室戸岬の最御崎寺から第25番の津照寺(しんしょうじ)を目指して歩く。だいたい6キロほどというが、国道55号線まで下りてきたし、後は海岸沿いの平坦な道である。昔からの遍路道は一本山側に入った集落の中を進むようだが、ここはそのまま国道を歩く。歩道もあるし、先ほど甲浦から室戸までバスに乗ったので、少しは黒潮の潮風を受けながら歩くのもいいかなと思う。計画では乗る予定にしていた路線バスも、どこかで私を追い越すはずだ。
高知の黒潮といえば鰹、鯨、マグロ、ウツボという海の幸が連想される。せっかく高知に入ったのだからと、そうしたものも味わいたいのだが、国道沿いにはそうした店はない。それどころか、歩きとこれからの行程、帰りのバスの時間を考えると、ゆっくり昼食をとる時間も厳しいかと思う。前日日和佐のスーパーで買っていたカロリーメイトなどの携行食が昼食になるかもしれない。四国八十八所めぐりに来た割には夜の居酒屋料理の写真を記事に載せているように思う方もいるだろうが、こと昼食となるとお粗末なものである(昼で行程終えて一杯やってた回もあるが・・・)。

国道は室戸岬の新港に出る。歩道もあるのでそのまま歩くが、集落から海側に造られた道路である。進行右手はコンクリートの防波堤が高く造られている。高潮や津波の被害から集落を守るためのものだろうか。その防波堤の所々が開いていて、集落と細い道で結ばれている。その境目のところに椅子を出しておじいさんが日向ぼっこしていたりする。大晦日だが青空が広がり、穏やかな天候である。
新港を抜けると国道は少し山側に入り、両側に家並みが広がる。甲浦からの道のりでは所々に集落はあったが、久しぶりに「町」の雰囲気がしてくる。もう少し行けば室戸市の中心部に出るというところで国道は右にカーブするが、津照寺にはそのまま側道を行くようにとの看板がある。その分岐のところにYショップがあり、その前で休んでいた白衣姿の歩き遍路の男性から挨拶をかけられる。このエリアで初めて見る歩き遍路である。
先ほど見たのが室戸岬の「新港」なら、こちらは室津というところで、元々の室戸港はこちらである。室津と聞くと、姫路の西にある風待ち港を連想するが、こちらの室津も黒潮の中にあって良港となる要素があったのだろう。古い家屋も残る素朴な感じの港である。目指す津照寺はこの集落の中にある。最御崎寺から1時間あまりでの徒歩であった。


「遍路の駅 夫婦善哉」という店の角を曲がると、細い参道の突き当りに石段が見える。石段は125段あるというが、ここまでいろいろな石段を歩いて来た中ではこんなものかと思う。こちらは初詣の準備中のようで、寺のお子さんらしいのが石段の途中にある弘法大師像にお餅を備えていたり、これも石段の途中にある鐘楼も除夜の鐘までは立入禁止の札が出ていたりする。この鐘楼、どこか龍宮城を思わせる造りで、ふと「南国に来たのだな」と感じられた。

石段を上りきって振り返ると、室津の港、そしてその向こうの黒潮を見る。先ほどの最御崎寺はすぐ近くに室戸岬の灯台があったが、境内の本堂前から港や海を見ることができる札所はこれが初めてである。四国八十八所は海べりを巡る修行であるとされているが、意外に海に面した札所は少ない。津照寺はそうした中の一つである。
本尊の地蔵菩薩は楫取(かじとり)地蔵と呼ばれているそうだ。関ヶ原の戦いで土佐を与えられた山内一豊が、ある時室戸沖で暴風雨に遭った。するとどこからともなく一人の僧が現れて、船の楫を取って無事に室津の港まで漕ぎつけた。僧はいなくなったが、衣から垂れていた水滴の跡をたどっていくとこの寺の本堂まで続いていた。そして本堂では本尊の地蔵菩薩が海水に濡れた姿で立っていた。これは地蔵菩薩が僧の形になって現れたと感心し、以後、楫取菩薩として山内氏からも手厚い保護を受けるとともに、海に生きる人たちの信仰を集めたという。現在は小ぶりな寺院であれが、明治の廃仏毀釈政策のために廃寺となり、後に復興したが敷地はごく狭いものとなった。

四国八十八所で本堂とセットとなる大師堂は再び石段を下りたところにある。ここでもお勤めを行い、朱印をいただく。
お参りの後で、門前の遍路の駅に向かう。ちょっとした土産物や食料品が置かれているが、店の半分のスペースには寿司のパックがずらりと並ぶ。これは全て予約品で、地元の人たちが番号を言って引き取りに来る。年越し、正月は親類たちが集まって寿司をいただくのだろう。ここで何か食事を買おうかとも思ったのがそれほどのものはなく、高知県産のお茶や室戸の海洋深層水のペットボトルを購入する。
さて次の第26番の金剛頂寺も同じく6キロほど離れているが、津照寺でのお参りも早く終わったこともあり、バスを待たずにこちらも歩いていくことにする。最短コースでは津照寺の近くの川にかかる橋を渡ればいいのだが、2本ある橋はいずれも補強工事中で通行止めとなっている。ガードマンに訊くと迂回路は少し大回りになるが、そのまま国道55号線に合流するとのこと。改めて地図を見たところそれほどまでのロスにはならないかなということで、次の札所に向けて歩き始める・・・、
高知の黒潮といえば鰹、鯨、マグロ、ウツボという海の幸が連想される。せっかく高知に入ったのだからと、そうしたものも味わいたいのだが、国道沿いにはそうした店はない。それどころか、歩きとこれからの行程、帰りのバスの時間を考えると、ゆっくり昼食をとる時間も厳しいかと思う。前日日和佐のスーパーで買っていたカロリーメイトなどの携行食が昼食になるかもしれない。四国八十八所めぐりに来た割には夜の居酒屋料理の写真を記事に載せているように思う方もいるだろうが、こと昼食となるとお粗末なものである(昼で行程終えて一杯やってた回もあるが・・・)。


新港を抜けると国道は少し山側に入り、両側に家並みが広がる。甲浦からの道のりでは所々に集落はあったが、久しぶりに「町」の雰囲気がしてくる。もう少し行けば室戸市の中心部に出るというところで国道は右にカーブするが、津照寺にはそのまま側道を行くようにとの看板がある。その分岐のところにYショップがあり、その前で休んでいた白衣姿の歩き遍路の男性から挨拶をかけられる。このエリアで初めて見る歩き遍路である。










