友々素敵

人はなぜ生きるのか。それは生きているから。生きていることは素敵なことなのです。

アメリカ下院で金融安定化法案が否決

2008年09月30日 21時50分09秒 | Weblog
 今朝、テレビを見ていたら、アメリカ議会の下院で政府提案の金融安定化法案が否決されたと報じていた。議会への提案の前に、政府は共和党と民主党との事前打ち合わせを行い、法案を修正して提案しているのだから、この結果には少々驚いた。党の執行部が了承していても、個々の議員は自分の判断で賛否を決するアメリカ議会は日本の議会とは違う。日本ならば党拘束に違反したとして反対した議員は厳罰を食らうことになる。

 法案に反対した中には与党である共和党議員が相当多いというのも面白い。ところで、民主党はどうなっているのかと知りたい気がした。アメリカ議会では政党に属していても、個々の議員の判断が優先されるとしても、そもそも民主党執行部はブッシュ政権の金融安定化法案になぜ賛成なのか、不思議だ。法案に反対した議員たちは、11月に行なわれる下院議員選挙を意識し、有権者が税金を限られた企業に投入することに反対だと感じていると解説していた。

 資本主義社会の経済活動は自由が原則だから、国家が介入すべきでないというのがアメリカ政治の伝統であろう。1929年の世界恐慌の時も、時のアメリカ政府は不介入の方針だった。そのため手遅れとなって世界恐慌へつながったと経済学者は分析するけれど、資本の流れを人間が本当にコントロールできるのか、私は直感だが出来ないと思っている。

 今回の金融不安に対して、各国政府は協力して公的資金を投入し、金融の安定を図るというが、資本主義社会が背負う運命はなるようにしかならないと私は思う。資本主義の本来の姿である生産と消費の世界とは全く異なる世界が金融の世界であろう。何しろ生産が伴わない、金だけが一人歩きする不思議な世界なのだから。

 私がよくわからないのは、日本のバブル崩壊の時もそうだったけれど、そうした結果を招いてしまった企業の責任者は全財産を没収され、ホームレスになってもしかるべきなのに、退職金までもらっていくのはどういうことなのか。アメリカの金融企業「リーマンブラザーズ」のトップは東京ドームよりも広い敷地に住んでいるという。破綻した全ての企業幹部の財産を投入し、なおかつ不足する分に公金を投入するならまだ理屈が合うが、それでも金融危機は回避できないであろう。

 実体のない数字だけの世界が破綻したのだから、行き着くところまでいくしかないというのが私の直感だ。世の中には頭のよい人はたくさんいるから、コンピュータを駆使して、何をどうすることがこの経済危機を乗り越える方法だと見出してくれるかもしれない。それでも、人間が気象をコントロールできないように、時間の流れをコントロールできないように、人間の力の及ばない流れをコントロールすることは出来ないだろう。

 人間は残念ながら力の小さな存在だ。これからは謙虚に生きなければ生存はできないだろう。
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