花と緑を追いかけて

山を愛し、花を愛し、旅と
映画とパソコンと、好奇心も
いっぱいの主婦の日記です

横浜東口「崎陽軒本店」と、「横浜ジャズプロムナード」

2013年10月25日 | 我が街・横浜
天気予報図の中に二つの大型台風が顔を出して一週間近くになります。
連日雨模様のお天気が続き、学校行事や秋の行楽シーズンの予定が立たず、
やきもきしている方が多いのでは

明日土曜日に本州に最も近づく予報ですが、だいぶ南にそれて直撃はないようです。
でも油断は禁物、豪雨に要注意ですね。

横浜駅「東口」
私も今週はアウトドァーのお楽しみは諦め、横浜近辺をウロウロしました。
こちらはシーバス乗り場から見た、横浜駅東口にあるそごうデパートと高層のスカイビル
写した画像です。


横浜駅は国道一号線に面した海側の東口が玄関口なのですが・・・
昔から商業施設やバスターミナルのある西口の方が賑やかでした。


そごうデパート2Fのこの入り口を出ると、ベイエリアが望めます。

45年くらい前、横浜駅から湘南電車に乗って都心に通勤していた私のOL時代は、
東口には工場や倉庫が建ち並び、
回転展望台のレストランがあるスカイビルが目立つくらいでした。

その後、地下街の横浜ポルタとそごう横浜店の開店以降は目を見張る変貌を遂げています


この2階部分から右手の日産自動車グローバル本社ビル(みなとみらい地区方面)とを結ぶ
ペデストリアンデッキ「はまみらいウォーク」が設置されています。

そごうやスカイビルがある一角(出島地区)はみなとみらい地区の68街区ともされ、
同地区に含む場合もあるそうです。(ウィキペディアより)


左手のかもめ橋を渡ると、新しい商業地区のベイクウォーターに出ます。
みなとみらい地区や山下公園を結ぶシーバス乗り場もここにあります。

10月21日・「崎陽軒本店」で食事会
開港以来、常に世界の新しい文化を日本に導入してきた横浜・・・
その横浜の名物といえば一番に思い浮かべるのが「崎陽軒のシュウマイ」です。


1908年の創業以来、100年の歴史と伝統の味ですが

1955年に「横浜駅東口周辺を復興させたい」という願いと共に
鉄筋コンクリート3階建てのシウマイショップ1号館(本店)が建設されました。


横浜駅東口から歩いて1分
館内には中華はモチロン、イタリアンや食べ放題のブッフェレストランもあり
様々な地域から来る方々と集まってお食事する時はとても便利なのです。

今回のOL時代の仲間4人でのお食事会には、中華レストラン「嘉宮」を利用しました。


オーダーしたのは「くつろぎ昼会席」 
詳しい内容はこちらでどうぞ

まずはで乾杯し、近況を語り合います。お料理はほんの少しずつ運ばれます

食べて喋って、食べて喋って・・・撮り忘れもありますが、皿数で勝負のお料理でした


中高年の女性向きのメニューですが、男性や肉食系の女子にはちょっと物足りないかしら・・・

すでに未亡人になったり、ガンのご主人の病院に付き添ったりの仲間も居て
それぞれに人生の辛酸を経験し始める年齢ですが、
昔話にはお腹を抱えて笑い転げます。

食事後はカフェに場所を移し、結局11時半から16時半までの
5時間もお喋りを楽しみました。

勤め先の事は以前このブログでもUPしましたが、ご興味のある方はこちらをご覧ください。
今考えるととてもユニークな仕事場でした。


当時の会長(創始者)がモデルの小説が最近ベストセラーになり
「いずれドラマ化され、半沢直樹みたいにヒットするかも」と、当然その話題も出ます。

私は上巻を買い、下巻は図書館で借りて読みましたが、
内側を少々知っているだけに、感想は複雑です。

創始者の「人間尊重」の教えの元、出勤簿も労働組合も、
そして有給休暇もない、当時まれなる会社に4年勤めました。

「必要な時はいつ休んでも良い」と言われても、病気以外ではとても休みづらかった

それでも仕事仲間同士がいまだにこうして集まっているということは
和気藹々とOL時代を過ごし、嫌な思い出が無かったからかも知れません。

今頃になって「大家族主義」という社風の良さを実感しております。


「午後の飲茶会席」(ハーフセット)
ちょっと古いお話で恐縮ですが、短大時代の友人の
taeさんご夫妻が、今年の桜の季節に山形から上京して来ました。


横浜にあるご主人のご実家のお墓参りの後で会おうということになり
やはり交通が便利なこのお店を利用しました。


午後2時過ぎのアフタヌーンですので「飲茶会席」のハーフです。

お二人とも大柄なtaeさんご夫妻・・・足首を骨折したTちゃんも杖を持って参加です

毎回お好みの中国茶が選べますこの時は全員が違うデザートを頼みました。


春の「飲茶会席」と今回のランチ「くつろぎ会席」の違いは分かりましたでしょうか?

この夏、taeさんは難病を患い、貧血が酷かったそうで心配しましたが、
今は良いお薬が開発されていて、治療は週に一度の通院ですみ
無理しなければ旅行やダンスなど好きな事をして良いそうです。

でもご家族の皆様はさぞかしご心配なさったことでしょうね。


10月13日・「横浜ジャズプロムナード」
三連休の中日に、秋物のジャケットを買いに行ったついでに
MM21に足を伸ばしてみました。


毎年10月の連休に開催される、日本最大級のジャズフェスティバルが開かれていました。


横浜の街全体が会場となり、今年も10月12日&13日は中心街のあちこちから
トランペットやフルートの音が聞こえてきていました

こちらは「みなとみらい駅」のあるクィーンズスクエァーで聴いた
大好きなデキシーのリズムです。


「街全体をステージに」を合言葉に1993年から始まった
日本最大級のジャズ・フェスティバル。

国内外第一線のプロからアマチュアまで約 3,000人のミュージシャンが集結し、
ホールやジャズクラブ、街角のいたるところでライブを展開。

毎年10万人以上が訪れる横浜の秋の風物詩となっているようです。


こちらはプロの「楽団・南十字星」の歌と演奏で、撮影は禁止です。

「戦後まもなく銀座のキャバレーで南十字星の演奏を聴いた事があるよ」
お隣で話すお爺様お二人の会話が面白かったです。

周りを見れば若い人は殆ど居ません。


7月に汽車道に撮影に来た時は、人の姿も少なかったのですが
この日はご覧の通り大勢歩いています。


ビートルズやフォーク世代に近い私は、ジャズもいいけど
こうした素朴な音楽が懐かしかったです。


21日の食事会の帰路、父がお世話になっている施設から
父が「発熱した」との連絡があり、今週は毎日様子を見に通っています。

同じユニットで4名に風邪の症状が出ているらしく
父は未だに夕方になると37度5分くらいの熱が出ます

こんなお天気が続くと、弱者に皺寄せがきますね。
早く爽やかな秋晴れが広がって欲しいです




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横浜開港祭・2013

2013年06月10日 | 我が街・横浜
私が住んでいる横浜は、5月29日に「入梅」したようですが
その後は雨も降らず「今年はカラ梅雨」と、夏の水不足を心配してしまいました。

