花と緑を追いかけて

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いっぱいの主婦の日記です

エジプト紀行その7・「イシス神殿」

2010年04月06日 | エジプト紀行

「イシス神殿」のあるフィラエ島はアスワンダムの上流・アスワンハイダムの下流といった場所に位置します。
フェリーボートに乗って10分、フィラエ島(旧アギルキア島)の桟橋を降りると正面に第一塔門が見えてきて
桟橋から、この第一塔門までは美しい列柱が続いていました。

この第一塔門の右側にはホルス神を中心にイシス女神らが、
左側には敵を打ちすえるファラオが刻まれています。


この島は神話の世界の神であるオシリス神の島であり、オシリスの妹であり妻でもある
イシス女神が息子ホルス神を生んだ島「聖地」として崇められていました。

古代エジプト末期王朝頃(クレオパトラの父の時代頃)にフィラエ島にイシス女神を祀る神殿が築かれ
緑の美しさともあいまって「ナイルの真珠」と呼ばれてきました。

しかし、この神殿もアスワン・ハイダムができ、水没する運命に・・・
そこで、お隣にあったアギルギア島に神殿は移築されました。

それにしても異国の神話の世界は難しい・・・
ガイドのモモちゃんは即興劇したてで説明をしてくれました。

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マウスオンでご覧下さい
イシス女神の役はタレントの泉アキさん、夫のオシリス神は桂菊丸さん。
息子ホルスとその妻ハトホル役はもう一組のご夫婦が演じます。
絶妙なキャストですね。

エジプトの神話を簡単に説明すると・・・
オシリスは弟であるセト神に殺されてしまい、死体をばらばらにされます。
(菊丸さんは早々に退場)
それを妹であり妻であるイシス女神が拾い集め、オシリス神を復活させ、オシリスは冥界の王となりました。

イシス女神はオシリス神の妻であるとともに、ホルス神の母として尊敬されています。
死者の保護者としても描かれることが多く、頭の上に、日輪と牝牛の角や玉座を乗せているのが特徴です。

ホルス神は、ハヤブサの頭を持つ天空の神。
ファラオはホルス神の地上での化身とされました。


神話の中の神様同士の関係を教わってから、神殿の中に入りました。


第二塔門の中央には、ハヤブサの頭を持つホルス神が彫られています。
このホルスは来る時に乗ってきたエジプト航空機のマークにもなっていましたね。


こちらは牡牛の耳を持つ、愛と喜びの女神ハトホルの顔を彫り込んだ柱です。
ハトホルはホルスの妻なので、この神殿にはハトホル柱が多いようでした。


神殿の中は壁一面に美しいレリーフが刻まれています。

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マウスオンでご覧下さい
イシス女神がホルス神を生んだ地とされるだけあって、
この神殿には母としてのイシスを描いたレリーフが多くありました。
一枚目はホルス神に立ったままお乳を飲ませているイシス女神です。

二枚目は神の顔の向きにより、ヒエログリフ(象形文字)で書かれた文章の
初めと終りが分るというモモちゃんの説明を受けたレリーフです。
「左を向いた顔の絵のところから文章は始まり、右を向いた絵のところで終わる」だったかな~?


中には女神が削られていたり、上からキリスト教の十字架が刻まれたりもしています。
キリストに祈りを捧げる礼拝堂の跡らしきものもありました。
後々ここはキリシタンの隠れ場所にもなったようですね。

