ウィンザー通信

アメリカ東海岸の小さな町で、米国人鍼灸師の夫&空ちゃん海ちゃんと暮らすピアノ弾き&教師の、日々の思いをつづります。

「福島の現実と向き合うことなしになされる原発に関する議論は、一切無効だと私は考える」

2013年04月01日 | 日本とわたし
染のおっちゃんこと斎藤洋さん。
彼のことを知り、彼のブログ『風の布・パピヨン』の記事を遡って読ませてもらい、彼のひととなりと生き方にとても共感を覚えた。
いろんな記事を紹介したいと思たのやけど、その中から、先日の『さかみちをのぼって』の歌と、この俳句を書かれた赤松桂氏の記事を選ばせてもろた。

↓以下、転載はじめ

枯葎(かれむぐら)
2013年03月20日

このブログに再三、投稿してくれている旧友・赤松桂より、新しいメッセージが届きました。
彼の了解を得て、伝えます。
福島第一原発の冷却システムダウン。
危機的な状況続く夜に。

今年も又、3月11日が巡ってきました。
ちまたでは記憶の風化などど言われ始めていますが、問題はこれからなのだと思っております。
いつものように写真と俳句をお送りします。
今回は少し長いですが、文章も添付しました。
読んでいただければありがたいです。  





<国家>とは 難民棄民 原発忌




いのちには いのちのおもさ 枯葎(かれむぐら)




不吉なる 事件のやうに こほり割れ


広島、長崎、そして福島

今、福島で、戦後最大規模の<棄民>政策が進行している。
国策・民営という枠組みで計画、立案され、現実化した原子力発電事業。
東京電力福島第一原子力発電所は、巨大な地震と津波に耐え得ず、全電源を喪失、制御不能となり、メルトダウンを起こし、水素爆発の果てに壊滅した。

「原発事故で設定された福島県の避難指示区域の再編に伴い、少なくとも事故から6年、今後4年は帰還できない住民が、約5万4千人にのぼることが、各自治体などへの取材でわかった。
事故後に避難指示の対象となった約8万4千人の6割超にあたる。
帰還を見通せる区域の住民の中にも、戻らない選択をする人が出てきている」(2013年3月10日朝日新聞)

避難指示区域とは、原発から20キロ圏とその外側の警戒区域を、年間線量で分類したもの。
年間線量50ミリシーベルト超を「帰還困難区域」、
同20超~50ミリシーベルトを「居住制限区域」、
同20ミリシーベルト以下を「避難指示解除準備区域」と位置付けている。
(いまだ立ち入り禁止のままで、「区域見直し未了」の地域も存在する)

「避難指示区域」と呼ばれるまで、福島県のこの一帯はごく普通の町があり、村があり、生活があっただろう。
住民たちの一人一人には名前があり、家族がいて、仕事をし、或いは、犬や猫もいたかもしれない。
当たり前の生活がごく当たり前のように繰り返されていたのだ。
その穏やかな生活は突然、「避難指示解除準備区域」、「居住制限区域」、「帰還困難区域」という無機的な言葉で、ある日突然分断されてしまった。
これらの言葉が、<国家>から発せられた時、それはほとんど暴力と同義である。
地震、津波の被害から非難した人たちは、確認されているだけでも、31万5千196人(2013年2月7日復興庁)、
「自主避難」(これも変な言葉だ)している人たちを加えれば、その数は飛躍的に増えるだろう。

「環境省は8日、放射線量が高く、住民が避難している福島県の11市町村で、国直轄で行う除染の進捗状況を初めて公表した。
着手した4市町村でも、飯館村の宅地は2012年度計画分の1%にとどまるなど、大幅に遅れている。
来年3月の除染完了の目標達成は厳しい状況だ。
計画を見直す可能性もあり、除染の難しさが浮き彫りになった
住民の早期帰還もずれ込む恐れもあり、生活再建や復興に大きな影響を与えそうだ。」(2013年3月9日朝日新聞)


ここでいう「除染」とは、放射能に汚染された土壌などを、単に他の場所に移動するだけの作業で、放射線量を低減、無害化するものではない。
この「除染」作業から排出される土壌などを集積する「中間貯蔵施設」を、「帰還困難区域」に建設する計画が進んでいる。
もし、その計画が実現した時には、「帰還困難区域」は「帰還絶望区域」とならざるを得ない。

