ネコのミモロのJAPAN TRAVEL (Mimoro the cat:JAPAN TRAVEL)

「京都観光おもてなし大使」のライターとネコのミモロが、京都の情報や暮らし、グルメなどをご紹介。心和む雑誌のようなブログ

知恩院の一角にある、祇園のきれいどころの信仰厚い縁結びの「濡髪明神」と千姫のお墓へ、

2012-04-25 | パワースポット

「今日のお散歩は、ちょっと足腰を鍛えるつもりで…」と「知恩院」の奥へと足を伸ばします。

山腹に位置する知恩院は、御影堂までもかなりの数の階段が。
ミモロが入ったのは、「瓜生石」の前の黒門です。そこからも、正面の三門よりは、ややなだらかながら、長い階段が続きます。

現在、東山の「知恩院」は、中心的な建造物、御影堂の大修理の真っ最中。その大修理は、屋根瓦の全面葺き替えや、傷んだ部分の修繕、さらに耐震補強工事など、8か年計画で進むもの。もちろん、その間も、参拝は可能です。

改修中の御影堂の前から、ミモロはトコトコとお寺の裏手へ。

浄土宗の開祖、法然上人のお像に手を合わせ、そして「知恵の道」へと入ります。
「ここ上ると、知恵が付くのかなぁー」、そういいながら、トコトコと。

フーフーフーミモロの荒い息遣いが聞こえてきます。
「フー、知恵より筋肉が付き添う…もうダメー」。がんばれ、もう少し!

やっと階段を上りきり、「勢至堂」に参拝。ほっと一息ついたミモロは、そこから本堂の横の道へ。
どこ行くの?
「あのね、ここまで来たら、絶対にお参りしたい場所があるの…」というと、墓地の中をさらに奥へ。

お墓が並ぶ奥に、鳥居と社がひっそりと佇んでいます。

「濡髪明神」です。ここは、知恩院を火災から守る濡髪童子をお祀りした社。その名前からか、祇園のきれいどころ女性たちの信仰を集める、縁結びの明神様です。

縁結びと、聞くと、絶対にお参りしたくなるミモロ。深々と頭を下げて、また何やらとお願い事をしているよう。また、お願い事したの?「まぁね…」。この1年、どれだけお願い事をしたのでしょう。
「でも、いろいろな人と知り合いになれているから、どこの神さま、仏様もミモロのお願い叶えてくださっているんだよ」と。確かに1年、病気も怪我もせず、無事に暮らしてこれたのは、ミモロのお願いの賜物かも。

さて、参拝を済ませたミモロは、墓地の中央に聳える一際大きなお墓の前に。

千姫のお墓です。

大河ドラマ「お江」にも登場した千姫。2代将軍、徳川秀忠とお江の間に、慶長2年(1597)に長女として、伏見城内の徳川屋敷で誕生。翌年、数え年で2歳の千姫は、6歳になった、いとこの豊臣秀頼との婚約の儀を。そして慶長8年(1603)7月に7歳になった千姫は、大坂城へ輿入れ。波乱に満ちた生涯の幕が開きます。

秀頼と千姫は、仲睦まじく暮らしますが、大坂「夏の陣」(1615)の大坂城陥落で、叔母で、姑となる淀殿と夫、秀頼が自害するなか、千姫は落城する大坂城から、徳川家の元へと、戻されます。

その後、20歳の時、桑名藩主 本多忠政の嫡男、忠刻に嫁ぎ、1男1女に恵まれます。
しかし・・・長男は3歳で急逝。夫、忠刻も結核で他界。30歳になった千姫は、江戸に戻ることに。
その後の江戸での暮らしが続き、寛文6年(1666)逝去。享年70歳。

墓所は、現在の東京、小石川の「伝通院」と常総市「弘経寺」に。そして分骨にて、ここ「知恩院」に分骨宝塔が。


数奇な運命に翻弄された戦国の女性のひとり、千姫。
「きっと、すごくしっかりとして、それでいて、やさしい女性だったんじゃない?そして、どんな運命にも、自分を見失わないで、そこでベストを尽くした…多くの人に愛されたお姫様だねー」とミモロ。

千姫のお墓にも、手を合わせたミモロは、再び、長い階段を慎重に一段一段下りて行きます。



*「知恩院」の詳しい情報は、ホームページから。



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瀟洒な和柄を染めた「Pagong パゴン」のステキなシャツやカットソー。熟練した職人さんが作業する工場へ。