でも流石にこの一両日はジットリと蒸し暑く、「本格的な梅雨の到来」を感じさせますね。
それどころか台風3号が発生したそうで、豪雨の心配まで出てきました。


9日の日曜日、関東近辺の天気予報はどこもマーク

山仲間と山梨県の塩山市の奥にある「小楢山」に行く予定でしたが
仲間2人の都合が悪くなり取りやめとなりました

私は行く気満々で準備していたのでガックリ

仲間の一人は25日が予定日のお嬢さんの出産が早くなりそうとかで
「近場の山ならok」と言ってくれましたが、この時期の低山は暑さが堪えます

結局山は諦め、一人でカメラを抱えて「横浜開港祭・2013」に行ってきました。

桜木町駅からラウンドマークタワーに向かって行くと、係留された「日本丸」が見えてきます。

帆が張られた美しい「日本丸」を期待しましたが
帆は6月2日に張られて終わったあとらしい・・・


1930年(昭和5年)に兵庫県神戸市の川崎造船所で進水した、日本の航海練習船で大型練習帆船。
その美しい姿から、「太平洋の白鳥」や「海の貴婦人」などと呼ばれています。

日本丸は約半世紀にわたり活躍し、1984年(昭和59年)に引退、
現在はMM21の「日本丸メモリアルパーク」に係留されています(ウィキペディアより)

ボランティアさんたちの手で年に10回、帆が張られその優雅な姿を見ることが出来ます。
その年間スケジュールと帆を張った画像をこちらでご覧下さい。

開港記念日は6月2日ですが、
「アフリカ会議」が開催された関係で、お祭りが一週間延びたのでしょうか?


6月1日から3日間「アフリカ会議」が開催された「パシフィコ・ヨコハマ」裏の広場では
多くの食べ物店のテントが並び、様々なベントが開かれていました。

奥様たちのサークルの発表の場でもあるようですね。


パシフィコ・ヨコハマからぷかり桟橋まで長い行列ができていました。
100円で乗れる当日のクルーズは先着順でしたので、そのチケットを求める方たちでしょうか?


シーバスが行きかうぷかり桟橋には見慣れぬ「漁船」が・・・

横浜市瀬谷区の有志の呼掛けにより、
岩手県大槌町への寄贈が実現する瀬谷丸をお披露目しているようです。

アクアマリンふくしま所蔵の大漁旗も並び・・・
各企業のイベントも行われていました。




孫が一緒だったら喜びそうなお店がたくさん出ていましたが・・・
まだ日曜日の午前中で、夜の花火に向けて賑わうのはこれからのようでした。

毎年6月はじめの土日に催される「横浜開港祭」
花火をはじめたくさんのイベントが楽しめますこちらを参考になさってください。

午後には横浜港で活躍する官公庁艇船舶の活躍の紹介とパレードがあるらしいのですが、
私は待たずに赤レンガパークに向かうことにしました。


「横浜赤レンガ倉庫」
この日は各地で真夏日となりました。
ぷかり桟橋から歩いて赤レンガ倉庫にやってきましたが、
流石にひたいから汗が流れ落ちました


1987年から10年間、私はこの近くの都市銀行にアルバイトで通っていましたが
その頃の赤レンガ倉庫はTVドラマのロケ地に使われたりして、若者たちが侵入
倉庫への落書きなども横行し荒れ果てていました。

その後MM21の開発と共に整備され、すっかり綺麗になりましたね。


港祭りとは関係なく、休日は何時もイベントで賑わっている赤レンガパークです。


若者が喜びそうなお店がいっぱい並びます。


この日はアウトドァーの特別会場が用意されていました。
題して"都会で山を感じる2日間・ランドネピクニック”

和歌山県田辺市からは「熊野古道」の案内長野県の北アルプスの紹介も


他にも諏訪の観光連盟は「八ヶ岳」登山のアンケートを行っており
私も書かせていただきました。


登山用品を扱うお店の出店があったりで、ザックなどを見て回りました。

草むらにはテントが張られ、音楽を奏でる人々やファミリーが
思い思いの形でくつろいでいました。

横浜「三塔物語」
キングの塔(神奈川県庁本庁舎)・クイーンの塔(横浜税関)・ジャックの塔(横浜市開港記念会館)は、
地元では「横浜三塔」と呼ばれ、横浜港のシンボルとして長年市民に親しまれています。


赤レンガ倉庫から汽車道を大桟橋方面に進むと、すぐ右手に
クィーンの塔「横浜税関」があります。

今でこそ都市化が進み、これら三塔も目立たなくなりましたが
建った当時は横浜港に入港してくる船の目印になっていたようです。


こちらはキングの「神奈川県庁・本庁舎」

塔の愛称は、入港する船の外国人船員達がトランプのカードに例えて名づけたと言われています。


そしてこちらがジャックの「横浜市開港記念会館」

現在では、この三塔を同時に見る事の出来るスポット
(神奈川県庁の正面、横浜赤レンガ倉庫、大さん橋国際客船ターミナル)を全てまわると
願いが叶うと言う都市伝説があり、これを「横浜三塔物語」というそうです。

私は県庁前で探してみましたが見つかりませんでした
願い事が叶うなら、次回は是非この三つを探しあててみよう・・・

※先月ウィルスバスターを最新版にバージョンアップして以来PCの動きが悪くなりました。
特に画像サイズの変更がサクサク行かず非常に時間がかかり、
ブログのUPに大変苦労しています




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三渓園「観月会」と、ロコモのお話し

2012年10月03日 | 我が街・横浜
台風17号は東海地方や首都圏など広い範囲を暴風域に巻き込みながら
列島を縦断し、1日には北海道東方沖に去って行きました。

沖縄県や鹿児島県では多くの怪我人が出たそうですが、
被害に遭われた方々には心よりお見舞いを申しあげます。

私の住む横浜南部も、30日の18時頃から風雨ともにひどくなりましたが、
夜中の2時過ぎに目を覚まして外を見たら、中秋の名月が煌々と輝いていました。


明けて10月1日は台風一過の晴天に恵まれ、朝から富士山がクッキリと見えていました。

この日は山仲間のYさんが、三渓園の「観月会」の席で、和楽器の合奏に参加するというので
もう一人の仲間のKさんと、JR根岸駅で夕方の5時に待ち合わせ「三渓園」に行きました。

