昨日の新聞で、白土三平さんが89歳で死去されたことが報じられていました。私は大島渚監督が白土三平さんの代表作『忍者武芸帳』を映画化している作品に出会い、興奮したことを今のように記憶しています。改めて白土さんに哀悼の意を表したいと思います。
さて、恒例となった、東京新聞の水曜日に掲載されている斎藤美奈子さんのコラムと、同じく日曜日に掲載されている前川喜平さんのコラム。
まず10月13日に掲載された「ビジョンVSビジョン」と題された斎藤さんのコラムを全文転載させていただくと、
「岸田文雄首相と立憲民主党・枝野幸男代表の著書を読んでみた。『岸田ビジョン』(講談社/2020年9月刊)と『枝野ビジョン』(文春新書/21年5月刊)だ。
タイトルだけ見るとまるで漫才コンビだけれども、それは偶然の一致だろう。本が出た段階では二人とも政敵は菅義偉前首相だと思っていたはずだ(岸田氏は総裁選の、枝野氏は総選挙の)。
ところが、図らずも与野党トップとして対決することになった二人。政策提言の内容も、二冊は似たところがある。アベノミクスと新自由主義の限界を指摘し、再分配と成長の必要性を説き、中間層の底上げを図ると述べている点などだ。相手が背後に竹中平蔵氏の影がちらつく新自由主義一直線の安倍&菅路線だと思えばこそ、差別化を意識して結果的に似てしまったのかもしれない。
違いがあるとすれば、岸田ビジョンが中間層ねらいの政策なのに対し、枝野ビジョンは低所得者の賃金アップと待遇改善を最優先にしている点で、この差は大きい。
もう一点は具体性の差で、岸田ビジョンは四方八方に気を遣(つか)っている分ぼんやり。枝野ビジョンは野党政治家らしくきっぱり。就任早々「発言がトーンダウン」「看板政策棚上げ」と批判される岸田首相のヘタレっぷりは著書にも現れている。党内の異論や財務省の妨害と戦えるのは、さてどっち?」。
また、10月17日に掲載された、「子どもの自殺と不登校」と題された前川さんのコラム。
「13日に文部科学省が発表した2020年度「児童生徒の問題行動・不登校等調査」の結果には極めて憂慮すべき数字が並んだ。学校から報告された小中高生の自殺者は415人で前年度比31%増。家庭にも学校にも地域にも居場所を失い自ら命を絶った子どもたちだ。原因は子ども政策の貧困にある。今必要なのは子ども庁ではない。子どもの居場所だ。
小中学生の不登校は約19万6千人で前年度比8.2%増だが、この数字は過少に表れている。昨年度は一斉休校で授業日数が減ったので、欠席日数30日という不登校の要件を例年どおり適用すると実質的に要件を引き上げたことになるからだ。また不登校に分類されない長期欠席者の中には「保護者の教育に関する考え方」などの理由による者が約2万6千人、例年にない「新型コロナウイルスの感染回避」という理由による者が約2万1千人いた。
「学校離れ」の状況を把握するためには不登校の数字より長期欠席者全体の数字を見たほうがいい。昨年度の小中学生の長期欠席者は約28万8千人。中学生に限ると約17万4千人、実に19人に1人の割合だ。この数字は学校の失敗を表している。すべての子どもに普通教育の機会を保障するにはどうしたらいいか、学校関係者は真剣に考えることが求められている。」
そして、10月20日に掲載された「ロカハラな反応」と題された斎藤さんのコラム。
「「都道府県魅力度ランキング」で44位だった群馬県。この結果に疑問を呈し「法的措置も検討する」と発言した山本一太が嘲笑を浴びている。大人気(おとなげ)ない、器が小さい、野暮(やぼ)だ、そこまでムキにならんでも…。
日頃は人権意識が高い人まで冷笑的なのが解せない。法的措置の是非はともかく、県の名誉が毀損(きそん)されたと考えて、知事が抗議するのは当然の反応ではなかろうか。
問題は、このランキングが一企業のネット上のアンケートに基づくイメージ、要は主観にすぎないことだ。似ていて非なる「全47都道府県幸福度ランキング」(財団法人日本総合研究所が2年に1度発表する)
が曲がりなりにも75の指標から割り出した客観的なデータに基づいているのとは訳が違う。客観的な指標なら改善の余地もある。だが相手が主観じゃどうにもならない。
県の魅力を上げるべく奮闘している人たちも本当は不満だろう。しかし抗議をしても鼻であしらわれる。少し前のセクハラの扱いと似ている。
仮に学校や職場でアンケートに基づく「魅力的な人ランキング」が発表され、下位の人が抗議したら、大人気ない、器が小さいって笑う? いじめですよね、それ。
