ウィンザー通信

アメリカ東海岸の小さな町で、米国人鍼灸師の夫&空ちゃん海ちゃんと暮らすピアノ弾き&教師の、日々の思いをつづります。

日本の人よ、あなた方の顔が、こんなふうに真っ黒に塗りつぶされようとしているんですよ!

2013年11月12日 | 日本とわたし


秘密保護法案の検討過程は黒塗り

赤嶺氏 即刻開示を求める

日本共産党の赤嶺政賢議員は、11日の衆院国家安全保障特別委員会で、
秘密保護法案策定の最も基本的な文書である、有識者会議報告書の作成にあたって、
関係省庁間で交わされた文書の大半が、非開示(黒塗り)として国民から隠されており、
国会審議の前提を欠いているとして、速やかな開示を求めました。

報告書は、民主党政権下の2011年8月に、「秘密保全のための法制の在り方に関する有識者会議」がまとめたもの。

赤嶺氏は、同報告書作成の過程で、秘密漏えいの罰則最高刑を、懲役5年にするか、10年にするかなどの、
法案をめぐる重要な変更が行われている
ことを指摘。
報告書には防衛、外務、法務、警察など、関係省庁も意見を出しているものの、関連文書の大半が黒塗りであることを示しながら、

「国民の基本的人権の制限に関わる重大法案だ。なぜ各省庁からの意見を明らかにしないのか」と追及しました。

森雅子担当相は、
「開示を前提にしていくことは当然だ。個人情報などを除いては原則すぐに開示すべきもの」と答弁。
一方、谷垣禎一法相は、
「全部公表する必要があるか疑問だ」などと、開示に後ろ向きな姿勢を示しました。


衆院国家安全保障特別委員会で、日本共産党の赤嶺政賢議員が示した政府提出資料。
秘密保護法案に関して、各関係省庁の意見が記述してあるが、
「外務省意見」というタイトルなどの文字以外は、すべて黒塗りされている。

↑以上は、新聞『あかはた』から転載させていただきました。


少し前に、こんな写真をツィッターで見つけました。


いずれにせよ、なんというバカげたことだろうと思います。
そんなバカげたことを、仕事でやってる人は、いったいどういう人たちなのかと思います。
インクはもったいないし、用紙だってもったいない。
こんな意味の無いことを、堂々と、当たり前だ!とふんぞり返ってやっている人を、わたしは心から軽蔑します。
そして、こんなことが当たり前に行われてる国会に、怒りを感じずに、しゃあないやんと放置してる人を、わたしは心から残念に思います。
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感謝のきもち

2013年11月12日 | ひとりごと
毎年、おんなじことを繰り返してるような気がする……。
生徒たちの発表会が、今週末にあるという時に、あれもこれも、したいこと、せなあかんことが山積み?!
ギリギリにならんと、やる気という燃料に火がつかんという性質は、やっぱり死ぬまで直らんのか……。
というか、全くやってないこともないのやけれど、やっぱりタラタラとしてしもて決め手に欠ける。


今週の土曜日に急に入った、ACMAのカーネギー定例コンサートのプログラム写真用の撮影。
役員のくせに、英語力に欠けるわたしは、せめて役に立ちたいと、この日の撮影係を申し出てあった。
なので、発表会前日ではあるけれども、行かんわけにはいかんのである。

発表会でがんばった生徒たちへの贈り物やら、プログラムの作成やら、
がんばるのが遅すぎて、発表会に間に合うか合わんかギリギリの生徒たちの、臨時レッスンやら、
そんなこんなのちっちゃいことが重なると、なぜか分刻みの予定を組まんと、うまく進まんようになる。
普段毎日やってる、禁原発・秘密保全法・TPP運動は、パソコンを使てるのやけど、最近よくフリーズする。
なので、そのフリーズした時の時間を使て、やれることをやるという有り様……。

さらに、今月中旬までには、絶対に楽譜を完成させて送るから!と宣言してしもたわたしは、
バイオリニストの相方サラに、パート譜を送る代わりに、撮影会にやってくるであろう彼女に、楽譜を手渡したい。
ということは、仕上げなあかん、ということで(当たり前)、ピアノの上にコレを積んで、バイオリンとの音の重ね具合をチェック中。

わたしの焦りを知ってか知らずか、米国版『ねこふんじゃった』を遊び弾きする我が家の若者たち……心が和む。


毎週火曜日のお楽しみは、我が家のお嬢、まなつちゃんが作ってくれる夕飯。
この日は、手作り餅巾着入りのおでん♪


ここ数日の空は忙しい。
パキパキっと晴れたかと思うと、ザァ~ッと風が吹いてきて、重たい雲が一面に広がる。
その一瞬の晴れ間に。


桜のポンちゃんも、かなり色づいてきた。


天高く、まうみ肥ゆる秋♪




裏のジャングルにも秋の日射し。


ムクゲさん。


カエデ爺さんの根元で。


カエデ爺さんの葉っぱ。これからもっともっと落ちてくる。




この時期、隣近所の木から、自宅の木から、葉っぱがどんどん舞い落ちてくる。
それはもう、とんでもない量の葉っぱなんである。
それについて、誰も文句を言わない。
どこから落ちてこようとも、どこの木の葉っぱであろうとも、
春から秋にかけて、たくさん楽しませてもらった葉っぱなんやから、
自分のところに落ちてきた葉っぱは、自分の責任で始末する。
きれいさっぱり掃き掃除する人もいるし、そのまんま放っといて、すっかり枯れてから、肥料にする人もいる。
業者に頼んで片付けてもらう人もいる。

たっぷり楽しませてもらった葉っぱに、感謝する気持ちが、そこにしみじみと存在する。

わたしは、だいたい平均して忙しい。
こんなふうに、めちゃくちゃに忙しくなって、あたふたすることもよくある。
けれども、親のゴタゴタに巻き込まれて、学歴でいうと、きちんとした音楽大学に行くことも、だからもちろん出ることもできんかったわたしが、
こんなふうに、大勢の生徒たちにピアノを教えさせてもらえたり、自分の思いがこめられた自作の曲を、カーネギーの舞台で発表させてもらえたりする。
そのことがどれほどありがたいか、どれほど大きな意味を持っているか、
どんなに感謝してもし足らない。

だから毎朝毎晩、起きてすぐと寝る前に手を合わせ、ありがとうございました、と声に出して言う。
日本の無事をお願いするのと同時に。
よく生かせてもらってることへの感謝は、行いで示し、行いで返す。
そやから忙しいけど、これからもわたしは続けるつもり。
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