ウィンザー通信

アメリカ東海岸の小さな町で、米国人鍼灸師の夫&空ちゃん海ちゃんと暮らすピアノ弾き&教師の、日々の思いをつづります。

僕たちの、花火の連絡、見えますか?

2012年03月10日 | 日本とわたし


「ただいま」とか、
「おかえり」とか、
「今日は遅いの?」とか、
「あとでメールするね」とか。

なんでもない日々の、
なんでもない会話。

【3月10日】は全員、他愛もないことで悩んで怒って笑ってた。

【3月11日】の、
「昨日に戻ればいいのに」
その気持ちは誰も忘れない。

けど、一番忘れてはいけないのは、
今日は【3月10日】なのかもしれないということ。

もしね、明日が最後って知ってたら、
なにを、どうすればいいんだろう?

この景色も最後かもしれないって思えたら、
もしかしたら、もっと人は一生懸命になるのかもしれない。

結局、捨て身で手を伸ばしても、
救えないものの方が多いのかもしれない。

それでも僕は、精一杯ナニカと戦って、
今日という日の終わりに毎日感謝をしようと思う。

そして、好きな人に、
「愛してるよ」
と伝えておくことこそが、一番の防災意識なのだと思う。


俺達がスコップでスクウのは、
何も泥に限った話じゃねえ。
天国に、俺達は今を生きてるぜ!
そして、
皆さんの分まで楽しんでるぜって、
そんなことを伝えよう。
安心させてやろうぜ、
天国の仲間を。

今回の花火は、お供えです。
雲が邪魔をしても、雲の上まで飛ばせば、
花火は見える。
スッと生まれて、ドンとキレイな大輪を、
咲かせて、散る。
まるで人生のようです。
咲ききつことが出来なかった方が大半です。
だから、ドンと咲かせよう。
人生のほうな花火を、一番感謝すべき日、
だった3月10日に。
何もなかった3月10日に。
明日、死ぬなんて誰も思ってなかった、
3月10日に。
僕はどうしてもあげたい。


スコップ団団長・平了




ずっとずっと、この一年、遠くから見守るだけしかできなかった、スコップ団の活躍。
活躍やなんて、軽い言葉で言い表せんぐらいの、大変な作業を続けてきはった。

↓これは多分、もう最後の方の活動日の様子。
雨が降ろうが、冷たい雪が降ろうが、了くんに賛同する大勢の人達が集まって、皆で津波の被害に遭うてぐちゃぐちゃになった家をきれいにしてきた。
スコップ団のトレードマークが入ったダンプの前で、挨拶っぽいことをしてるのが了くん。


平くんは、自分の生活を棚に上げ、困ってる人達を助けようと、心身ともにエネルギーをすり減らしながら生きていた。
その間にも、大勢の悲しみ、苦しみ、憤り、落胆、恨み、いろんな種類の負の感情を、生でぶつけられたり、ネットで嫌らしく伝えられたりしてきた。

それでも負けんかった。
仲間がいた。
それはそれは、すばらしい仲間がいた。
けれども、やっぱり、了くん自身が、よほどの底力を持ってなかったら、ここまでは続けられへんかったと思う。

昨日の9日で、スコップ団としての活動を休止することにした。
心の底からよかったと思た。
こんなことをずっとずっと、際限無く続けてたら、了くん自身が壊れてまうと、かなり前から心配してた。
あんな心根の優しい、意地っ張りでええかっこしいの、ほんでお陽さんみたいなエネルギーを周りに降り注げる男は、そうおらんからね。

花火大会、大成功おめでとう。

『ほぼ日刊イトイ新聞』に掲載されてましたね。

平了さんは、
2011年3月11日の津波に襲われた家を片づけ、
大切なものを泥から掘り出し、
洗い流す活動をしてきた スコップ団というチームの団長です。
今年の3月10日に、
仙台の泉ヶ岳から空に向かって
2万発の花火をあげることにしました。
天国にいる人たちに、
「こっちは元気です」と 連絡するために。



2万発の花火の、打ち上げの様子は、イトイ新聞のウェブサイトに掲載されてます。
どうか、みなさんも、みなさんそれぞれの思いとともに、観てください。
コメント (8)
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