ジューンベリーに忘れ物

シンボルツリーはジューンベリー
どこかに沢山の忘れ物をしてきた気がして

『 高 齢 者 講 習 』デビュー ≪前≫

2022-12-17 14:02:21 | 出会い
 75歳を過ぎたら、運転免許更新の時に、
「高齢者講習」の受講が必要になることは、知っていた。

 「まだ半年も先だが、来年4月の誕生日には免許更新だ。
丁度75歳か!」。
 指を折って数えていたら、受講案内の葉書が届いた。

 案の定『75歳以上の方の免許更新には必要』とあった。
「ついにその年齢が来たか!」。
 ハッキリと知らされ、重たい気分のまま、すぐに講習日の予約を取った。

 認知機能検査と運転技能講習、
それに視力検査を行うことは、
受講経験のあるご近所さんから、なんとなく情報が入っていた。

 しかし、どんなことでも未経験は、不安なもので、
講習の当日は、いつもより早くに目が覚めた。
 会場の自動車学校までは、車で10分もかからない。
その上、朝ランでもよく通る慣れた道だ。
 なのに、集合時間より40分も早くに家を出た。

 会場に着くと、まだ時間に余裕があるのに、
受付では、受講者の呼び出しが始まっていた。
 これも年寄りに合わせてのことかと、小さくため息した。

 4,5人が窓口前の長椅子に間を空けて、座っていた。
私の名前もすぐに呼ばれた。

 受講料と写真代で8300円を支払い、
証明用写真の撮影を済ませた。
 窓口前の長椅子で、同世代やそれ以上の方々と、
一緒に待った。 

 ここから講習が終了する正午まで、
様々な微笑ましい言動に出会えた。
 最近うつな気分だった私だが一変した。
久しぶりにハイで明るい気持ちになっていた。
 その前編として、受付窓口での場面から3つ。

 1つ目は、私が座った長椅子でのことだった。
1人分の席を空けた隣に、やや背中を丸めて座っている男性がいた。
 突然、その男性に近寄り、トントンと肩を叩いた方がいた。

 思わず首を上げた男性は、パッと明るい顔になり、
スッと立ち上がった。
 2人は向き合い、話し出した。
「30年、いや40年ぶりになるか」。
 「まだ、あそこに住んでるのか?」。
「そうだよ。変わらない。そっちは?」。
 「俺も、変わらない。ずっと同じ」。
「なんだ。そうか。ここで、逢うとは・・なあ。」。
 「いやぁ、元気そう!」。
「お互いに・・な!」。
 「でも・・・・・・」。

 私の横で、2人の立ち話は途切れることなく続いた。
時折、その2つの顔を、盗み見た。
 若い頃を思い出しているのか、思わぬ再会が嬉しかったのか、
2人のやりとりは、次第に張りのある表情に変わっていった。

 ここは、古い友人との出会いの場でもあったのか。
時には、若さを取り戻す機会になるのかも・・・。
 時々2人を見上げながら、私まで何かを取り戻していた。

 2つ目は、1人だけ集合時間に遅れて来た方のことだ。
私より一回りは年上と見えたが、
大柄で屈強そうな男性だった。

 すぐに受付の窓口へ行った。
手慣れた事務員の女性が、差し出した免許証を見て言った。
 「住所は、S町ですね」。
「そうだ。今は伊達の娘の所にいるけどね」。
 事務員は、その答えで十分だった。
だから、次に質問をしたかったようだ。

 しかし、男性は続けた。
「だけど、S町の家はそのままにしてあんだ。
 娘が心配してここに呼んでくれたんだ。
でもなぁ、もしも喧嘩したとき、
 帰る家がなかったら、困るべ。
だから、家はそのままにしてあるんだ。
 それで、いいと俺は思ってるんだ」。

 事務員は、返答に困っていた。
しかし、窓口の長椅子に座る受講者のみんなは、
じっと男性の声に聞き耳を立てていた。
 自分の境遇と比べていたよう。
私も、その1人になっていた。
 男性の気持ちが身近にあった。
どの人も、同じような想いを共有しているに違いない。
 何故か、穏やかな空気を感じた。
 
 3つ目は、同じ大柄な男性のことだ。
受付を済ませ、近くの長椅子に腰かけてすぐだ。
 再び、立ち上がり窓口へ男性は向かった。

 「マスク 忘れた。
あったら、1枚、売ってくれない?」。
 見ると、その大きな顔にマスクがなかった。
「マスクですか。ありますよ。
お待ち下さいネ」。
 事務員は、席を離れ、マスクを探しにいった。

 しばらくして、立体型の肌色マスクを男性に渡した。
 「おう、ありがとう。いくら?」。
「いいです。差し上げます」。

 礼をいって、長椅子に戻ると、
早速、そのマスクをしようとした。
 その様子が、私からも見えた。

 あきらかに、男性の顔にマスクは小さかった。
両耳にかけると左右に伸び、顎まで十分に覆えなかった。
 女性用の小顔マスクでは・・・。
男性は、一度そのマスクをはずし、まじまじと見た。
 でも、再びそれをした。
 
 無料でいただいたマスクだ。
その上、一度かけてしまった。
 「小さいからもっと大きいのがほしい」とは、
誰だって言えやしない。

 男性は、時々マスクをはずしては、
耳の裏をマッサージした。
 それを繰りかえしながら、ずっと講習を受け続けた。
小さなマスクへの不満など、一度も口にしない。
 顔にも出さない、

 大きな顔に小さな肌色マスク。
可笑しさがこみ上げてもいい。
 でも、それよりも同情が優った。

 いや、黙ってそのマスクをし続けた男性の強さに、
私は脱帽していた。
  
 次回は、講習会場でのエピソードを・・。

 


       冬空とナナカマド 
               ※次回のブログ更新予定は 12月31日(土)です
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