①
我が家は南に面しているのだが、少しだけ西を向いている。
だから、この時季の早朝は、2階北側の窓も朝日が差す。
軽夏の伊達は、朝からいい天気が多い。
カーテンを開けると、北の窓にも明るい青空が広がる。
朝日を受けながら、思わず窓を開けしばらく外を見る。
この地の東山連山が、豊かな緑色に包まれている。
風もない。喧騒もない。
明るい日差しを浴びながら、ゆっくりと走り出す。
10分も走ると、小高い農道に着く。
今、畑は春キャベツとブロッコリーの収穫期だ。
そして、ジャガイモとカボチャの花が咲き始めた。
少し離れたところに噴火湾が見える。
時折、その海面を朝霧がおおう。
そのはるか先に、駒ヶ岳のさっそうとした勇姿がある。
走りながらも、両手を広げ、
大きく深呼吸をしてしまう。
再び住宅街へと戻る。
香りに誘われて、顔を向ける。
すると、手入れの行き届いた花壇に、
色とりどりの薔薇が、満開の時を迎えていた。
荒い呼吸のままだが、
「綺麗だ!」
つい、声が出てしまう。
先日まで、凜としたアヤメの立ち姿が
私のジョギング道を飾ってくれた。
真っ白なツツジも、ルピナスの赤や紫も
道端で咲き誇っていた。
なのに、もうその時季は終わった。
『季節の移ろいにあきらめることがあっても、
慣れるということはない。』
ある小説のフレーズが、脳裏に浮かんだ。
共感しながら、もう一度薔薇の香りを確かめる。
そして、そっとその場を走り抜けた。
②
最後に勤務した学校の近くに、
『S酒場』という居酒屋があった。
学区域内だが、先生方やPTA役員さんらと、
その暖簾をたびたびくぐった。
『元祖「酎ハイ」の店』が看板だった。
そんなことより、その店の
「身欠ニシンの煮付け」と「ポテトサラダ」が、
大好きだった。
仕事を終え、
8時過ぎに2階のいつものテーブルに着く。
すると、馴染みの店員さんが笑顔で言う。
「今日は、まだありますよ。
両方とも用意しますね。」
その二品があれば大満足だった。
それを肴に、生ビール2杯と吟醸酒1杯が、
私の定番だ。
テーブルを囲んだ会話が弾むのに、十分だった。
今も、時折『S酒場』と一緒に、二品を思い出す。
家内にリクエストし、食卓に載せてもらう。
食べながら、当時が蘇り、つい酒が進むこともある。
先日のことだ。
家内と一緒に、スーパーへ行った。
いつもそうなのだが、
真っ先に、対面販売の魚売場に行く。
この時季、私の最高の旬は、サクラマスだ。
渓流の女王「ヤマメ」が、海に出て回遊し、
大きく成長したものをサクラマスと言う。
このサーモンピンクの切り身を、
ムニエルにする。
バターとの相性が抜群だ。
ところがこの日、陳列台に好物はなかった。
残念そうな私に、珍しく女店員さんが話しかけてきた。
「今日の、お勧めはこれです。」
言った先に並んでいたのは、
新鮮さが残ったままの身欠ニシンだった。
『自家製』と立て札があった。
「ここの店で作ったんです。近海の鰊だから、
間違いありません。お買い得ですよ。」
見慣れている身欠ニシンとは違い、半生のようだった。
少しためらいがあったが、勧められるままに買い求めた。
夕方、台所からは醤油のいい匂いがしてきた。
夕飯のおかずに、身欠ニシンの煮付けがあった。
申し訳ないが、『S酒場』のそれを越えた。
実に美味だ。
また1つ、この時季の絶品を見つけてしまった。
③
自宅に花壇がある暮らしなど、都会では考えにくい。
なのにここには、
『ジューンベリー』の樹をシンボルツリーに配した花壇がある。
草花になど感心のない私が、
「手間のかからない花壇にします」。
業者のそんな勧めに従った。
造って貰ったのは、イングリッシュガーデン風のものだった。
季節ごとに咲く花に、徐々に興味を持った。
やがて所々の雑草が気になり、抜き始めた。
葉に害虫が着くと、殺虫剤を買いに走った。
春になると芽を出し、伸びる宿根草だが、
年によってその勢いに違いがあった。
そんなことも知らなかった。
我が家の花壇も、その年々で微妙に様相が違う。
これまた楽しみになった。
今年のこの時季、『アルケミラ』が特に力強い。
いつになくたくさんの花を咲かせている。
その花は、菜の花を思わせるが、
それよりも緑がかった黄色で、小ぶりだ。
その可憐な花が一斉に開花し、
今、花壇が華やでいる。
そんなある朝、
園芸用のハサミを片手に花壇へ入った。
切り花など、未経験だ。
実は、曲がりなりにも、
我が家には小さな仏壇がある。
位牌分けをしてもらった父と母に、
毎朝手を合わせるのを、日課の1つにしている。
いつもは買い物ついてに仏花を求め、
それを供える。
でも、この朝、
私はあの『アルケミラ』を仏花にと思い立った。
両親に、この時季の花壇のお裾分けがしたくなったのだ。
花壇で可憐に咲く黄色の花の茎にハサミを入れた。
1本2本・・と。
7本程を片手に束ねて、かざしてみた。
はじめて切り花を摘んだ。
朝の日差しによく似合って、清々しい。
「あらぁ、キレイね!」
きっと、母はそう言ってくれるに違いない。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/05/66/bff11f966213623251f5d9ddedbbb0fd.jpg)
じゃがいも畑は 花盛り