暮れなずむ大池から見た「三重の塔」が、ライトアップされていました



宮城流のお琴の師匠をしているYさん、今回はお三味線に挑戦だそうです。


会場は三渓園・内苑の「臨春閣」

紀州初代藩主の頼宣が、和歌山・紀ノ川沿いに建てた数奇屋風書院造りの別荘建築です。
内部には狩野派などの絵師による障壁画(オリジナルは三渓記念館で保存・展示)や
洗練されたデザインが各所に見られます。


午後6時15分、すっかり暮れた内苑に雅な調べが流れます。
お琴と尺八の風情あるハーモニーに酔いしれました。


2曲目にはYさんのお三味線も加わります。
津軽三味線に通じる力強い響きが感じられました♪
いつもの山姿とは全然違うYさんに目を奪われます

1脚にカメラをセットした私は、観客席の芝生の上をあちこち移動しながら撮りました
夕景の写真は一週間前に伊豆で習ってきましたが、三脚ナシでの夜の撮影は更に難しい・・・



こちらが昨年の12月に、所属していたカメラ教室での撮影会
この三渓園に来た時に撮った「臨春閣」です。

三渓園は、明治時代末から大正にかけて製糸・生糸貿易で財をなした
横浜の実業家原三渓(本名・富太郎)が、東京湾に面した”三の谷”と呼ばれる
谷あいに造り上げた53000坪の日本庭園です。

明治39年に一般公開された外苑と、三渓が私邸としていた内苑の2つの庭園からなり
京都や鎌倉から集められた17棟の歴史的建造物と、
四季折々の自然が見事に調和した景観が見所です。
(パンフレットより)


旧燈明寺三重塔も、この日はライトアップされていました
関東地方にある木造の塔では最古のものらしい・・・


そしてこの夜は「十六夜の月」

ウサギの餅つきが全然写っていなぁ~い
これでは単なる白い玉

三脚を持ってこなかったことが悔やまれますが、
次回のカメラのお勉強は「月の写し方」ですね。

         

夜風が心地よい中、7時半過ぎまで日本庭園に流れる和楽器の調べを堪能してから
Kさんと本牧のファミレスでお食事をしました。

話題は、その日の朝のNHKTV「あさイチ」で取り上げられた
「ロコモティブシンドローム」のお話しです。

Kさんは去年ぎっくり腰をやって、一ヶ月以上身動きが取れなかったそうです。
そして身長が1年で4cmも縮んだとか

彼女と同じ歳の私は今年転んで手を骨折し、一ヶ月では骨が着かず
「骨粗しょう症」を疑われ、先日腰のレントゲンを何枚も撮りました。

私、今までも違う病院で何度か骨密度は測っていて、いつも105とか108とかで
平均値よりも高かったのです。

それが今回の検査で背骨の一箇所に少々の狭窄が見つかり、
その上の骨の一部が初期の骨粗しょう症という診断

「一部分だけ骨密度を測っても、その数値はあまり意味はありません」と、
今通っている病院の医師は言います。

「〇〇大学病院の新しい治療法で、あと20年は元気に歩けるようにしましょう」と
しばらくは毎週一回注射を受けるように言われました。
う~~~ん

そこに偶然観たのが今回のNHKTVです。


あさイチ”あなたも寝たきり、患者4700万人、
第二の国民病「ロコモ」にご用心”40代から突然の転倒骨折”

要注意、”〇〇大学病院の研究で最近分った隠れ骨粗しょう症
原因はコラーゲン不足

まさに私のことを言われているようでした

「放っておくと手の次は背骨の骨折の危険、そして最後は大腿骨骨折のリスク大」
TVでの教授の言葉にガ~~ン
迷っていましたが、私、〇〇大学病院の注射療法を受けることにしますわ。

「あさイチ」では、40代から日々の軽い運動で筋力を維持し、
カルシウムやコラーゲンに富んだ食生活を心がけましょうという趣旨でした。

「私たちの40代・50代はハードな山々に行きまくっていたから、筋力はあったはず」
遅まきながら今からでも「危険の無い山歩きは筋力維持のために続けよう」
となりました。

二人ともここ最近「加齢」を突きつけられて落込んでいましたが、
負けてなるものかと頑張る事にしましたよ。


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「港の見える丘公園」のバラと「外人墓地」

2012年05月25日 | 我が街・横浜

我が家のバラ「クィーン・エリザベス」が咲きだしました

今の家を建てた時、母が愛した実家のバラを挿し木して我が家にも植えました。
白や真紅のバラは駄目になったけど、このバラだけはもう25年近くも咲き続けています


ちょっと小ぶりのバラですが、カエルちゃんのお布団がわりになっているようです
朝の八時半、起しちゃってゴメンナサイ・・・

バラを愛した実家の母も、今では藤沢の病院で寝たきり状態・・・
鼻に通した管からの栄養注入だけで、もう1年半も口から食事や水分は摂取していません

先日NHKTVの「クローズアップ現代」に、突然母がお世話になっている病院と
院長先生が登場しビックリ
題して「どう迎える人生の最期・問われる延命医療」

一緒にTVを見ていた主人が
「俺には一切管やイロウなどの処置はしなでくれ」
「葬式も墓も要らないからな
と言い出しました。

おっと今回はそんな深刻なお話には似つかわしくない、バラの美しい横浜山手地区のご案内です。

「港の見える丘公園」
前々回にご紹介したましたが、横浜の市花が「バラ」
そしてここ「港の見える丘公園」には、2009年に横浜開港150周年を記念してつくられた
大輪のバラ「はまみらい」がたくさん咲いていました。


その横には紅白のバラ「ラブ」が、「ベイブリッジ」を背景に咲き乱れていました。
横浜らしいショットですね


でも、バラにピントを合わせるとベイブリッジがボケ、橋にピントを合わせるとバラがボケる
被写界深度が問題なのでしょうが・・・

両方にピントを合わせるにはどうしたら良いのかしら
カメラ教室をお休み中の浪人の一人撮影は、教わる人がいなくてお手上げです


「ラブ」はアメリカ産のバラです。


公園内にある「イギリス館」の反対側に廻りました。

ローズガーデンの薔薇に包まれるようにして横浜市のイギリス館が建っています。
かつて英国総領事公邸として建てられたもので、横浜市指定文化財にもなっている建物です。

コンサートホールや会議室として利用されてきましたが、2002年(平成14年)からは一般公開もなされています。


英国産の「ウィンチェスター・カセドラル」

こちらは姉妹のように並ぶフランス産のマチルダ
ふんわりとした美しさの中、母娘の違いも感じられます

同じフランス産、真紅のビクトル・ユーゴ
こちらは日本産の「正雪」・・・


「万葉」は日本の万葉時代の、朝焼けの色でしょうか・・・
私のお気に入りの「茜色」「曙色」です。


1962年にオープンした「港の見える丘公園」

目の前に「横浜港」の倉庫群と「ベイブリッジ」が見渡せますが
近年はMM21に観光客をとられ、この公園も淋しい限り・・・
でも、バラの季節は賑わいますね。


園内には「イギリス館」の他に「大仏次郎館」もあります。

バラが横浜市の花として制定され、その制定記念として1991年(平成3年)5月にバラ園がオープン。
以来約70種、1500株ものバラが咲き誇って公園を彩ってきました。