これを、<国家>による棄民政策と呼ばずに、なんと呼ぶべきなのだろうか。
広島、長崎で現出した状況が、福島で再び繰り返されようとしているのだ。
広島、長崎の原爆の惨状を写真によって告発し続けているカメラマン、福島菊次郎の著作、「写らなかった戦後―ヒロシマの嘘」から引用してみる。

「多くの被爆者は、生きる道を求めて全国各地に散り、「原爆流人」と呼ばれ、被爆者であることを隠し続けて生きた。
被爆者とわかれば、就職差別や医療差別、結婚差別、生命保険の加入まで差別されたからである。
知らない土地で、孤立無援の生活を続け、1960年代には、東京都だけでも、1万人以上の被爆者が、病と貧しさの悪連鎖に苦しみながら、つらい就労条件の中で生きていた。」同書212頁)

「年に一度だけ、被爆者が脚光を浴びる8月6日が過ぎると、広島は、次の日から又、札束と利権が渦巻く「平和都市」という名の、砂上の楼閣を築いていった。
多くの被爆者は、年に一度、8月6日に、「平和の聖者」にされるだけで、次第に平和都市の片隅に追い詰められていった。

「ちちをかえせ / ははをかえせ / としよりをかえせ / こどもをかえせ / わたしをかえせ / わたしにつながる / にんげんをかえせ / にんげんの / にんげんのよのあるかぎり / くずれぬへいわを / へいわをかえせ」という痛烈な詩を峠三吉に詠ませたのも、原爆詩人・原民喜を自殺させたのも、
日本の戦後と広島の虚構が、感性の鋭い詩人を絶望に追い込んだからだと言われている。
彼の詩を刻んだ詩碑が、何者かに倒されて壊された事件が起きたこともあった。

<過ちは / 繰返しませぬから>と刻んだ慰霊碑の言葉には、主語がない、と批判する活動家や文化人も現れたが、
ヒロシマ自体が、主語を持たない虚構の平和都市だったのである」(同書206頁)


<国家>が強いてくる<棄民>という現実。
今、福島が直面している現実こそが、我々にとっての現実である。
国策として維持、遂行されてきた原子力発電事業。
原発の「安全神話」が崩壊したところから、大量の<原発難民>が発生した。
そして、さらに、<原発棄民>として、住み慣れた故郷に戻ることさえ拒否されているのだ。
この福島の現実と向き合うことなしになされる議論を、私は信用しない。
この現実と向き合うことなしになされる原発に関する議論は、一切無効だと私は考える。

2013年3月18日   赤松 桂
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いきものがたり

2013年04月01日 | ひとりごと
昨日はハッピー・イースター!のお祝いをしに、旦那の従妹夫婦がつい最近引っ越した、フィラデルフィア郊外にある家に行ってきた。
旦那の父方のおばあちゃんが98才で亡くなるまではずっと、毎年ワシントンD.C.までの遠出やったから、ほぼ半分の距離になった。
ところがところが、イースターの渋滞は、どの行事のそれよりも酷うて、毎回道を選び損ねて失敗、大渋滞に巻き込まれてしまう。

皆で持ち寄った料理やデザートをいただき、久しぶり同士の話に花が咲く。

おっきな皿から分け合うので、見た目はワイルドやけど美味い!
ベジタリアンやアレルギー持ち、それからグルテンフリーの人がいるので、ハム以外はすべて野菜。


従妹夫婦に、長男くん2才に続き、長女ちゃんも5ヵ月前に生まれてて、そりゃもう可愛いったらない。
もちろん抱っこさせてもらい、眠ったのをいいことに、独り占めさせてもろた至福の時間……。

一日中雨が降ってた昨日から一転して、今日は明るい曇り空。

朝からロビンちゃんが騒がしい。
なにやら、春の営みを始めとうてしゃあない様子。

この仔がオス。


そのすぐ近くで、知らんふりしてるこの仔がメス。


窓越しで、しかもその窓が汚れてて、それに加えて空気が霞んでる。

ありゃりゃ?!グラウンドホッグの兄さん、楊枝くわえて、木枯らし紋次郎かっ?!


