九月十三夜によめる 賀茂まさひら
暮の秋ことにさやけき月影は十夜にあまりてみよとなりけり
(千載和歌集~国文学研究資料館HPより)
なかつきや月かけきよしとをかあまりくもらぬみよのあきのしるしに
(建治元年九月十三日・摂政家月十首歌合~日文研HPより)
顕季卿の家にて九月十三夜人++月の歌よみけるに 大宰大弐長実
くまもなくかゝみとみゆる月影に心うつらぬ人はあらしな/(イくまもなき)
(金葉和歌集~国文学研究資料館HPより)
なにたかきあきのなかはのかけよりもなほなかつきのなかのみかつき
(住吉社法楽和歌~日文研HPより)
九月十三夜
雲きえし秋のなかばの空よりも月はこよひぞ名におへりける
(山家和歌集~バージニア大学HPより)
十三夜月
さきまくり今ふたよをはみてすしてくまなき物は長つきの月
かそふれはもちにふつかはたらねとも光は空にみてる月かな
もち月に今宵の月をくらへはやいつれか空のはれまゝさると
昔よりなになかれたる長月のつきすみにけりあまのかはせに
いかなれはみたぬ今宵の月影のむかしのよゝりくまなかる覧
もちをのみ盛りと見るに長月は二夜もたらてくまなかりけり
(丹後守為忠朝臣家百首~群書類従11)
清涼殿の南のつまにみかは水なかれいてたりその前栽にさゝら河あり延喜十九年九月十三日に賀せしめ給ふ題に月にのりてさゝら水をもてあそふ詩歌心にまかす
もゝ敷の大宮なから八十島をみる心ちするあきのよのつき
(躬恒集~群書類従15)
後冷泉院御時、九月十三夜月宴侍りけるに、よみ侍りける 大宮右大臣
すむ水にさやけき影のうつれはやこよひの月の名になかるらん
(千載集~日文研HPより)
九月十三日月のよのつねならぬに御あそびあり。二ゐ中なごんさうのこと。もろかたのべんわごん。まさながの少将ふえなどいとおかし。夜ふくるまゝに。月すみのぼりやりみづのれいよりはひろくながれたる。いとおかし。うちおほとの御としのほどよりもいとのどやかにおとなしく。はづかしげにものせさせ給。御さ えなどもおはしまし。さるべきおり++のおほやけごとなどにも。としおとなひ給へる人だに。をのづからあやまり給こともあるに。ことのさほうなどめでたくめやすくせさせ給とて。おとなひ給へる。かんたちめなどめで申給。御かたちいときよげにけたかき御ありさまなり。としいゑの二ゐ中なごんいとはなやかにきよげに。かたち人$とみえ給へり。ほりかはの右のおほとのこそは。かたちのなとり給へりしかば。このとのばらもみないとよくものし給なるべし。うちおほとの
冬ならでさやけき月にたきつせは音はせね共こほりしにけり。
二ゐ中なごん〈としいゑ〉
すむみづにさやけきかけのうつれはやこよひの月のなになかるらん。
中なごん〈よしなが〉
ちよまてにすむべき水のなかれには月ものどけくやどるなりけり
いはまよりなかるゝみづの月かけのうつれるさへそさやけかりける。
(栄花物語~国文学研究資料館HPより)
九月十三夜、ことわりのまゝに晴れたりしに、親長の、物の沙汰などひまなくして、うちあけたるけしきもなくて、きとひきそばめ、はかなき物のはしにかきて、わかき人びと大盤所にありし中を、かきわけかきわけうしろのかたによりて、ふところよりとりいでて、たびたりし、
名にしおふよをなが月の十日あまり 君みよとてや月もさやけき
かへし
名にたかきよをなが月のつきはよし うき身にみえばくもりもぞする
(建礼門院右京大夫集~岩波文庫)
九月十三夜人のもとにまかりて、夜もすから物語して侍けるつとめて、「あかさりし君かなこりに久堅の月を入まてなかめつるかな」といひをこせて侍けるかへりことに 基俊
我もしかあかてかへりし月影の山の端つらきなかめをそせし
(玉葉和歌集~国文学研究資料館HPより)
道すがらも、あはれなる空を眺めて、十三日の月のいとはなやかにさし出でぬれば、 小倉の山もたどるまじうおはするに、一条の宮は道なりけり。(略)月のみ遣水の面をあらはに澄みましたるに、大納言、ここにて遊びなどしたまうし折をりを、思ひ出でたまふ。
「見し人の影澄み果てぬ池水にひとり宿守る秋の夜の月」
と独りごちつつ、殿におはしても、月を見つつ、心は空にあくがれたまへり。
(源氏物語・夕霧~バージニア大学HPより)
崇光院しはらく南山にわたらせ給うけるころ、九月十三夜、行宮に侍て都の月を思ひやりて、後八条入道前内大臣のもとに申つかはしける 儀同三司
長月や月も更ぬる影みえて身をあきはつるみ山への奥