「外人墓地」
港の見える丘公園から2~3分歩くと、元町に通じる斜面に
洋風の墓石が建ち並ぶ「墓地」が右手に見えてきます。


19世紀から20世紀半ばまでの間、40ヶ国・4400名の人々が眠っているそうです。
今はビルが建ち並ぶ風景が広がりますが、昔はここから渡ってきた故郷が忍ばれる青い海が見えたのでしょう。


基本的には関係者以外立ち入り禁止です。
でも最近は運営資金集めのため、夏場などの休日昼間に一部を公開していることがあるそうで
そういう日に当たれば、\200~300 の募金で中を散策することが出来ます。


外人墓地の向かい側のあるのが、横浜の老舗レストラン「山手十番館」
ティールームもありますので、ここでお茶するのも良いですね。

MM21が新しい横浜なら、この山手界隈は異国情緒たっぷりの古い横浜が味わえます。

こちらの地図を参考に、教会や西洋館巡りもお薦めで
特に12月入ると、華やかな「世界のクリスマス」を無料で見て回れます。
このブログでも紹介していますので参考にして下さいこちらこちらです。

こうして私の横浜散策も終わりました。
汗をかいても片手では満足にシャンプーも洗顔もできません
翌日は美容院、その次にはエステに行ってサッパリしました。

包丁も握れませんのでお食事もお刺身やら出来合いのお惣菜が増え、
しばらくは散財が続きます
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バラを求めて横浜散策1・山の店でもの思う・・・

2012年05月20日 | 我が街・横浜

「風薫る5月」
不安定なお天気も解消された19日(土)は快晴に恵まれました
こんな日は家にくすぶってはいられません。

横浜の市の花は「バラ」
そろそろ咲き出している頃と思い、一人で出かけることにしました。

トップの画像は2009年に横浜開港150周年を記念してつくられた大輪のバラ「はまみらい」
「港の見える丘公園」内のイギリス館のバラ園にたくさん咲いていました。


そういえば「ブルーライト・ヨコハマ」という歌も、昔流行りましたね。
花びらに前日に降った雨の露がまだ残っている・・・


園芸種よりも高山植物や山野草が好きですが、バラやランは別格
女なら自分の名前の付いたバラに憧れますね。


            


綺麗なバラの花の後に、無粋な登山靴の画像で恐縮です
片手を骨折した私、しばらくは山に行けませんので、これを機会に靴底を張り替える事にしました。

買って7年、底が磨り減って滑りやすくなりました。
何しろ山仲間が3回も、登山中に靴底が剥がれる事態に遭いましたから、そちらも要注意

以前に比べるとだいぶ改良され、剥がれにくくはなっているようで、
私の靴はまだひび割れなどは見えませんが、用心に越した事はありません。

期間は3~4週間かかり、費用は1万円、買った値段の4割でOKなので決めました。

娘時代に履いていたキャラバンシューズから数えて5足目のこのイタリー製の登山靴
おそらくこれが私にとっての最後の登山靴でしょうね。


靴をザックに入れて持って行ったのは、横浜駅東口から桜木町方面に歩いて7~8分、
劇団四季のキャッツシアター前の国道1号に面したビルの中にある「山の店・カモシカ」

以前は桜木町にあり、そちらで買いましたが、2~3年前に引越しして
山ガールや山ボーイを意識したお洒落なお店になりました。


うれしい事に、無料でコーヒーを飲みながら、山の雑誌やビデオが楽しめるコーナーは健在でした。

雑誌「ヤマケイ」や「岳人」が5年分以上も並んでいます。


私もコーヒーを戴きながら、2009年7月に北海道のトムラウシ山で中高年の登山ツアー客18人が遭難し、
8人の命を奪った(他にガイド1名も死亡)遭難事故に興味があったので、
ヤマケイの「トムラウシ山・大量遭難」の特集記事を読みました。

今年のGWにも、白馬岳登山中に低体温症で福岡から来た医師ら6人のパーティー全員が
遭難死する事故がありましたね。

季節の違いや、登山ツァーと個人のパーティーとの違いはありますが、
両方とも悪天候の中、戻るチャンスを逃したのと、急激に低体温症に至った経過は良く似ています。

最初にニュースになった「薄着で持ち物も不十分」というお話しはちょっと違っていて
どちらのパーティーも、皆フリースや軽量ダウン、ツェルトは持っていたそうです。
(白馬の場合もNHKのニュースで言っていました)

トムラウシの遭難から生還した人の共通点は、それらの暖房着を雨具の下に手早く着こんで、
ポケットなどに簡易食料を入れてた人
そして雨具などの手入れも良くてちゃんとした物を身に付けていた人たち。

でも最後は体力の差が出て、8名の死亡者の内7名が女性と言う惨事になりました。

休日の静かな店内で、荒れ狂う大自然に翻弄される人々を思い胸が痛みました

今回は他に買い物はナシ
山用のシャツを着て、ザックを背負い、私はMM21を目指して歩き出します。

カメラは首にぶら下げ、スイカやお金、必要な物は全部ポケットに入れて
物の出し入れは極力避けました。

ファミリーの姿が多いMM21の通り道
時々山用の衣類を買いに来るお店にも寄りました



「横浜美術館」の向うに「ラウンドマークタワー」が見えてきました。

休日には良く見られる大道芸
結構な盛況ぶりのよう・・・



右手のドックヤードガーデンからはホルンの音色が聞こえてきました。
午後4時からの演奏会に備えて、練習中のようでした。

商船用石造りドックとしては最も古い「旧横浜船渠第2号ドック」を後世に伝えるべき資産として
復元して生まれたのが「DOCKYARD GARDEN(ドックヤードガーデン)」。
この文化資産を、人々のコミュニケーションスペースとして利用できるようです。

大道芸や音楽をしばらく見聞きしながら、さてさて右に行こうか?左に行こうか?


