徒然なか話

誰も聞いてくれないおやじのしょうもない話

ライドシェア

2025-02-04 18:54:50 | ニュース
 今日、お昼のNHK熊本ローカルで「高森町で県内初 タクシー型のライドシェアの実証実験始まる」というニュースが流れていた。運転手不足などで地域の公共交通の確保が大きな課題となっており、高森町では県内の自治体としては初めて自家用車を使ったタクシー型のライドシェアの実証実験が始まった、という話題だった。ライドシェアとは、一般ドライバーが自家用車を使って有償で人を運ぶ配車サービスのこと。タクシー事業者が運営主体となり、研修や運行管理を行うらしい。はたしてこれが問題解決の決め手になるだろうか。
 ニュースを見ながら、僕は遥か昔の高森町や南阿蘇村のことを思い出していた。
 56、7年前、僕はトラックディーラーのセールスとして担当エリアの南阿蘇村・高森町を連日のように訪れていた。もっともその頃は、現在のように南阿蘇村ではなく、長陽村、白水村、久木野村に分かれていた。9年前の熊本地震で崩落した阿蘇大橋もまだ架かっておらず、立野から黒川の渓谷へ下って戸下温泉を通り、戸下の七曲がりを登って行ったものだ。今日の整備された国道325号バイパスもまだなく、舗装されていない旧道を走って行った。当時は民家もまばらで高森へ向かう街道沿いには美しい田園風景が広がっていた。マイカーもそれほど普及していなかった頃で、小中学生は遠い距離を徒歩で通学していたが、道路が乾くと車がもうもうと土埃を巻き上げ、雨が降ればぬかるんだ道を歩かなければならなかった。当時の小中学生の間で流行っていたのが、通りかかった車に手をあげて乗せてもらう、つまりヒッチハイクである。僕も何度も彼らを乗せて運んだ。今なら絶対ありえない光景だ。今思えば、必要に迫られて自然発生したボランティアのライドシェアだったのかもしれない。


毎日のように上り下りを繰り返した戸下の七曲がり


高森への街道沿いには美しい田園が広がっていた

   ▼キリン午後の紅茶 TVCMのロケ地となった南阿蘇鉄道・見晴台駅

   ▼久木野村(現南阿蘇村)の民謡「阿蘇くぎの花盛り音頭」