月は入り方の、空清う澄みわたれるに、風いと涼しくなりて、草むらの虫の声々もよほし顔なるも、いと立ち離れにくき草のもとなり。
(源氏物語・桐壺~バージニア大学HPより)
月はくまなく冴え渡りたるに、虫の声々乱りがはしく、水の流れ・風の音・鹿の音(ね)などひとつに聞こえて、あはれを添へ、涙をもよほすつまとのある所のさま、人の御あたりなり。
(とりかへばや物語~講談社学術文庫)
秋夜の心を 前参議為相
庭の虫よそのきぬたのこゑこゑに秋の夜深き哀をそきく
(玉葉和歌集~国文学研究資料館HPより)
清水山の鹿のねは、わが身の友と聞きなされ、まがきの虫の声々は、涙こととふと悲しくて、後夜(ごや)の懴法に夜ふかくおきて侍れば、東よりいづる月影の西にかたぶくほどになりにけり。(略)
みねの鹿野原のむしの声までもおなじ涙の友とこそきけ
(問はず語り~岩波文庫)
秋の夜は小野の篠原風さびて月影わたるさを鹿の声
(秋篠月清集~「和歌文学大系60」)
たくひなき心ちこそすれ秋のよの月すむみねのさをしかの声
(山家集~日文研HPより)
秋天象といふことを読侍ける 西園寺前内大臣女
月ならぬ星の光もさやけきは秋てふ空やなへてすむらん
(風雅和歌集~国文学研究資料館HPより)
千五百番歌合に 後久我前太政大臣
秋はたゝ荻の葉過る風の音に夜深く出る山の端の月
(風雅和歌集~国文学研究資料館HPより)
後京極摂政百首歌よませ侍けるに 小侍従
いくめくり過行秋にあひぬらんかはらぬ月の影をなかめて
(新勅撰和歌集~国文学研究資料館HPより)
題不知 人まろ
足曳のやま鳥のおのしたり尾のなかなかし夜をひとりかもねん
(拾遺和歌集~国文学研究資料館HPより)
八月ばかり、夜一夜風吹きたるつとめて、「いかが」といひたる人に
荻風に露拭き結ぶ秋の夜は独り寝覚めの床(とこ)ぞさびしき
(和泉式部続集~岩波文庫)
ながき夜(よ)の寝覚めのなみだいかがせむ露だにほさぬ秋のたもとに
(宗尊親王御百首)
後京極摂政百首歌よませ侍けるに 八条院六条
秋の夜は物思ふことのまさりつゝいとゝ露けきかたしきの袖
(新勅撰和歌集~国文学研究資料館HPより)
秋夜長無睡天不明といふ事を 太宰大弐高遠
秋の夜のなかき思ひのくるしきはねぬには明ぬ物にそ有ける
(新続古今和歌集~国文学研究資料館HPより)
題しらす 源通有朝臣
幾かへり秋の夜なかきね覚にも昔をひとり思ひ出らん
(新後撰和歌集~国文学研究資料館HPより)
秋夜長
老いらくの床も枕も秋のよのなかきをしるは涙なりけり
(草根集~日文研HPより)
あすしらぬいのちにひとをとひわひてあきのよなかくおもひけるかな
(閑窓撰歌合~日文研HPより)