2012-04-24 | ものづくり
今、京都で評判の京友禅アロハシャツ・カットソーの「Pagong パゴン」。

その亀田富染工場をミモロは、見学させてもらうことに。
「じゃミモロちゃん、さっそく工場へ行きましょう」と、お友達の亀田富弘さんに連れられて工場へ。
(キャーステキな亀田さんが案内してくれるんだー、うれしいな!と、ちょっとドキドキしてるミモロです)



まずは、染料を調合する場所へ。
「へーここで染料を調合するの?」秤と分銅などが置かれた部屋を興味津々で覗きます。
染める素材によっても、その調合は異なるそう。

配色表に沿って、染めるのに必要な色の染料を調合。それは専門の職人さんのお仕事です。
わー素敵な女性の職人さん…「あ、見学ですか?あまりバケツに近づくと染まっちゃうから、気を付けてね」

「ハーイ、触らないようにします」と、染まると取れないミモロです。
工場の床や棚には、たくさんのバケツやボトルが。気を付けて歩いてね…


染めでは、色素が生地に定着するように、染料を糊を一緒に配合します。
「キャー、トロっとしてる。これが糊?」

一見みんな同じ色のように見える染料…でも職人さんには、色の違いは一目瞭然。


「じゃ、次は、型の倉庫を案内します」と亀田さん。階段から、工場の建物の上へと進みます。そこには、先が見えないほど、長い棚に積まれた型が並んでいます。
「わースゴイー!一体いくつあるんだろう?」「はっきり数えたことはないけど…かなり…」

アルミのフレームには、薄い布が張られ、そこに文様が浮かんでいます。

分業化されている染めの仕事。染める図案と色が決まると、それに従って型屋さんが、染めに必要な色の数だけ、型を起こします。色は多いもので20色以上。そうなると型の20枚作られます。そして染めも20回繰り返されることに。色が多いほど、手間がかかっているんですね。

「スゴイねぇー」とミモロは、ただ感心するばかりです。
ここに所蔵されて図案は、昔の着物図案などで、創業100年の「亀田富染工場」が大切に守り続けた図案です。

「では、次に、染めの現場を案内します」と。

「わー長ーい台!」遠くで作業する職人さんが小さく見えるほど、長くて、大きな台がミモロの前に。

作業をしていない台を見つけたミモロ。
斜めに傾斜した台を前に「広々した滑り台みたい…ちょっと遊んじゃおう」とミモロは、ちょっと乗ってみることに。「エーイ!」と勢いよく滑るつもりのミモロですが…

「あれ、滑らない…」
ミモロの体は、台にピタリとくっついたまま。「ワーン動けなくなっちゃったー」
この台は、布がキレイに張れ、歪まないように、表面に密着性が高い加工がされていたんです。

さて、染めの作業は、まさに職人技。生地にそって、型をピタリと移動させ、調合した染料を、手際よく伸ばし、染めて行きます。少しでも型がずれたら、色がずれてしまう、まさに熟練の技。
色は、まず輪郭のラインを染め、模様の中の薄い色から、濃い色の順で…次々に染められます。
これは、地色の薄紫色や葉などの部分が染め終わったもの。これからもっと色が加えられる途中の布です。

「これ何の型だと思う?」と亀田さん。
「えーわかんないー」「ちょっと横を見て…」「あ、鶴の模様の布の黒い地色を染める型だ!」「正解」


「この鶴の模様もいろいろな色が使われているから、それ色の数だけ、染めの作業が行われたんだースゴイねぇ」と。改めて感動するミモロです。「見せてもらって、よかったー」と、工場見学を終えて帰ろうとしたところに…。

「おやミモロちゃん…もう工場見学終わったの?」と、現在この「株式会社 亀田富染工場」の代表取締役の亀田和明さんが。
「ハイ、いろいろ見学させてもらいました。どうもありがとうございまーす」
そう、お友達の富弘さんは、息子さん。う、さすが親子よく似てる…二人ともすごくオシャレでカッコイイ!と、ひそかに思うミモロです。

現在社長を務める亀田和明さんは、さまざまな新しい素材や製品を開発中。これから、どんな素晴らしい品が登場するか楽しみです。京都のものづくり…その技術力の高さに、驚くばかりです。


*「Pagong パゴン」の商品やお店などの情報は、ホームページで。事前に予約すると工場見学も可能です。ぜひ一度、京都のものづくりの現場を見てみては?



