七月(しちぐわつ)
灼熱(しやくねつ)の天(てん)、塵(ちり)紅(あか)し、巷(ちまた)に印度(インド)更紗(サラサ)の影(かげ)を敷(し)く。赫耀(かくえう)たる草(くさ)や木(き)や、孔雀(くじやく)の尾(を)を宇宙(うちう)に翳(かざ)し、羅(うすもの)に尚(な)ほ玉蟲(たまむし)の光(ひかり)を鏤(ちりば)むれば、松葉牡丹(まつばぼたん)に青蜥蜴(あをとかげ)の潛(ひそ)むも、刺繍(ぬひとり)の帶(おび)にして、驕(おご)れる貴女(きぢよ)の裝(よそほひ)を見(み)る。盛(さかん)なる哉(かな)、炎暑(えんしよ)の色(いろ)。蜘蛛(くも)の圍(ゐ)の幻(まぼろし)は、却(かへつ)て鄙下(ひなさが)る蚊帳(かや)を凌(しの)ぎ、青簾(あをすだれ)の裡(なか)なる黒猫(くろねこ)も、兒女(じぢよ)が掌中(しやうちう)のものならず、髯(ひげ)に蚊柱(かばしら)を號令(がうれい)して、夕立(ゆふだち)の雲(くも)を呼(よ)ばむとす。さもあらばあれ、夕顏(ゆふがほ)の薄化粧(うすげしやう)、筧(かけひ)の水(みづ)に玉(たま)を含(ふく)むで、露臺(ろだい)の星(ほし)に、雪(ゆき)の面(おもて)を映(うつ)す、姿(すがた)また爰(こゝ)にあり、姿(すがた)また爰(こゝ)にあり。
泉鏡花「月令十二態」~青空文庫より