと思っている。

私の場合、デジタル機器に振り回されない生活なんて今更できないです。
なんらかのバックアップを考えておく必要があるでしょうね。










1973.9.21 ライヴ・はっぴいえんど
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