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上品な文様がステキ!京友禅アロハシャツとカットソーの「Pagongパゴン」。日本の文様を現代へ。

2012-04-23 | ものづくり

京都は、ものづくりの町。長い歳月をかけて培われた技術が、現代のライフスタイルに合うような品々を生み出すために、伝われている…それが現代の京都です。

ミモロが、ある日、出かけたのは、京友禅アロハシャツとカットソーのブランド「Pagon パゴン」です。

訪れたお店は、五条通にある本店。(祇園の辰巳神社のそばにも祇園店があります。)

「ワーカラフル!いろいろなものがいっぱいあるー」とミモロは、店内に入ると、並ぶ品々を楽しそうに見て行きます。
「最近のファッションって、黒やグレーなんか、モノトーンが多いよね。でもこういうカラフルなものを身に付けると、元気になる気がする…」

この「Pagong (パゴン)」は、大正8年に創業した京友禅の染屋が、その始まりとなる「株式会社 亀田富染工場」の自社ブランド。平成13年に友禅の着物生地で、1枚のアロハシャツを仕立てたのが、ブランド立ち上げのきっかけに。ご存じのように、アロハシャツは、ハワイに移民した日本人が、浴衣や着物で、シャツを作ったのは始まり。たった1枚作ったアロハシャツの評判がよく、翌年には、染工場の一角に、直営店をオープン。
それが、ミモロが訪れたお店です。

大正時代から続く「亀田富染工場」の蔵には、膨大な数の着物の図案が。さらに古布コレクターの持つ和柄など、素晴らしい日本のデザインは、時を経て、今、「Pagong」のアロハシャツやおしゃれなカットソーへと生まれ変わったのです。

「Pagong パゴン」とは、タガログ語で、海亀のこと。きれいな海に住む幸せを運ぶ亀です。大海原を自由自在に、泳ぐその亀のように、多くの人に日本の素晴らしい文化を伝えたいという思いがそこに。



そもそも友禅など、着物に用いられる模様には、四季折々の花鳥風月など自然をモチーフにしたものや、しあわせを願う吉祥文様なども多く見られます。昔は、身に付けるものには、邪気を祓い、運気を呼び寄せたいという思いも込めていたよう。

「エー着るもので、幸せが呼び込めるの?」とミモロは、いっそう熱心に品々を見て歩きます。

「アロハシャツって、ハワイで着るとピッタリだけど、日本で着るのって、なんかむずかしいよね…。これをさりがなく着こなせる人って、かなりのオシャレ上級者だね…でもステキ…」と。
海外ゲストが、求めるケースも多く、優れた日本のデザインは、海外で評判です。

アロハシャツは、男性向け。女性には、ブラウスのように着られるシャツタイプも揃っています。
「花柄のシャツって、とてもエレガントだよねー」

さらに、Tシャツ感覚で気軽に着られるカットソーなども、種類豊富。

ジャケットのインナーに、チラリと見えると、すごくオシャレですね。春のワードローブに、ぜひプラスしたいアイテムです。友禅などの和柄は、長い歴史を経たもの。時代を経ても、色あせることがない高いデザイン性を備えています。だから、流行に左右されず、ずっと着られるものなのです。

「ねぇ、このブラウス、すごく素敵!」
全面に花の模様が配された上品なブラウスは、パンツスタイルにもピッタリ。

最近のファッションは、無難な無地が主流のよう。でも、今年のファッショントレンドは、よりカラフルなもの。心がウキウキと弾むようなファッションで、ぜひ自分をもっとパワフルにしたいもの。

店内には、バッグやポーチなど、ファッション小物も多数。


「ねぇ、これなんかカワイイよー」とミモロは、ひとつずつ見て行きます。
「お気に入りのもの、見つかりましたか?」と、お店の素敵なスタッフが声を。


「あのねーいろいろたくさんステキなものがあって、迷っちゃうー」とミモロ。春だから、なにか新しい小物を持ってリフレッシュしたい…そう思っているミモロです。と、その時・・・・

