雪がやんで青空がもどると、雪嶺の美しさに言葉を失う。蔵王では樹氷が育って見ごろになっているという。今年は樹氷をみるツアーに参加して、その姿を写真に収めたいと考えている。蔵王の温泉に来て、樹氷の句を詠んだのは、戦後角川書店を創始した角川源義である。
雪坊主夜の吹雪の中に太りゐむ 角川 源義
角川は中学校で教師を務めていたが、終戦を迎えて教師を辞め、出版を思いついた。そして、その第一号として目をつけたのが、山形県の松山町に生れ、東北大学で教鞭をとっていた阿部次郎である。角川は阿部次郎に何度も手紙を書き、仙台に赴いて礼を尽くした。最初難色を示した阿部次郎も次第に心を開き、昭和21年に『人格主義序説』が出版された。そして世に知られていた『三太郎の日記』を角川文庫に入れることに成功して、角川書店が成功する礎となった。
斉藤茂吉も、疎開先の大石田で雪嶺の歌をいくつも詠んでいる。蔵王山の見える集落で育ち、雪山は珍しくもなかったであろうが、鳥海山を盟主とする最上の雪山はまた格別であった。
あまのはら晴れとほりたる一日こそ山並みの雪見るべかりけれ 斉藤 茂吉