結局左に行き橋を渡り、ワールドポーターズからレンガ館に向いました。
あの赤いバスに乗って、「港の見える丘公園」のバラを見に行こう・・・


県庁~中華街~元町入り口と廻って、20分かけて「港の見える丘公園」に到着です。
100円で乗り放題、
主な観光施設を廻る循環バスの「赤い靴号」は便利です。


「港の見える丘公園」のバラは見頃を迎えていましたが、人出も多くてビックリ


何やら人だかりの向うから音楽が聞こえてきました♪♪♪


イギリス館の前ではミニコンサートが開かれていました。

青空の下、バラの甘い香りと、オーボエ イングリッシュホルン サックス キーボードなどの
軽快な演奏で気分は満たされました。

休日の横浜の中心街は、無料でいろいろな催し物が楽しめます。

バラは17日夜半の雷雨で傷ついた花びらも多かったようですが、まだまだ蕾がたくさんあり
これからが本番
次回はバラ園の様子と「港の見える丘公園」周辺のご紹介もして行きたいと思います。






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洋上のプリンセス

2012年04月08日 | 我が街・横浜
桜が見頃となったこの週末は、お天気にも恵まれ、
朝夕は寒いものの、日中は良い「お花見日寄り」となりました

ただ私は新年度スタートの自治会の役員会議が続き、ちょっとお疲れモード・・・

今日は孫のハー君が習っている水泳の背泳ぎの合格と、サッカー少年団の優勝祝いで
夜、家族皆で近くの焼肉店でのお食事が唯一の気分転換でした

画像は山ほど溜まっているので、順次紹介して行きたいと思います。

4月1日「シー・プリンセス号」横浜港初寄航

カメラ友のSさんから、横浜の大桟橋に豪華客船がやってくるので
撮影に行かないかと誘われました。

丁度関内駅前の「横浜市民ギャラリー」で「二科展・神奈川」も始まったので
そちらを見る方々行ってきました。

船はまず「山下公園」側から見ることに・・・


白い船体の「シー・プリンセス号」が大桟橋に横づけされていました。
総トン数77000トン、全長 261メートルの巨大なお姫様ですが・・・

奥にもう一隻の船が見えています。何でしょう


春の陽射しに恵まれたこの日、
「山下公園」から見た「ベイブリッジ」が眩しい・・・

杉花粉の影響でしょうか?
私は目が痒くて、涙がポロポロと止まりませんでした



正面に赤レンガ倉庫やMM21の風景を眺めながら「大桟橋」に歩いて行きました。

大桟橋の向って左側には「飛鳥Ⅱ」そして右側に「シー・プリンセス号」か係留


私、船の撮影は初めてなので、どこをどう撮って良いのやら迷います。
もっと下から見上げるように写せば迫力が出たのにと反省です。


シープリンセス号は全幅 32メートル、乗客定員 1,950人 、乗務員数 900人
全975室のうち、410室がバルコニー付だそうです。


「洋上に浮ぶ高級ホテル」ですね。

庶民の私には縁のない「豪華客船での船旅」ですが、
友人のマルさんは一昨年、大学時代の仲間6人でヴェネチアから「エーゲ海クルーズ」を楽しんだ後に
あのアイスランドの火山爆発の影響を受けて、ミラノで三日間の足止めをくいました。


日本政府の救援機で帰国した時は、「「セレブからいきなり難民になった心境」だったそうな・・・

その後ご主人が、日にちは違っていましたが、
イタリアの船長が逃げ出して話題の座礁事故を起したあのクルーズに
参加したことがあったとか・・・

私の周りでも何かと話しが出る「豪華客船の旅」ですわ。


船籍はバミューダー、ユニオンジャック入りの旗がたなびいていました。
この日、横浜港の周りには熟年夫婦の外人観光客の姿がたくさん見られましたね。

「シー・プリンセス号」の豪華な内部の様子などはこちらをご覧下さい

ちなみに現在の世界最大級の豪華客船は「クイーン・メリー2」(145000トン)

横浜には日本初寄港の09年から2年連続で寄港しましたが、
ベイブリッジをくぐれず貨物船専用岸壁に誘導したため、乗客から不満が出て
去年は横浜港には寄らずに大阪港に変更になったそうです


「飛鳥Ⅱ」

ご存知日本郵船所有、優れた造船技術力を持つ三菱重工長崎造船所で生まれた豪華客船です。

こちらはレンガ倉庫がもっと見えるように、上から撮りたかったのですが・・・


総トン数 50142トン 、長さ241m、幅29.6m
客室数462室、乗客数800人
バルコニー付き客室比率 54% 、乗組員数 約440人

「シー・プリンセス号」と並ぶとスマートで、ひと周り小さい感じ・・・
この日は翌日4月2日~7月8日までの「世界一周クルーズ」を控えていました。

お値段は4,250,000~24,500,000円

私のOL時代の仲間が2回ほど「飛鳥クルーズ」を経験していますが
予約は高い部屋からふさがって行くそうです


その友人曰く
「荷物は宅配で船室に届けてくれるし、ハンドバッグ一つで桜木町からタクシーで行けばOK」
「船旅は歩かなくても風景の方が近づいて来るので、とてもラクよ~」と・・・

彼女夫婦が「飛鳥・オセアニア45日間クルーズ」に参加した時
我々夫婦はオーストラリアのパースに一ヶ月弱滞在しました。

「セレブには程遠い私達は、ひたすら砂漠の中を、自分達でレンタカーを運転して観光してくるわ」
とひがんだものです。
挙句に車が砂に埋もれるハプニングも経験しました

その後彼女の「飛鳥クルーズ」も一休み
何でも「60代だと若すぎて、船の中で友人を作るのも難しい」そうです。


           

私達は桟橋近くのレストランでお食事をしてから、
数人の仲間が出展している「二科展・神奈川」会場のある「市民ギャラリー」に向いました。


途中の「横浜公園」では一部のチューリップも咲き出しています。
目の前の「横浜球場」もプロ野球公式戦が始まって、賑わいを見せ始めていました。


二科展は全国組織の公募制の展覧会です。
今回はその中の「神奈川支部」の作品が並びました。

我がお教室からも、T子先生のメガネにかなった7人の作品が出展されました。
T子先生の先生、二科展の大御所のH先生もいらっしゃっていました。

我らの仲間は何と県知事賞1人、市長賞1人、各種フォト賞4人の総なめです

新人のSさんと私は「身の丈に合わないお教室に入ってしまったのね」と、
つくづく納得した次第です。

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初春・「ラウンドマークタワー」からの眺め

2012年01月02日 | 我が街・横浜

新しい年が明けました。

昨年は「平凡で安寧な暮らしを保つことの難しさ」を教えられた一年でしたね。
今年は「心休まる穏かな1年でありますように」と祈っております。

主人手作りの木版画の年賀状
「小江戸川越・七福神シリーズ」も今回の弁財天をもって終了です。
孫娘にソックリな弁天様になりました。

8色6版刷りの手の込んだものですが、
受け取る半分以上の方々が、PCでの作成と思っているような現状に
次回はどうしたものかと迷っているようです。

中学時代から続けている超アナログの年賀状は、手間がかかりすぎるのです
新年会の最中も、ひたすら書斎にこもって200枚の年賀状を刷っていた年もありましたわ

私は待ちきれずにさっさとPCで山の写真の年賀状を作って送ったら、
友人数人から、主人の身を案じて電話がきました。
なかなか止められない、手製の年賀状です。

年の始めは門松たてて、年神様をお迎えします。ささやかながらお節の用意もできました。



初詣は「伊勢山皇太神宮へ」

元旦は例年とおり、朝起きてすぐに車で、野毛にある横浜市の鎮守様「伊勢山皇太神宮」へ初詣。
道路は空いていてスイスイ、30分もかかりません


この神社の事は毎年お正月に紹介していますので、今回は省きます。

お参りして、神棚用のお札と破魔矢を買うのが目的です。

MM21「ラウンドマーク・展望台」へ

伊勢山皇太神宮から歩いて7~8分で、ラウンドマークタワーに行けます。

主人は「神棚にお札を納めるには午前中でないとまずい」と消極的でしたが、
雲は多いものの暖かい日和で、私はこのまま帰るには惜しいような気がしていました。
「道路が空いているから充分間に合うわよ」