「あ!ミモロちゃん、来てたんだー」と、お店に入ってきたのは、ミモロのお友達の亀田富弘さん。

「よかったら、特別に工場の中、案内するよ。興味ある?」と。「あるある!もちろん!」ミモロは、大喜びで、亀田さんの後に続きます。



*「Pagong パゴン」の店舗や商品などの詳しい情報は、ホームページをご覧ください。



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京都最古の縁結びの神様「地主神社」。お願い事を叶えてくださる神様が勢ぞろい。

2012-04-22 | パワースポット
「ステキな人たちにたくさん会えますように!」といつも願っているミモロは、縁結びの神様が大好き。京都には、縁結びの願いを叶えてくださる神社が、いろいろあります。その中でも、特に有名なのが、清水寺に隣接する「京都 地主神社(じしゅじんじゃ)」です。
 
京都を訪れる観光客のなんと25%が訪れるという大人気の清水寺。そのそばにある「地主神社」にも、連日、国内外の大勢の参拝者が訪れ、それほど広くない境内は、人でいっぱい。


この神社の歴史は、古代からとも言われるほど。時代を越えて、多くの人たちが、良縁を求めて、参拝する「京都最古の縁結びの神さま」だそう。
ご祭神は、もちろん大国主命。ミモロが大好きな神様です。境内には、お姿を表す像が訪れる人を迎えます。
そばには、大きなウサギも。

まずは、本殿に参拝。
現在の社殿は、寛永10年(1633)に、三代将軍、家光により再建されたもの。入母屋造と権現造の様式を兼ね備えた華麗な建造物で、国の重要文化財になっています。

境内には、本殿のほかに、さらに良縁を引き寄せる場所や幸せに導く場所がいろいろ。
長寿と芸事上達を叶える「大田大神」。そこに鎮座するのは「撫で大国さま」。
撫でる箇所により良縁、商売繁盛、勝運などさまざまなご利益が。
「わーどのご利益も欲しい!」とミモロは、大国さまに抱き着きます。

「水かけ地蔵さま」は、お水を掛けて祈願すると願い事が叶うそう。ミモロもさっそく柄杓を抱えて、お地蔵様にお水を。「ちょっと重いけど、頑張らなくっちゃ!」と自分も水に濡れながらお願いします。

さらに、どんなお願い事もひとつだけなら、必ず叶えてくださる「おかげ明神」。
ひとつだけ…というのがいいですね。自分の一番願うことが、はっきりします。ミモロは、深々と頭を下げて、なにやら熱心にお願い事を。
ミモロ、なにお願いしたの?「ヒ・ミ・ツ!」と決して明かさないミモロです。

「あ、恋占いの石だってー」とミモロが次に向かったのは、本殿前のスペースにある2つの大きな石。

この恋占いは、片方の石から、目をつぶって歩き、もう一つの石に辿り着いたら、恋が成就するという占い。
「こんなに混雑してたら、きっと辿り着けないよー。つまりいろいろな人に恋を邪魔されるってこと?今度、人がいないときにやろう…」と。確かにこの人ごみでは、もうひとつの石も見えません。でもその中でも、目をつぶって歩く女性が、次々と現れます。きっとどうしても叶えたい恋があるのでしょう。頑張って…。

実は、この石。ただの石ではありません。近年、アメリカの物理学者ポースト博士の研究により、縄文時代の遺物だと証明されたとか。地面の深いところにあった石なんですね。きっと不思議なパワーで恋を導いてくれることでしょう。

ほかにも、境内には、ありがたい開運の場所が・・・・
心地よい響きが神様に伝わり、良縁を呼んでくださる「しあわせのドラ」
商売繁盛、家内安全などの「粟光稲荷さま」なども多くの人が参拝する場所。

その近くにいる大きなウサギ。なんとなくミモロに似ています。
参拝をひと通り終えたミモロが、最後に向かったのは、社務所。

「お守りも買わなくちゃー」と、ずらりと並ぶお守りを眺めます。
お札を前に「どれにしようかなぁー全部欲しいー」と思うミモロです。
「やっぱり縁結びかな?」
小さな可愛らしいお守り・・・「恋が生まれるお守りだって…」FIND LOVEと書かれた表示。
「地主神社」には、大勢外国人観光客も訪れ、熱心にお願いをしています。


