里の田の雪はほぼほぼ消えて、峠路に雪を残すばかりになった。その峠路も、舗装されているところには既に雪は消され、渓流の橋や木陰になっているところに雪があるばかりになった。こんなに交通が発達していなかった時代には、峠は春を待つ人の一番の関心事であった。冬の間、雪国の閉ざされていた人々は、峠を越えて他国に行くには、やはり道の雪が消える春を待つ。貯蔵していた食料も底をつきはじめる。峠路の渓流で川の流れの音の高くなるころ、待ちきれない人々が峠を越していく。
旅人におくれて峡の雪消かな 松根東洋城
今年の冬は暖冬といわれ、雪がないまま春がくのではと思ったこともあったが、一旦降り出すと雪雲が居座り、何日も何日も降り続きあっという間に平年並みの積雪になった。ああ昔の冬は、一冬中がこうであったな、と思った。山中の寺で独り暮らしをした良寛和尚の心中が偲ばれる。
わが宿は越のしら山冬ごもり往き来の人のあとかたもなし 良寛
人の往来も途絶える雪国の冬では、やはり春を待つ心は切実であった。少年のころ、学校の終業式の頃は、堅雪になっていて、道でない雪の上を近道して歩くことができた。ほんの短期間のことであり、朝だけで日が射すともう歩けない堅雪であったが、それでも季節の進行がうれしかった。道は雪が融けると、ぐづぐづの歩きづらくなり一苦労して学校までの道を歩いた。それでも快い春風に、心が浮き立った。