元旦の午前中の、静かなみなとみらいの風景です。

大晦日から年明けにかけて、たくさんのイベントが繰り広げられたのでしょう。
街はまだ眠っているようでした。


横浜ランドマークタワーの69階、高さ273mにある展望フロアには高速エレベーターで約40秒で到着。
目の前にベイエリアの大展望が広がっていました。

赤レンガ倉庫の向こうが「大桟橋」、大型船の姿は見えません。
右手上が「山下公園」、氷川丸が係留されています。


「赤レンガ倉庫」横の白くて四角い施設は「人口スケートリンク」
その向こうが「大桟橋」、そして左上に「ベイブリッジ」が見えています。

私達は時計回りと反対に廻って行きました。


コスモワールドの「大観覧車」と、
白いヨットの形をした「インターコンチネンタルホテル」が見えています。


赤い「高島屋」のマークがあるところが「横浜駅」周辺
2日~3日の「関東大學選抜・箱根駅伝」のコースもこのすぐそばですね。
(主人と息子の大學も、それぞれ上位の成績で、私たちもTV観戦に熱が入っています)

360度の展望は晴れれば新宿の「高層ビル群」はモチロン、80km先まで見渡せるほどですが
今年の元旦は、薄曇のお天気で見晴らしはイマイチでした。


富士山と丹沢の峰々は


よ~く目を凝らすと、辛うじて見える程度でした
2012年元旦の「富士山」の姿、判りますか?


こちらは初詣に行ってきた「伊勢山皇太神宮」です。
人出がずいぶん増えてきましたね。

「日本人は無宗教と言われるけど、ちゃんと生活に密着している神様が居るんだ」
主人がつぶやきました。


そしてこちらがプロ野球「横浜ベイスターズ」の本拠地
球団名も「横浜DeNAベイスターズ」と変わって、心機一転頑張って欲しいですね。
万年最下位では応援のしがいがないですわ

見晴らしはあまり良くなかったけど、元旦早々高い所から風景を眺めるのも痛快でした。

大人料金は1000円ですが(シニアは800円)、
横浜市民で65歳以上の浜っこカード持参の人は500円とのこと・・・
主人は持っていますが、私はまだ取り寄せていなかった。

1人500円なら時々訪ねてみよう・・・
初日の出見物も魅力だけど(混むらしいけど)、夜景も素晴らしいに違いない

無事午前中に家に帰りつき、お札は神棚に・・・破魔矢は床の間に飾りました

こうした神事を主人は熱心にやっていますが、そろそろ息子に教えないと伝わりませんよ。

午後からは息子一家と、ケーキを持って父の施設に出向き、お三時を共に過ごしました。
父はケーキを美味しそうに食べ、ひい孫達の元気な姿に目を細めていました。

本当は去年のように実家で父も交えての新年会をする予定で、
私はデパートのお節料理と、ズワイガニの宅配を頼んだのですが
弟の都合で急遽取り止めになりました

元旦の夜は、息子一家と我が家で、有り余るお節料理とカニ三昧、
そして牛のシャブシャブ三昧で過ごしました




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上野の紅葉と横浜中心街の黄葉

2011年12月04日 | 我が街・横浜

師走に入ったとたん寒さがやってきましたね。
1日から3日までは冷たい雨が降り、4日の日曜日にようやく晴れました

今日は朝からピカピカの富士山が見えていて
今回は買い物帰りに寄った、我が家近くの公園で撮った暮れ行く富士山をUP致します。
三脚無しで写したため手ブレでボケていますが

我が住宅地の真ん中を貫く幹線道路に面し、我が家からも歩いて5分のコンビニに
今日の未明に強盗が押し入り、早朝からパトカーが20~30台やってきました

年末はなにかと慌しい上に、物騒なことが起こるのですね。

11月23日「上野東照宮」
11月の撮影会は上野動物園でした。
わたくし、動物の撮影は殆んど経験がなく、その上休日の動物園は大混雑で
満足な写真は撮れずじまい

でも帰りに寄った動物園横の「上野東照宮」で、静かな紅葉が楽しめました。


家康を祭った「東照宮」と言えば日光と久能山が有名ですが、上野にもあるのをご存知ですか?

1616年、危篤の家康公の病床に招かれた藤堂高虎と天海僧正は、
三人一つ所に末永く魂鎮まるところを作ってほしいという遺言を受けました。

そこで藤堂家の屋敷地であった上野に1627年に東照宮を造営し
1646年に正式に東照宮の宮号を授けられました(公式ホームページより)

国指定重要文化財の銅灯籠は48基参道両脇に整然と並んでいる石灯籠


1651年に三代将軍・徳川家光公が大規模に造営替えをしたものが、現存する社殿だそうです。

家光と言えば乳母の春日の局と、そして実母のお江様の確執が有名ですね。


こちらは1874年、深川木場組合奉献の「神楽殿」
屋根の勾配の美しさは都下随一といわれています。

毎年お花見の時期には御神楽の奉納が行われるとか。


NHKの大河ドラマ「江姫」も終わりました。
このお江と春日の局の間には、三代将軍の跡継ぎ問題を巡る熾烈な戦いがありましたが、
ドラマではやんわりと描かれていたような気がします。

主人のこのドラマの評価は最低で、秀吉の描き方に腹を立てすぐに観なくなりました。
私は昔、誰の原作かは覚えていませんが、お江の生涯を描いた小説を読み
とても心に残っていましたので、ドラマも最後まで観ました。

