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霧ヶ峰とは・・・
車山(1925m)から鷲ヶ峰(1798m)の間に広がるゆるやかな岩石地。
柔らかな起伏を描きながら続く草原を総して霧ヶ峰高原と呼んでいるようです。
深田久弥の「日本百名山」にも数えられていますが、一番標高の高い「車山」がそれに当てはまるのでしょうか?
今ではリフトで簡単に登れてしまいますが・・・
車山周辺のニッコウキスゲも有名ですが、今回はビーナスラインの「ローヤルイン」の駐車場周辺が一番綺麗に咲いていたので、私たちはここの駐車場に車を入れました。
流石に混んでいて、30分の待ち時間を費やしました。
霧ヶ峰の年間平均気温は5.8度、北海道と同じような気温とか・・・
そのため夏の7、8月は多くの花々が一斉に咲き、色とりどりの花を見ることができます。
ニッコウキスゲの間からニョキっと飛び出すように咲いていた「シシウド」が印象的でした。
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近寄って見てみましょう。
脇の丸い花芽ももうすぐはじけて咲き出しそうですね。
バックの小屋は「肩の小屋」、今はもう営業はしていないようでした。
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シシウドのお花をマクロで撮ってみました。
レースのような繊細な美しさですね


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ニッコウキスゲの花咲く中に、ノアザミもしっかりと自己主張をしていました。
他に見られた花々を、non_nonさんのソースをお借りして纏めましたのでご覧下さい

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アカバナシモツケ | ||||
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お花の名前がイマイチ自信がありません。
間違っているのがありましたらご指摘を宜しくお願い致します。
ハクサンフウロと並んで写っている白い小さなお花は大山フスマでしょうか?
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ここからは霧ヶ峰高原の北の端に広がる「八島湿原」方面も良く見えました。
湿原の向こうに鷲ヶ峰、そして美ヶ原方面まで見渡せました

私の初めてのアウトドァー体験がまさにここでした。
短大に入学した18歳の夏休みに、当時参加していた父の会社のテニス部の若い仲間達と、テントを担いで美ヶ原から霧ヶ峰まで歩いたのです。
あの頃はまだ「ビーナスライン」という自動車道路は出来ていなくて、風景も少々変わっていますが・・・
青空の下ニッコウキスゲが咲き乱れ、遠くに北アルプスの山々が見えていました。
古いアルバムをひも解くと、当時はお花を守るロープなど張っていなくて、キスゲのお花のすぐ横に並んだ若い私たちの笑顔が輝いていました。
今と違って高原は、登山姿の若者達で溢れていたように思います。
そして、私のアルバムの中の初めてのカラー写真がこの時のものでした。

マウスオン・クリックでご覧下さい

百名山の「蓼科山」も見えてきましたね。
霧ヶ峰にはたくさんのハイキングコースがあります。
18歳の時に歩いたコースはどれでしょう?
東京から電車とバスを乗り継いで、夕方美ヶ原のキャンプ場に入り一泊、翌日和田峠のキャンプ場で一泊、そして霧ヶ峰に出てバスで帰りましたが・・・
霧ヶ峰のどこに出たのかが定かではありません。
この表示板に書かれている「強清水」は覚えがあるような・・・
日本で最初にグライダー基地が出来た所だそうです。
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OLになってからも、同期の仕事仲間たちと霧ヶ峰に来た思い出があります。
湿原を見下ろしながらお湯を沸かして紅茶を入れ、パンにソーセージやチーズを挟んで食べた覚えがあります。
青春時代の思い出が詰まっている霧ヶ峰高原ですね


1952年から営業している「ころぼっくる・ヒュッテ」は今でもやっていました。
ここでコーヒーを飲もうかと思いましたが・・・
結局車を入れたロイヤルインでソフトクリームを食べました。
古い山小屋よりも、新しい建物のこちらの方がトイレも綺麗だと思った次第です。
少なくなったとは言え、丁度見頃のニッコウキスゲが堪能できてとても満足でした。
新聞によると8月初旬までこのニッコウキスゲは楽しめるようです。
私たちは再び車でビーナスラインを走り、次は「八島湿原」に向かいました。
尚、霧ヶ峰高原の地図は