イシスとホルスの母子の姿は、キリスト教徒にとっても「マリアとイエスキリスト」の姿に
ダブルものがあったとモモちゃんは話していました。


朝の9時過ぎ、モモちゃんの説明が終わって外に出てみると、
エジプト南部の強烈な太陽が照りだしていました。

私たちは「明日見学の予定の神殿を今日に変更」と言われ、何の予備知識もなくバスを降り
まさかの船の移動・・・
帽子すら持ってこなかったので慌てました。


長方形の建物は「トラヤヌス帝のキオスク」
神殿で儀式をするとき、船で帰還したイシスの休憩場所として造られたそうです。


14本の柱で構成され、神々とトラヤヌス帝のレリーフがありました。


ポールが建っている一帯がほとんど水没した「旧フェラエ島」
ユネスコが中心になり、この「イシス神殿」は隣の島に移築され、1980年に完成しました。

今では神殿の建つこちらの島が「フェラエ島」と呼ばれているそうです。


来た時と同じ様に再び船に乗り、バスに戻ります。
船の中から「イシス神殿」の全体の姿が見えてきました。


正面の長い長い堰は1902年に完成した古い「アスワンダム」


ヌビアの人々が暮らす町が見えてきました。
もうすぐ船着場です。


       

サクラは満開になりましたが、なかなかお天気に恵まれず、
未だに綺麗なサクラをジックリと見てはいません。

4日の日曜日は、今にも雨が降り出しそうな中、主人が中心となり
皆で息子宅の庭の造園仕事に頑張りました。

息子宅の目の前のテニスコートにも隣の公園にも、たくさんのサクラが咲いていましたから、
ここからの眺めで満足しましょう

日が暮れてから皆で大船の「日帰り温泉」に出かけました。
ユックリお風呂に入りお食事もここでマッタリと楽しみました

春休みなのに精神的に余裕がなく、孫達と一緒に遊べなかったばぁ~ばのおごりです。

TBSテレビ「世界遺産・ナイルの源流を訪ねて」

こちらの画像はTVに映し出された「ナイルの始まりの一滴」です。

私が毎週楽しみにしている番組に、日曜日の午後6時からのTBS「世界遺産」シリーズがあります。

4月4日は「ナイルの源流へ・ルウェンゾリ山地国立公園」をやっていました。
これは見逃すわけには行きません。
みんなで温泉に行っていたので録画をしておきましたよ。


アフリカを流れるナイル川は、全長約6650メートルの世界最長級の河川。
古代の歴史家が「エジプトはナイル川の賜物」と表現したように、ナイル川はエジプト文明をはじめ、
その流域の人間の文化や生活に昔も今もさまざまな影響を与え続けてきた偉大な自然であります。
ウガンダのルウェンゾリ山地国立公園は、そのナイル川の"源”を抱いた山々がある世界遺産です。
(TBSテレビより)


2世紀の地理学者であるプトレマイオス・クラウディオスが作成した地図に、
ナイル川の水源のある「月の山」が描かれていました。

19世紀当時、大河の源流の発見者になるのは大変な名誉で、
冒険家たちは伝説の「月の山」を目指してナイル川上流の未開の地へ踏み込んでいっていたのです。
そして1889年に、イギリス出身の冒険家、ヘンリー・モートン・スタンリーが
ヨーロッパ人として初めてルウェンゾリ山地を発見しました。
(TBSテレビより)


一般的には「ビクトリア湖」がナイル源流と言われていて、湖畔にはその碑も建っているようですが
まだまだ先があったのです。


アフリカ大陸第三位の高さを誇るルエンゾリ山地のマルガリータ峰(5109m)頂上付近の氷河から
最初の一滴が流れ出た「ナイル」は、やがて大河となって地中海に注ぐのです。

私たちはその一番下流のエジプトの「ナイル」をしっかりと堪能してきたわけですね。

さて・・・
父の容態をこのブログで綴りましたが、たくさんの皆様に励ましをいただき有難うございました。
これを読んだ友人達からも電話でアドバイスをいただいたりと、
とても心強く感じ感謝しております


施設の担当医に「是非に!」と勧められ、細胞検査を受ける方向で予約を入れましたが
「2泊3日の全身麻酔」と主治医から言われて再び迷い始めました。

従兄弟のコーちゃんからも「全身麻酔はやめた方がいい」という助言もあり、
明日、弟と一緒にもう一度総合病院の主治医と話し合うことにしました。

最近のお天気のように、私の心は相変わらず乱れています。


コメント (14)
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