向井理が演じたお江の夫二代将軍秀忠も愛すべき人物として描かれていましたものね


「江姫」が終って「坂の上の雲・第三部」が始まりました。
この一週間、連日BSで、去年放送された第二部「友情編」が再放送され、
毎晩主人と感動しながら観ていました

昼間は師走の雑事に追われ、夜はTVに釘付けとなり・・・
PCに向かう時間がなくなり、スッカリご無沙汰してしまいました


ここの鐘楼は「鈴型」なのですね


「上野東照宮」は戦争や震災などの災厄に一度も倒れることなく、
江戸の面影をそのまま現在に残す貴重な文化財建造物ですが
実は今修理中なのです。

本殿の近くに寄ってよく見ると、ナント幕に描かれた画像でした
上手くできていて感心しましたよ。

11月30日・横浜関内から山下公園へ

私が属している「カメラ教室」の初代講師、今のT子先生の先生、
報道写真家の浜口タカシ氏「大震災の記録」展に行ってきました。

泥だらけのランドセルが干してある風景写真を見ただけで、
この東日本大震災の悲惨さが感じられ、胸が痛くなります。

大先生は、水俣病や神通川のイタイイタイ病などの被害者に眼を向けた写真集を出している
社会派の報道カメラマンです。


丁度この日、我が家にも配達される全国紙の横浜版に、
この写真展の紹介記事が載っていました。

孫弟子の女性6人で関内駅前のギャラリーを訪ねた時、大先生もいらしゃって歓待されました。
私は初めてお目にかかりましたが・・・


この時期関内の横浜スタジアムから続く「日本大通り」は、まさに銀杏並木の黄葉が見頃です。
カメラ仲間の我々は最初から撮影目的で、カメラ持参で行きました

サスペンスドラマによく出てくる「横浜地方裁判所」


この左手のレストランでランチ
パスタを戴きながらカメラ談義です。

様々な展覧会で入選している先輩達のお話しに、初心者の私はとても着いていけない
ちょっと違う世界に入ってしまったかしら

「あなたはきっと伸びるわよ。体力があるもの」と言われましたが
体力だけではとうてい無理
私に欠けている豊かな感性とカメラ技術が必要ですね。


相模湾に近い我が家近辺の銀杏は、台風15号の塩害で色付く前に落葉しましたが
東京湾に面する横浜の中心部は、例年より色付きが悪いものの、
黄金色の黄葉が見られました


こちらは「神奈川県庁・旧館」


「山下公園通り」の黄葉並木も見事です。
正面に見える建物は「ホテル・ニューグランド」


陽の光や風のあたり具合で色の付き方も違ってくるのでしょうか?
中には緑の葉も見えています。


山下公園に係留されている「氷川丸」

この船の見学記事はこちらです。


新しい地区の「みなとみらい」の建物が見えています。

水の守護神の像と子供たちワンちゃんたちの散歩コースでもあります。

この公園は1930年(昭和5年)に関東大震災復興事業の一つとして開園しました。
つまり震災で出た瓦礫を埋めてできた公園なのです。


横浜の港見物に便利な赤いくつバスが停まっています。

公園内には、横浜の波止場から異人さんに連れられてアメリカに渡ったという
「赤い靴の女の子」のブロンズ像もありますね。

この赤い靴の女の子は実在する女の子です。名前は「岩崎きみ」ちゃん。、
実際は結核に罹ってアメリカには行けず、9歳で孤児院で亡くなったという
哀しいお話しのようですが・・・

今回も長編となり恐縮です。
お忙しい中、最後までお読みいただいた方には感謝申しあげます。


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夕景の「みなとみらい21」でお買い物

2011年10月25日 | 我が街・横浜

「秋の出羽三山巡り」のツァーに参加した3日前、
買い物がてら「みなとみらい21」に出かけました。

この画像は「ワールドポーターズ」の前から撮ったお馴染みの
ラウンドマークタワー(左)とコスモワールドの大観覧車(右)です。


どうせなら夕景の美しい時間に歩きたいと、我家を3時半過ぎに出ました。
東横線直通のみなとみらい線「みなとみらい駅」で下車して、目的地に向います。

幸い主人は3泊4日の仕事兼ゴルフでいません。
”亭主元気で留守がいい”
この日、お気楽主婦の私の自由時間はたっぷりとありました


こちらは「横浜美術館」
現代アートの国際展「横浜トリエンナーレ」が開催されていて
入り口には摩訶不思議な彫刻が建ち並んでいます。

会場はここ以外「日本郵船倉庫」などでも11月6日まで開催されています。

9月には「カップラーメンミュージアム」がオープンして、見所は色々在りますが
この日の私は「出羽三山旅行」を前に、登山用品を買うのが目的でした。
 

先ず行ったのが「みなとみらい駅」から歩いて7~8分の所にある「アウトドァーショップ」

観光と山登りと温泉入浴もある今回のツァーには、どのザックを持っていこうかと迷っていました。


山登りといっても、要らない物はバスの中に置いていけるので
結局私は20ℓのディザックを背負い、着替えや温泉道具はズタ袋に入れて持っていきましたが・・・

去年断捨離で、劣化した32ℓのザックを処分したのですが、一泊用にはとても便利で重宝しました。
あの大きさなら今回もザック一つでOKだったはず・・・

小屋泊まり2~3泊用の37ℓのザックがありますが、これは大きくてほとんど使っていません
最近アルプスの縦走登山はしなくなりましたものね


このお店、山ガール用のお洒落なものが並んでいて、衣類を買うには良いのですが
ザックとなるとちょっとイマイチでした。

アウトドァー用品のお店はもう一つ「ワールドポーターズ」の中にもあります。


歩いてきた道を戻り、クィーンモールを通り越し国際橋を渡ると
ちょうど綺麗な夕日が見えていました。


そしてそのまま左に目を移すと、見えているのはJR桜木町駅前の「ワシントンホテル」です。

この日の一週間前に、あのホテルの最上階(24階)の中華料理店で、男性4人、女性4人の
ミニ同窓会があり、出席しました。

たった2年でしたが、青春の思い出が詰まっている山口県の高校時代の同窓生8人と、
美味しいお料理に舌鼓を打ちながら、楽しいひと時を過ごしました。

今週末には東京で、大々的な総会&同窓会が開催されますが・・・

私参加する予定でしたが、孫の七五三や幼稚園の祖父母参観日など、
スケジュールが立て込みすぎて息切れし、パスすることにしました

熱心に誘っていただいた幹事さん、ごめんなさい

ワールドポーターズのお店では結局ザックカバーとスパッツを買っただけ

こんなに可愛い水玉模様のスパッツなんて、今までなかったですね。
これも山ガールを意識して売られているものでしょう・・・

今回の月山登山でも、山用品の様変わりを感じましたね。
私のブルーのザックは一昨年買った新しいものですが、同じ物で25Lと30Lと
大きいタイプを背負っていた人が2人いました。

私も30Lのザックを買おうと思います。


横浜駅の西口と東口にも大きな「山の店」があります。
電車に乗って行ってみようと「みなとみらい駅」に向いました。

もうすっかり日が暮れて、トワイライトの灯かりの中で、林立する高層ビルが輝いていました。

腰を痛めて以来歩き方が変わったのか?
はき慣れているはずのタウンシューズが合わず、マメが出来始めていました
「三日後に月山に登る予定の大事な足」です。

買い物は諦めて、お茶して休んでから家路に付きました。

       


