まつなる的雑文~光輝く明日に向かえ

まつなる兄さんのよしなしごと、旅歩き、野球、寺社巡りを書きます。頼りなく豊かなこの国に、何を賭け、何を夢見よう?

第6回四国八十八所めぐり~第26番「金剛頂寺」

2017年01月13日 | 四国八十八ヶ所
公共交通機関をベースとした四国八十八所めぐりであるが、何やかんやで歩くところは歩くというスタイルでここまで来ているが、大晦日の行程は結局24番から26番までを歩いて通すことになった。

国道55号線はちょうど室戸の中心街である。クルマの交通量も多い。そんな中、前方なら胸と背中にゼッケンをつけた人たちとぽつぽつすれ違うようになる。小学生もいれば私のようなおっさんもいて、中にはすれ違う際に「こんにちは」と挨拶する人もいる。何かの大会の最中だろうか。

ゼッケンの上に書かれていた文字を元にわかったことだが、高知県のユースホステル協会が毎年行っている「初日の出徒歩ホステリング」というものである。高知から室戸岬までの約88キロを2日間で歩くもので、12月30日の朝に高知を出発して、その夜は安芸市に宿泊。そして31日は安芸から室戸まで歩き、最御崎寺に宿泊する。そして1月1日の初日の出を室戸岬から見るというものだ。31日の14時台で室戸の市街地に入るとは、後少しである。参加者は100人で、スタッフも加わるから結構な人数だ。歩き遍路よりもハードかと思うが、荷物はスタッフがクルマで運ぶのか、ほとんどが体一つという出で立ちである。

市街地から一旦海岸沿いに出た後、金剛頂寺の案内が出て国道から一本中に入る。55号線は区間によってはクルマ用にバイパス的に造られているのかもしれない。室戸病院を過ぎると元橋のバス停があった。帰りはここから16時20分のバスに乗らなければバスと列車で日和佐まで戻ることができない。まあ、ここまでのペースとスマホの地図をにらめっこすれば大丈夫かとは思うが。

バス停で海岸線と別れて、畑の中を行く。金剛頂寺は山の上にあると聞いている。ビニールハウスが見える中、結構クルマが追い越して行く。お参りする人たちだろう。

そろそろ上りになるところで、車道は右に曲がるが、歩き遍路の看板が真っ直ぐの細道を指している。寺まで600メートルとあり、クルマは通れないようだ。ならばこちらの道を選ぶ。

・・・ただ、予想していた通り、これは完全な山道である。階段もあるにはあるが途中からは自然の山道に変わる。平地なら600メートルは大したことがないように感じるが、この山道には「600というのはウソやろ」と言いたくなるくらいだった。それでも途中で先を行く男性を一人追い越したり、最後はムキになっていたかもしれない。

ようやく前方に道路が見えて、たどり着いたら駐車場だった。ふもとの歩き遍路の看板から15分あまりで上がった。ここから本堂まで石段が続くが、先ほどの山道と比べるとついでの感じで上がる。

金剛頂寺。室戸岬に対峙する行当岬の上に建ち、最御崎寺が「東寺(ひがしでら)」と呼ばれるのに対して「西寺(にしでら)」と称されている。こちらも室戸岬ともども弘法大師が求聞持法の修行を行った場所とされているが、やはり高知、いや四国の東南端の室戸岬にある最御崎寺に比べれば知名度は低いように思う。私も、四国八十八所めぐりを始めてから知った寺である。

各札所には弘法大師像があるが、金剛頂寺のそれは菅笠も取り、結構「どないや~」てな感じで前に行くような感じである。

最御崎寺よりマイナーだからかもしれないが、寺の雰囲気は木々に覆われていることもあり落ち着いているように思う。訪れる人も、最御崎寺は室戸岬観光のついでというような人が多かったが、金剛頂寺は、純粋にお参りという感じの人が多いように見られる。数人のグループが声高らかに般若心経のお勤めをしている。

昭和の再建という本堂、そして「どないや~」の大師像の裏にある大師堂でお勤め。ともかく無事にここまで来ることができたことにほっとする。

境内にはこの他に、撫でるとガン封じに霊験があるという椿の霊木や、弘法大師が米を炊くと一万倍に増えて人々の飢えを救ったという釜がある。地元では弘法大師の包容力の現れとして古くから信仰の対象になっているところである。

参詣を終えて、本堂から少し下りたところに展望スポットがあるので行ってみた。12時すぎに最御崎寺からの下りで見たのと対称的な景色が広がる。ここから見える海沿いの一番遠いところから来たのかとうなるところである。また、室戸の街を真ん中にして、「東寺」「西寺」と称されるのもうなずける。

さてここから戻るが、遍路道ならさらに西を目指して下りるところ、私はこれから東に戻らなければならないので折り返しとなる。戻りということもあり、ここで白衣を脱ぎ上着を羽織る。金剛杖はそのまま使うことにするが、一応この日の巡拝は終えたことの印としてである。帰りは、遍路道が膝に来ないかと心配して、距離は伸びるが車道を歩く。急なカーブもあるが、この下りなら歩くのに不安はない。途中には柑橘類の畑毛があるが、みかんにしては実が大きい。土佐に入ると違いがあるのかなと思う。

車道を下りきって、元の道に戻って元橋のバス停に着く。バスの時間まで少しあるので、55号線の橋の下をくぐって海岸に行く。ここは元海岸というところで、ウミガメの産卵スポットだという。バス停近くに「うらしま」という民宿があるのもウミガメ関連だろう。

大晦日、ウミガメのウの字もない季節である。砂浜には外海から打ち上げられたモノも結構溜まっている。それでも海岸は素朴な感じで、奇岩がゴツゴツしている室戸岬とは対照的な砂浜が広がる。大晦日の太陽はそろそろ岬の西に沈む。また、私の四国八十八所めぐりで初めて海岸べりに来たことである。気付けば、打ち寄せる波に金剛杖を浸していた。金剛杖が弘法大師の身代わりだというのなら、ここに来てようやく海に触れさせることができたのかなと思う。

そして、金剛杖を両手に捧げ持って、行当岬の先に向けて頭を下げた。今年最後の夕陽であり、日没の瞬間は見られないのでここで拝む形となった。それでも感謝である。

元橋バス停に戻り、バスがやって来た。見る人が見ればもったいない行程なのだろうが、ここからまた延々と日和佐まで戻ることに・・・・。
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