詠鹿鳴
このころの秋の朝明に霧隠り妻呼ぶ鹿の声のさやけさ
君に恋ひうらぶれ居れば敷の野の秋萩しのぎさを鹿鳴くも
秋萩の散りゆく見ればおほほしみ妻恋すらしさを鹿鳴くも
秋萩の咲きたる野辺はさを鹿ぞ露を別けつつ妻どひしける
秋萩の咲たる野辺にさを鹿は散らまく惜しみ鳴き行くものを
(万葉集~バージニア大学HPより)
これさたのみこの家の歌合によめる 藤原としゆきの朝臣
秋萩の花さきにけり高砂のおのへの鹿はいまや鳴らん
(古今和歌集~国文学研究資料館HPより)
あきふかきはなののつゆにつまこめてなれもたちぬれしかそなくなる
(延文百首~日文研HPより)
千五百番歌合に 従二位家隆
秋風にもとあらの小萩露落て山陰さむみ鹿そなくなる
(玉葉和歌集~国文学研究資料館HPより)
石山にこもり給へるに、鹿のいとあはれに鳴きければ 風につれなきの女二の宮
かくばかり深くはいまだ知らざりき鹿の鳴くねに秋のあはれを
(風葉和歌集~岩波文庫「王朝物語秀歌選」)
秋歌とて 儀子内親王
うす霧の山本とをく鹿鳴て夕日かけろふ岡の辺の松
(風雅和歌集~国文学研究資料館HPより)
文保三年、後宇多院よりめされける百首歌の中に 民部卿為藤
小山田の庵もる床も夜さむにて稲葉の風に鹿そなくなる
(風雅和歌集~国文学研究資料館HPより)
もののふもあはれとおもへあつさゆみひきののよはのさをしかのこゑ
(夫木抄~日文研HPより)
たいしらす よみ人しらす
たれきけと声高砂にさをしかのなかなかしよを独なくらん
(後撰和歌集~国文学研究資料館HPより)
九月ばかり、山へ登るとて、大岳といふ所にて休み侍りけるに、月影に鹿の声あはれに聞こえ侍りければ 風につれなきの関白
月のすむ峰をはるかに尋ぬれば憂き世を送る鹿の声かな
(風葉和歌集~岩波文庫「王朝物語秀歌選」)
秋歌に 寂然法師
木枯に月すむ峰の鹿の音を我のみきくはおしくも有かな
(風雅和歌集~国文学研究資料館HPより)
なくしかのこゑにめさめてしのふかなみはてぬゆめのあきのおもひを
(千五百番歌合~日文研HPより)
正安三年八月十五夜内裏十首歌に、暁月聞鹿 左大臣
よそにきく我さへかなしさを鹿の鳴ねを尽す有明の空
(続千載和歌集~国文学研究資料館HPより)
題しらす 貫之
秋はきのみたるゝ玉はなく鹿の声よりおつる涙なりけり
(風雅和歌集~国文学研究資料館HPより)
朝鹿といふ事を 源持春
啼あかすをのか涙の時雨にやぬれて朝たつさをしかの声
(続古今和歌集~国文学研究資料館HPより)
このころはやまのあさけになくしかのきりかくれたるおとそさひしき
(建暦三年七月十三日・内裏歌合~日文研HPより)