ロカハラ、すなわちローカルハラスメントの根は深い。「いじられて逆においしい」なんていえるのは当事者ではないからだ。」
どれも一読に値する文章だと思いました。
さて、恒例となった、東京新聞の水曜日に掲載されている斎藤美奈子さんのコラムと、同じく日曜日に掲載されている前川喜平さんのコラム。
まず10月13日に掲載された「ビジョンVSビジョン」と題された斎藤さんのコラムを全文転載させていただくと、
「岸田文雄首相と立憲民主党・枝野幸男代表の著書を読んでみた。『岸田ビジョン』(講談社/2020年9月刊)と『枝野ビジョン』(文春新書/21年5月刊)だ。
タイトルだけ見るとまるで漫才コンビだけれども、それは偶然の一致だろう。本が出た段階では二人とも政敵は菅義偉前首相だと思っていたはずだ(岸田氏は総裁選の、枝野氏は総選挙の)。
ところが、図らずも与野党トップとして対決することになった二人。政策提言の内容も、二冊は似たところがある。アベノミクスと新自由主義の限界を指摘し、再分配と成長の必要性を説き、中間層の底上げを図ると述べている点などだ。相手が背後に竹中平蔵氏の影がちらつく新自由主義一直線の安倍&菅路線だと思えばこそ、差別化を意識して結果的に似てしまったのかもしれない。
違いがあるとすれば、岸田ビジョンが中間層ねらいの政策なのに対し、枝野ビジョンは低所得者の賃金アップと待遇改善を最優先にしている点で、この差は大きい。
もう一点は具体性の差で、岸田ビジョンは四方八方に気を遣(つか)っている分ぼんやり。枝野ビジョンは野党政治家らしくきっぱり。就任早々「発言がトーンダウン」「看板政策棚上げ」と批判される岸田首相のヘタレっぷりは著書にも現れている。党内の異論や財務省の妨害と戦えるのは、さてどっち?」。
また、10月17日に掲載された、「子どもの自殺と不登校」と題された前川さんのコラム。
「13日に文部科学省が発表した2020年度「児童生徒の問題行動・不登校等調査」の結果には極めて憂慮すべき数字が並んだ。学校から報告された小中高生の自殺者は415人で前年度比31%増。家庭にも学校にも地域にも居場所を失い自ら命を絶った子どもたちだ。原因は子ども政策の貧困にある。今必要なのは子ども庁ではない。子どもの居場所だ。
小中学生の不登校は約19万6千人で前年度比8.2%増だが、この数字は過少に表れている。昨年度は一斉休校で授業日数が減ったので、欠席日数30日という不登校の要件を例年どおり適用すると実質的に要件を引き上げたことになるからだ。また不登校に分類されない長期欠席者の中には「保護者の教育に関する考え方」などの理由による者が約2万6千人、例年にない「新型コロナウイルスの感染回避」という理由による者が約2万1千人いた。
「学校離れ」の状況を把握するためには不登校の数字より長期欠席者全体の数字を見たほうがいい。昨年度の小中学生の長期欠席者は約28万8千人。中学生に限ると約17万4千人、実に19人に1人の割合だ。この数字は学校の失敗を表している。すべての子どもに普通教育の機会を保障するにはどうしたらいいか、学校関係者は真剣に考えることが求められている。」
そして、10月20日に掲載された「ロカハラな反応」と題された斎藤さんのコラム。
「「都道府県魅力度ランキング」で44位だった群馬県。この結果に疑問を呈し「法的措置も検討する」と発言した山本一太が嘲笑を浴びている。大人気(おとなげ)ない、器が小さい、野暮(やぼ)だ、そこまでムキにならんでも…。
日頃は人権意識が高い人まで冷笑的なのが解せない。法的措置の是非はともかく、県の名誉が毀損(きそん)されたと考えて、知事が抗議するのは当然の反応ではなかろうか。
問題は、このランキングが一企業のネット上のアンケートに基づくイメージ、要は主観にすぎないことだ。似ていて非なる「全47都道府県幸福度ランキング」(財団法人日本総合研究所が2年に1度発表する)
が曲がりなりにも75の指標から割り出した客観的なデータに基づいているのとは訳が違う。客観的な指標なら改善の余地もある。だが相手が主観じゃどうにもならない。
県の魅力を上げるべく奮闘している人たちも本当は不満だろう。しかし抗議をしても鼻であしらわれる。少し前のセクハラの扱いと似ている。
仮に学校や職場でアンケートに基づく「魅力的な人ランキング」が発表され、下位の人が抗議したら、大人気ない、器が小さいって笑う? いじめですよね、それ。
ロカハラ、すなわちローカルハラスメントの根は深い。「いじられて逆においしい」なんていえるのは当事者ではないからだ。」
どれも一読に値する文章だと思いました。