返し 後八条入道前内大臣
なか月やうき世を秋の月みても深きみ山を思こそやれ
(新続古今和歌集~国文学研究資料館HPより)
淀の渡りをし給ひしより、日数を指折らせ給ひければ、げにも十三夜にてありけり。「年頃、心に懸かりつる浦の名を問はざらましかば、ただにこそ過ぎなまし」とて、
名にしおふ明石の浦に旅寝してしかも今宵の月を見るかな
<さこそ故郷(ふるさと)にも今宵の月を見るらん>と、思し出づるにぞ、さやけき影もかき曇りにき。
(松陰中納言~「中世王朝物語全集16」笠間書院)
久しく年へて都に帰りのほりて侍ける九月十三夜、月くまなかりけるに、むかし物申ける人の許につかはしける 平泰時朝臣
みやこにて今もかはらぬ月影にむかしの秋をうつしてそみる
(続後撰和歌集~国文学研究資料館HPより)
後冷泉院おはしまさでのち九月十三夜四条宮に参りて式部命婦と夜ひとよ昔のことなど申して 藤原清家朝臣
夜もすがら思ひや出づる古にかはらぬ空の月を詠めて
返し 式部命婦
雲の上の月の光はかはらねど昔の影はなほぞ恋しき
(続詞花和歌集~校註国歌大系)
安嘉門院、御いみにこもりて侍ける九月十三夜、藤原道信朝臣月みるよし申て侍けれは 前権僧正教範
今夜とて涙のひまもなき物をいかなる人の月をみるらん
(新後撰和歌集~国文学研究資料館HPより)
九月十三夜に、をはりをとりける時、みつから書ける歌 妙宗法師
あきらけき今夜の月にさそはれてむなしき空に今帰ぬる
(新拾遺和歌集~国文学研究資料館HPより)
九月十三夜に成ぬ。今夜は名を得たる月也。秋も末に成行ば、稲葉を照す雷の、有か無かも定なく、荻の上風身にしみて、萩の下露袖濡す。海士の篷屋に立煙、雲井に昇面影、葦間を分て漕船の、波路遥(はるか)に幽也。十市の里に搗砧、旅寝の夢を覚しけり。よわり行虫音、吹しをる風の音、何事に付ても藻にすむ虫の風情して、我から音をぞなかれける。更行秋の哀さは、何国もと云ながら、旅の空こそ悲けれ。冷行月にあくがれて、各心を澄しつゝ、歌をよみ連歌せられけるにも、都の恋しさあながち也。会紙を勧めけるに、寄月恋と云題にて、薩摩守忠度、
月を見しこぞのこよひの友のみや都に我を思ひ出らん
修理(しゆりの)大夫(だいぶ)経盛
恋しとよ去年のこよひの終夜(よもすがら)月みる友の思ひでられて
平(へい)大納言(だいなごん)時忠
君すめば爰も雲井の月なれどなほ恋しきは都なりけり
左馬頭(さまのかみ)行盛
名にしおふ秋の半も過ぬべしいつより露の霜に替らん
大臣殿
打解けて寝られざりけり楫枕今宵の月の行へ清まで
(源平盛衰記~バージニア大学HPより)
(建仁二年九月)十三日。朝、天漸く晴る。雲靄。悉く尽く。夜、月清明なり。巳の時許りに参上す。人々多く雁衣を着す。左大臣殿、御早参あるべしと云々。午終許りに、布衣を着して、頻りに彼の御参りを相待たる。遊女の宿屋を以て、彼の御休息所となす。時刻漸く移る。申始許りに、御参りと云々。僧正御房先づ参じ給ふ。次で大臣殿(御車)・有家・資家御共して、直ちに弘御所に参ぜしめ給ふ。入道殿、早く参じ給ふべき由、仰せ事あり。頻りに其の由を申す。御参りの後、出でおはします。十五首の恋歌を合せ講ぜらる。予、例の如くに之を読む。漸く秉燭に及ぶの後、評定了り、当座の題を出ださる。小瘡の灸治、旁々術無し。題。月前秋の嵐、水路の秋月、暁月に鹿の声。詠じ出だし了り、仰せに依りて又之を読み上ぐ。又折り句あり(じうさむや)。十三夜、詠じ出し了りて、又之を読み上ぐ。又隠し題あり。みなせがは。又詠じ出し、読み上げ了りて、入りおはします。人々退出す。(略)
(『訓読明月記』今川文雄訳、河出書房新社)
(建永元年九月)十三日。朝、小雨。天陰る。未後に晴る。参上す。出でおはしまし了りて退下す。酉の時に帰参す。庭に於て御小弓あり。雅縁僧正、御前に候す。十三夜、雲畳(たた)み、月黒し。(略)
(『訓読明月記』今川文雄訳、河出書房新社)
(寛喜三年九月)十三日。夜より雨降る。辰の時許りに休む。終日天陰る。日入るの後、雲僅に分る。月巳に及びて忽ち晴に属す。
凉秋九月々方(まさ)に幽なり 況んや寂閑の人旧遊を憶ふをや
良夜清光の晴れ未だ忘れず 当初の僚友往きて留まる無し
眠らず臥さず謫居の思ひ 誰か問ひ誰か知らん沈老の愁ひ
白露金風爰に計り会ひ 満袂袖を吹きて涙浟々(てきてき)
(『訓読明月記』今川文雄訳、河出書房新社)