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猛暑日が続く。さすがに、身体が暑さに馴れてきたのか、それほどのけだるさはない。毎朝、体温と体重測定が日課となった。体温36.2°、体重は59.5あたりをキープしている。食欲の減退もない。少し足を延ばして散歩を悠創の丘。丘の始まりにに悠創館があるが、その裏の吊り橋を渡り、階段をひと登り。イベント広場に出る。標識に「雲見の丘」とある。眼下に山形の市街が広がり、ポプラの上の空に白雲が見える。真っ青な空に浮かぶ雲は、猛暑のなかに現れる積雲。なるほど、「雲見の丘」という名は頷ける。
荘子に「白雲に乗じ、帝郷に至る」という言葉あるが、白雲のその先には天の帝が住む聖地があると信じられていた。青空と白雲は、人の想像をかきたててやまない。漱石の漢詩に、
大空 雲動かず
終日 杳かに相い同じ
という句がある。明治43年8月、修善寺に滞在していた漱石は、大吐血して人事不祥に陥った。8月12日に始まった吐血は、何日も繰り返し宿の蒲団から起き上がれずにいた。医師や知人に見守られてようやく、安静を得た漱石が見たのは宿の庇の上の青空であった。吐血の間は、篠突く雨が降り続いていた。
「何事もない、又何物ない此大空は、その静かな影を傾けて悉く余の心に映じた。さうして余の心にも何事もなかった。又何物もなかった。透明な二つのものがぴたりと合った。」このとき漱石は、空の様子と自分の心が合致することにえも言われるぬよろこびを感じていた。