実りの秋ですね、あちこちから色々戴き物があります。
写真には撮りませんでしたが、この他にも塩茹で用の生ピーナツや、栗の渋皮煮など
秋の味覚を楽しませていただいています


ただ、この様な物が届けられる状況はちょっと問題ですよね~
千○屋さんの果物ですから、私が日頃買っているスーパーの同種類の3倍の値段だと思います。

実は私が「出羽三山巡り」から帰ってきて、すれ違いのように行ったゴルフで、
主人は怪我をしたのです

カートの事故がらみで大腿部と足首打撲、足のすね10cmの裂傷で5針縫う状態・・・
ゴルフ場近くの千葉の病院で処置してもらいましたが、そのキズが感染症を起こしているようで
家の近くの病院では入院を勧められています

怪我は左足なので運転が可能と、連日病院に消毒に通い、抗生物質を飲んでいます。

モチロン仕事はズット休んでいます
10月から年末までが大忙しなのですが、顧客にすっかりご迷惑をかけてしまいました

最近の夫は、仕事の合間にゴルフか?ゴルフの合間に仕事か?
分らないくらい熱中していました

サラリーマン時代のOB仲間に小中学校の同級生仲間、今の仕事仲間に町内会のコンペ仲間
はたまた「男の料理教室の仲間」に、孫娘が通う幼稚園バスの運転手さん仲間まで
ちょっとやり過ぎでした。

バッチリとお灸をすえられた感じですね。



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山手「西洋館」のクリスマス・その1

2010年12月19日 | 我が街・横浜
今年もいよいよ残り少なくなってきました。
街はイルミネーションに彩られ、何処もクリスマスムードに溢れています。

今週は仕事が休みだったのですが、母の容態が悪く、山仲間との「忘年ハイキング」をキャンセルして

ひたすら家の大掃除と父のいる施設&母の入院している病院に通う日々・・・

流石に滅入って「気分転換をしないと持たないと痛感
晴天に恵まれた18日の土曜日、母の病院に行く前に「横浜・山手西洋館」めぐりをしてきました。

「ブラフ18番館」・ベルギーのクリスマス

JR[石川町駅」から歩いて5分の高台にある「イタリア山庭園」内に建つ、
ペパーミントグリーンが印象的なこの館は「ブラフ18番館」

大正末期に建てられた外国人住宅で、カトリック山手教会の司祭館として1991年まで使われていたそうです。


毎年この時期になると、各西洋館では「世界のクリスマス展」が開催され
それぞれに志向を凝らしたテーブルセッティングやクリスマスの飾り付けが楽しめます

2010年の「ブラウ18番館」はベルギーのクリスマスです。


お客さま用のダイニングテーブルはブルーで統一され、その中に輝くクリスタルのグラスが
いっそうゴージャスに引き立ちますね


応接室や団らん室から続くサンルーム・・・
当時はここに座ると「港」が望めたのでしょう。


家族が集う「リビング」も今年はブルーで統一です。

ゲルマンとラテンの融合した国ベルギーは、水(川・運河)によって発展しました。
水の都に相応しい色ですね。


「ブラフ18番館」の2010年のクリスマスはベルギークラシックスタイルをアールヌーボー(新しい芸術)にのせて、
館内を濃いブルーとボルドー(濃い赤)・プラチナに近いゴールド
そしてヒバのグリーン等を基調としたテーマカラーで演出したそうです。

小物の一つ一つにもセンスの良さが伺えますこちらは窓上の飾り・・・
ピクチャーズ・ウィンドウからは庭園の紅葉が・・・西欧はこうしてプレゼントの数々を飾るのですね


<>

2階は一転、鮮やかな赤の世界です
マウスオンでご覧下さい


テーブルキャンドルも赤
子供達のクリスマスパーティーに相応しい雰囲気ですね

庭園の皇帝ダリアも残っていて今年最後のバラも頑張っています
北ヨーロッパはホワイトクリスマスでしょうが温暖な地横浜ではまだバラが・・・

歩くと汗が出るほどに、暖かい日和でした。
雪国の方々から見れば信じられない明るさだと思います。

<>

昔ここにイタリア領事館があったのでこの名が付いたと言う「イタリア山庭園」からは
ベイブリッジとみなとみらい地区が良く見えました。
マウスオンでご覧下さい

見晴らしの良いこの「イタリア式庭園」の正面にはテラスがありお茶を楽しむことができます。
そしてそのすぐ目の前が「外交官の家」

「外交官の家」・ドイツのクリスマス

1910年(明治43年)に明治政府の外交官内田定槌邸として
アメリカ人建築家J.Mガーディナーの設計で渋谷区南平台に建てられた
木造2階建・塔屋付のアメリカ・ヴィクトリア様式だそうです。

去年の3月、このイタリア山庭園に移築されオープンしたばかりの国の重要文化財です。


2010年の「外交官の家」の催しは荘厳なドイツのクリスマスです。
ダイニングテーブルには、九谷焼のお皿と手作りのジンジャークッキーが並んでいました。

<
童話「ヘンデルとグレーテル」に出てくるお菓子の家をイメージした作品も・・・
マウスオン・クリックでご覧下さい

裏側の窓は飴、屋根はクッキーとナッツが並びます。
子供たちが喜びそうな「夢」がありますね


ドイツのクリスマスはあくまでも本物の木の枝と葉っぱを使った自然流・・・


材料は裏の里山でも調達できそうなものばかりです。
これなら我が家の夫も作れそうですが・・・
日本の狭い家屋ではとても無理ですね。


ドイツには「ブッテンマンドル」という、日本の「なまはげ」と良く似た行事があるようです。


詳しくはこちらをお読みください

商業ベースになりがちな日本のクリスマスと違い、信仰に裏打ちされた「本物のクリスマス」
その準備は父親と子供たちが森からモミの木を切り出すところから始まります。
姉が妹にオーナメント(飾り)の作り方を教え、母親が自慢の料理に精を出す。

居間に広がる木の香りは何ともいえない安心感を醸し出すのでしょう・・・


ここ山手の「イタリア山庭園」では、23日と24日は日没から2000本のキャンドルが揺れ
暖かい飲み物が用意されるようですね。

私も時間を作って、横浜山手「西洋館」で本物のクリスマスを味わってみたいものです。
が~
今電話があって、お嫁ちゃんがダウンして救急車で運ばれたらしい
息子からSOSの要請が入り、それどころではなさそうです

「エジプト紀行」も佳境に入り、次はいよいよ見どころ満載の「ルクソール」ですが、
今回はちょっと休憩です。

この「世界のクリスマス」特集はあと一回続きますので、ご容赦くださいませ。

※結局、お嫁ちゃんは大事には至らず、お薬をもらって家に戻りました。ホッ




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