「ここでお願いすれば、きっといいご縁に恵まれますよ」とやさしい言葉を社務所の方が…。
「わー嬉しい…素敵な人たちにたくさん会える気がします」とミモロはニッコリ。

「どんな出会いが待っているのかな?」と期待に胸を膨らますミモロです。

*「地主神社」の詳しい情報はホームページで。




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妙心寺塔頭「退蔵院」の庭に咲く、見事な枝垂れ桜。去りゆく春を名残り惜しげに楽しむミモロ。

2012-04-21 | 京都
「これで、この春の桜も見納めだねぇー。でも、まだ間に合うかなぁー」と、桜が散ってしまったのではと、心配しながらミモロが訪れたのは、妙心寺の塔頭のひとつ「退蔵院」です。


臨済宗大本山の「妙心寺」。建武4年(1337)、花園天皇の離宮を禅刹に改め、関山慧玄(無相大師)により開山されたのが始まり。応仁の乱などで焼失するも、細川勝元の支援で復興。広大な敷地に近世の禅宗伽藍が広がっています。今も、その敷地には、46の塔頭寺院が点在。その堂々たる規模に、大本山としての威厳と格を感じさせます。

「わー広いー『退蔵院』ってどこだろ?」妙心寺の塔頭の配置図を見て、目的の退蔵院を探します。
ミモロが、入った北総門からは、反対側の南総門の近くに退蔵院はありました。
「ギャー反対側だったんだー。まぁお寺の中を散歩するつもりで、歩こう…」というと、トコトコと。
石畳の道が続く広大な境内には、三門、仏殿、法堂、寝堂、大方丈、小方丈、大庫裏など7つの御堂が直線に甍を連ね、全国随一の七堂伽藍になっています。「さすが日本最大の禅寺だねー」と、その大きさに驚くミモロです。

歩きながらも、「まだ桜咲いているかな?」と気がかりな様子。
やっと到着した「退蔵院」。
門には、「只今紅しだれ桜見頃です」の表示が。「わーよかった…」とホッとするミモロです。

46ある妙心寺の塔頭のなかでも、屈指の古刹の「退蔵院」。応永11年(1404)に出雲を治めた波多野重通が、妙心寺の第3世無因宗因禅師に帰依し建立したお寺です。広々とした方丈の前のお庭を前に、静寂な時に浸ります。

実は、ミモロが眺める枯山水の庭園は、室町時代の画聖、狩野元信が作庭した名庭園。

でも、今日は、桜を楽しみに来たミモロです。
早く桜,見なくていいの?「あ、そうだった、エーと桜は、門のそばの庭園だった」と、立ち上がり、隣接する庭園「余香苑」へと向かいます。

庭園の門をくぐった途端、ミモロの目に、大きな紅しだれ桜が飛び込んできました。
「わー見事な桜…」。大きく太い枝をのばし、その枝からは、桜がこぼれるように、地面へと枝垂れ、その姿の美しさに、しばし見惚れてしまいます。

庭園の奥へと続く小道沿いにも、枝垂れ桜が枝を伸ばし、ミモロの上に、桜の雨が、降り注ぐよう。

「なんてキレイなんだろ…」
長い枝につく小ぶりの花が、春の風に揺れ、なんとも言えぬ風情です。

小道の脇には、桜のピンクと共に、鮮やかな黄色のヤマブキや、ピンクと白が混ざり合った木瓜なども。

庭に春の色彩をもたらしています。

庭の一番奥から眺める景色は、深山幽谷を森木立の遠景と、平安王朝の趣を漂わせる池の景色が融合した、実に変化に富んだお庭です。
庭には、藤棚もあり、花の咲くころは、また違った趣が、訪れる人を楽しませてくれるはず。

庭の一角にある建物では、お茶がいただけというので、ミモロもさっそくお座敷へ。
床の間を拝見したり、お抹茶とお菓子でしばし休息。
お抹茶に添えられたお菓子は、ナマズと瓢箪の姿が。


ここ「退蔵院」は、山水画の始祖と言われる如拙の傑作、「瓢鮎図」(国宝)が所蔵されています。
それに因んだ、お寺のオリジナルの和菓子です。建物にも瓢箪のモチーフが。

「あー桜も今日で、見納めかもねぇ…。どんなに厳しい冬にあっても、必ず春は来るんだよね」。
初めて、京都で、雪だるまを作った冬の日が、もうずっと遠いことのよう…。
去りゆく春を眺めつつ、過ぎた日々を思い出すミモロでした。

*「退蔵院」の詳しい情報は、ホームページで、ご覧ください。




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