我が家は南に面しているのだが、少しだけ西を向いている。
だから、この時季の早朝は、2階北側の窓も朝日が差す。
軽夏の伊達は、朝からいい天気が多い。
カーテンを開けると、北の窓にも明るい青空が広がる。
朝日を受けながら、思わず窓を開けしばらく外を見る。
この地の東山連山が、豊かな緑色に包まれている。
風もない。喧騒もない。
明るい日差しを浴びながら、ゆっくりと走り出す。
10分も走ると、小高い農道に着く。
今、畑は春キャベツとブロッコリーの収穫期だ。
そして、ジャガイモとカボチャの花が咲き始めた。
少し離れたところに噴火湾が見える。
時折、その海面を朝霧がおおう。
そのはるか先に、駒ヶ岳のさっそうとした勇姿がある。
走りながらも、両手を広げ、
大きく深呼吸をしてしまう。
再び住宅街へと戻る。
香りに誘われて、顔を向ける。
すると、手入れの行き届いた花壇に、
色とりどりの薔薇が、満開の時を迎えていた。
荒い呼吸のままだが、
「綺麗だ!」
つい、声が出てしまう。
先日まで、凜としたアヤメの立ち姿が
私のジョギング道を飾ってくれた。
真っ白なツツジも、ルピナスの赤や紫も
道端で咲き誇っていた。
なのに、もうその時季は終わった。
『季節の移ろいにあきらめることがあっても、
慣れるということはない。』
ある小説のフレーズが、脳裏に浮かんだ。
共感しながら、もう一度薔薇の香りを確かめる。
そして、そっとその場を走り抜けた。
②
最後に勤務した学校の近くに、
『S酒場』という居酒屋があった。
学区域内だが、先生方やPTA役員さんらと、
その暖簾をたびたびくぐった。
『元祖「酎ハイ」の店』が看板だった。
そんなことより、その店の
「身欠ニシンの煮付け」と「ポテトサラダ」が、
大好きだった。
仕事を終え、
8時過ぎに2階のいつものテーブルに着く。
すると、馴染みの店員さんが笑顔で言う。
「今日は、まだありますよ。
両方とも用意しますね。」
その二品があれば大満足だった。
それを肴に、生ビール2杯と吟醸酒1杯が、
私の定番だ。
テーブルを囲んだ会話が弾むのに、十分だった。
今も、時折『S酒場』と一緒に、二品を思い出す。
家内にリクエストし、食卓に載せてもらう。
食べながら、当時が蘇り、つい酒が進むこともある。
先日のことだ。
家内と一緒に、スーパーへ行った。
いつもそうなのだが、
真っ先に、対面販売の魚売場に行く。
この時季、私の最高の旬は、サクラマスだ。
渓流の女王「ヤマメ」が、海に出て回遊し、
大きく成長したものをサクラマスと言う。
このサーモンピンクの切り身を、
ムニエルにする。
バターとの相性が抜群だ。
ところがこの日、陳列台に好物はなかった。
残念そうな私に、珍しく女店員さんが話しかけてきた。
「今日の、お勧めはこれです。」
言った先に並んでいたのは、
新鮮さが残ったままの身欠ニシンだった。
『自家製』と立て札があった。
「ここの店で作ったんです。近海の鰊だから、
間違いありません。お買い得ですよ。」
見慣れている身欠ニシンとは違い、半生のようだった。
少しためらいがあったが、勧められるままに買い求めた。
夕方、台所からは醤油のいい匂いがしてきた。
夕飯のおかずに、身欠ニシンの煮付けがあった。
申し訳ないが、『S酒場』のそれを越えた。
実に美味だ。
また1つ、この時季の絶品を見つけてしまった。
③
自宅に花壇がある暮らしなど、都会では考えにくい。
なのにここには、
『ジューンベリー』の樹をシンボルツリーに配した花壇がある。
草花になど感心のない私が、
「手間のかからない花壇にします」。
業者のそんな勧めに従った。
造って貰ったのは、イングリッシュガーデン風のものだった。
季節ごとに咲く花に、徐々に興味を持った。
やがて所々の雑草が気になり、抜き始めた。
葉に害虫が着くと、殺虫剤を買いに走った。
春になると芽を出し、伸びる宿根草だが、
年によってその勢いに違いがあった。
そんなことも知らなかった。
我が家の花壇も、その年々で微妙に様相が違う。
これまた楽しみになった。
今年のこの時季、『アルケミラ』が特に力強い。
いつになくたくさんの花を咲かせている。
その花は、菜の花を思わせるが、
それよりも緑がかった黄色で、小ぶりだ。
その可憐な花が一斉に開花し、
今、花壇が華やでいる。
そんなある朝、
園芸用のハサミを片手に花壇へ入った。
切り花など、未経験だ。
実は、曲がりなりにも、
我が家には小さな仏壇がある。
位牌分けをしてもらった父と母に、
毎朝手を合わせるのを、日課の1つにしている。
いつもは買い物ついてに仏花を求め、
それを供える。
でも、この朝、
私はあの『アルケミラ』を仏花にと思い立った。
両親に、この時季の花壇のお裾分けがしたくなったのだ。
花壇で可憐に咲く黄色の花の茎にハサミを入れた。
1本2本・・と。
7本程を片手に束ねて、かざしてみた。
はじめて切り花を摘んだ。
朝の日差しによく似合って、清々しい。
「あらぁ、キレイね!」
きっと、母はそう言ってくれるに違いない。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/05/66/bff11f966213623251f5d9ddedbbb0fd.jpg)
じゃがいも畑は 花盛り