パクパクパクパク。


食い方が忙しいって?ほっといてくれ。


青年よ、大志を抱いて食いまくれ。


この空き地では、ネコちゃん、リスちゃんも遊ぶ。
不思議と、体の大小、種類に関わらず、近くでそれぞれ、楽しそうに遊んでる。
そういうのを見てるわたしの心の中に、自然のおおらかさが、くるくるとしみこんでくる。
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米連邦地裁で言うてみ?「事故で飛び散った放射性物質は無主物で責任とれまっしぇん」by室井佑月さん

2013年04月01日 | 日本とわたし
週刊朝日に掲載されてた、室井佑月さんの意見。
読みながら、そうやそうや~!と、痛快に盛り上がった。
もう読まはった人もぎょうさんいはるやろけど、去年の12月のんと最近のん、ふたつ一緒に載せさせてもらいます。


室井佑月氏「あの司会者が謝らなきゃいけないっておかしくない?」
(2012/12/13)

「原発反対」と、あるテレビ番組で言った司会者が問題になり、詫びを入れる事態となった。
作家の室井佑月氏は、この件に関して疑問を投げかける。

*  *  *
 
朝のワイドショーの有名司会者が、番組の中で、「原発反対」という発言をし、問題となったみたいだ。
司会者の方は、後日、番組内で、
「選挙の争点の一つである原発問題について、司会者の立場としては、中立性を欠く発言をしてしまいました」
そうお詫びすることになった。

原発問題はたしかに、今度の選挙の争点の一つだ。
でも、選挙の争点であるというのは小さなこと、それ以上の国の大問題じゃない?

別に司会者の方は、「わたしは原発反対だから××党を応援する」といったわけじゃないのだ。
孫もいて不安に思うっていったぐらいで謝らなきゃいけないって、おかしくない?

このことがあってから、テレビでは、原発についてどう思うのか、具体的なコメントは良くないこととなった(はっきりいわれたわけではないので、言葉通りのニュアンスです)。

衆議院選が近いからだというけれど、あたしは納得できない。
不自然じゃん。

選挙でどいつが受かろうが、どいつが落選しようが、たぶん誰も、事故を起こした福島原発の心配を無くしたりできない。
ってことは、いつ話題にしてもいいことなんじゃないの? 
むしろ、いつも話題にしなきゃいけないことなんじゃないの?



室井佑月氏が東電に「おなじこといってみ?」と助言すること
(2013/3/26)
 
昨年末、米空母ロナルド・レーガン乗組員ら9人が、「嘘の情報で被曝した」として東京電力を訴えた。
3月14日の段階で、その原告数は、115人を超えたという。
こうした報道を知った作家の室井佑月氏は、怒りをあらわにしてこういう。

*  *  *
 
我々日本人に対する放射性物質の影響の説明とおなじく、アメリカ人にも胸を張って、「因果関係は認められない」といい切れよ。

山下俊一教授あたりを証人に立てて、「せっかくのトモダチ作戦、ニコニコ笑っていれば、放射能の被害は受けなかったはず」などといわせてみ?

みなさんは覚えているだろうか。
以前、福島第一原発から45キロほど離れた二本松市のゴルフ場が、東京電力に汚染の除去を求め、東京地裁に仮処分を申し立てた。
その時の東電側の主張は、「原発から飛び散った放射性物質は、東電の所有物ではない」というものだった。

たしか、「無主物」という言葉を使ったんだ。
無主物とは、ただよう霧や、海で泳ぐ魚のように、だれのものでもない、という意味だ。
そして、東京地裁では、そのとんでもない東電の言い分が認められた。

米連邦地裁にも、その言い分が通じるかしらね。
「被曝したっていわれてもさ、事故で飛び散った放射性物質は無主物で、東電のものではないんだもん」って。

ま、認められるか認められないかは置いといて、とにかくおなじことをいってみろというのだ。
でないと、アメリカ人の命や健康の価値と、日本人の命や健康の価値に違いがあるみたいで、あたしは面白くない。

トモダチ作戦で、太平洋沖の船に数週間いた米兵より、福島第一原発周辺に住む人たちや、福島県以外のホットスポットに住みつづけている人のほうが、どう考えても被曝してる。
日本人には「大丈夫」といい、アメリカ人には賠償金を払うようなことがあったら、あたしは許せない。

    
コメント (2)
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